第13話 草
武器屋の次に立ち寄ったのは薬屋だ。
古今東西、薬というものは重宝される。
草や樹脂などを溶かして乾燥させたり…。
モンスターの肝臓やら内臓などを特殊な溶液に満たせば身体に良くなるという。
魔法なら軽い傷であれば治療できるが、それでも魔法使いが治療魔法の媒体として薬草を使うので、どのみち薬屋に行かないと原料が無い。
フームさんがそのことについて語った。
「よく誤解されがちなのですが、魔法というものは媒体を使い、その媒体と引き換えに呪文などを使うことで初めて魔法となるのです。何も触れずに魔法が出来る…なんてことはないのです。原則は対等交換です」
「そうだったのですか…では魔法使いの人が魔導書や杖を持っているというのは…」
「そうした魔法に使う媒体をエネルギーとして溜め込んでいるということです。私のような魔法使いにとって、杖は命の次に大事なものです」
魔法使いという職業は実のところ保守主義的な所が強く、あまり外に対して活動的ではない。
どちらかといえば内向的であり、魔法協会は魔法の管理・運営を行う自主規制委員会のようなものだ。
それ故に、魔法使いに対するイメージというのは世間と隔たりがある。
俺もこうしてフームさんと接する機会がなければ、俺も世間一般の見解で魔法使いを見ていただろう。
最も、フームさんの大事な杖を下水道に落とした際に、それを拾うよりもオオドクガエルから逃げるため止む無く走って逃げたわけだが。
「…あっ、それであの時…杖を取ろうとしていたのですね?」
「そうです。杖は一つ一つが限定生産ですので私のような下っ端が持つものでも完成に半年を有します。魔法協会幹部クラスになると1本作るのに10年以上は掛かるのです。」
「10年?!それは凄まじく長いですね…」
「魔導書に至っては杖の倍以上の値段と労力を要します。その分高度な魔法を使えるようになるのです」
魔法使いの持っている杖や魔導書は、杖よりも高いらしい。
だが魔導書の類を読める者や使いこなせる人間はそう多くない。
なので、盗賊に襲われた際に価値を分からずに盗まれた結果、焚火などの原料にされていたという話もあったそうだ。
「今回購入する薬草と薬の原料になる物は、それほど多くはありません。杖に補充する分だけで大丈夫そうですね…」
「どのくらい補充するんですか?」
「そうですね…この杖だと薬草1キロと、イナズマイモリ5匹ぐらいで杖の回復魔法の媒体が作れるようになりますね」
「薬草は1キロも必要なんですね…改めて聞くとすごい量ですね…」
「ええ、薬草の大半は回復魔法に適しているので、汎用性に長けているのです。お陰で調達に苦労しないのがメリットですね…あっ、薬屋はこっちです」
武器屋から500メートル離れた場所に立ち並ぶ薬屋。
この辺りは薬屋専門店が立ち並んでいた。
辺りから苦味を含んだ薬草の臭いが漂ってくる。
「薬屋…この辺に沢山ありますねぇ…」
「そうですね。元々魔法協会でも認可されている薬を取り扱っている優良なお店が多いですから…」
「市場に行くことはたまにありましたが…薬屋に行くのは初めてですね」
「薬屋は魔法使いにとって欠かせない存在ですわ。なので、薬草などはしっかりとしたお店を通じて正規ルートで買うか、原産地で入手するのがのどちらかになります」
「…という事は、偽薬なんかも仕入れている悪質な店もあるって事ですか?」
「魔法協会に属していないモグリの魔法使いなどは、偽薬以外にも麻薬など違法な薬を販売したり転売して資金を得ていると聞きますね…」
悪い人間は何処にでもいるらしい。
偽薬販売業者や、合法的な薬を取り扱うフリをして裏では麻薬密売…。
騎士団時代には1件だけだが、それに類似した事件の処理を行ったことがあった。
ああいう物は金も大きく絡むので、トラブルになったら殺されることもある。
そうした現場では大抵凄惨な状態となっている。
人間の醜さが最も正体を現すものだ。
「スパーダさん、大丈夫ですよ。これから行くところは魔法協会でもお墨付きのお店ですよ。警備も万全な場所です」
「ほう…魔法協会のお墨付きですか…では、かなり有名なのですか?」
「ええ、ちょうどこのお店です」
フームさんが立ち止まったのは、周囲の薬屋よりも立派なつくりになっている建物だ。
警備員と思われる男性2名が店の入り口に立っている。
入り口で身分証のチェックをしているようだ。
男性の1人が俺たちに声をかけてきた。
「失礼、身分証をお持ちですか?」
「ええ、こちらにあります。どうぞご覧ください」
フームさんと共に、俺は冒険者ギルドで発行された証明プレートを男性に提示した。
フームさんに至っては魔法協会が発行している身分証も同時に提示した。
「では失礼して拝見させて頂きます…ふむ、魔法協会のフームさんに冒険者のスパーダさんですか。どのようなご用件で当店を利用なさいますか?」
「回復魔法の媒体になる薬草を買いにきました。それと痺れ薬の元になるイナズマイモリの肝も購入しようと思ってきたのです」
「なるほど…そうでしたか…ではどうぞお入りください」
店の扉が開くと、一気に薬の臭いが強くなっていく。
正面の入り口には堂々と店の看板が張りつけられている。
【魔法協会公認 王国統合薬屋本店】
魔法協会は、このお店で仕入などを行っているらしく、店の中では大勢の魔法使いがいた。
魔法使いたちは実験やフームさんのように杖や魔導書の媒体となる薬草を販売している。
フームさんの後ろを付いていき、薬屋の中に入ってから薬草売り場へと向かった。