第1話 スパーダ
俺の名前はスパーダ。
二か月前まで王国西部都市ナズイを拠点とする西部騎士団に属していた専属の騎士だった男だ。
今は騎士団を辞めて冒険者をしている。
事の発端は騎士団宛に送られた一通の依頼書であった。
差出人は都市の水道管理局からで、下水道でモンスターが出現した可能性があるというものであった。
”騎士団様へ、最近下水道の調子が悪く調査をしに行った水道局員数名が行方不明となっております。もしかしたら下水道にモンスターが出現したかもしれません。調査のために騎士団を派遣してもらってもよろしいでしょうか?”
都市の生活用水を吐き出している下水道の調査。
森林奥に潜んでいるモンスターの討伐に比べたら、都市部に出現するモンスターなんて精々出来損ないのスライム程度だ。
騎士団長のジャモーは団長室に呼び出してきて新人でもできそうな仕事を俺に回してきた。
「スパーダ、ナズイの水道管理局からの依頼書なんだが、是非ともお前に行ってほしい」
「俺ですか?…内容を拝見しましたが、これは新人でもできる仕事では?」
「ああ、確かに新人でもできる仕事だ。だけどせっかくなら先輩であるお前が新人に戦い方を教えてもらったほうが早いと思っている」
「…つまり新人研修として俺を付添人として現場に向かわせるって事ですか?」
「そういう事だ、ただ今回はただの新人研修じゃない。騎士団外から派遣されてくる魔法協会の新人に騎士の戦いを見せてほしいんだ」
ジャモー団長はそう言って俺にもう一枚の書類を渡してきた。
書類には『モンスター合同対策組織委員会』と書かれていた。
なんでもモンスター退治のために各組織が協力することになったようで、騎士団も魔法協会や建築組合といった戦闘にあまり関係ないような職種の人に戦いの基本ルールを身に着けるというものだ。
「最近王国でモンスターの動きが活発化している。それを王様は危惧しているんだ。いざという時のために国民が戦いの基礎を学べるように全国の騎士団に通達されたんだ」
「そうなんですか…でも朝の朝礼では一言も聞かされていませんよ?」
「当たり前だ。私もついさっきこの知らせを聞いたところだ…。しかしこの研修は今日から始まる事になっている」
「…つまりこれをしていないと騎士団本部に発覚されたらマズイので急きょ研修をやることになり、それで俺に白羽の矢が立った…という事でしょうか?」
「ああ、騎士団でも腕利きの騎士は東部平原で大量発生している腐食スライム退治で大半が出払っているからな…お前なら腕もいいし研修を教える側にはピッタリだ、是非ともやってくれ」
「分かりました。ではこの依頼を引き受けることにしましょう」
騎士団は基本的に各組織から依頼されてきた仕事をこなす兵士だ。
金貨などの高額通貨運搬の護衛や、モンスター討伐など様々だ。
国直属の武装組織ということもあってか、給料はとても良い。
けどデメリットもある。
基本的に負傷して治療を受けている間は仕事ができないので、その間の給料は支払われない。
身体の一部でも失ったら指揮官クラスでもない限り基本的に強制退職されてしまう厳しい職場でもあった。
「引き受けてくれて助かるよ、では早速準備してくれ」
「えっ、もう来るんですか?」
「昼過ぎにはやってくると連絡があったんだ。やってくる新人は魔法協会から派遣されてきた見習いのフームさんだ。亜人種とはいえ、絶対に問題を起こすなよ」
「分かってますよ団長」
「先週はラング―ズの奴が見習いの女の子においたしたせいで各所への謝罪で手一杯なんだ、絶対にやるんじゃないぞ!!」
「だから分かってますってジャモー団長!」
ジャモー団長が再度注意した理由は、騎士団としてあるまじき行為をした団員がいたためだ。
内容は割愛するが早い話が婦女暴行事件だ。
騎士団という地位を利用してラングースという見習いの女性騎士を襲った。
偶々通りがかった別の団員が現場を取り押さえたものの、騎士団の信頼は大きく傷ついた。
ラングースは騎士団を破門されて牢屋入りしており、ジャモー団長は関係各所への謝罪やら説明やらで、ただでさえ薄くなってきている前頭部の髪の毛が後退してきているのが目に見えるほどにストレスを抱え込んだようだ。
決してハゲと言ってはいけない。
――コンコン。
ドアがノックされる音。
団長室に入ってきたのは事務員の人だ。
「団長、フームさんがお見えになりました」
「そうか、ではこの部屋に通してくれ」
「かしこまりました」
「スパーダ、お前は俺の隣に立っていろよ」
「はい」
団長に言われた通りに隣に立ってから直ぐにフームさんが団長室に入ってきた。
――ガチャ。
「失礼します…」
見習いの魔法使いが身に着ける黒色のローブとマントを纏い、杖を持ってきたエルフの女性だった。
褐色肌に白銀の髪の毛、そしてエルフの長い耳が特徴的だ。
エルフが魔術師や魔法関係の仕事に就くことが多いので、仕事柄何度かエルフの人と会うけど、その中でもとびっきりの美人な女性だと感じた。
手に持っている魔法石が埋め込まれた杖は魔法使いの証でもある。
入室してすぐにお辞儀をしてフームさんは挨拶をしてくれた。
「…魔法協会から来ましたフームと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそフームさん。私は団長のジャモーです。こちらが本日フームさんの付添人を務めるスパーダです。スパーダ、フームさんにご挨拶を」
「はっ、スパーダと申します。何卒お見知りおきを」
軽く挨拶をしたところで、俺は団長から地図と下水道に通じるドアの鍵を渡された。
ここから歩いて10分の場所にある下水道の入り口までの道のりだ。
「スパーダ、地図に印が付けてある場所が今回依頼のあった下水道だ。それほど凶悪なモンスターはいないとは思うが、用心して討伐してこいよ。それとフームさんにしっかり研修を行うんだぞ!」
「了解です団長、ではフームさん行きましょうか」
「はい!よろしくお願いいたします!スパーダさん」
フームさんの目は輝いていた。
精一杯頑張ろうとする気持ちが伝わってくる。
彼女の期待に応えるように研修を行うようにしようと考えていた。
しかし、研修は俺の想像していたよりも想像を絶するようなものになってしまったんだ。
もしあの時に時間を戻せるなら、俺は絶対に投擲武器を持っていくだろう。