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山村の来訪者

 時は、半月ほど巻き戻る。


Sideヨシュア・ガーランド





 俺は、夜明けとともに起きた。跳ね上げ式の窓から差し込む曙光に目を細める。

 隣のベッドで寝ている相棒を見やってから、藁を詰めたベッドから抜け出した。大きく伸びをして、部屋の隅にある自分の着替えを取った。

 手早く寝間着から綿の平服に着替え、納屋の壁に立てかけてある剣に手を伸ばす。

 鎧兜をつける必要はないが、万が一に備えて愛用の二振りの剣だけは携行するようにしているのだ。

 腰にベルトを装着し、左側に半曲刀(サーベル)と大剣を括り付ける。紐ではなく金具を用いて固定し、何かの弾みで落ちないように。

 とりあえず作業する分には問題ないレベルの装備を整え、ベッドへと振り返る。


「……うにゅ……ヨシュア……?」


「日課だ。ちょっと行ってくる」


「ん……」


 相棒が眠たげに返事をしたことを確認し、俺は納屋の扉を開けた。

 キィィ……と音を立てて開く扉。


「さーて、今日も一日頑張りますかね」


 そうして、俺の一日は始まるのだった。








「おう、ヨシュア殿。精が出るねぇ」


「かくいう爺さんもじゃないですか。……まあ、居候させてもらってる分は仕事しなければなりませんし」


「そうかい。まあ、若いもんが手伝ってくれるのは助かるわい」


 七十過ぎた爺さんが野菜の収穫を行なっている傍ら、俺は小さな村の全周を囲む柵の修繕をしていた。それは、相棒が作った水堀と合わせて、村を守る重要な設備である。

 ちなみに、大猪の突進も防げる設計だ。


 ……前に緑小鬼(ゴブリン)の騎手が柵を飛び越えてきたときはどうしようかと思ったが……。


 それを受けて強化したこの柵は、番線と土魔術を用いて固定した丸太の杭と横木に加え、木製の(スパイク)すら備えた強固なものとなっている。


 もちろん、保守作業は必要で、それを行うのが俺の日課となっていた。


 革手袋越しに食い込む針金の感触を味わいつつ、緩んでいた番線を交換する。麻縄よりも耐久性は高く、さらに相棒の使う土魔術でいくらでも作り出せるものの、そろそろ一年近くになるのだ。

 ……ふと周りを見ると、淡い桃色に染まった木々が満開になっていた。

 ――――この近辺の山岳地帯にしか自生しないという、ヤマザクラの木だ。


「そういえば、ここに来てもう一年が経つのか……」


「春の頃だったの。重傷を負ったヨシュア殿がフレイチェリ殿に介抱されながらやってきたのは……最初は何の騒ぎかと思ったわい」


 フレイチェリ。

 俺が地の底をさまよっているときに出会った、今では唯一無二のパートナーの名前だ。

 フレイチェリが完全な幼女体形ということもあって、恋愛関係かどうかは微妙だが……。


「長老に掛け合ってくれたのは爺さんでしたっけ?そのあともいろいろ便宜を図ってもらって……その節は、ありがとうございました」


「いやいや、それ以来こちらも助けてもらって感謝しとるわい。この村は若い衆が少なくての」


 典型的な田舎であるこの村は、都市への若者の流出による高齢化が進んでいた。大半は、出稼ぎに行ったまま戻ってこないのだ。


「わしらはあんたがたに定住してほしいと願っとるが……流石に難しそうやな……」


「すみません、俺は良くも悪くも傭兵なんです」


「そんなことわかっとるわい」


 そう言って、老人はカラカラと笑った。

 彼は、俺のいつかは出て行くかもしれないという言葉に対して、今のように笑って答えたものだ。


「前も言ったけど、人の生き様はその人それぞれのものよ。わしらみたいにここに根をはる偏屈老人もいれば、都で華々しく活躍する娘もいる。あんたらは……」


 彼はそこで言葉を切り、一呼吸置いてから続けた。


「いずれ、大物になる。わしが保証する」


 へいへい、そりゃどうも。

 俺は傭兵業やりながら老後の資金貯められればそれで良いんだけどなぁ。大物になりたいってわけじゃないし、巷では良くも悪くもそれなりに名が通っているし。


 ちなみに俺は、「規格外」だとか「地獄帰り」だとか呼ばれているらしい。地獄帰りはともかく、規格外は異議を唱えたいところだ。


「……そういえばヨシュア。お主らとの出会いの下りで思い出したのじゃが、大分性格丸くなったの。お主は」


 そうか?

 フレイチェリと地の底の大迷宮から脱出したころほどじゃないが、今でも常軌を逸した考え方をしている気がするが。


「こうして、笑顔を浮かべられているのがその証よ」


「そうですかい。……たぶん爺さんたちのおかげさ」


 これは、本心だった。

 人間に近づけたというのなら、それはこの村で爺さんたちと静かな日々を過ごせていたからなのだろう。

 だからこそ、俺は言ってしまった。


「……なあ、爺さん。この村で爺さんに一年ほどお世話になってる代わりというかなんというかなんだが、俺にできることだったらなんでも一つ、頼みごとをききますよ?」


「本当か?……まあ、一つきりの頼み事だからな、温存しておくことにしよう」


 爺さんは、にっこりと笑いながらそう言った。




 その時、一人の少年が駆けてきた。

 たしか、農夫の息子でコルという名前だったはずだ。


「ヨシュアさん、ヨシュアさん!」


「おう、コルか。どうした?」


「えっと、ヨシュアさんとフレイチェリさんに来客で……エルフの女性が一人と、人間の男性が一人、そして黒い鎧着た少年が一人って感じです」


 エルフ?

 ……となると、あいつか?

 俺の知り合いのエルフといえば、あいつくらいしか知らない。

 だが、そいつは"役に立たない男なんていらない"を地で行く女傑だからな……。男連れってのが信じられない。


「……フレイチェリは?」


「今、着替えているそうです」


「了解、すぐ行く」


 そう言った俺は、腰にぶら下げた大剣と半曲刀の重みを感じつつ走った。







「遅いわよ、ヨシュア!」


 隣の緑服の男と黒い鎧を纏った少年はともかく、開口一番にそのようなことを言ってきたエルフ娘は確かに知った顔だった。草色のチュニックとハードレザーを身にまとい、大弓を携えたその姿は典型的なエルフであるが、特徴的すぎる顔はすぐに思い出せた。

 俺は、その名前を言う。


「悪いな、リーリア」


 そのスラリとした高身長。

 片目に走る大きな古傷。

 エルフ特有の端正な顔。


 紛れもなく、かつて放浪していた頃の仲間の一人だった。俺が地の底に落ち、そしてフレイチェリに出会う前からの関係だから、一番関わりが長いとも言える。


「……それにしてもあんた、雰囲気変わったよね」


「そうなのか」


 リーリアにまで言われるのか……別れていたのは精々一年そこらなのだが。


 そういうリーリアは、あまり変わらない。

 何でもないときに浮かべている人懐っこい笑みも、対照的な物騒な雰囲気も。


 そんな分析をしつつ、俺は本題に切り込んだ。


「……で、こんな辺境に来た理由は?」


「……ちょっと、依頼があるのよ」


 依頼……?


「……私の故郷が、この山の麓にあることは知ってるわね?」


「ああ。『翡翠の森』だったか」


「ええ。……それで、そのすぐ隣にある国が戦争をしていて、負けそうなのよ」


「それに加勢しろと?……エルフは人間の戦争には不干渉だと思っていたが」


 獣人族はともかく、エルフは人間の戦争に加担することを極端に嫌う。彼らは独自のコミュニティを形成しており、下手に干渉した後に自分たちに争いの火種が降り注ぐことを忌むのだ。

 翡翠の森もそのようなエルフの領域であり、他国とは不干渉を基本としていたはずである。


「本来なら加担しないんだけど、その国――――セレアナ連合王国とは交流がある上に、攻めてきているフルクラム王国は人族至上主義を掲げているわけね。ついでにそこそこの大国。そして彼らの狙いは――――」


「翡翠の森、か」


 容易に察しがついた。

 忌々しいことにエルフは奴隷としても価値があり、さらに森の妖精たるエルフの住まう森は資源か豊富なのだ。

 さらに追い討ちをかけるように、リーリアの隣に立っていた、緑色の服を着た男が告げた。


「……それと、この村に手紙がきてます。どうやら援軍を依頼するような代物らしいのですが……」


 それに反応するのは、俺の後からついてきた爺さんと、この村の長老たる婆さん。


「……“セレアナの盟約”かの」


「村の若い衆のうち、戦える者を集めよ。……盟約には、従うしかない」


 長老の、諦めたような顔。

 爺さんの表情は分からなかった。


「……なんでそんな盟約があるのかは知らんが、仕方ない。――――恩返しだ、俺も行こう」


 俺は、リーリアと長老を見据えて言った。

 約一年ぶりの大規模戦闘だが、できないことはない。


「……だが、その前に詳しい依頼内容は聞かせてもらうぞ」



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