プロローグ
Sideヨシュア・ガーランド
傭兵はあくまで雇われの兵士であって、決して高潔な存在ではない。英雄や騎士が王になった話はよく聞くが、傭兵が一から建国するというのはほぼありえない話だった。
――――今までは。
「ヨシュアや、依頼がある。......ここに国を建てヘルツェゴやその他の国をまとめ上げ、その王となってくれ」
夕暮れ時、戦場だった焼け野原。
そんな中で世話になった老人が俺に言ったのは、お門違いとすら言える面倒な依頼だった。もちろん、それを大真面目に聞く道理はない。俺は傭兵で、為政者ではないのだ。
だから、はっきりと断ろうとした。
「だが断……ゴフッ」
……最後まで言い切れず、吐血した。といっても、口の中を噛んだだけなのだが。
焼け焦げた草原に血を吐き捨て、気を取り直して老人に向き直った。
そんな俺の状態に目もくれず、老人は続ける。
「……ふむ、受けてくれるということで良いな?」
「いや、だから、ことわ……ゴフッ」
痛い。
また噛んだ……。
「……まあ、お主に断るすべはないのじゃが」
……え?
「なん……だと?」
「……わしはただの人じゃありんせん。そう、わしは……」
そこでこの食えない老人は、爆弾発言をかましやがった。
「――――龍神オルテル。そして、わしはお主が『なんでも一つ頼みごとを聞く』と言った時に密かに二年に一度の『竜の血約』を使っておった」
「要約してくれ……」
「つまり、お主はどうあがいてもこの運命から逃れられないのじゃよ! フォッフォッフォッ」
老人あらため龍神は、笑いながらえげつないことを言った。
こんなことのためにわざわざ貴重な血約とやらを使用したこともそうだが、まさか拒否権なしとは……。
救いを求めて、俺は周りの仲間に目を向けた。
古代文明の遺児にして、最高の相棒兼パートナーのフレイチェリ。
異世界から来た軍人だという、コウノスケ。
俺の昔からの仲間である、エルフ弓手リーリア。
自称魔王見習いの魔族の少年アルド。
俺やオルテルと同じく、血のついた武器を手に焼け焦げた戦野に立っていた彼女たちは、口々にこう言った。
「ヨシュア王……悪くない」
「ふむ、ヨシュアならと思っていたが、ついにお主も一国一城の主か……。技術面と助言なら任せておけ」
「いいんじゃない?……外交は任せなさい」
「よーし、味方の国が一つ増えたな!」
だめだこいつら、完全に俺が国を作る想定で考えてやがる……。
神よ、我に味方はいないのですか。
「ん? 神はここにいるでな」
「違う、あんたは呼んでない」
俺は、逃げ道がないことを悟ってため息をついた。
「なあ、爺さん。どうして俺に依頼したんだ?」
爺さんを正面に見据え、若干警戒の混じった越えで問いかけた。
それに対して爺さんは、泰然自若とした態度を崩さずに口を開く。
「……この国は、セレアナ連合王国はもともとわしが守っておった。かれこれ数百年、邪神の手先や邪な人々からな。……じゃが、娘の女神ミネルヴァに詰問されての。結局、今日限りで手を引かなければならんくなった。代役をずっと探しておったんじゃ……それに、お主なら名声も十分じゃろ」
「……代役、ね……」
理解はできたが、納得はできなかった。
俺のスタンスは、『自分のことは自分でなんとかしてくれ』だ。傭兵だから頼まれれば助太刀はするが、頼られてばかりというのは癪に障る。
しかし、それは次のオルテルの台詞で吹き飛んだ。
「……知ってるかはわからぬが、セレアナ連合王国は食事が美味だ。豊かな国土に恵まれておってな……正直、この穀倉地帯を狙われたのだろうが。……この仕事、報酬はかなり弾むぞ?」
「報酬は、三食と二人で暮らせる住居。そして、情報が欲しい」
報酬はかなり弾む、と言うならば、これくらい聞いてもいいはずだ。
「――――******の、情報だ」
俺がそれを告げた瞬間、オルテルの笑みが異質なものに変わった。
具体的に言うならば、ニヤリ、という擬音が合うような愉しんでいる笑みだ。
「……ヨシュアは大物になるというわしの予言はもう当たっているかもしれんな……了解、承った。"情報"は、集まり次第渡そう。しかし、なぜそのようなものを?」
別にどうということはない。
ただ、知りたいだけだ。******について。
しかし、それを聞いたオルテルは大笑した。
「……本当に、面白いやつよの。どうなるか楽しみじゃ」
そう言い残して、オルテルは唐突に掻き消えた。
気配すら探知できなかったが、恐らくは神々の世界的な所に行ったのだろう。
古い仲間からの依頼で、滅亡寸前だった小国に加勢、そして攻めてきた軍を蹴散らし、王を討ち取ったのがたった一時間前。
傭兵として流浪していく中で、いくつかの国から専属にならないか、騎士隊長にならないかなどという勧誘は受けてきたものの、全て断ってきた。
――――しかし、まさか自分が国を作る羽目になるとは思わなかった。
ふと、自分の外套の袖が引っ張られた。目を遣ると、そこにいたのは金髪紅眼の相棒。
かつて、不注意から自分が地の底に落とされてしまった時に出会い、以降いつも一緒にいる最愛にして最高の相棒だ。
「大丈夫、私はいつでもそばにいる」
「そうだな」
そのとき、遠巻きにその様子を眺めていた百人隊長が訊いてきた。
「ところで、ヨシュア様がこの異例の依頼――――国づくりを引き受けてくださったというのは、どういう経緯があったんですか?」
「ああ。……全ては、つい半月前にリアーナ達――――古い仲間その他の訪問を受けた日から始まったんですよ」
そう、これはつい半月前、あの春の日から始まった――――。