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 勝った、と思った。

 しかしそれは違っていた。

 「うっ……なんでっ、なんで……」

 私のエクスカリバーは相手の胸を貫通した。間違いなく貫通した。というか、転生したときに授かったチートアイテムである、私のエクスカリバーが、その銀色に輝く刀身の周囲にある物体を貫いていないことなど、絶対にあり得ないことなのだ。

 「不満げな表情、いいねぇ、お嬢ちゃん。もっと見せてくれよぉ」

 相手は私の顎を突き上げた。私の目の前にその醜悪な顔が現れた。

 病的なほどに白い肌、目は鋭く、裂けた口に笑みを浮かべている。全身が漆黒の毛で覆われているために、その白い顔はものものしい。相手が首を回して肩を鳴らすと、大きな蝙蝠のような翼が揺れた。

 「魔王、貴様……。私の剣を食らっていながら、なぜ生きていられる……?」

 「クククッ。冥土の土産に教えてやろう」

 魔王は自分の胸に突き刺さったエクスカリバーを引き抜いて、遠くへ放り捨てた。胸から血は出ていない。胸には確かに大穴が空いている。

 「まさかっ、サイボーグだなんてっ……」

 「その通り。己の剣の強さにうぬぼれて、調査を怠ったようだなぁ。ククッ。しかし、この剣がなければ、おまえはただの巨乳のお嬢ちゃんだなぁ」

 「くっ……」

 私は瞳に涙が溜まるのを感じた。一粒、溢れて胸元に落ちた。

 魔王の握る大斧の切っ先を見ると、恐怖が抑えきれない。

 情けないけど、魔王の言う通りだ。

 私はこの世界に来た時に女神からエクスカリバーを授かった。この剣で大勢の極悪人と魔物を薙ぎ払い、世界一の勇者と呼ばれた。

 ところがその呼称は間違っていたのだ。世界一の剣というだけで、世界一の勇者ではなかった。

 ここで死んでしまうの?世界の大勢の人が魔王討伐を待ち望んでいる。多くの勇者が挑み、散っていった。私が最後の望みだったのに……。私がいなくなったら、私の仲間達は……?あの善良な村人や子供達は……?

 「嫌あああああ!」

 私は魔王の手を払い、捨てられた剣へと向かった。

 「哀れなもんだ。剣にすがらなければ何もできない勇者よ。この魔王がおまえに剣を握らすのを許すと思ったか?馬鹿が。死ね!」

 「お願い、間に合って……!」

 懸命に駆けた。全てのエネルギーをその瞬間にぶつけようとした。だけど駄目、遠すぎる。私は剣で強かっただけ、脚力だって底辺の勇者に劣る。

 視界に大きな影が現れた。大斧の影だ。

 その次の瞬間。鋭い痛みが頭の上に降ってきた。

 

 ◇

 

 「つつつ……。痛たた……」

 痛みとともに瞼を開くと、そこに北校二年の数学科教師、橘先生のスラックスがあった。見上げると、先生の睨み付ける目、それに指示棒が右手に握られている。

 「まったく、この指示棒はおまえを起こすためにあるんじゃないんだぞ。それなのに、今週だけでもう三度目だ。授業はまだ二回目だというのに」

 指示棒でもう片方の掌をリズムよく叩きながら言った。

 「あれ?魔王はどこ……?私、世界を救わないといけないのに……?」

 そう私が呟くと、周囲から失笑が聞こえた。笑っている場合じゃないのに。世界がピンチなのに。

 「あーあ、また異世界か。おまえなぁ……。夢なら家で見ろ。ここは学校、そして現実。お前が向き合うべきは魔王じゃなくて、目の前の因数分解だ。救うべきは世界じゃなくて、おまえの将来。わかる?」

 橘先生はまだ教師になって二年ほどの若い先生だ。落ち着いた顔は性格通りなので、女子生徒からの評判も良い。ところがなぜか今、私に対して先生は穏やかではいられないみたい。素振りや表情こそ落ち着いているものの、語尾が跳ねて、鼻息荒い感じだ。

 「えっと……」

 「このままじゃおまえの将来危ないんだぞ。生まれ変わった気持ちになって、真面目に授業を受けないと」

 私は立ち上がった。それが唐突に思えたみたい。橘先生が一瞬ぴくりと震えたのは、驚いたからだろう。

 「分かりました!先生。私、生まれ変わってみせます!」

 「おっ、そうか。やっと分かってくれたか」

 ぱっと橘先生の笑顔が咲いた。爽やかな笑顔だ。

 「私、これから空を飛んで、異世界転生してきます!」

 失笑が聞こえる代わりに、周囲の生徒が無言で苦笑いした。橘先生の笑顔が消え、あきれ顔で溜息をつき、黒板の方へと戻っていった。

 なんでそんな反応するんだろう?みんな疲れてるのかなぁ……?

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