タウン七不思議。欄干のしょんべん小僧
不思議なそれは、突然現れる
「昔は良かった」と、実家の畳の上でゴロゴロしながら呟くと「年寄り臭い」と言われオマケに「高い金を払ってるのに、大学の休みは長すぎへんか?」と母に言い捨てられた。そのままパートに向かう背中に「大学のクレームを私に言われてもね。」と呟く。喜んでくれたのは2、3日で、4日目には家事ぐらいしろと言われ。実家に帰ってたったの2週間で、すっかり私はお荷物状態だ。
大学三年の夏休みの前、「就職活動について」大学の講習会があった。
授業は出席チェックをするだけで、カラオケやコンパにうつつを抜かしていたトボけた奴らが、エントリーシートの自己アピール欄を埋めるためだけに、突飛な事をし始めた。0円留学だ。アジアで井戸掘りボランティア。物怖じしないアグレッシブな人間に化ける為に奔走しはじめた。
何事にも乗り遅れる私ではあったが、案の定気持ちが付いて行かなかった。手を引いて友達との歩調をアシストしてくれていた彼も、ノリの悪い私に愛想が尽きたのか、「ヒッチハイクの旅に出る」と行ったきり連絡が取れなくなった。
すっかり置いてきぼりをくらって、どこに向かっているのかわからない迷子状態を脱する為、心を癒す為に帰ってきたのに。毎日、銛を投げつけられる日々に少々うんざりしている。明日は、銛を打ち返してやろうかと思って握りしめていた携帯が鳴った。
「来生か?」電話から聞こえてきたのはヒッチハイクの男ではなかった。暫くの沈黙に
「もしもーし。」とあちらも沈黙。その長い間に、記憶が蘇った。
「智也君?」
「相変わらずだなぁ。すぐに、返事しろよ。考える前にもしもしだろー」
「ごめんごめん。」と壁に向かって頭をさげる。智也は、いつも私の沈黙に沈黙で応えてくれるただ一人の人だった。高校の人気者だった彼に告白されて、天にも登る気持ちだったのを今も覚えている。私と彼は釣り合う筈もなかったのだけれど「来生といると時間がゆっくり流れてるようで安心する」と言ってくれて、笑って私の言葉を待ってくれる人だった。大学生活が始まって暫くすると「好きな人が出来た」と智也から連絡があった時は、タイミングの悪い自分には遠距離恋愛は無理だったんだろうと思い知った。
「来生が帰ってるって聞いたから。。。
携帯変えてなかったんだな。。。繋がってよかったよ」
「うん。。」
「。。。」
「。。。何してるの」
「あーいいな、来生のこの沈黙。変わってないよ。昔のままだよ。」
「なによー。」
「怒るなよ。褒めてるんだ。来生はそのままでいいんだよ。」
「。。。」
「もしかして、俺と喋りたくない?」
「そんな事ない。」
「うん。そんな気がした。来生は嫌いな奴に言葉は選ばない。」
「なによそれ?」笑って答えながら、言葉がスラスラと出てくる自分に驚いていた。
「本当だよ。。今から大学に帰るんだ。駅まで来てやっぱり会いたいと思って。」
逢いたいよ智也。私を振った智也。時間つぶしに誘ったみたいに喋る智也。私の沈黙を好きだと言ってくれた智也。て考えてる間は、相手にとってはただの沈黙なんだろうって事にふと気付きあわてて答える
「チャリで行くから」
私の家は、椿が原タウンの丘の上にある。家は見晴らしも良く風通しもいい。別荘地に住んでるようだと引っ越した当時は大喜びだったのだが、地元の中学を卒業して高校に通うようになると、早起きに閉口した。
駅までバス通りを自転車で行くと遠回りだ。高校の時以来の通学路の小道を転がるように下ることにする。車体が小石を乗り越えてタイヤが飛び跳ねるのに身を任せる。高校生に戻ったみたいだ。いや、心は高校生に戻っていた。
その三叉路の左だりがわの橋を渡れば、駅はもうすぐだ。
ハンドルを左に切ろうとした時、私の目に異様なものが映った。
本能で私は思い切りブレーキを握りしめる。前輪と後輪は悲鳴をあげて、私を放り出した。
地面に張り付いたまま、橋をもう一度凝視する。正確に言うと欄干にのっている、真っ白な幼児ほどの塊を見つめる。
体の角度からいって、多分橋の内側を向いているのだろう、身体に顕著な凹凸がみられないので、あくまでも多分だ。口のあたりはモヤモヤとした黒い穴が開いていて、そこから黒い液体を、空に向けて吐き出している。それは弧を描いて橋の真ん中に黒い穴を穿ち段々とそのシミは広がっていった。それが直径50センチほどになった時だった。白い塊はジャンプして頭からそこにダイブして消えていったのだ。
静かだ。蝉の声も。風の音も。鳥のさえずりも聞こえない。聞こえるのは、ジャリジャリと砂利を踏みしめて立ち上がる私の足音だけだ。自転車を起こし故障していないか点検する。橋には誰もいないし、何もない。
ただ、静かだった。これは、タウンの都市伝説だ!高校時代に皆んなが騒いでいたヤツの一つだ。忘れていたなぁ。擦りむいた膝が痛い。肘が痛い。
どんだけ、必死なんだよわたし。
笑いたいのに顔は変に歪むばかりで、心が痛い。
この静かな世界と、私の沈黙は相性が良いのか不思議な空間は依然そのままだった。キャーと叫ぶべきだったんだろうか?タイミングを逃した私は、なんと言ったら良いのか頭の中で言葉を探していた。悪い癖だ。
ああそうだ、智也に会うのは今じゃなかった。サヨナラの電話がかかってきた時だったのに、どうしてあの時は沈黙が怖かったのだろう。
「仕方ないね」と即答してしまった。あの時こそ、沈黙の間が必要だったはずなのに。自分のアホさ加減に今更気がついて悲しくなる。
自転車のハンドルを右にきる。こっちの道は、住宅地で商店街に続く裏道だったな。家に引き返す道は急な上り坂だ、自転車が荷物になる。そうだ、夜ご飯の買い出しをして帰ろう。たまには、役に立って母をビックリさせてみよう。
携帯をポケットから取り出し電話をかける。数回の呼び出しコールがきれると、声を聞く前に言わないといけないと思って言葉をかぶせた「智也。欄干のしょんべん小僧に出会ったから、行けないわ」返事を待たずに電話を切る。信じてくれただろうか。でも、分かった筈だタウンの都市伝説は有名だから。
あの橋の先には駅なんてないはずだから。
自転車に乗って風を身体に感じながら、商店街に向かってゆっくり走る。ボリューム調整を回すように、風の音、蝉の声がアレと離れると徐々に戻ってくる。
私の会話の間が少し長いのは、少しの妄想と言葉選びの時間だ。気持ちがのらないのは、乗りたくないからだ。
社会に出るのが怖かったんだと今更ながら思いあたる。
でも、あの橋を渡るより怖くない。
分からないからより怖い。就職情報を集めてみよう。私にも役に立てる仕事があるはずた。
今、振り返るのはやめよう。
智也もあの橋も。
次を考えてます




