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ショートストーリー「桜」

作者: 三柳 向

ショートストーリー「桜」


 桜の花が紅いのは、人の血を吸っているからだという。そして今年も、この季節がやってきた。

 今年も変わらず、この桜は満開になった。そして私も、今年も変わらず、この桜の下へ足を運んでいた。


 かつて私が教鞭をふるっていた中学校の、裏庭の隅にある、一本の桜。


 今からちょうど十年前、私はこの桜の下で、ある女生徒と、心中未遂を謀った。

お互いに一目惚れだった。人目を気にして逢瀬を重ねる毎日…。許されざる教師と生徒の恋は、最終的にこの決断を選択してしまうほど、追い詰められていった。


 私は、あの日以来、彼女と会っていない。約束などしていないが、それでも、毎年この日になると、二人で手首を切ったこの桜へ足を運んでしまう。

 しかし、それも今日で終わりだ。近年の少子化の影響で、この中学も廃校になる。そうなれば、この裏庭もこの桜もこのままの風景ではなくなる。

 今となっては唯一の彼女との接点であるこの桜の下にくれば、万が一にも彼女に会えるかもしれない、という微かな希望が、毎年足を向けさせていたのだ。


  あたりは日が落ち、薄暗くなっている。

  本当に、最後の見納めだと、桜を眺めていると、薄暗い裏庭を、こちらに歩いて来る人影が見える。だんだん大きくなってくる人影は、見覚えのある歩き方だった。そして、顔がはっきりと確認できるところで立ち止まると、私を正面に見据えた。

  間違いない。十年の時は感じさせるが、彼女だった。私の胸の鼓動は高鳴り、何も話せない。私は、十年目の奇跡に感謝していた。

 「先生、お久しぶりです。」

  沈黙を破ったのは、彼女だった。

 「あ、あぁ。」

 十年間この瞬間を待ち望んでいたのに、いざその時になると言葉が出ない。

 「どうして、ここに?」 やっと絞り出した言葉が、それだった。

 「噂になってたんです。毎年毎年、この日になるとここにいるって。私、容姿を聞いてすぐ先生のことだって判りました。」

 そんな噂になっていたのか。自分では意識してなかったが、桜の木の下で男が一人物思いにふけっていれば、確かに異様だろう。

 「だから、今日はご報告とお願いにあがりました。」

  「報告?」

 「私、結婚するんです。あれからいろんな経験をして、立ち直って、いい人と出会いました。私の我が儘を聞いてくれて、式を6月にしてくれて…」

  だんだんと下を向いていく彼女の声は、涙声から嗚咽に変わり、ついに泣きだした。私は、どうしていいか分からず、黙って彼女を見つめていた。

 「先生、あの日の事、許して下さい。私だけが幸せになるなんて、いけないんだ、と思っていました。でも、私にはまだ、心配してくれる家族がいます。愛してくれる人がいます。だから、いつまでも先生との出来事に縛られていられないんです。」

  待ってくれ、私はそんなつもりは…そう言いかけた時、不意に彼女が顔を上げ、私の目をしっかり見据えて言った。


  「だから先生、もう出て来ないで下さい!ちゃんと成仏して下さい!」


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?   ・・・・・今、なんて?


 「私はもう、先生の思い出とは別の人生を歩いています。あの日一人で生き残った事は本当に申し訳なかったと思っています。それでも、私は自分の道を進んでいます。だから、先生も、自分の行くべき所へ逝ってください!」


  ・・・そうか。あの日、私は・・・。


 「・・・すまない。君を困らせるつもりはなかった。」


 自分はもうこの世にいないのだ、そう悟った時、足元から消えていくのを感じた。


「幸せにな。もう、私はいくよ。自分の逝くべき所へ・・・・・」

消え入る刹那、声が聞こえた。


 「先生・・・」


 私はもう、あそこに行く事はない。あの思い出の桜の木へ・・・・

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