表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

碧と蒼と愛と憎しみ(短編)

作者: 藤雨期音由

初投稿です。

とはいえ別のサイトで別名義で上げたものを再編集してアップしたものとなりますので、ネットでアップすること自体は、初めてではありません。

感想等頂ければ幸いです。


登場する名前と団体等は現実のそれと一切関係ございませんが、ある程度事実に沿ったフィクションだという認識をお持ち願います。

初めて会った時から


ううん。きっと僕達がこの世に生を授かった時から

『翠川碧』

「みどりかわ……みどり?」

「あおだよ」

絶対に結ばれない。

「でも、好きな色はみどりなんだ。だからみどりでもいいよ。えーっと。同じクラスの青野蒼さん。だよね?よろしくね」


結ばれてはいけない。そういう“宿命”だったんだ。コレは宿命に背いた、決意から逃げ出した

「よろしく。翠川くん」

愚か者の話しだ。





『愛と憎しみ。どちらしか選べないのなら』







<chapter1 碧と蒼-emerald and sapphire->



「ミドリ?」

「ん?どうかしたかい?」

「最近どうも元気がないみたいだけど、どうかしたの?」

「そうかな?」

「そうよ。今日の授業だってあまり集中出来てなかったように見えた」

「そんなことないよ。さ!帰ろ?」

「わかった」


青野蒼は翠川碧が隠そうとする何かを聞き出すことをしなかった。と言うよりかは出来ないでいた。

これ以上踏み込んでしまってはいけないんだ。そう思ったのだ。


青野蒼と翠川碧は付き合っていた。告白したのは蒼の方。

出会ったその日、お互いの名前に色が入っていると言う共通点から何となく打ち解けて、以降二人は普段から行動を共にすることが多くなった。


また、三年に進級してからは二人とも生徒会に入り、碧は会長、蒼は副会長のコンビだった。



二人が生徒会に入ったのを機に蒼の方から告白し、それに対して碧はにっこりと笑って応えてくれた。




二人の距離はかなり縮まった。もはや熟年夫婦かとも思える程の仲で、生徒会に在籍している二年生の他の役員の事は子供のように思っているんじゃないか?と言うような接し方もしている。


ただ、蒼はどうしても碧に心を許されていないと思うところもあった。


初めてテスト勉強を自習室にてしているときだった。碧が独り暮らしだと知る。


「お母さんは遠い土地。お父さんは……」


と言葉を濁してしまう碧。デリケートな問題だったのだろう。碧はとても悲しそうな表情をする。いいや、悲痛で苦痛な表情。悲しくて痛い、苦しくて痛い。そんな気持ちが、滲み出ていた。


その感情が決壊するまで時間はかからなかった。


蒼は泣くと言うよりは、慟哭に近い碧を優しく抱き締めた。

蒼はしまったと思う。なんてデリカシーの無いことを聞いてしまったことだろう。この人はいつも笑っていた。それを

こんな顔にさせてしまって。否。ひょっとしたら目の前のこの姿こそが、彼の真の姿なのかもしれない。

彼が笑う場所はあれど、泣ける場所はあるのだろうか?その場所になりたい。蒼はそう思った。それから碧に恋心を持つようになるのに時間など掛かろうはずもない。ただ、それが恋心と自覚したのは、先にもあるように、二人が生徒会を開始して、会長、副会長になってからだった。


告白する切っ掛けをくれたのは、クラスメートであり、碧とは同じ中学出身の紅朱鷺。

「え?アンタ達付き合ってないの?」

「ああああ当たり前じゃない!!!」

ため息をつかれて腕組をしている紅朱鷺。両想いなのに気持ち悪っと言った朱鷺にどういうことか尋ねれば

「そういうこと以外に何があんのよ?」

とまた溜め息をつかれてしまった。

コレで少し勇気が出て、告白したのだった。



晴れて恋人同士になれたと言うのに彼はあの時以来、一向に悲しみを見せてはくれなかった。


それを、元々碧ともとても仲の良くて、蒼とも仲良くなった紅朱鷺に相談したこともある。

「トキは何か聞いたことない?」

「あー。あんまり言って良いのかわからないけどミドリ、両親が居ないの」

「知ってるわよ。独り暮らししてるじゃない」

「そうなんだけど。ミドリ、母子家庭で育ったの。シングルマザーで生まれた時からお父さんは居なかった。死んだって言われていたみたいなの」


それは蒼にとってとても重たい現実だった。しかし、話しはそこで終わりではなかった。


「お母さんが亡くなったときに遺書が出て来てね。そこに貴方のお父さんは生きていて、この街にいるはずだって書かれていたんだって」




「住んでいると思われる住所に行ってみたらしいんだけど、居なかったし、何より聞いてた名前と表札が違うかったそうよ」


そんなこと、聞いたことなかった。どうして朱鷺にだけ話してくれて私には話してくれなかったのか疑問に思ったが、理由は何となくわかった。


朱鷺にも父がいない。理由は聞いたことないけれどいないのは確か。お互いに片親だけで且つ、その母親の苦労を間近に見てきた者同士。二人にしかわからない苦しみがあったのだろう。


自分も両親が仕事の都合で今は妹と二人で暮らしているが、GWや盆と正月には帰って来る。何不自由なく暮らしている。碧は独り暮らしでお祖母さんとお母さんのお兄さん。つまりは伯父さんからの仕送りと、バイトで生計を立てて暮らしている。こんなこと自分がわかってあげられるハズがない。簡単に解っちゃいけないことだ



だから碧は少しでも痛みのわかってくれる朱鷺に話していたんだろう。納得した。


「ま、アタシは妹と弟がいるし、お母さんもいる。ミドリよりは十分恵まれているわ」


朱鷺は、よりもなんて言葉使っちゃダメねなんて困った笑みを浮かべる。


私に何かできることは無いのだろうか?蒼は視線を虚空へ放つ。



「あーおちゃん?」

「へ?」

蒼がボーッとしていたら碧に両手で頬を挟まれてモニュモニュされた。

「どしたの?こわーいかおしてるよ?」

「あ、ああごめんなさい!なんでもないの」

ほんとかなぁ?と、聞く彼にええ。と返す。他人の事はよく見えるのに、自分の事は見えていない。貴方の陰った表情で不安になる人もいると言うのに。でもその陰りの意味を知ればどうしたって聞くことは出来なかった。





そして、時は流れて卒業式。当然翠川碧のご両親、否、まだ生きていると言われている父が姿を表すことは無かった。


朱鷺と碧と蒼が一緒にいると蒼の両親が顔を出した。


朱鷺は行ってきなさいと蒼に言うと蒼は待っててと両親のもとへ


蒼の両親は赴任先から帰ってきてくれて卒業式に来てくれた。


この時に知ったが、両親はこれからは本社勤務となり、共に暮らすことになったらしい。

コレからは四人で暮らすことが決まっていた。蒼の妹亜衣はとても喜んでいた。蒼も当然喜んでいた。


蒼が両親に二人を紹介しようと振り向くと二人は居なかった。



二人を探して校舎中を回る。すると校舎裏に二人の姿が隠れるようにあった。どうしてこそこそと隠れる必要があるのだろうか?そんな二人に声をかけようとした


「みど!……り……」

出来なかった。


二人は涙を流していた。

ひっそりと、二人で。その涙は卒業してしまうことへの寂しさや慶びと言ったものではなかった。


悲しみ、苦しみ、痛みが溢れ出している。


どうして隠れてそんな涙を流すのかわからない。と言うほど蒼は鈍感ではない。碧は親がいない。そして、今日自分の両親がやって来て、仲睦まじい親子の姿を見てしまった事で心を抉ってしまったのだろう。


思い上がりなのかもしれない。ひょっとしたら違うのかもしれない。

そんなつもりはなかったにしてもやってしまったことへの罪悪感は拭えない。




卒業式が、終わって碧の家に蒼は行った。

「どうしたの?また怖い顔して?」

蒼は言ってしまおうと思った。朱鷺から聞いたことを。碧の家族の話しのことを。


「ごめんなさい。トキから無理矢理聞いたの。だから!トキの事は責めないで!!」

「隠してたのは僕だ。ごめんね…………ねえアオちゃん。ひとつ聞いてもいい?」

「なあに?」

「愛と憎しみ。その二つの感情がどちらも大切で、どちらかしか選べないのなら、君ならどちらを選ぶ?」





<chapter2 碧と紅-emerald and garnet->



紅朱鷺と翠川碧の馴れ初めは中三の頃。紅朱鷺の通う学校に転校してきたのだ。


転校して来たときの印象は随分とひ弱そうな男だな。だった。確かにその通りで、彼はクラスの中で一番の軟弱者だった。

また、いつも一人で本を読んでいることも彼を軟弱そうに見せていた。中学三年の夏休み前と言うかなり微妙な時期に転校して来たこともあり、彼が孤立するのは仕方のないことでもあった。


しかしある出来事が切っ掛けで、翠川碧と紅朱鷺の距離は縮まることになる。


朱鷺が夏休み、友人と遊び帰りが少し遅くなった日のこと。幼い妹と弟が家にいなかった。いつも妹と弟が遊んでいる家の近くの公園にも二人の姿はなかった。まだ仕事から帰って来ていない母に連絡をする。当然警察にも連絡をした。自分は可能な限り辺りを探す。すると、交番で幼い女の子と男の子、それから中学生くらいの男の子が保護されているらしいと言う連絡が入った。らしいを差す通り、幼い男の子と女の子の方は泣きじゃくり、名前も言えない状態だった。そして、そのまま泣き疲れて寝てしまう。朱鷺はどうか、自分の弟と妹であってくれと願う。


交番に着いてみれば婦人警官とその中学生くらいの男の子が幼い子供達を抱っこしていた。案の定その子供達は朱鷺の弟と妹だった。


なんでも、探検をしていていたら、迷子になってしまったようだ。好奇心があるのは良いことだが、ありすぎるのも考えものである。


二人には知らない人に名前を教えたらダメだと教えていた。しかし、お巡りさんにまで教えないとは思わなかった。ともあれ誘拐されたわけではなくてホッとした。


婦人警官に朱鷺が礼と謝罪をする。すると婦人警官は隣にいた中学生くらいの男の子が連れてきてくれて、安心させるためにずっと側にいてくれたとのことだった。


漸くその中学生の男の子の顔を認識すれば

「翠川くん?」

転校生の『翠川碧』だった。

「あ!紅さん!紅さんの弟くんと妹ちゃんだったんだね」


それまで、特に彼に対して興味があったわけではない。寧ろいつも一人でいる変わった奴だと思った。一人にさせているのは自分達なのに。


ともあれ、これが切っ掛けで朱鷺と碧は接近した。

弟と妹は随分と碧になつき、碧の時間が合うときは遊んでもらったりしていた。


そして、ある時朱鷺の家に碧が遊びに行った時のことだった。弟と妹が昼寝をし、二人で宿題をしている時だった。



「え?アンタ独り暮らしなの?」

「うん」



朱鷺は碧が独り暮らしだと言うことを知る。この日、碧は朱鷺の家事も手伝っていた。どうりで男子にしては洗濯物を畳むのといい、料理の手際が良すぎる事といい、家事全般が出来すぎると思っていたがそう言うことかと納得した。


母子家庭で、母親との二人暮らしだった。しかし、母親は働きすぎで、体を壊し、そして母親は還らぬ人となった。居ないと言われた父親は実は生きているかもしれないと言われ、その手懸かりがこの街にあるかもしれない。だから中学三年の夏休み前という、なんとも中途半端な時期に、この街へやって来た。

しかし、住んでいると言われる住所へ向かったが表札には、聞いてた名前ではなかったので、もはやそこには住んでいないんだと諦めていた。



「僕ね……ずっと母さんが働き詰めだったんだ。休みもなくて一生懸命働いてくれて、夜も仕事をして、家には手帳の加工やら、ダイレクトメールの封入やらのダンボールが置いてあった。箱折りの仕事とか手袋の検品とか。僕は家にいるときはその内職を手伝ったりしていたんだよ……母さんはいつも言ってた。ごめんねって」






『ごめんね。こんなに苦労かけて。お父さんが居ればもっと良い暮らしさせてあげられたのに』



『ううん。僕は母さんが居ればそれで平気。それよりも、母さん。そんなに無理して働かなくてもいいのに。僕中学出たら働くよ?』


『何バカなこといってるの!!碧はお母さんと違って頭も良いんだから!!ちゃんと大学まで行きなさい!!』


『そんなのいいって。……僕にとっては母さんの方が大切だよ!!僕、これ以上母さんが苦しむの……見たくない……』


『碧。貴方は本当に優しい子ね。見た目だけでなくて、中身までお父さんにそっくり』


『お父さんって言わないで!!僕等を残して死んだお父さんなんか僕は大っ嫌い!!!そんな人に似たくない!!!』


『そうだよね。ごめんね。』


『謝らないで?僕は母さんがいたらそれだけでいいんだから』

『ありがとう。碧』

『ほら?後ろ向いて?湿布はってあげるから?マッサージもしてあげるね。あっ!そうだ!今日ね頑張ってねハンバーグにチーズ入れてみたよ?ちょっと贅沢しすぎかなとも思ったけど、母さん最近あんまりご飯食べてないでしょ?だから頑張ったんだ!』

『ありがとうね。碧。お母さん。碧が息子で本当に幸せよ』

『そんなの……当然だよ。たった二人の家族なんだから』


こんな風にたまに母と時間が会えばマッサージをしてあげたり、手料理を振る舞える事が碧は、とても嬉しくて幸せだった。


だからこそ、もっと母との時間が欲しかった。そこで碧は、担任の先生に相談してアルバイトをしようと思った。学校側も事情は良く理解してくれて承諾してくれた。後は母の許可だけだった。これで母は少しでも楽ができる。そう思えば碧は勇気と元気が沸いてくるのであった。


しかし、それは儚い希望だった。



『母さん!!僕もね?新聞配達のバイト始めてもいいかな?なんでもね?奨学金の制度で新聞配達のがあるらしいんだけど、これなら返済しなくてもいいらしくて?それでね?って……母さん?』



母は直ぐに病院に運ばれた。過労だった。ろくにご飯も食べていないから、栄養も足りていなかった。治せないものじゃなかった。金さえあれば。だけど、祖母も、母の兄、つまり碧の伯父も出すお金はないと言った。誰もお母さんを助けてはくれなかった。それは自分自身もそうで、早速新聞配達を始めたが、もう遅かった。碧は心底自分が嫌になった。



また、母は生命保険をかけており、その受取人は当然自分だった。秘かにコツコツと貯金もしてくれていて、普通に生活する額と、国公立の大学ならなんとか進学出来るだけの額はあった。亡くなってからも自分を守ってくれる母の気持ちがかなり複雑だった。

こんなことになるならば、もっと自分自身を大切にしてほしかった。もっと周りを頼ってほしかった。

部屋を整理していると遺書が出て来た。きっといつかこうなることは予測できていたのだろう。随分と古びていた。


その遺書には謝罪と碧の事を愛していると言うことが書かれていた。しかし、最後にはこう書かれていた。




─貴方のお父さんは生きています─



一年前に連絡を取ってみたらしい。東京に住んでいるようだった。しかし、家族がいて、困ると言われたそうだった。もしもお祖母ちゃんや伯父さんを頼れないならばお父さんを、頼りなさいと、そこには電話番号と住所が書かれていた。


勇気を出して電話を掛けてみたが、番号は使われていないとアナウンスが流れてきた。それからダメもとで書いてある住所の元へ行ってみたが、もはや別の人が住んでいたようで表札には違う名前が書かれてある。


後の手掛かりは写真だけだった。それも若かりしころのものだろう。



祖母と伯父は暮らさないかと言ってくれたが、今まで母を助けてくれなかった人達と暮らすことは碧に出来そうもなかった。



だから、碧は独り暮らしをすることにした。だったらせめて、祖母の住む地の近くに来なさい。それが独り暮らしをする条件で、祖母と伯父からは気持ちばかりの援助をして貰うことになった。

碧としてもなんの因果か、祖母の住む地と、父がいると言われた地が近かったこともあり了承する。



そして、この街に来たからにはやはり父親を探すことにした。あの家には居なかったが、ひょっとしたら出会えるかもしれない。



「そうだったの」

「うん。」

「どうしてアタシに話したの?」

「なんでかな?多分、紅さんにシンパシーを感じたからかな?紅さんもお父さんが居ないみたいだし」


碧は部屋の隅っこにある仏壇に眼を向けた。朱鷺も仏壇に眼を向けて表情が暗くなる。

それに気が付いて

「ごめんね。嫌なことを思い出させちゃったよね。重い話しもしちゃった」




「謝んなくていいわよ。重い話なら。重く受け止めるから。軽い気持ちで扱って良いものじゃないでしょ?」


「うん……」




コレを機に、碧と朱鷺の絆は深くなっていった。蒼と碧とは違う絆。


碧は普段はあっけらかんとしているが時々、どうしても潰されそうになるときがある。その時は朱鷺が側にいてあげて慟哭させてやる。


このときの言葉は決まっていた。



憎い。許さない。殺す。


そう言った負の感情を吐き出す。その役目は生徒会でのパートナーであり恋人でもある蒼ではなく、親友……いいや心友の朱鷺なのだった。



朱鷺にはほんの少しだが気持ちは分かる。もしも母が倒れてしまえば?きっと碧のようになっていたことだろう。

朱鷺にとって、碧に出会えたことはかなり大きな収穫で、母親をより大事にしよう、家族を守ろう。しかし、その家族の中には自分がいることを忘れてはいけない。


碧には悪いが、自分は彼のようにはならないと心に誓っていた。



しかし、碧はそれほど弱くはなかった。


「トキちゃん。僕。憎しみ捨てる」

「へぇ……」


その一言に、朱鷺は心底驚いた。あれだけ母と自分を棄てて、母が電話したときには困るの一言で断ち切った男への憎しみへの気持ちで生きてきた彼女がそれを棄てる。と言い出したのだ。驚かない訳がない。



だが、理由はよくわかる。一つは彼の周りには多くの友達が出来た。中学三年の頃から高三まで同じクラスだった事もあり、高校に進学して多くの友達が出来たことはかなり嬉しかった。元々人当たりの良い優男だったから必然であったのかもしれない。

そして、もう一つは恋人の蒼の存在。愛する人がいるということは、それだけで世界が明るくなるものなのだろう。


「それにアオちゃんがいるのに囚われてたらダメかな?って」


その顔には迷いはなかったように見える。しかし、それは一時的なものかもしれない。もし彼が潰れてしまいそうになるならば、その時また自分を頼ってくれるならばその時は力になろう。



それからの碧は幸せそうだった。


苦しそうな、悲しそうな顔をすることはあれど、昔に比べたら少なくなった。泣くことも、自分を傷つけることも本当に少なくなった。


朱鷺は安心した。自分では傷をわかってあげることはできても、癒すことは出来ない。蒼には癒すことが出来た。これでよかった。クラスの友人や、生徒会役員からも慕われていて、学校からの人望も厚く、心から満たされる顔をしていた。



碧は憎しみから、過去の自分から解き放たれたんだ。




しかし、それは卒業式の日に瓦解してしまう。



蒼の両親は大手企業の重役で、一時期は海外にいたこともあった。その両親が帰って来て、卒業式に来てくれた。


蒼はとても喜んでいた。蒼もまた親元を離れて姉妹で暮らすのは心細かったことだろう。



朱鷺は蒼が家族と共にいる姿を優しく見つめている。


しかし、隣にいる彼はそうではなかった。



音もなく、崩れ去った。しかし、煩く崩れ去った。


「あ、……う…………そん……な」


碧は家族がいない。目の前の恋人はとてと嬉しそうに家族と話をしている。そんな姿を見て、自分もこうなりたかった。そう思っているのだろうか?



しかし、そんな感じではなくもっと黒い何か。もっと深い何か。もっと危ない何かを彼から感じた。



朱鷺は碧の手を引いてその場を立ち去る。


誰もいそうにない校舎裏まで。



「どうしたのよ?」


碧は黙っている。呆然としている。今朝、卒業式が始まる頃に見た希望溢れる顔は何処へやら。脱け殻になってしまっている

「ミドリ!!」



「見付けた……」

漸く口を開いたと思えばそんな言葉が漏れた。しかし、良く聞き取れなくて朱鷺は聞き返す。

「え?なんて?」

「………………やっと………………見付けた………………」



見付けた?一体何を見付けたんだろう?わからない。否、心当たりならある。しかし、何故?今なのだ?あったか?そんな瞬間が。

「何を?」


これ以上聞いてしまってはいけないのかもしれない。ひょっとしたら碧は壊れてしまうのかもしれない。だが、それはもう遅かった。


「見付けたよ…………父親………………」


そう言って碧はブレザーの胸ポケットから一枚の古い写真を取り出す。しわしわになってしまった写真。それを見ると朱鷺は目玉が溢れるかと思った。

なんて……なんて残酷なんだ。そんなことがあって良いのだろうか?漸く……漸く碧は写真の男を憎むことを辞めかけていたというのに。まさかその相手が。自分の父親が



「トキちゃん…僕は……僕はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


碧は吐き出した。今朝は何も食べていなかったのだろうか?胃液だけが吐き出されていた。そのあとも嗚咽は続く。それが終われば泣き出した。そんな碧を見て朱鷺も泣くのだ。


彼の希望は消えてしまい、まさしくそれは絶望と言って良いのだろう。




写真の男は、随分と若いが、先程まで二人の目の前にいた男だった。青野蒼が父と呼ぶ男こそが、翠川碧の探していた父だったのだ。






<chapter3 碧の闇-emerald of darkness->




「え?」

「ごめんね。気にしないで」

「それを答えるには色々聞かないと。ミドリは……恨んでるのよね?お父さんのこと…………」

「うん…………」

「殺したいほど?」

「うん…………」

「でも、本当に殺したりはしないわよね?」

「どうかな?僕…………母さんが大切だったし。その大切な母さんは働きすぎて……」

「うん。わかってる。でも。やっぱり憎しみよりも愛を選択してほしい」

「大丈夫。アオちゃんのこと、ちゃんと愛してるよ?」

「ありがと」

「でも、母さんへの愛情も本物。君と比べることは出来ない。そして、母さんへの愛情があるから……どうしても…………」

「私は待つわ。貴方がどんな道を選んだとしても、私は貴方待つわ。それが人から忌み嫌われて酷い事をしても。私は貴方を見捨てない」

「ありがと」





碧はこれで決心がついた。自分の選ぶべき道。何を犠牲にして、何を得るのか。母への愛。恋人への愛。父親への憎しみ。

答えは出揃った。


そして、その時が来た。

「ミドリ?どういうことなの?」

「ああ。アオちゃん。見ての通り復讐だよ?」

「復讐って、どうして私のお父さんを?」

「鈍いな。なんでってさ」



とあるビルの屋上に三人はいた。一人は翠川碧。もう一人は青野蒼。そして、もう一人は青野蒼の父で

「僕のお父さんだよ?」

翠川碧の父でもあった。

「うそ……うそでしょ?」



あの時。碧は蒼に全て話した。卒業式の時に、父親を見付けたことを。すると蒼は「そう」とだけ答えた。その時にもし復讐して、手を汚すなら、私も手伝うと言い出した。しかし、碧はそこまでしてもらう必要はないと言ったが蒼は碧の大切なお母さんを死に追い込んだ人を私も許しておくわけには行かないと泣きながら懇願した。一緒に地獄に堕ちよう。そう言ってくれた。


碧はわかったと言い。二人で手頃なビルを探した。屋上まで登れて、老朽化が進んでいるような廃ビルを探した。運良く見付けたそこで復讐は行われることになる。



そして今日、復讐が達成される時が来た。成功しようと失敗しようとこの先にあるのは地獄。陽の目を見ることはもうない。


蒼はその覚悟は出来ていた。しかし、目の前にいるのは自分の父親だ。それも碧の父親だともいう。


「うそ……」


「うそじゃないよ?ね?お父さん」

碧は椅子に縛られている父と呼ぶ男性の髪を引っ張り顔をあげさせた。


「青野□□。旧姓◯◯□□。大手企業の社長令嬢と交際する中、結婚を考える。しかし──」


しかし、結婚相手は海外での暮らしを希望した。その事に悩んでいたところを翠川××に相談した。翠川××は蒼の父親と古くからの付き合いがあり、また蒼の父親のことを真剣に愛していた。そして、弱っている彼を放っておけず側にいてあげた。



その時に蒼の父親にとっても一晩の過ちを犯した。この時に翠川××の体には命が宿った。それが翠川碧だ。


それから二人は連絡を絶ち、蒼の父親は自分の入った会社の社長令嬢と結婚することを決めた。そしてその女性とも子供を授かる。それが



「僕とアオちゃんだよ?」



「う……そ……」



「本当だよ?裏も取ってある。この写真。お父さんの若い頃のだ。血液型だって僕はOOアオちゃんはBO。そしてこの人もOOと矛盾はない。それに……」


あったあったと碧はいつもの優しい口調でブレザーの内ポケットから一枚の紙を取り出した。


「苦労して手に入れたけどほら?DNA鑑定も一致した。この間アオちゃんの家に行った時にアオちゃんの髪の毛とお父さんの髪の毛、それから……アオちゃんが僕の家に泊まりに来たときに採取した口内の細胞をDNA鑑定をしてくれる機関に送ったんだ。そして、その結果君とこの人は当然父子関係であり、僕と君は異母兄妹だということがわかった……」


蒼は何が何かわからない。自分と恋人の碧が兄妹?そんなバカな事があるのだろうか?



「お喋りも飽きた。そろそろ始めようか?地獄の始まりを……」




そこから碧は椅子に手を後ろにして縄を掛けられている父に対して暴行を加える。髪を引っ張りその顔に膝を入れたり肋を折る程に踏みつけたり、爪を剥がしてみたり。無表情に無感情にそれを実行する。



蒼は覚悟は出来ていた。いいや、出来ていると勘違いしていた。どこかで自分には関係ないと思っていたからだ。もし本当に辛くなれば碧の事から逃げ出してしまえば良い。碧は放っておいても一人で復讐するのだから。


でも目の前のこれはなんだ?どういうことだ?なぜ?わからない



否、予兆ならあっただろう。

卒業式の日に自分の家族を見た時に、朱鷺と共に消えた。そして父親を見付けた。


そして碧が家に遊びに来た日から、父の様子が少しだがおかしかったことに。後日、手紙のような物を見ていたことを。それを破いて、捨てたのだって見ていたはずだ


十分に気付ける程のものではないか。なんて愚かだ。何故気づけなかった?これは自分が防げる事態ではなかったのか?



絵里は涙が溢れだしてくる。地獄が始まった。これを止めることは自分に出来ない。そして、父は地獄を受け入れている。


自分の犯した罪に対しての罰を実の息子から受けている。そして、裁かれる姿を実の娘から見られる。


これを地獄と呼ばないのならば、なんと言えば言い?



「母さんを!!殺したのは!!!お前だ!!!」


碧は父の上半身をさらけ出してそこに鞭を当てた。何度も何度もしなる鞭は、父の体にミミズのアザを作ったのだ。




「ミドリ……やめて!!!」



「アオちゃん?アオちゃんは。蒼はお兄ちゃんと一緒に地獄に堕ちてくれるんだよね?」



「こんなの……おかしいよ……どうして……」



「そんなの僕が生まれて、蒼が生まれた。そして、母さんが死んだその時からこうなることは決まっていたんだ」



「運命だっていうの!!?そんなの!!私は認めない!!!」



「運命?勘違いしたらダメだよ?これは運命なんて不確定なものじゃあない。これは“宿命”なんだよ?」



そう言いながらも罰の手をやめない碧。この時に蒼は碧との思い出が一つ。また一つと砕けていった。父に裁きを与える断罪の手を緩めないその愛した手を見ていると美しかった思い出が全て偽物に見えてきた。そんなこと思いたくないのに。


「碧……私たちの日々は……」

「偽物だよ?当然だろ?妹のこと愛するなんて思うわけないだろ?」



「初めて声をかけてくれたのは?」

「ああ。お母さんが残した住所に蒼がいたからこいつを利用しようと思ったんだ。そして、この間の卒業式の時に確信に変わったよ?折角尻尾を捕まえたのに、何処かに行ってしまったみたいだし」


「じゃあ……」

「そうだよ?君を利用したんだ。君の側にいればいつか現れると思ったからね。だからさぁ。恋人のフリをして一緒にいるのは吐き気がしたな正直。同じ空気を吸うのだって心底嫌だったねぇ」




全てが音もなく崩れ去った。そして新たに芽生えたのは憎しみだった。



愛は失われて、憎しみに変わっていったのだ。



何もかもが憎くなっていったのだ。



「蒼?僕が憎い?兄さんが憎い?いいよ。殺しにおいで」



碧は蒼の足下に何かを滑らせるように投げた。蒼はそれに目を向ける。何かと理解する前にそれを手に取った。これがなんなのか理解する必要はない。


今は、今まで恋人だった、否、恋人のフリをしていたこの男を許すわけにはいかない。



これをこの男に突き立てよう。大丈夫。一度は愛した男だ。せめて、地獄へ堕ちるという約束だけは守ってあげる。



碧から滑らされたそれを手に碧に近寄る。それを見て碧は父を縛られている椅子ごと蹴り飛ばした。その時に紐が切れて父親は漸く解放されたが、既に満身創痍だった。余計に憎悪がました。


碧は移動した。それをゆっくりと追う。碧もナイフを取り出した。



さあ。今から殺し愛が始まる。どちらかが死ぬ殺し愛が。




「蒼。君も僕の復讐の対象。僕の事殺したかったら。殺されないよう頑張ってね?」


その眼はいつもの綺麗なものではなく、とても濁った碧だ。闇を折り重ねて出来た深い深い闇の色。



それは蒼も同じだった。蒼の眼は随分と濁り、その眼は深い闇の色へとなっていた。



ビルの屋上は老朽化が進んでおり柵は幾つか壊れており背にしたら間違いなく落ちてしまう。そして落ちてしまえば間違いなく死ぬ高さだ。



「さぁて。クライマックスだね」


遠くからはサイレンの音が聞こえる。誰が呼んだのか警察が駆けつけたのだろう。

二人はナイフを向けて殺し愛が始まった。



「はっはっはははははは。蒼?そんなものなの?蒼の憎しみって?ぬるい。ぬるいなぁ」



青野蒼は身体能力が高く、反対に翠川碧は体が弱く、身体能力は低かった。身体能力は蒼の方が高い。しかしこの場において身体能力の差などあってないようなもの。もっとも大事なエネルギーはそんなものではない。



「僕はね?ゴホッ……ゴホッ……ずっとずっとずーっと、…………憎しみを糧に生きてきたんだ。それがたった今生まれたての憎しみなんかに負けるわけゴホッ……ゴホッ…………ないだろ?」


その通りだ。蒼の憎しみ等今生まれたばかり。対して碧は物心付いたときには既に抱いていた。そして、母の死をきっかけにそれは爆発的に成長を遂げた。そんなものが蒼に負けるはずはないし、そんなものが、碧に届くはずなどない。



しかし、この場には二人だけではなかった。勝敗を分けるとしたらまさにその差だろう。



「なっ!まだ動けたのか!!死に損ない!!」



二人の父は碧の脚にしがみつく。やめてくれと潰れた喉で叫んでいる。そんな死に損ないに気を取られた時にナイフを振りかぶられた。


何とかよけるが、碧の脚に刺さってしまった。それを抜き取りなんとか距離を取ろうとする碧。しかしもう後ろに下がることは出来ないところまで来ていた。



「碧……いいえ。兄さん。終わりにしましょ?」


蒼は詰め寄っていた。後ろの柵はもう壊れかけており、少しの体重を掛ければ壊れてそこから落ちるのは目に見えている。


逃げ場のない碧。碧の勝ちだ。


蒼はナイフを拾って碧に突進する。その時


「アオちゃん……」


手を広げてそこに立つ青年は、先程までの無表情で濁った眼をした男ではなく、自分の良く知る、自分の愛した優しい青年だった。その人は眉を下げてそれでも、どこまでも優しく笑っている。


そうだ。この人は碧なのだ。自分の愛する碧なのだ。止まれ!止まってくれ!そう思うが体はもう動いている。なんとかナイフを捨てたが、突進した勢いは止めることは出来ない。



その時に碧を突き飛ばしてしまったが、



「ミ、ドリ……」

蒼は間一髪、碧の事を掴んだ。しかし、碧の体がいかに華奢であろうと、女子である蒼が支えるのには限界があった。

掴んでいる両の手はギリギリと悲鳴をあげている。


「なにをしているんだ!?早この手を離せ!!」

「ムリよ。だって。貴方はミドリなんだから。兄だからとか、憎しみの対象だからとかの前に貴方は私の愛するミドリなんだから」

「だからそれは!!」


バンっ!!その時屋上の扉が開いてゾロゾロと複数の人間がやって来た。

「そこまでだ!!」

そう。そこへ現れたのは警察だった。

「斬り裂き魔翠川碧!!傷害罪の容疑及び現行犯だ!!逮捕状も出ている!!」

逮捕状を持って警察が駆け寄ってきた。

「え?ミド……リ?」

蒼は後ろを振り替える。そしてすぐさま碧の方へ向き直る。

「ごめんね。これしかないんだ……じゃあね……サヨウナラ…………」

そう言って碧はまだポケットに隠していたナイフを蒼の手の甲に突き刺した。

堕ちていく碧の顔は最後まで優しい顔をしていた。その動く口はこう言っていた。

“ごめんね?アオちゃん。愛してるよ”


と。






<chapter4 愛と憎しみ-love and hatred->



翌日のニュースやワイドショーには斬り裂き魔の死が取り上げられていた。


斬り裂き魔は老若男女関係なく不特定多数の人間を斬り付け、急所に斬り付けてない事や重傷者は出ていないことから、ただ斬り付けて遊びで行っていたことから、その悪質性も高く、サイコパスであったと報道されていた。また、この斬り裂き魔は未成年の少年だったことでも世間を賑わした。


通報したのは彼の友人で、またその友人も被害にあっており、警官が駆け付けた際も、自身の恋人とその父親を正に殺しかけているところだったがビルから落ちそうになっていた。



最後はそれでも自分を助けようとしてくれた恋人の手を隠し持っていた最後のナイフで斬り付け、そのままビルから落ちて命を絶った。


警察は交際相手とその家族と何らかのトラブルがあったのではないかと調べている。


この事件は昨今の中でとてもショッキングな事件として人々の記憶に今は根付くのであった。




「ここまではミドリのシナリオ通りだったのよ」


紅朱鷺は病室のベッドで寝ている蒼に語りかけていた。



「ミドリはね?悩んでいた。母親との愛情と、父親への復讐の間で。そこへアオ。あんたへの愛情が入ったことで愛情が勝ったのよ。父親への憎しみは捨てたって言ってたわ。でもあの日……出会ってしまったことで運命は変わったのよ。ううん。あいつの言葉で言えば宿命は変わらなかったのよ」

碧はよく言っていた。運命は変えられると。しかし、宿命は変えられないと。

「そして、卒業式の日に決心したんだって」

その話を紅朱鷺が聞いた時。この結末は見えていた。



蒼が碧の家に行った日、蒼は碧の家に泊まった。そして、蒼が家に帰って直ぐに碧は朱鷺を呼んだ。

「…………」

「どうするの?」

朱鷺が出された紅茶を啜りながら、碧に問いかける。残酷なことを聞いている自覚はあった。それでもここに呼ばれて、それに応じた以上は彼の答えを聞くのが“心友”としての自分の義務だと思っていた。

「僕は。父親を許せない」

やはりそうか。朱鷺は思った。その答えが導き出すものは地獄だろう。朱鷺は一呼吸置いて、

「そう。じゃあ殺すの?」

その言葉を言った時に、心が痛んだ。昨日は卒業式だったというのに、自分はなんて事を彼に言っているんだろう?心友に非道い事を言っている自分が憎かった。

だから彼の行うことは全て肯定しよう。例え世界が彼を否定しようとも自分だけは彼を肯定しよう。

しかし彼の言葉は予想とは違った。

「ううん。殺すのは父親じゃあない」

父親ではない。その言葉に、朱鷺は固まる。殺すのは父親ではない。となれば、考えられるのは恋人であり、妹だと思われる人物。

「まさか、アオを?」

しかし、碧は首を横に振る。

「ううん。殺すのは」

その次に出てくる言葉が朱鷺には予想できた。でも聞きたくなかった。その言葉だけは。

「僕自し─」


バンッ!!テーブルを激しく叩く。彼の事は全て肯定したい。誰を殺すにしても肯定したい。共犯が必要ならば自分がなってあげても良い。残酷な宿命を背負った彼を一人で地獄にいかすわけにはいかない。自分も背負ってやる。だから、どんな事でも肯定しよう。そう思った。



だが、彼が言いかけた言葉。恐らく自分自身という言葉だろう。そう思えば、それは引っくり返ってしまう。それだけは許せない。朱鷺は本気か?と睨み付ける。しかし碧はいつも通りに優しい眼をしている。


名前の通り、エメラルドのように爽やかな笑顔。安らぎを与える碧のような笑顔が、真紅のガーネットのように燃ゆる感情を穏やかにさせた。



「あのね…僕。アオちゃんを……ううん。蒼を愛してる。それで母さんも愛してる。そして、母さんを愛しているからこそ、父親を憎んでしまう。どうしようもないくらいに。でも蒼の事を愛してるから、父親を殺すことは出来ないよ。そんな事をすれば、蒼は悲しんで、自分を責めてしまうから」

「だったらどうしてあんた自身が死ぬことになるのよ?」

「簡単なことさ。そうするしかないんだよ。そうするしか……」



母親への愛。恋人への愛。父親への憎しみ。その全てを背負い、その全てを選べない。しかし、それでも答えを出さなくてはいけない。

自分の生きてきた人生は、そんなに甘くない。憎しみを捨てることは出来ないのだ。だが、その憎むべき相手が父親で、しかもその父親が蒼の父親であると言うのならば、その父親を殺せば蒼は悲しむなんて生温いものではない。



だったら蒼に恨まれて、自分で命を絶つべきだ。そうすることで、蒼も守れ、母の遺品に復讐を誓ったというのに、それを破ることになる。だからその誓いを破った罰を受けることにした。



碧はそう考えてた。そして、その考えは誰に否定されても、曲げるつもりはない。


優しいその眼を見れば彼がどれだけ本気かがわかった。



朱鷺は泣いた。彼の選んだ答えはあまりにも救いがない。彼の選んだ答えはあまりにも残酷だ。



「ごめんね。トキちゃん」


「私はアンタを止めたい!!でも、アンタを止めることは出来ない……止めていいハズがない……だって……だって!!!」



もう碧は、恨まれて死ぬことでしか愛する人の気持ちを守れない。愛する人の想いを守れない。可能であれば自分が二人の父親を殺して、二人から恨まれてやりたい。しかし、碧はもう決心がついている。


碧は真剣に蒼を愛していたのだ。だから蒼を傷つけず、蒼が自分を憎しむことが正しかったと思わせることにした。



父親に復讐をし、蒼に自分を恨んでもらって、愛を憎しみに変えてしまい、命を絶つ覚悟が出来ている。


その常軌を逸した覚悟を肯定しよう。いいや、しなくてはダメだ。



だから、だからせめて今だけは泣かせて欲しかった。二人の心友の愛の結末と、悲惨な宿命を受け入れるから。だから今だけは思いきり泣かせて欲しかった。



「出来るの?」

「大丈夫。今なら何でも出来る気がするんだ」


碧は斬り裂き魔になり、無差別に人を襲うことを提案した。


蒼が自分への憎しみが大きくなりすぎて自分を殺してしまった時、正当防衛が認められるように仕向けるには、自分がサイコパスな犯罪者で、且つ自分の父親を傷つけられ、それを守る意思を持たせる必要がある。そうすれば正当防衛は認められるハズだ。



無論そうならない為に最善……いいや、最悪を尽くす。


最後まで蒼には自分を憎んでもらう。



でもそれでももし、自分の真意に気付き自分を助けようとするかもしれない。その時のためにナイフは多めに持っておくことにする。


「それじゃあ蒼の家に行ってくるね」


「ええ……」


碧は蒼の家に行った。目的は蒼と、父親の髪の毛だ。





母親への愛情も、恋人への愛情も、父親への憎しみも捨てられない。しかも、その父親が自分の恋人の父親だった。



この愛と憎しみのどちらかしか選べなくまたどちらを選んでも何かを裏切ることになる。碧が選んだのは何も選ばず、そして、全てを裏切る事だった。その代償として賭けたのが、


「ミドリ自身の命だったのよ」



紅朱鷺は全てを知っていた。斬り裂き魔になっていた。理由も。



「斬り裂き魔はね?もしものための保険。あんたがもし自分を刺し殺しても正当防衛が、認められるようにするために斬り裂き魔になったの。わざと、足が着くようにしてね」


ま、それでも無関係の人を傷付けたのは大きな罪だけど。



「あ、これ。アイツが残した手紙よ。渡すかどうか悩んだけど、やっぱり渡すことにするわ。あと、アイツの遺産は皮肉だけどあんたの父親が相続することになっているらしい。それが──」



その言葉の後半は蒼の耳には入っていなかった。


蒼に渡された手紙と言う名の遺書にはこう記されていた。




─愛するアオちゃんへ─



『 これ読んでるってことは、トキちゃんから全部聞いたのかな?ごめんね。何にも言わないでこんなことになってしまって。本当はこんな手紙遺したらダメなんだろうけど書くことにした。


僕ね?アオちゃんのこと本当に大好きで愛してるよ。それはホントにホント。

でもね?母さんのことも愛してる。


それでね?母さんのことを愛しているが故に母さんと僕を捨てた父親のことが許せなかった。母さんへの愛と父親への憎しみは切り離すことの出来ない感情だったんだ。母さんへの愛が強ければ強いほど父親への憎しみは強くなっていった。


それで母さんが遺した父親がいるであろう住所に行ってみたらさ表札の名前が違うくて、帰ろうかな?そう思ったらなんと君が、出て来た。うわぁー綺麗な人って思ったよ!それでね?この街には父親の手掛かり探しに来たんだけど、また綺麗な君に会えるかなぁーって思ったんだ



そしたら同じ高校で、同じクラスで、名前も同じ“アオ”だったし運命感じたんだ。



それから仲良くなって、一緒に帰ったり、勉強をしたり、生徒会したり、付き合い出したり。いつしか、母さんへの愛よりも、アオちゃんへの愛の方がずっとずっと大きくなってた。



でね?憎しみは捨てることにした。でも、アオちゃんのお父さん



ううん。僕のお父さんでもあったね。に出会ってそれまでの憎しみがまた大きくなってしまった。憎しみのその相手がまさか恋人のお父さんなんてな……


アオちゃんと僕は、ううん。蒼と僕は運命やなくて、宿命で繋がれてたんだ


名前も読み方は“アオ”と“アオ”だしね


やっぱり父親は憎くて殺したかった。でもそうしたら蒼が悲しんでしまう。そんなことしたくなかった。でもお母さんを苦しめて、お母さんが助けを求めたのにその手を取らなかった父親を許せるほど、僕の憎悪は小さくなかった。



だから決めた。蒼に恨まれれば、僕の事を恨んでくれれば、蒼は自分を責めることはない。

あんな男に騙された。もう許さないと憎んでくれれば父を家族を守ったと思えるんじゃないかなって


あとはトキちゃんに聞いた通りだと思うよ?蒼が僕を殺してしまっても正当防衛になるように、僕が快楽殺人鬼の真似事をしたサイコパスな斬り裂き魔であればきっと罪に問われる事はない



でも結局こうやって手紙を残してしまえば君は自分を責めちゃうよね。蒼は優しいから……

ごめんね。最後にこんなこと遺して。こんなものを背負わせてしまって。』







蒼は手紙をくしゃくしゃにして涙を流していた。



「わからない。わからないよ。一体何が正しかったの?どうしてこんなに残酷な宿命を背負ってしまったの?」

「ちゃんと、最後までみた?」

「見たわよ!!!」

「そう。だったらミドリ最後になんて書いてあった?」

「こんなもの遺してごめんって。背負わせてしまってごめんって」

朱鷺は手紙を指差す。

「やっぱりちゃんと読んでないのね。あんたの握ってるそれ。アタシからは見えてるけど裏にまだ何か書いてるわよ」



朱鷺の言葉の通り、まだ続きがあった。






『 でもありがとうね。



ちょっとでも恋人でいてくれて。幸せだったよ。

宿命は変えられないけれど、蒼と恋人になれる運命は勝ち取れた。それは本当に幸せだったよ





じゃあね



僕の愛するアオちゃん。僕の愛する妹の蒼。もう一人の妹、亜衣と仲良くするんだよ?』




「なによ……これ……結局最後まで詠んでみたって…………こんなのわかんないわよ…………何が間違いで何が正しいのかわからないわ」


「そうね。でもわかることがあるわ」

朱鷺は上を向いて眼を瞑った。そして大きく息を吸い込んで、眼を開けて、蒼を見る。



「ミドリは幸せだった。ミドリはあんたのことが好きだった。憎い父親の子供で、異母兄妹のあんたのことを愛していた」

その言葉を発した時、朱鷺も涙が溢れる。朱鷺自身も、翠川碧の事が好きだった。愛していたのだ。だからこそ、最後まで彼の味方でいて、彼自身の事を肯定し続けた。


「だからその気持ちが!!!」

「わかんないわよ。誰にも。でも。あんただけはわかってやりなさいよ。わからないなら、わかるまで生きてやりなさいよ。それが遺されたあんたにしてやれることよ。恋人としでもいい。妹としてでもいい。ミドリが……碧が幸せだった意味をあんたが見つけてやんなさい」


朱鷺は病室を後にした。蒼は朱鷺が病室を出たのと同時に慟哭する。喉が裂けそうな程に。それは外に出た朱鷺と、


「紅先輩……」

「朱鷺」

「紅」

病室の外にいた、翠川碧を慕っていた友人や、碧や蒼と同じく生徒会役員を勤めていて、新学期より生徒会長となる後輩達にも聞こえていた。


「アンタ達……帰るわよ」

「説明くらいあるんだろうな」

「わかってるわ。場所を変えましょう」


朱鷺は共犯者だ。ここにいる彼等、彼女等に説明くらいして、罵声を浴びるくらいはしなくてはいけない。皆を引き連れて病院を後にする。



それでもまだ、蒼の病室からは蒼の慟哭が響き渡っていた。



退院してすぐ、蒼は何度か死のうと思ったが死ぬことはなく、碧の人生が幸せであった理由を探すために生き続けた。

どんな事があってもその意味を見つけるまでは生きることを、やめなかった。死ねなかったのだ。





そして、あれから早くも十年が経つ。碧の興した事件は三ヶ月で沈静し、半年経てば人々の記憶から抜けていた。色濃く根付いた事件だったはずだが、過ぎてしまえばこんなものだ。


今ではもう過去にすらなっていなかった。


しかし、身近にいた彼女達は決して忘れることはない。



朱鷺は、学友、後輩達に散々罵られた。知っていてたのに止めなかったのか。どうして自分達に話さなかったんだ。生きていれば違う道もあったんじゃないのか。と


確かに彼等の言うとおり。なのかもしれない。碧もそんなことはわかっていた。

しかし、そんなに簡単ではないのだ。人の感情と謂うものは。そんなに安くないのだ。人を憎むと謂う気持ちは。そんなに美しいものではないのだ。人を愛すると謂う感情は。



親友の、いいや、心友の朱鷺ですら止められなかったのだ。他の誰にも止められないし、他の誰の言葉も通らない。



でも、あの時わからなかった碧の気持ちが、蒼や朱鷺を始め、友人達は今なら解る気がしていた。

大切な何かを守るとき。同じくらい大切な何かを捨てなくてはいけない時がある。あの時の碧にとって最も大切だったのはやはり、恋人の青野蒼だった。のだろう。

そして、その代償として自分の命を賭けたのだろう。



皆、この世界で生きており、大なり小なりそれぞれなにかを抱えて、それぞれ傷つけあって生きている。



それぞれ違う痛みを抱えている。



死のうと思った事だってあるハズだ。特に蒼は何度も何度も死のうとした。愛する人が死に、愛する人と自分の宿命を呪って何度だって。でも死ななかった。


死のうと思った時には必ず碧が残した手紙を読むことにしていたから。



手紙が手元に無いときは、自分の手に出来た最後に碧が残してくれた大きな傷を見るようにしていた。



そして、蒼はカウンセリングの仕事を始めた。大学に進学してからは、少しでも碧の事を理解しようと、心理学を学ぶことにし、その流れで現在の職に就く。



学校のカウンセラーとして、思春期の子供達の悩みを聞く事が、沢山の痛みを知ることが、碧への理解に繋がるハズだから。


そう信じて





「青野先生……私…生きているのが辛い」

こんな相談は日常茶飯時だ。しかし、理由は毎回違う。もちろん理由が違えば答えも違う。ただ、それでも蒼は最後に言うことがある。



「生きることをやめてはダメ。生きることは傷つくこと。生きることは痛いこと。逃げたっていい。止まったっていい。だけど、生きることだけはやめてはいけない。その先に光があるかもしれない。ないかもしれない。でもそれを探して生き続けなくてはいけないのよ。それが生きるってことなの」


それを必ず言う。

太陽の暖かさも、月の美しさも、四季の匂いも、人の温もりも。死ねばわからなくなる。感じられなくなる。

こんなこと。答えになっていない。そんなことはわかっている。

人は言う。生きている意味なんてあるのか。

人は言う。生きている意味がわからない。

しかし、その意味がわかるまでは死んではいけない。生き続けなくてはいけない。

答えなんてこの世にはないのかもしれない。それでも探して生き続けなくてはいけない。

どれだけ苦しくて、辛くて、悲しくても生き続けなくてはならない。

私達は痛みの中で

それでも輝きを探さなくてはならない

例え輝きがなかろうとも

例え真っ暗な世界であろうとも

生きている限りは手を伸ばさなくてはならない




生きることをやめようとしているあなた


死ぬことはいつだって出来る。だけど、生きることは今しか出来ないんだ。


だから、どうか生きることをやめないで?


生きる意味を探して?生きる価値を見つけて?



死ぬのはそれからでも遅くはないでしょう?






<final chapter

碧の終わり-emerald of the end->


『ふぅー僕が死んじゃって。ここ。地獄に来てから結構経つな。ホント。毎日毎日拷問されて、死んでは生き返って、そしてまた拷問されての繰り返し。はぁ………ま、あれだけのことをしたんだ。仕方がないか。さて?次はどんな地獄かな……って……あれ?ここは……』



『アオ?』



『!?』



『母……さん?』



『碧』



『母さん!?どうしてここに?って、あれ?ここは……』


『貴方とお母さんが住んでいた家よ?狭いけれど我慢してね』



『母さん…………母さん!!!ごめんね?母さん。僕ね?悪いことして死んでしまったんだ。父さんをね?殺そうと考えたんだけど、やっぱり出来なかったよ。それどころかね?お父さんの娘。僕の妹のこと、真剣に愛してしまった。母さんを苦しめた、殺したアイツの娘を愛してしまった。復讐すること出来なかった!!!人もいっぱい傷つけた!!!』



『本当にね。無関係の人を傷付けたのはどんなことがあってもダメよ!!?』



『ごめんなさい!!ごめんなさい母さん』




『人を恨んだりしたらダメよ!!?ましてや貴方自身のお父さんを殺そうだなんて絶対に許されることじゃありません!!復讐なんてしてはいけまけん!!!』



『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい』



『でもね。碧。貴方に苦労かけてごめんね。苦しい思いをさせてごめんね。辛い宿命を背負わせてごめんね。愛した人といつまでも一緒にいさせられなくてごめんね。早くに死んでしまって、寂しい思いをさせたこんなお母さんでごめんね。』



『謝らないでよ。僕だって母さんを助けたかったのに……守りたかったのに……僕は母さんさえいれば何も……』


『うん。うん。わかってるよ。ごめんね。ごめんね。碧はこんなにも優しい子なのに、非道い事をさせてごめんね。復讐はダメだと言ったのに、そこまで想ってくれていたと喜ぶお母さんでごめんね。碧。こんな時に幸せを感じる悪いお母さんでごめんね』



『ううん。ううん。お母さん謝らないで?僕ね?お母さんさえいればもうなにもいらないよ?お母さん。お母さん。もう苦労しなくていいからね?僕もお母さんの側にずっといてあげる』



『ありがとう。碧。お母さんは碧が息子で本当に幸せよ?碧は?』



『僕もお母さんの息子で幸せ。これからは二人ずっと一緒だよ?』



『そうね。ねぇ?碧。貴方の話を聞かせてくれるかしら?』



『いいよ。あ!そうだ!!今日食べたいものある?何でも作ってあげるよ!!』



『フフっ。碧の作ってくれるものなら何でも嬉しいよ』



『じゃあ……またチーズの入ったハンバーグ作ってあげるね』



愛と憎しみ。


どちらか一つしか選べないのならば?


どちらを選んでも誰かを裏切ることになり、

どちらを選んでも地獄へ堕ちるのであれば


あなたはどちらの感情を選びますか?







初めまして。藤雨期音由と申します。今回は私の作品を読んで頂き、誠にありがとうございます。さて、皆さんも一度は人を愛したことはあると思います。人を恨んだこともあるかと思います。


今回のテーマは愛とに憎しみという者にスポットを当ててみましたが、恋愛に限らず、何かを得るためには何かを捨てなくてはいけない時があるでしょう



その時に絶対にどちらかしか選べない時が来るはずです。というか、自分は来ました。その時どうするかを考えてもらう内容でした。

私の場合は今回の碧くんのようにあそこまではいきませんが、当たらずも遠からずっていうかんじでした。



間違った選択でも時にしないといけないとき、この話を思い出してくれれば幸いです



ただ、それでも、無関係の人を傷付けるのは絶対にしてはいけません



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ