アンダー・ザ・タイトロープ(三十と一夜の短篇第5回)
ベランチョ族はもともと、樹上生活を営んでいた。ジャングルの木々のあいだに、蜘蛛の巣のように縄を張りめぐらせる。虎に喰われぬための工夫である。彼らは縄の上に生き、縄の上で死ぬ。弓矢と網で鳥を捕え、木の実を採る。熱帯樹の葉で拵えた器に雨を溜め、飲用と手水につかう。熱帯樹の葉を編みあげた貫頭衣を纏い、糞尿は縄の下へと垂れながす。「ベランチョ」という一語の発声、硬軟強弱によって意思疏通のすべてをカバーする。
彼らは原始的かつ、単純明快な社会を運営していた。今世紀に至るまで、彼らはわれわれとのかかわりを持たなかった。われわれに発見されることがなければ、彼らはいまでもジャングルでの樹上生活を継続できていたはずである。
彼らは発見された。発見の主観がこちらにあることは、われわれの傲慢を証明している。彼らの存在は元来、認証と認知を必要としていない。彼らは彼らのみで存在し、それによって困窮するようなことはなかった。
われわれに発見されたことにより、彼らは窮乏する。われわれによる収奪。彼らの棲み処たるジャングルを、伐採によって消滅させた。われわれの文明に彼らを受けいれ、彼らに病原菌を付与した。抗体を持たぬ彼らは、つぎつぎと死んでいった。五千人はいた彼らベランチョ族は、いまでは百人にもみたない。混血も進んでいるので、純血のベランチョ族という者はもう存在しない。彼らは文明を知って文明に溶けこみ、その特異な生活様式を棄てた……かに見えた。
われわれの文明の象徴たる、均一化された高層ビル群。彼らはその二百メートルの高みに、喪われたジャングルを見いだした。いつのまにか、ビルとビルのあいだに鋼鉄のワイヤーが張られていた。四方八方のビルからワイヤーを交差させて、浮き島をつくりあげている。地上から仰ぎみると、空に張られた蜘蛛の巣。
われわれに発見されるまで、彼らは鉄さえも知らなかった。加工には石器を用いていた。それが銀色の酸素マスクと気密服で着かざり、携帯型対空ミサイルとマシンガンでわれわれを威嚇する。地上で確保した食料と飲料を、ワイヤーの中心点で保管する。そうしてインターネットをつうじ、彼らは主張する。それは世界五十ヶ国の言葉に置換される。
「われわれベランチョは、喪われた生活様式を取りもどす。還るべきジャングルは、もうない。ジャングルを知らぬ世代が殖え、いづれベランチョの文化を知る者は死に絶える。血は混じり、純血のベランチョはいなくなった。ベランチョが滅んでしまうまえに、われわれは行動を余儀なくされた。われわれは先祖の伝統を守るために、自衛闘争を辞さない。この一帯の空は、われわれの領土であることをここに宣言する」
空の一部を占拠された国の行政府は、黙殺を決めこんだ。旅客機の空域には至らない低さであり、彼らは害をなそうというわけではない。度かさなるビルへの不法侵入は、当事者以外にはあまり関係がない。侵入されて、なにかを盗まれたり壊されたりするわけではない。ただの補給路として利用されるのみである。
ときおり降ってくる金色の雨雹さえしのげれば、どうということもない。