さよなら、『高輪晴司』君
何もない、真っ白な空間。
その中に一人、僕は立っていた。
……いや、一人ではない。
よく見ると、遠くに一人のパンツスーツの女の人が立っていた。
その女の人はゆっくりと僕の方へ足を進めてきた。その人の姿が段々はっきりして行くにつれ、僕はその女の人のあることに気付いた。
…………この人、僕と随分顔がそっくりだなあ。
「……あなた、いつも楽しそうね」
いつの間にか女の人は僕の目の前にいた。驚いて飛び退きそうになるも、その言葉に思わず「え?」と返す。
「いつも楽しそうじゃない、そうでしょう?」
「は、はあ……」
問いかけてくる女の人に戸惑う僕はそう答えるしかなかった。
でも確かに、僕は毎日が楽しい。
高校では友達に囲まれて、先生にも恵まれ、家には賑やかな家族がいる。何一つ不満なんて無い。
だけど、何でこの人はそんなことを知っているんだろう?
「…………ごめんね晴司、私しくじってしまったみたい。もう行くね」
え? どういうことだろう……? というか、なんで僕の名前を?
「え、あの、これは……?」
「せっかく楽しそうに暮らしているのに……本当に、ごめん…………後はよろしくね」
「ちょ――」
僕は思わず、段々と消えていく女の人に手を伸ばした――。
パシッ
薄暗い自分の部屋に、窓から朝の光が差し込んでいる。
「夢?」
僕が夢の中で女の人に伸ばした手は、今は目覚まし時計を止めていた。
僕はゆっくりと体を起こすと、夢の内容を思い出そうとしてしばらく熟考した。
「……結局、あの人誰だったんだろう」
あの人僕の名前は知っていたけど、自分の名前教えてくれなかったよなぁ。でも、顔が似ているってことは自分に何かが起きるってことか……?
だけどこれ以上、熟考している時間は無かった。
「……げっっ!! こりゃ時間無さ過ぎだ!」
起床予定時刻、40分超過。
準備を済ませて家を出るころにはすでに遅刻は確定していた。
「おはよう母さん! 今日は朝はいいから、もう学校行くよ!」
僕は行く前に、台所で仕事をしている母さんにそう断った。
しかし、全く返事無し。
母さんは僕の言葉に見向きもせずに、台所で皿洗いを続けた。
もう一度言ってみても、やはり聞こえているようには感じない。
――きっと水音で聞こえにくかったんだ。帰ってから説明すればいいか。
もうほとんど時間が無かったので、とりあえず今は家を出ることにした。
ところが、学校の教室に着くまでの間、おかしなことが多々起きた。
横断歩道で自分が渡っているのにも関わらず、右折してきた車に轢かれそうになったり、道端で水撒きをしている人に水をかけられても何故かすぐに止めてくれなかったり、校門の前で立っている先生に特に怒られずに(というか何も言葉を発されずに)すんなり入れたり、廊下ですれ違った先生にもやはり何も言われなかったりと。これは流石に疑問を持たずにはいられなかった。
車はともかく、校門の先生の反応は明らかにおかしい。びしょぬれの生徒がいたらそりゃあ見てしまうだろうに……。
ようやく教室に着いた。なんとかHRには間に合ったようだ。
小心者の僕は、後ろの扉からそろりと入ることにした。
「ち、遅刻してすみません! 高輪です!」
無反応。誰も見向きもしない。これはいくらなんでもおかしい。
担任の先生は僕の姿に気付かず、そのまま出席をとっていた。仕方なく僕は自分の席に座った。
出席順からして、まだ僕の名前は呼ばれていない。
「曽根君ー」
「はーい」
次だ。
「高輪君ー」
「は、はい」
「……については後で話があります」
……え? 何だそれ。後で説教ってこと?
教室もざわついた。「あいつなんかしたのかよ?」だの、「説教ですかー?」だのがよく聞こえた。
しかし、こんな言葉があった。
「でも今日、あいつ学校来てなくね?」
「……!?」
なんで? 僕は今ここに――。
「いや、僕はここにいま……」
「では出席とるから静かにして」
その先生の一言で、教室のざわつきは収まった。だけど、僕の胸のざわつきは全く収まらなかった。
やっぱり、今朝から何かがおかしい――――!
出席をとり終わった先生は、急に改まって僕らの方へ視線を向けた。
「さて、さっきの高輪君の事ですが……、説教ではございませんよ。現に彼はいないでしょう」
いや、だからいるって……。
「静かに、真面目な話です」
先生は再び始まった教室のざわつきを止めた。そして、妙に真面目な顔つきになった。
それがきっかけのように、教室は一気に静かになった。
先生は一回深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「先程、連絡がありました。――高輪君は、今朝、亡くなったそうです」
…………はい?
前回もそうですが、初投稿です。
変な所もあるかも知れませんが、次話からも読んで頂ければ幸いです。