三
牢屋生活がずっと続く中、ラースは外の状況をクレスから文通で教えてもらった。自分は残飯を食べるだけの野良猫みたいな生活を送っていただけだったが、仲間達は心身共に成長し、生活にも変化が現れたようだった。
まず、一番生活が大きく変わったのは、りん達ニンジャだった。ニンジャ達の存在が世間に知られ、許容されるようになってから、ニンジャ達は人間達の生活に溶け込むようになっていったそうだ。これは、セラがかつてあかねにそう望んでいると話していたことだ。
りんは、自分がいつか帰って来てくれることを信じ、フェル婆さんが営んでいたリバームルの宿屋で働いているそうだ。仕事ができる上に美人なのもあり、瞬く間に宿屋の看板娘になってしまったらしい。
なぎさは、戦闘の腕を買われ、アルテリア帝国騎士団の戦術指南役に抜擢された。「騎士団も軟弱者が多い」などと愚痴を吐きながらも、特に元バルドロス帝国騎士団だった兵達の心身を鍛え直してくれているそうだ。
りゅうとれなは、結婚してアルテリア城下町に二人暮らしをし、寿司屋を営むようになった。寿司とは酢飯の上に魚の切り身を乗せた代物だそうだ。これがとても好評で、毎日行列ができるほどの大繁盛らしい。一度は食べてみたいとラースは思ったが、残念ながら牢屋の中で指をくわえることしかできないようだ。
あかね、かすみ、あきらの年少組は、カーツ国王との戦いにより得た報酬金で、まず学校に通わせてもらうことになった。人間の言語や文化、歴史など、一から学んでいったそうだ。
そして、約十年経って学校を卒業してからは、各々の道へ進み始めた。一番意外だったのがあかねで、コナン帝国でペットショップに立ち寄って以来、動物に興味があったらしく、獣医になることを決意した。学校で一から勉学するよりも遥かに険しい道のりを歩んでいったようだが、それでも意志は固く、どうにかコナン帝国で獣医を営むようになったそうだ。
かすみは歌うことに興味を持ち、歌手の道に進んだ。持ち前の真面目さと心に響く歌声が評判を呼び、今では人気アーティストの一人に数えられているそうだ。
あきらは、忍術のセンスこそなかったものの、物作りには興味があったらしく、おもちゃ作りの道に進んだ。これは、マルクと同じ道を辿ったことになる。よって、あかね、あきら、かすみの三人とマルクは親交が深く、何ならあかねとマルクが結婚こそまだしていないものの、それを前提にお付き合いをしているほどだ。一方のかすみとあきらはというと、かすみの方からあきらに告白をし、結婚するに至っているらしい。あとはあかねがマルクと結婚するのを待つばかりだが、あかねがなかなか強情で結婚まで踏み切れていないとのことだ。
次に帝国の国政も大きく変わった。まず一番変わったのが、バルドロス帝国が二大帝国の統治力を放棄し、自らコナン帝国、ヴィザブール帝国と同じ地位に成り下がった。これに伴い、国の呼び名もアルテリア帝国以外の三国は王国と呼ばれるようになり、しばらくはアルテリア帝国が世界を統治するようになった。法律も大幅に見直され、特に、国王が違法により裁かれるときも、帝国会議ではなく裁判にて行われるようになったとのことだった。
アルテリア帝国は相変わらずクロムが国王を務めているが、騎士団の組織構成は大きく変わった。まず、騎士団長を務めていたキルバードは、定年を過ぎてから騎士団長の座を退き、なぎさと同じ戦術指南役を務めるようになった。これまでの気楽な性格とは打って変わり、ルーク以上に厳格な姿勢で騎士達を指導しているらしい。その事実が、民衆からの信頼を回復する後押しになってくれていた。
では今の騎士団長は誰なのかというと、クロム国王はカルロスを最初に抜擢したが、カルロス自身が「もう歳だし、俺の実力はクレスに劣っている」と遠慮し、クレスが騎士団長に任命された。クレスは騎士団長になってから、善者が傷付くことのないよう、法で悪人を徹底的に裁くことを決心するようになった。一部の民からは厳格過ぎて怖い印象を持たれているようだったが、クレスの取り組みは功を奏し、犯罪率の減少に大きく貢献したそうだ。ちなみに、新人のメイドとは今では夫婦の仲にあり、一人の娘を授かっているとのことだった。カルロスの方も、部下であるアンと結婚し、仲睦まじく暮らしているらしい。ビックス、ウェッジ、ユンの三人は、それぞれ隊長を任されるようになるまで出世したそうだ。
バルドロス王国は、地位こそ前より落ちたものの、景気は前よりもむしろ良くなっていっているとのことだ。これは、現国王であるエドウィンが、城下町を発展させるよう努めたのが大きな要因となっている。今では年に二回ほどパレードが開かれており、仲間達もたまにデートスポットとして訪れているそうだ。
そして、ユノが数百年前に断ち切り、アルテリア帝国とバルドロス王国との隔たりを作っていたイーストの大陸の断崖絶壁には、馬車が行き来できるほどの大きな橋が架かるようになった。これは、アルテリア帝国とバルドロス王国との不仲が解消されたことを示していた。地位こそ違うものの、クロム国王とエドウィン国王は今や互いに手を取り合い世界統治に励む関係にあるとのことだ。
世界平和が続くにつれて人口も増え、少しずつ各地に村や街が建設されるようになった。ウェストの大陸もユノやユピテルがいなくなったことにより、悪天候に晒されることはなくなったものの、こちらに村や街が建設されることはなかった。
最初にウェストの大陸に作り上げられたのは、月へ飛ぶための宇宙ロケットだった。この開発には、レミーが大きく貢献してくれた。まるで、今は亡きアールの意志を継いでいるかのようだった。あと数年すれば、ロケットに搭乗し、宇宙を跨いで月面に着陸するのも夢ではなくなるかもしれないとのことだ。
リバームルで宿屋を営んでいたフェル婆さんは、ラースが人を殺傷し、終身刑を受けることになって以来、ショックのあまり衰弱し、そして五年も経たぬ内に他界してしまった。これもまた自分に対する罰であるとラースは考えた。今ではりんが一人で宿屋を営んでいる。
マルクはあきらと同じ、おもちゃ作りの道へ進んだ。あきらと二人でアルテリア帝国にいる職人に弟子入りし、独り立ちが認められるようになってから、あきらはかすみとアルテリア帝国で、マルクはあかねとコナン王国で暮らすようになったらしい。マルクの作るおもちゃは面白く安全であると子供から大人まで評判であるとのことだ。
そしてセラはというと、約五年間の治療を経て退院していると、ラースは既に把握していた。というのも、クレスとは別に何度か文通を繰り返していたからである。なぜこれまでクレスしか許されず、りんですら許されなかった文通をセラが内密にしていたかというと、セラからの要望で、ラース達の旅を伝記として残したいと決意したからだ。
退院してから、セラは絵本作家になっていた。だが、本職とは別に、ラース達の旅の伝記を少しずつ執筆していった。なお、夫であるトーマスは編集者としてセラの執筆のサポートをしてくれており、セラが執筆で忙しい間は成人したニーナが子供達に絵本の読み聞かせをしてあげている。
伝記が出版されて世間に広まってから、かつてのバルドロス帝国がどのような悪事を行っていたか、ラースがいかなる理由で殺傷したか、いかにして隕石が発生したのか、他にもルーク・オルディオやリック、ローベルト・ハーヴィーの終生など、より細かに世間に知られるようになった。同時に、ラース・オルディオを救おうとする活動が盛んに行われるようになった。これはセラもラースも予期していなかったが、ラース・オルディオを釈放することに賛同する人が多く現れ、署名活動が行われるようになったらしい。それをアルテリア帝国が受理し、ラース・オルディオにどのような措置を取るかの帝国会議が最近行われたそうだ。
「ラース」
随分と懐かしい声が聞こえ、ラースは徐に顔を上げた。すると、現アルテリア帝国騎士団長のクレスが、鉄格子越しにこちらを見つめて立っていた。どことなく威厳があり、親父に雰囲気が似てきたなとラースは思った。
なぜ衛兵ではなくクレスが直々にここへやって来たかは、ラースも既に把握していた。ラースを釈放するか否かの帝国会議の結果を伝えに来てくれたのだ。
「……随分と痩せこけたな、ラース」
地面にあぐらをかいたままでいるラースと目線を合わせるために、片膝を付きながらクレスが言った。ラースが顔中に手を当てると、頬はげっそりとやつれ、髪や髭ももじゃもじゃに生えてしまっていた。ずっと気にしていなかったが、クレスの清潔感ある顔を見ると、自然と意識してしまった。
「ごめん、悪く言うつもりはなかった」
視線を落として謝った後、クレスはラースと同じようにその場であぐらをかいた。そして、次こそ話が逸れないよう、単刀直入にクレスは言った。
「帝国会議の結果が決まったよ」
ラースはこくりとうなずき、クレスの言葉を傾聴し続けた。にこりと微笑み、クレスは口を開いた。
「許されたよ、ラース。仮釈放が採決された。お前に終身刑が下されてから、今日までニ十年以上が経過している。無期刑に処せられた者でも、十年以上服役していれば、仮釈放として余生を牢屋の外で過ごすことが許されるケースがある。それが認められたんだ、ラース。もうここに居続ける必要はない。皆と一緒にまた過ごしてもいいんだ」
ラースは口をぽかんと開けていたが、クレスの言葉に嘘偽りはないと認識すると、自然と涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「さあ、出よう。皆もアルテリア城の外で待ってくれている」
立ち上がって牢屋の南京錠を開け、魔法でラースを縛っていた縄を解くと、クレスはラースに手を差し伸べた。ラースは咽び泣くあまり、差し出された手をすぐに握ることができなかった。
皆、自分の帰りを待ってくれている。帰る場所を作ってくれている。それがこれほどまでにありがたいことだとは思わなかった。
涙で汚れた顔を腕で拭い、ラースはようやくクレスの差し出された手を握る。そして、クレスに引っ張られながら立ち上がった。まるで無邪気な子供のように、クレスがラースの手を握ったまま駆け足で地下牢を出て行く。ラースはおぼつかない足で精一杯ついて行った。
取り返しがつかないほどの罪を犯した自分にも、まだできることがある。許されることがある。ならば、仲間達の想いに精一杯応えよう。互いに手を取り合い、帰る場所へ歩んで行こう。それが、これから先の光ある未来へ繋がってくれると信じて。
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