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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
終章 Walk Hand in Hand
64/66

二※

 ラースが息を呑んだのも束の間だった。クリードがぶつぶつと呪文を唱えた途端、法廷内は一瞬にして炎の海と化し、阿鼻叫喚の騒ぎとなった。

 あちこちで荒ぶる炎は、想像を絶する威力だった。それは、クリードがディアナから奪った神の力をまだ残していることを示していた。

 呼吸をすることもままならないまま、ラース達が炎の海に呑まれている中、クリードの嘲笑が響き渡った。それを聞いた途端、裁判長の言った通り、クリードは罪に対して反省など全くしていないのをラースは思い知った。


「セシリア・リゼル・アルテリアぁ!」


 クリードの叫び声が響き渡る。ラースが視線を向けると、クリードが魔法で空を飛び、傍聴席に仲間と一緒に座っていたセラの目の前までやって来ていた。悪魔のような形相で、クリードは言葉を続ける。


「この俺をコケにしてくれたなぁ! 『然るべき報いを受けろ』だと? 俺を怒らせたことを後悔するんだなぁ!」


 クリードが再び呪文を唱える。セラが身の危険を感じて立ち上がったのと同時に、あかね達が庇う間もなく、セラの足元から猛火が燃え盛り、セラの体を炙った。

 セラの悲鳴がこだまする。すぐにレミーが魔法で、なぎさとりんが忍術で放水し消火にかかるも、猛火の威力が強すぎてセラを庇い切れない。流した涙すらも涸れるほどの痛みと苦しみでもがくセラを眺めながら、クリードは満足げにほくそ笑む。


「セラ……!」


 早く助けなければとラースは思った。だが、両手を縛られているためどうすることもできないし、魔法で空を飛ぶことすらままならない。いかにしてセラを助ければよいか悩んでいたところ、突然横から颯爽と何者かが通り過ぎた。


「アール・フィリス――!」


 クリードの背後に現れたのは、魔法の縄による拘束を解かれたアールだった。恐らくはクレス達の手によって解かれたのだろう。アールが呪文を唱えてどす黒く光る右手を振り回すと、土砂降りのような水飛沫が飛び散り、あちこちで燃え盛る炎と、セラを炙っていた猛火を瞬く間に鎮火させた。


「そうか……神の力をまだ手にしているのは、俺以外にもお前がいたわけだな」


 クリードが醜悪な表情を浮かべながら、アールを焼き殺さんとばかりに呪文を唱えようとする。


「させやせんぜ!」


 アールが叫び、素早く呪文を唱え終えた。すると、クリードが突然喋らなくなり、口をパクパクさせながら喉を押さえ始めた。

 ラースが目を凝らすと、クリードの喉が不自然なほどに膨れ上がっており、口から大量の水を零していた。ラースは、アールがどのような攻撃をクリードに行ったのかを理解した。クリードの喉の内側に水の塊を発生させ、窒息させて呪文を唱えるのを封じたのだ。


「キルバード・レインズ!」


 アールがキルバードに向かって叫ぶ。


「今からこの男をこの場で殺害する。その許可をおくんなさい! 死刑を下された人間は、本来即刻刑を執行しても法律上問題なかったはずでっせ!」


 キルバードは難しい顔をしたが、やがてアールの言葉に納得し、口を開いた。


「……お前がこれ以上罪を重ねる必要はない。こいつを裁くのはアルテリア帝国騎士団長である俺の役目だ」


 そう言うと、キルバードは魔法でふわりと宙に浮き、もがき苦しんでいるクリードの前にやって来た。そして、腰にある剣を抜き、振り上げた。


「止めろぉぉぉぉ!」


 ラースの叫び声が響き渡った。しかし、キルバードは意に介さなかった。今から行う処刑は必要悪だと考えた。微塵の躊躇もなく、キルバードは断罪の剣を振り下ろした。

 クリードの顔面から血飛沫が飛ぶ。そして、力尽きて空中から真っ逆さまに落ち、床の上に倒れた。そこから微動だにせず、クリードは多量の血を流しながら息絶えた。


「セラ! しっかりしてよ、セラ!」


 傍聴席からあかねの声が聞こえた。セラがどのような状態になってしまったのか、下の階から確認することができない。すぐにアールとレミー、カルロス隊のアンが駆けつけて魔法による治療を始めるも、セラは倒れたまま意識を取り戻す気配がない。あかねやニーナ達が悲しみと不安のあまり泣きじゃくるのを耳にし、ラースは自問自答をした――旅路の途中で自分が見出した人殺しに対する答えは、本当は間違っていたというのか?

 悪が一人でも存在する限り、この世界が救われることはないと、ローベルトは語っていた。それでもなお、人を殺すのは間違っていると自分は考えた。だがその結果、法廷内にいる多くの人々を危険な目に遭わせ、セラを瀕死に追いやった。自分がセラ達を殺傷したも同然なのだ。これでも同じことが言えるのだろうか? 人を殺すのは間違っていると言えるのだろうか? 単に自分の身勝手な正義感を押し付けたいだけのエゴイズムでしかないんじゃないか? そうやって人々を死に追いやる自分こそが悪人なのではないか?

 混乱が収まらないまま、セラの状態が把握できないまま、ラースは魂が抜けたかのように茫然自失とした。傍聴席にいた民衆の一部は、ラースを次々に非難した。お前が出しゃばらなければこのような事態にならなかったと。民衆の怒号が飛び交っていたところ、裁判長が木槌を何回か叩いて鎮めさせた。


「静粛に! 裁判を中断し、まずはセラ・マリノアの救命を優先します。キルバード殿、セラ・マリノアは無事ですか?」


 アール達と一緒にセラの様子を見ていたキルバードだったが、無念そうに首を振って答えた。


「体が焼けただれて内臓が露出している。心肺も停止している。回復の魔法が使える者達で蘇生を行っているところだが、息を吹き返す確率はかなり低いだろう」


 裁判長は息を呑み、すぐに声を張り上げた。


「すぐにアルテリア城下町の病院へと運ぶのです! まだ僅かでも蘇生する可能性があるうちに!」


 言われなくてもとばかりにキルバードはうなずいてみせた。そして、アールに頼み、セラ、レミー、アンと一緒に、転送の魔法でその場から姿を消した。


「……本来はアール・フィリスの判決を下す予定でしたが、急遽順番を変更します。ラース・オルディオ、証言台の前へ」


 未だに茫然自失とするラースに、裁判長が声をかけた。既に法廷内に入っていたクレス達がラースの肩を叩くことで、ラースはようやく我に返った。返事することのないまま、ショックを受けたまま、ラースはクレスに引っ張られながら、ふらふらと証言台の方へ歩み寄った。

 法廷内がしんと静まり返っている中、ラースが証言台の前に立つと、裁判長は再び口を開いた。


「ラース・オルディオ。あなたは世界征服を企てていたカーツ・クルエル・バルドロスを帝国会議で裁けなかったのを契機に、独断でカーツ・クルエル・バルドロス及び護衛のバルドロス兵達を殺傷しました。ですが――」


 鼻で一息ついた後、裁判長は言葉を続けた。


「我々はこれを必要悪だったと考えます。殺害でもしなければ、カーツ・クルエル・バルドロスはまた同じ悪事を繰り返していたことでしょう。それをあなたは阻止したのです。そういった意味では、あなたの行いはむしろ正義であったと受け取れます。

 以上から、あなたには酌量の余地が十分にあると判断しています。裁判官、検察官、異議はありませんね?」

「……異議なし」


 裁判官と検察官が、ショックを受けているラースを気の毒そうに見ながら答えた。裁判長がさらに言葉を続けた。


「ラース・オルディオ、あなたには無罪判決を言い渡します」


 裁判長から告げられた判決を聞き、ラースはさらにショックを受けた。自分がした罪の深さを真っ向から否定されたからだ。それとも本当に、ローベルトの言った通り、自分の殺傷は正義の行いだったというのだろうか? だとするなら、あの時に強く感じた胸の痛みは何だ?


「以上より閉廷とします。アール・フィリスが病院から戻り次第、そしてクリード・トレヴィスの遺体を処理し次第、裁判を再開します。クレス・オルディオ殿、ラース・オルディオを外へ連れて行ってあげてください」

「了解しました」


 裁判長の指示に対し、クレスは安堵の表情を浮かべて返事した。そして、ラースを連れて法廷を出ようと歩み寄ったとき――突然、りんが傍聴席から跳躍して飛び降り、クレスの前に立ちはだかった。


「クレスさん、ごめんなさい」


 動揺を隠せないクレスに対し、りんは頭を下げて謝罪した。そして、また茫然としているラースの横に立ち、手を強く握りながら、りんは裁判長に言った。


「裁判長、お願いです。どうかラースを有罪にしてあげてください」


 りんの願い出を聞き、裁判長は目を丸くした。


「なぜそのようなことを言い出すのです? このまま閉廷すれば、ラース・オルディオが裁かれることはないというのに」


 りんにとっても苦痛の決断なのだろうか、ぽろぽろと涙を零しながらりんは答えた。


「ラースは深い後悔と罪悪感を抱いている。だからこそ、いかなる理由であろうと殺人は駄目だって主張したのよ。でも、もし無罪のまま終われば、その主張をも否定されることになってしまう。ラースの旅自体が無駄になってしまう。私はラースの旅を無駄になんかしたくない。ラースの考えが間違っていなかったと信じたい」

「しかし……もし彼を有罪にするのであれば、極刑になる可能性が十分に考えられます」


 裁判長の警告に対し、りんは首を縦に振って言った。


「それがラースの望んでいることよ。ラースが人を傷付け、私達や被害者の仲間、遺族は悲しんだ。それに報いるためにも、裁きを受け入れなければならないとラースは考えている。この判決は、ラース自身の問題だけじゃない。殺された者達、その関係者、そして私達にも関わることなのよ。だからどうか、判決を今一度考え直してほしい。お願いします、裁判長」


 りんが深く頭を下げて再び願い出る。ラースは唖然としてりんを眺め続けていたが、りんが言ったことこそが自分の望んでいることだと思い、一緒になって頭を下げた。

 裁判長は苦渋の表情を浮かべたが、やがて、意を決して口を開いた。


「分かりました……。しかし、クリード・トレヴィスと同じ刑罰を与えることはできません。クリード・トレヴィスとラース・オルディオとは、反省の有無で大きな違いがあるからです。よって、私は死刑ではなく、終身刑こそが望ましいと考えます。裁判官、検察官、異議はありませんか?」


 裁判官達も難しい顔をしていたが、少しの黙考の後、次々に「異議なし」と口にした。裁判長が木槌を叩いて言った。


「それでは改めて、判決を言い渡します。ラース・オルディオ、あなたには終身刑を受けてもらいます。あなたに釈明権はありません。執行猶予もありません。この裁判が終わり次第、即刻アルテリア城の地下牢に収監し、生涯を終えるまで監禁します。ラース・オルディオ、了解の返事を」

「はい、ありがとうございます――」


 ラースは深く頭を下げて礼を言った。りんにも感謝の意を示すように、握られた手をぎゅっと握り返した。


「それでは、これにて閉廷!」


 裁判長が木槌を叩き、ラースとクリードの裁判は幕を閉じた。




 それから、裁判長の言葉通り、ラースは再びアルテリア城の地下牢に収監された。一度目のときと違い、もう二度とここから出られることはないのだとラースは覚悟した。

 リアやミーティア達に「よろしくと伝えて」と頼まれていたのに、セラとクレスにそれを行っていなかったことが気掛かりだったが、そのことを食事で口が自由になった際に衛兵に相談してみたところ、キルバードを通して文通の許可が下されたので、最初にこちらから二人に手紙を送った。そして改めて、「迷惑をかけて本当にごめん」と、仲間達に伝えた。この謝罪も自分が救われたいだけのエゴイズムなのかもしれないとラースは考えたが、それでも伝えなければならないことだと自分を納得させた。


 仲間達に最低限のことは伝えたが、一つだけ未だに分からないことがあった。人を殺さずして守れないものは何か、自分が何のために剣を振るのか、それを知るために出た旅自体が無駄だったのかどうかだ。

 自分の旅を通して、いかなる理由があろうと人を殺してはならないと結論付けた。だが、人々はそれを間違っていると言う。裁判ではりんが自分を庇ってくれたものの、自分の結論付けた考えが人々を危険な目に遭わせ、セラを瀕死に追いやったのは事実だ。それを非難されるなら、自分の考え、思想は間違っていたと認めなければならない。だが、もし認めた場合、悪人は死んで当然であるという以前の考えに逆戻りしてしまう。自分のこれまでの旅が無駄になってしまう。何より、自分が人を殺したときに強く感じた胸の痛みが何なのか説明がつかない。あの時に感じた胸の痛みは蔑ろにしてはいけないと、ラースは強く思っていた。


 自分の考え、思想が正しいのか間違っているのか判断がつかないまま、時が流れていった。自分の信じ切っていた考えが全否定されたようで、殺人が肯定されたようで、気がどうにかなってしまいそうだった。狂いそうになるのを辛うじて堪えていたところ、衛兵が何者かを連れて牢屋の前に立ち、口を開いた。


「ラース・オルディオ。アール・フィリスから面会の要望だ」


 よく見ると、衛兵が連れて来たのはアール・フィリスだった。なぜ自分に用があるのか分からなかったが、少なくともアールがここにいるということは、セラの救命が一段落ついたということだろう。だが、そうなると気掛かりなことがあった。セラが無事であるかどうかと、アールに下された判決が何かだ。

 ラースが気になって声をかけようとしたところ、アールが衛兵に口を縛る魔法の縄を解くよう願い出て、向こうの方から答え始めた。


「あんたが知りたいことはおおよそ見当が付く。まず、セラ・マリノアはどうにか一命を取り留めやしたぜ。まだ意識を取り戻してはいないものの、心肺は機能し始めた。命の危機に瀕することはおそらくないでしょう」


 ラースはほっと安堵の息を吐いた。アールが言葉を続けた。


「そして、あっしの判決ですが、死刑が下されやした。クリードと同様、執行猶予もなくね。準備が整い次第、処刑場にて斬首刑が執行されることになっている」


 アールから告げられた言葉に、ラースは愕然とした。クリードもアールも死なせてはならないと考えていただけに、両方とも守ることができなかったのがショックでならなかった。

 しかし、クリードもアールも悪人だ。悪人を救おうとしたらどのような目に遭うか、ラースは身をもって思い知っている。故に、自分が今ショックを受けていることすら間違っているのだろうかと疑問に思った。

 クリードやアールが殺されるのは、喜ばれるべきことなのだろうか? ――そんな風に考えた途端、ラースは強い胸の痛みを覚えた。それは、ラースがカーツ国王を斬殺したときと同じ胸の痛みだった。つまり、罪悪感を感じたのだ。そう理解した途端、ラースはアールが殺されるのを喜ぶのは間違っていると強く感じた。だが、世間は悪人の死を肯定している。自分の考えが間違っているのかどうか分からずに葛藤していたところ、それを見兼ねたアールが口を開いた。


「はっきり言わせてもらいまっせ。あんたの考えは、所詮自分の身勝手な正義感を押し付けたいだけのエゴイズムでしかねえ。あっしもクリードも、この世から消えてしまった方が世間のためだって、皆がそう考えている」


 ラースはうつむいて黙りこくった。やはり自分の考えは間違っていたのだと自責していたところ、アールが再び口を開いた。


「だが――」


 アールの声に、ラースが顔を上げる。


「あんたのような馬鹿げた正義感を持った人間がいたからこそ、救われた悪人もいたはずでっせ。少なくともあっしはあんたの心に救われた人間だ。だからどうか、例え間違っていたとしてもその正義感を貫いて生きてほしい。それを告げに来やした。ありがとう、ラース・オルディオ――」


 そう言って、アールはラースに微笑みかけた。ラースが何か言葉を返す間もなく、アールは背を向けて再び口を魔法の縄で縛られ、衛兵に連れられてその場を後にした。

 アールの感謝の言葉を聞き、ラースは強く感じた。人殺しを否定し、悪人であるアール達を救おうとしたのは、決して意味のないことではなかったのだと。それがこれほどまでに嬉しいことだとは思わなかった。礼を言うのはこっちの方だよ――そう心の中で呟き、ラースは一筋の涙を零した。


 アール・フィリスの死刑執行を聞いたのは、翌朝のことだった。




 * * *




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