表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
終章 Walk Hand in Hand
63/66

 アルテリア城の地下牢に連行され、収監されてから、どれほど時が経ったのか分からない。一日に三回配膳されるみすぼらしい食事と、周期的に訪れる眠気だけが、今のおおよその時刻を示す手掛かりになってくれていた。石積みの壁にかけられた蝋燭のみが灯る薄暗い牢屋の中で、ラースは誰とも面会することなく、たった一人で過ごし続けた。

 他にも罪人がいるのだろうが、少なくともアールと、元バルドロス帝国騎士団長であるクリードの二人が、同じ地下牢の中に監禁されていることだけは把握できた。アールの方は、一緒に連行されたのでここにいるのは間違いないはずなのだが、寝息すらも聞こえないほど静かに、大人しく暮らしているようだった。一方のクリードはというと、アルテリア兵が食事を配りに来る度に醜い罵声を飛ばしたり、ぶつぶつと独り言を言ったりしていたが、自分と同じように口を魔法の縄で縛られているからか、何と言っているのかほとんど分からなかった。


 自分達が監禁されている間、地下牢の外では何が行われているのか、ラースは理解できた。重罪を犯した自分達を裁く手筈を整えているのだ。恐らくはキルバードが、戦死したルークの肩代わりをし、アルテリア帝国騎士団長として裁判の準備を進めているのだろう。もし裁判が始まったら、自分は情状酌量の余地がないほどの大量殺人を犯したから、弁護すらないまま判決を言い渡すのみの一方的な裁判となることだろう……そんな風に想像したとき、皆に申し訳ないことをしたと、ラースは改めて自戒した。そして、例え死罪だろうと、いかなる判決も受け入れようと思った。

 もし処刑されるなら、もう一度天国で両親やオットー達に、次元の狭間ならローベルト達に会えるかもしれないとラースは思ったが、すぐに悠長なことを考えてしまった自分を恥じた。処刑は慈悲ではなく、制裁だ。自分に殺された者達、その仲間や遺族達の無念や怒りに報いるために、自分は死ななければならないのだ。戯言(たわごと)を抜かしている場合ではないと、ラースは自身に言い聞かせた。


 ――当然、クリードやアールも死ぬべきだよな? あいつらは自分と同じだけの、いや、それ以上の罪を犯してきたのだから。


 不意に、脳裏から自分自身の声が聞こえた気がした。瞬時に、ラースはその言葉を否定しようとした。そして、疑問に思った。なぜ俺はあの二人を例外だと考えたのだろう?

 アールもクリードも、カーツ・クルエル・バルドロスの世界征服の野望に加担し、その後も多くの者達を殺傷した。隕石を降らす悪夢のような呪文を唱えたのもアールだ。そんな彼らが許されていいはずがないだろう?


 ――それでも。


 長い沈黙の後、ラースは自身に強く言い聞かせた。脳裏から聞こえてきた自分自身の声に抗った。

 どんなに救いようのない悪だとしても、死なせてはならない。死んでいい理由などあっていいはずがない。それが、自分が旅路の途中で見出した、人殺しに対する答えだったはずだ。




 それからしばらく経ったある日、地下牢に大勢の足音がこだました。あぐらをかいてうつむいていたラースが顔を上げると、キルバードが勇壮な鎧と深紅のマントを身に着け、腰にはルークの形見である剣を下げ、カルロス隊とクレス隊、地下牢の衛兵を従えてやって来るのが見えた。


「待たせたな、ラース。そしてアール、クリード。これからお前達を裁判にかけるために、法廷へ連行する」


 ついにこの時が来たと思い、ラースは立ち上がってこくりとうなずいた。奥の方からクリードの罵声が聞こえてきたが、口を縄で縛られているためか、やはり何と言っているのか分からなかった。

 キルバードが指示を送ると、衛兵の手によって、ラースが入っていた牢屋の鍵が最初にこじ開けられた。ビックスとウェッジに引っ張られながら、開かれた鉄格子の扉を通ると、アールとクリードがどうしているのか確認する猶予もなく、クレス達の手によって地下牢から連れていかれた。

 階段を上り、コンサート会場のように広く煌びやかな玄関ホールを抜けて城の正門を出ると、外は雲一つない快晴だった。そして、城下町へと続く道に、三(りょう)の馬車が停まっていた。以前にクレス達に乗せてもらったときのような幻想的なものではなく、牢屋を外に運び出したかのような、檻の見た目をした黒っぽい馬車だった。その中にラースは放り込まれ、クレスが扉に施錠をした。


「ラース殿――」


 ビックスとウェッジがいたたまれない様子で声をかけてきたが、それをクレスが二人の肩を掴んで制止した。きっと、例え仲間であろうと罪人に同情してはならないと、キルバードからきつく忠告を受けたのだろう。ラース自身も酌量してもらう気などさらさらなかったので、放っておいてくれる方がありがたいと感じた。

 遅れて、アールがカルロス隊の手によって、クリードがキルバードの手によって連れて来られた。アールとクリードを檻の中に閉じ込め、キルバード、カルロス、クレスの三人が馬にまたがると、馬車は城下町の方へ静かに歩き始めた。その周りを、ビックスとウェッジ、アンとユンの四人が護衛でついて来た。


 人々から驚きと哀れみの目を向けられながら、ラースは城下町を通り続けた。やがて、ラース達を乗せた馬車は、城下町にある大きな建物の前で停止した。白い横長な四角の建物で、中央のフロントには何本もの高い石柱が立ち、フロントの切妻屋根を支えていた。

 ラースは魔法の縄で口と両腕を縛られたまま、クレス隊の手によって馬車の檻から外に出された。アールとクリードも、キルバードとカルロス隊に拘束されながら外に出ていた。キルバード達に引っ張られる形で、ラースとアールとクリードは裁判所の中へと連行された。


 裁判所のフロントは広々としていたものの、当然アルテリア城のような装飾はなく、品位と重厚さを感じさせられた。フロントの奥には大きな両開きのドアがあり、そこから先は法廷へと続いているようだった。フロントの奥へと進み、両開きのドアの前まで来たところで、先頭を歩いていたキルバードが停止し、後ろを振り向いてラース達に言った。


「既に裁判官の手配は済ませている。後は法廷で裁判を行い、お前達に判決を言い渡すだけだ。気の毒だが……極刑を受けることになるのも覚悟しておけよ」


 キルバードの言葉を聞き、ラースとアールは決して動揺したり驚いたりすることはなかった。既に極刑を覚悟していたからに他ならなかった。一方のクリードだけは、まだ運命を受け入れられないのか、キルバードに拘束されながらじたばたと足掻いていた。


「裁判長、現行犯人を連れ終えた。まずはクリード・トレヴィスから入廷させる」


 キルバードが扉の奥へ向かって声を上げた。その後、暴れ回ろうとするクリードを取り押さえながら、カルロスに扉を開けるよう命じた。カルロスは無言のままうなずき、手早く両手で扉を開けた。

 ラース自身、法廷がどのような所なのかは新聞などで何度か見たことがあったが、こうして実際に目にするのは初めてだった。何の装飾もない、厳格な雰囲気を漂わせる真っ白な空間に、四つの台が向かい合って立てられている。手前にあるのが被告人及び現行犯人の台、左にあるのが検察官の台、右にあるのが弁護人の台、そして奥の高い位置にあるのが裁判官の台だ。しかし、弁護人の台には誰も立っていない。これは、ラースが想像していた通り、自分達には酌量の余地がないことを示唆していた。そして、上の階には傍聴席があり、左右から四つの台を挟むように柵が立てられ、その先で多くの民衆が既に着席していた。よく見ると、自分達の仲間であるセラ達も一緒に座っていた。


「クリード・トレヴィス、証言台の前へ」


 裁判官の台には三人の裁判官が座っており、その真ん中にいる年寄りの裁判長が声を上げて促した。クリードは自分から向かおうとせず、キルバードが無理やり引っ張る形で法廷へと連れて行かれ、すぐにカルロスが扉を閉めた。

 ラースが法廷の扉に近づくと、扉の向こうから裁判長の声が聞こえた。


「クリード・トレヴィス、あなたに犯行の正否を問う気はありません。あなたはバルドロス帝国にて、カーツ・クルエル・バルドロスの世界征服の野望に騎士団長として加担し、逆らう者を一人残らず暗殺しました。その後、アルテリア帝国の正門を燃やし、セラ・マリノアに宿っていた神の力を手にするために、アール・フィリスと共同して彼女を拉致しました。神の力を手にした後、その力を使いルクラーカ村の住人及び羊達、そしてラース・オルディオを殺傷しました。

 何より、今のあなたには反省の色が全く見られないと言ってもいい。以上から、あなたには酌量の余地がないと判断しています。裁判官、検察官、異議はありませんね?」

「異議なし」


 裁判官、検察官と思われる男達が即答した。クリードが声にならない叫び声を上げているのを無視し、裁判長は言葉を続けた。


「これより判決を言い渡します。クリード・トレヴィス、あなたには死刑を受けてもらいます。あなたに釈明権はありません。執行猶予もありません。本日の十五時に、隣接する刑場にて斬首刑を執行します。クリード・トレヴィス、了解の返事を」


 あまりにも一方的だとラースは思った。クリードはまだ荒ぶっている様子だったが、無理もないとラースは思った。裁判長の指示通りにうなずけば、今日のうちに命を奪われてしまうのだ。人の命が失われてしまうのだ。

 このようなことがあって本当にいいのかと、ラースは疑問に思った。そして、何としても阻止しなければと、ラースは口を塞いでいる魔法の縄を噛み千切ろうとした。もし噛み千切れなければ法廷に突入してでも阻止しようと考えていたところ、心中を察されたのか、不意にクレスがラースの肩に手を置いてきた。


「ラース、お前ならこの裁判を不平だと感じるはずだと思っていた。クリードは救いようのない悪だが、ラースの人一倍強い正義感なら、少しでも改心させることができるかもしれないと僕は信じている」


 そう言うと、クレスはラースの口を縛っていた魔法の縄を打ち消した。


「全ての拘束を解くことはできない。だが、これで裁判長達に異議を申し立てることはできるはずだ。どうかクリード達を、お前の正義感で救ってあげてほしい」


 願い出るクレスに対し、ラースは力強くうなずき、そして「ありがとう」と礼を言った。カルロス達が困惑する中、クレスは両開きのドアを開け、すかさずラースが法廷の中へ乗り込んだ。


「待ってくれ!」


 ラースの叫び声が響き渡る。一同は目を丸くしながらラースを振り向いた。民衆や裁判官達が動揺を隠せない中、裁判長が静かに口を開いた。


「ラース・オルディオ、まだ入廷を許可していないはずです。そして、このクリード・トレヴィス含め、あなた方に釈明権はありません。判決が下されるときまで、外で待機していてください」

「それで、人の命を一方的に奪うのか?」


 ラースが臆することなく言い返す。


「クリードは救いようのない悪なのかもしれない。けど、だからといって人を殺していいはずがない。殺していい理由があっていいはずがない。俺自身、カーツ・クルエル・バルドロス達を殺したからこそ分かる……人を殺しても後悔と罪悪感しか芽生えないんだ!」


 裁判長は一瞬躊躇の色を見せたが、また厳格に言葉を返した。


「なぜ死刑という刑罰が生まれたか分かりますか? 犯罪を抑制するため、そして、救いようのない犯罪者から社会を防衛するためです。

 クリード・トレヴィスは犯罪に対する反省もなく、そして収監されていた間も悪口雑言を放っていたとアルテリア帝国騎士団から伺っています。以上のことから、我々は社会を、そして民を守るために、クリード・トレヴィスを死刑によって裁くことを決断した次第です。分かったなら早く下がりなさい」


 裁判長の説得を聞いても、ラースは諦め切れず首を横に振った。


「なぜ悪口を言っていたと分かる? 口を魔法の縄で縛っていたはずなのに! 俺は罰を受け入れるつもりだったから何も言わなかったが、普通なら死ぬかもしれないと分かっていて何も言動を起こさないはずがないだろう? 命を奪われる怖さが、そして悲しさがどれほどのものか、十五年前の戦争で身に染みて実感しているはずだろう? それをまた繰り返すとでも言うのか?」


 裁判長は返答に窮した。ラースが理屈ではなく、心に訴えかけているのだと裁判長達は理解した。

 ラースが言葉を続ける。


「頼む、裁判長。クリードを裁かないでくれとは言わない。ただ、ほんの少しでも話をさせる猶予を、チャンスをクリードに与えてくれないか? もしかしたら、クリードは少しでも罪を反省しているかもしれない! 人を殺さなくて済むかもしれない!」


 裁判長はしばらく黙り込み、苦渋の末、口を開いた。


「……そこまで言うのなら分かりました。クリード・トレヴィスに釈明させるのを許可しましょう。キルバード・レインズ殿、クリード・トレヴィスの口を縛る魔法の縄を解いてあげてくれませんか?」

「了解した」


 いつもの気楽な態度とは打って変わり、キルバードは厳格な表情のまま、頭を下げて返事した。そして、言われるがままに呪文を唱え、クリードの口を縛っていた魔法の縄を打ち消した。


「クリード――」


 ラースがクリードに呼びかける。クリードは何も言わず、ゆっくりとこちらを振り向き、そして――悪辣(あくらつ)な笑みを浮かべた。


「お前ら、つくづく馬鹿だなぁ」

よろしければ、ブックマーク、ご感想、ご評価及び外部ランキングサイトへのご投票をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想及び
ご評価頂けると作者が
飛び跳ねて喜びます。

外部サイトのランキングへの
ご投票もして頂けると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
cont_access.php?citi_cont_id=228632897&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ