四
ラース達がウェストの大陸に到着すると、怒り狂っているかのように真っ赤に染まっていた空が晴れ、地平線から朝日が姿を現そうとしていた。振り返ってノース、イースト、サウスの大陸を見渡すと、そちらはやはり真っ赤に染まる空に覆われているようだった。
この異様な光景を目の当たりにしても、ラース達が驚くことはなかった。昨夜、寝ているときにユピテルの能力についてマーズ、ディアナから事前に聞いていたからである。
ラースは、昨夜マーズが言っていたことを思い出した。ユノが作り出したウェストの悪天候は本来魔法によるもので、天候を司る神ユピテルには到底敵わないだろうと。ウェストに着けば、ユピテルがユノの力をねじ伏せてまで天候を操るというのが予測されると、マーズは語っていた。
もう一つ、自分達のことについてもマーズは話していた。
「空に隕石が降り続けていたのは痛手だったな。ディアナは月の女神とも呼ばれていて、月光が照るときこそ本来の力が発揮されるのだが、今となってはそれも叶わんだろう」
「ということは、セラの分まで俺が頑張るしかないわけだな?」
決然たる顔で問うラースに対し、マーズはこくりとうなずいて言った。
「あぁ。俺は戦の神とも呼ばれていて、戦闘に長けた神だ。ユピテルの力に唯一抗えるのは俺だけと考えていいだろう」
マーズの言葉を頭で反芻しながら、ラースは決意を示すように握り拳を固めた。
「来たな、ラース。そしてディアナの魂を宿す者よ」
突然、ローベルトの声がテレパシーで脳内に響いてきた。
「魔力を探知して私の居場所を探ることも可能だろうが……戦闘前に余計な力は消費したくないだろう。まずは光の柱で私の居場所を示そう。光の柱に向かって真っすぐ飛んでくるといい」
ローベルトのテレパシーが途絶えるのと共に、遠くの方で光の柱がぼうっと照るのが見え始めた。無言のまま互いに目を合わせてうなずき、ラースとセラは光の柱の方へまっしぐらに飛んで行った。
光の柱まで向かっていくうちに、次第にローベルトの姿が見えてきた。闇夜を思わせる黒いマントを身にまとい、その腰には身の丈ほどはある長い太刀が一本。肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪をなびかせながら、ローベルトは自分達がやって来るのを悠然と待ち構えている。
ローベルトの前に降り立ち、各々の翼を打ち消すと、最初にラースが口を開いた。
「ローベルト。四人の神の力を集結させて、隕石を打ち砕くための準備は整った。後はあんたとリックの同意だけだ」
「……結局、神頼みというわけだな」
光の柱を消し、ローベルトはため息をつきながら言った。
「私の意志は変わらない。断固拒否する。ユピテルも同じように答えている」
今度はセラが口を開いた。
「キルバードさんから話は聞きました。私達人間を滅亡させて、死者の魂を力に変え隕石を破壊する。隕石を破壊した暁にはローベルトさん自身も自害するって」
「それがユピテルの意志であり、私自身の意志だ」
ローベルトはきっぱりと言い張った。
「本当に……そんな悲しい手段でないといけないのですか? 人間を滅亡させなくたって、世界を救うことはできるかもしれないんですよ?」
訴えかけるセラに対し、ローベルトは眉一つ動かすことなく口を開いた。
「ならば、逆に君達に問おう。仮に人間を滅亡させない選択をしたとして、その後人間がまた世界を破滅に追いやる可能性は絶対にないと言い切れるか?」
ローベルトの問いに対し、ラース達はすぐに返答することができなかった。
「……かつて」
ローベルトが言葉を続ける。
「この世界には、動物、植物以外にも、人間以外の生物が生存していた。エルフ、ドワーフ、オーク、トロル……おとぎ話でしか聞いたことのない種族ばかりだろう。それらの種族を殺し、滅亡させたのは、他でもない人間達だ」
ローベルトの言葉に、セラは息を呑んだ。
「君達の言う手段は、利己心で他の種族を死に追いやり、図々しくも自分達だけ生き延びようとする、そんな身勝手な人間を庇おうとしているに過ぎない……私達から言わせれば悪の所業だ」
ラースは眉間にしわを寄せた。
「まるでユピテルの言いなりだな、ローベルト。本当に人間を滅亡させるのがあんたの意志だって言うのか? 自分も死ぬことがあんたの望んでいる結末だって言うのか?」
ローベルトが即答する。
「無論。とうに腹は括っているさ」
ラースは舌打ちを零した。
「そうかよ。例えあんた達がそう考えていようが、俺達が意志を曲げることはねえ」
セラも力強くうなずき、言った。
「救いようのない悪がいるのは確かです。それでも、ニンジャである私の友達はこう言ってくれました。『そんな中にも良い人間はいるんだ』って」
セラの言葉にラースが続く。
「良い人間が一人でもいる限り、俺達は人間の希望を捨てない。そして救ってみせるんだ。この世界を、大切な皆を、そしてあんたさえも!」
少しの沈黙の後、ローベルトは口を開いた。
「……相容れないな。悪が一人でも存在する限り、この世界が救われることはない。今まさにこの世界が破滅へ向かおうとしているように。それでもなお、人間には希望があると言い張るのならば――証明してみせろ」
ローベルトが天に向かって手を掲げる。途端、朝日が覆われるほどの暗雲が立ち込め、渦巻き、轟いた。
「この戦いで――全能の神であるユピテルの力に打ち勝ち、人間の希望とやらを証明してみせろ!」
天から強大な雷が落ち、ローベルトは落雷を一身に浴びた。体中に電気を帯び、両手にはっきりと見えるほどの獰猛な雷を宿した。
「当たり前だ! 余計なお世話なんだよ!」
そう叫び、ラースは竜の姿へと化した。セラも天使の翼を生やし、光り輝く弓矢を出現させ、身構えた。
「キルバードが言ってた。ローベルトは『居合斬り』って剣技の達人で、接近戦を仕掛けないと距離を置かれて一方的に負けるって」
視線をローベルトから外すことなく、ラースはセラに言った。
「まずは俺が先陣を切る! セラは俺の後に続いてくれ!」
セラはこくりとうなずいてみせた。ラースが駆け出して距離を詰めようとした瞬間、目の前に落雷が発生し、ラースは辛うじて避けた。
落雷が地面を深く抉り、焼き焦がす。最初にウェストの大陸に訪れたときに、リックが放ってきた雷の魔法とは段違いの威力と速度を誇る雷だった。
ラースがローベルトに注目するも、ローベルトが呪文を唱えている様子はない。これもユピテルの力によるものなのだとラースは認識する。
「屈するもんか」
ラースは自身に言い聞かせるように呟いた。
「皆の命が懸かっているんだ。どんな相手だろうと立ち向かうって決めたんだ!」
ラースが剣を抜き、走り出す。セラもその後に続いた。
落雷の攻撃を捌きつつ、ラース達は少しずつ前進していく。あと十メートルのところまで来たと思った刹那、ローベルトの剣技『居合斬り』が襲い掛かった。反射的に防ぎ、ラースは仰け反って後退した。セラも危険を察知して飛び退いた。
再びローベルトの落雷が襲い掛かる。「このままじゃ埒が明かない」とラースは悟る。どうにかして接近する方法がないか考えていたところ、セラが落雷を避けながらラースに叫んだ。
「落雷は私が防ぎます! ラースさんは私を信じて、前進を続けてください!」
「分かった!」
そう返事するなり、ラースは再びローベルトに向かって走り出した。
セラが上空に矢を射る。セラの放った矢は数十本もの数に分裂し、雷にぶつかって相殺した。落雷を全て防ぎ切るには至らなかったが、ローベルトとの距離を詰めるのには十分過ぎる援護だった。
「セラ――ありがとう」
心の中で呟きながら、ラースは再びローベルトの間合いに踏み込む。居合斬りにより四方八方から斬撃が襲い掛かってきたが、その全てを防ぎ、かわしていく。そしてじりじりと距離を詰め、ラースは自身の間合いに持ち込んだ。
ローベルトが後退しようとするも、セラの光の矢が背後から襲い掛かり、ローベルトは退路を断たれた。好機を見逃さず、ラースは剣を大きく振りかぶり、渾身の一撃をお見舞いする。ローベルトは瞬時に長太刀を抜き、ラースの攻撃を防いだ。
轟音が大気を突き破り、大地が震撼する。竜の一撃により風が嵐のように吹き荒れ、セラは思わず目を覆う。
セラが再び目を開けると、ラースとローベルトは鍔迫り合いを続けながら火花を散らしていた。先にローベルトがラースの剣をいなし、体勢を整える。ラースが続け様にローベルトの長太刀を叩き落しにかかろうとするも、ローベルトに腹を蹴飛ばされ、距離を離されてしまう。確かな手応えを感じながら、ラースはセラに向かって叫んだ。
「もう一度だ!」
「はい!」
ラースが勇猛果敢に走り出す。セラは矢を番えて上空に射った。落雷と斬撃がさらに激しくなるが、ラースは斬撃を剣で受け止め、セラが立て続けに矢を射ることで落雷を相殺させ、打ち消していく。
迎撃が激しくなるにつれ、ラースの猛進もさらに勢いを増す。同時に確信を持った――ローベルトは接近戦を嫌がっている。ならばなおさら、前へ進む足を止めてはならないと。自らを奮い立たせるように雄叫びを上げながら、ラースは再度ローベルトとの距離を詰めた。
前へ、さらに前へ。今度は簡単に引き離されてたまるもんか――そう自身に言い聞かせていたところ、ここで相手が想定外の行動に出た。なんと、後退するどころか、ローベルトの方から詰め寄って来たのだ。
「待っていたぞ、ラース」
そう言って、ローベルトはラースの胸倉を掴んだ。同時に魔法の縄で縛られ、ラースは身動きが取れなくなってしまう。
そして、頭上から強大な雷が落ちてきた。セラがすぐさま矢を放つも、雷の方が威力が高く、かき消されてしまう。
ラースとローベルトは強大な雷を一身に受けた。ローベルトは雷の力を蓄電し、一方のラースは苦痛の叫び声を上げる。
ローベルトが魔法の縄を解いて突き飛ばし、居合斬りでラースの胸を十字に斬りつけた。ラースは傷口から血飛沫を上げながら、もんどりを打って転がり、倒れた。致命傷を受けたことにより、ラースの姿が竜から元の姿に戻ってしまう。
セラがすぐさま駆け寄り、ラースの傷口を治癒しようとするも、間髪問わず落雷が襲い掛かった。セラはラースの衣服を握ってテレポートで避けることしかできず、まともに治癒することができない。
「主戦力がいなくなったな。これで君達を消し去る準備を始められる」
そう呟くと、ローベルトは落雷の攻撃を止めることなく、再び天に手を掲げた。強大な雷がローベルトに降り注ぎ、ローベルトの全身へ、そして両腕へ蓄電されていく。
「まずいぞ……あの蓄積された雷を放たれてでもしたら……!」
ラースが血反吐を吐きながら言った。雷をテレポートで避けながら、セラも呟く。
「ほんの少しでも……ラースさんを回復できる時間があれば……!」
情け容赦なく頭上から雷が落ちてくる。避けなければとセラが思ったその時、予想だにしないことが起こった。突然雷の軌道が逸れ、明後日の方向へ向かい始めたのだ。
「何事だ?」
眉間にしわを寄せながら、ローベルトは呟いた。
三人が雷の向かっていく方向に視線を向けると、巨鳥トトがラース達のもとへ飛んで来ていた。その背には、クレス、あかね、りん、レミー、キルバードの五人が乗っていた。よく目を凝らすと、クレスが先頭に立ち、剣を掲げて雷を次々に吸収しているのが見えた。
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