二
暴動を起こしていた民衆をどうにか鎮めた後、ラースとエドウィン国王はアルテリア城へ引き返した。玄関ホールに入ると、クロム国王、アルマン国王、ロズモンド国王、クレス隊、セラ、あかね、りん、キルバード、レミー、そしてアールが、自分達が戻るのを待ち受けていた。エドウィン国王から暴動を治めたことを伝えると、アールを除く一同はほっと胸を撫で下ろした。
エドウィン国王が首にかけていた懐中時計を見てみると、時刻は夕方を過ぎようとしていた。横から覗き込んでいたクロム国王が、エドウィン国王の懐中時計から目を離し、皆に言った。
「具体的な作戦は今夜に伝える。皆の者、今は大広間でゆっくりと休んでいてくれ。じきにメイド達が夕食を運んでくれるだろう。そして――」
クロム国王は、セラに視線を向けて言葉を続けた。
「セシリア様。これからニンジャ達を連れに、ノアールの森へと向かう。そこで、あなたの中に宿るディアナの力をお借りしたい。ご同行願えませんか?」
セラはこくりとうなずいてみせた。クロム国王は魔法で宙に浮き、セラは背中に天使の翼を生やし、正門から外へ飛び立っていった。
クロム国王に言われた通り、ラース達はセラとクロム国王が戻ってくるまで、アルテリア城の大広間で時間を過ごすことにした。夕食の献立は焼いたパンとボルシチで、最初にそれを見たクレスはクスリと笑った。一昨日の夕べに新人のメイドが誤ってボルシチを焦がしてしまったので、きっと自らリベンジを志願したに違いないと考えた。
身分上、先に国王達がボルシチを口にした。同時に喉に通すと、アルマン国王は美味しさのあまり顔を綻ばせ、エドウィン国王も「悪くないな」と賛辞を送り、ロズモンド国王も同調するようにうなずいた。
「俺達も頂くとするか!」
キルバードの一声を皮切りに、ラース達もボルシチを一斉に口へ運んだ。テーブルビートの独特な甘い味が、じっくりと煮込んだ牛肉や野菜に溶け込み、美味な仕上がりになっていた。こんがりと焼かれたパンとの相性も抜群で、ビックスとウェッジなんかはあっという間に自分のパンを平らげてしまい、メイドにおかわりを要求していた。
「ボルシチもパンも沢山ありますから、遠慮なく召し上がってくださいね」
そう言いながら、新人のメイドがパンを皿に乗せて運んで来たのを見て、ビックスは「気が利くであります!」と歓喜した。厨房へ戻る間際、新人のメイドが立ち止まり、不安げにクレスの反応をじっと窺っていたのを見て、ラースは隣に座っているクレスに耳打ちした。
「兄貴、あの子に何か一言くらいくれてやってもいいんじゃないか?」
「うん、そうだね」
どうやらクレスも新人のメイドの視線に気付いていたようで、陽気に手を振りながら新人のメイドに向かって声を上げた。
「美味しいよ、とっても!」
新人のメイドはぱあっと晴れやかな笑顔を浮かべたが、声をかけられた恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら厨房へ逃げて行ってしまった。
「何あんた、あのメイドのこと狙っていたりするわけ?」
席から立ち上がってあかねに冷やかされるも、クレスは全く恥ずかしがることなく言ってのけた。
「そうかもね。まだあの子に対する気持ちはよく分かっていないけど、彼女には元気づけてもらった大きな恩があるから」
「あ、そ、そう……」
堂々と言われるとこれ以上からかう気にもなれず、あかねはつまらなさそうに席に着いた。
「残念。私、クレスさんのこと格好いいなぁって思っていたのに」
りんがクレスにそう告白するのを耳にし、ラースはショックのあまりすすっていたボルシチを思い切り噴き出した。あまりにもあからさまな反応をするラースに、一同はどっと笑った。
「ほんとにからかいがいがあるわよねぇ、ラース」
りんがクスクスと笑うのを見て、ラースはしてやられたことにようやく気付き、頬を赤らめながら舌打ちをした。
それから少しして、セラがディアナの力によるテレポートで、クロム国王とニンジャ達を連れて姿を現した。ずっとノアールの森で張り込みをしていてまともな食事を取っていなかったからか、ニンジャ達は吸い寄せられるように食卓に座り、メイド達に用意してもらったボルシチを一斉にすすり始めた。
「食事を取ってもらいながらでも構わない。これから隕石を破壊する作戦を説明するから、心して聞いてほしい」
クロム国王の言葉に対し、ラース達は一旦ボルシチを食べる手を止めて、こくりとうなずいた。セラも空いた席に腰掛け、クロム国王の言葉に耳を傾けた。
「まず、世界中の武器をアルテリア帝国に集める。そのために、明朝から世界各地に我々王が出向き、民衆に武器を手放すよう説得させることから始める」
「異議あり」
早速エドウィン国王が挙手して、クロム国王の言葉を遮った。
「民衆を説得しようとしても、それに応じない者がいるかもしれない。中にはバルドロス帝国に集まっていた者達のように、暴動を起こす者も現れる可能性だってあり得る」
「それは……」
言葉に詰まってしまうクロム国王を見かね、ラースが挙手して意見を述べた。
「なら、俺も一緒に行く。説得に応じない者達の大半が、バルドロス帝国や俺に復讐心を抱いているはずだろうから……。その怒りを受け止めるのは、俺とエドウィン国王の役目だ」
エドウィン国王も同意見だったようで、無言のままこくりとうなずいた。
「そうか……分かった。すまないな、ラース、エドウィン」
二人に詫びた後、クロム国王は説明を続けた。
「民衆に武器を手放すよう説得したら、民衆には翌日までに全ての武器を集めて来てもらう。ニンジャ達は、明朝からシノクニに行ってもらい、ニンジャの武器を集めてもらう。構わないか?」
クロム国王がなぎさに確認するも、なぎさは首を縦にも横にも振ろうとしなかった。
「それを判断するのは、もう俺の役目じゃない。何せ、今のリーダーはりんであるわけだからな」
そう言って、なぎさはりんに柔和な笑みを向けた。りんは動揺を隠せない様子だったが、隣にいたあかねに「決闘で負けたらお姉ちゃんをリーダーに任命するつもりだったって」と教えてもらい、恐縮しながらも納得した。
「私達ニンジャに異論はないわ。世界を救うためなら、何だって協力するつもりよ」
りんの快い返事に、クロム国王は「感謝する」と礼を言った。
「世界中の民に武器を集めてもらったら、転送の魔法で世界各地の武器をアルテリア帝国に運搬する。転送の魔法をこの中で扱えるのは、セシリア様、レミー、アールの三人だけだ。故に、三人には転送の魔法を多用してもらうことになる」
「分かりました」
セラとレミーは二つ返事でうなずいた。アールも「構わねえですぜ」と承諾してみせた。
「そして、世界中の武器をアルテリア帝国に運び終えた暁には、ルークが提唱した合成の魔法で一本の巨大な剣を作り上げる。その魔法がどれだけの魔力を要するかなどを、レミーとアール、二人で明日までに解析してもらいたい。できるか?」
レミーは「やってみせます」と決然たる顔で返事した。アールも無言のままこくりとうなずいた。
「合成の魔法で巨大な剣を作るときには――」
クロム国王が言い終えるより先に、ラースが立ち上がって答えてみせた。
「三日後、俺とセラの二人で、ウェストにいるローベルト・ハーヴィーを倒しに行くんだな。ユピテルの力で世界中の人々が殺されないように」
「あぁ、その通りだ」
クロム国王はこくりとうなずいてみせた。
「世界の命運は、ラース、セシリア様、二人に託されたと言っても過言ではないだろう。武運を祈っている」
ラースとセラは互いに目を合わせ、そしてクロム国王に向かってうなずいた。
「ローベルトを倒したら、合成の魔法で作った剣をウェストに転送し、剣に四人の神の力を集結させる。それこそが隕石に対抗する我々の唯一の武器だ。剣が完成したら、その剣で隕石を打ち砕いてもらうわけだが、その役目は――」
「それも俺に任せてほしい」
ローベルトが言葉に詰まるのと同時に、ラースが挙手して名乗り出た。
「……ラース。気持ちはありがたいが、軽率に判断しているのならば考え直してほしい。あの巨大な隕石を破壊するとなると、その反動を受けたら無事でいられる保証が皆無に等しいんだ」
クロム国王が忠告するも、ラースは意志を曲げることなく言った。
「そんなことは分かっているよ。でも、神の魂を宿す者の中で、唯一死なない可能性があるのは俺なんだ」
「何だって?」
クロム国王のみならず、その場で聞いていた皆も目を丸くした。
「ラース、何か理由でもあるのか?」
横にいたクレスが尋ねると、ラースはこくりとうなずき、そして自分が死なない可能性がある理由を説明した。
「……本当にそんなことがあるのか?」
説明を聞き終えると、クロム国王は驚きを隠せないままラースに問い詰めた。
「確証はない。けど、俺の仮説がもし間違っていなかったなら……隕石を破壊するときに生き延びれる可能性があるのは俺だけってことになる」
ラースの言葉を聞き、クロム国王は眉間にしわを寄せて唸り声を上げたが、やがて渋々ラースの提案を受け入れることにした。
隕石を破壊する作戦を一通り話し終えると、今日はもう寝て明日に備えるよう、クロム国王はラース達に促した。アルマン国王、ロズモンド国王、エドウィン国王はクロム国王に連れられて貴賓室へ向かい、残りのメンバーはクレス隊に連れられて騎士団の寝室へ向かった。
騎士団の寝室に到着し、皆が各自の寝室へと入っていく中、ラースとセラは突然なぎさに呼び止められた。
「今さっきりんから聞いた。クリードという奴に襲われて、りんが左腕を千切られたってな」
ラースは深刻な顔をしてうなずいた。これまで人間と関わりを持とうとしなかったなぎさが、それを聞いて自分に腹を立てないはずがない――。すぐに助けに来れなかったのは自分の罪だと思い、ラースはなぎさに深々と頭を下げた。
「もうよせ」
しかし、意外なことになぎさはラースの謝罪を制止した。ラースが顔を上げると、なぎさは今まで自分達に一度も見せたことのない柔和な笑みを浮かべていた。
「ラース、お前はりんがクリードに殺されかけたところを救ってくれた。セラは千切れたりんの腕を治癒してくれた。むしろお前達には感謝しているんだ。
今更こんなことを言うのもむず痒いが、どうかこれからもあいつらと仲良くしてやってくれないか。ニンジャの元リーダーである俺からの願いだ」
そう言って、なぎさはこれまでの突き放した態度を詫びるように、ラース達に深々と頭を下げた。今度はラース達が「頭を下げなくていいのに」と恐縮する番だった。そんな三人の様子を、ニンジャ達は寝室のドアをこっそりと開けて覗き込みながら、歓喜していた。
翌朝、身支度を整え終えると、早速三日がかりの作戦を実行に移した。レミーとアールの二人には、合成の魔法について解析してもらうため城内に残ってもらい、残りのメンバーは一斉に玄関ホールから外へ出た。クレス隊も「国王達の護衛をする」と名乗り出たが、「力に物を言わせれば説得力に欠ける」とエドウィン国王に諭され、代わりにアルテリア城内の武器を回収することとなった。ニンジャ達もキルバードの提案でトトを呼び出してその背中に乗せてもらい、一足先にシノクニへと飛んで行った。
まず、城下町の病院にいるバルドロス兵を治癒するため、セラが病院へと向かって行った。それまでの間、一同はアルテリア城の前で待機することとなった。世界各地へ出向くとなると、ディアナの力によるテレポートが必要不可欠だったからだ。
三十分ほどした頃だろうか、セラが大勢のバルドロス兵を引き連れて戻って来た。バルドロス兵も連れて来たのは、世界各地にある武器の回収と、激化するであろうローベルトとの決戦に備え民衆を護衛する役割が残っていたからだった。クロム国王とエドウィン国王の指揮の下、数十人ずつバルドロス兵が呼び出され、これからテレポートで世界各地へ向かうのに同行することとなった。
最初にアルテリア城下町へ足で向かい、その後世界各地へセラのテレポートで向かい、隕石を破壊するために武器を手放すよう、次々に民衆への説得を始めた。しかし、説得を行っても、バルドロス帝国への憎しみで説得を受け入れない者が多かった。中には恨むあまり暴挙に出ようとする者もいたが、エドウィン国王が深謝すると共にアルテリア帝国への服従を誓うことで、どうにか説き伏せた。
その一方で、殺人鬼であるラースを非難する者も少なくなかった。ネムヘブル村に再び訪れたときには、大人達が子供をラースに近寄らせようとしなかったし、リバームルに帰って来たときにはフェルマーの叱咤が待っていた。街の住民達は「バルドロス帝国が悪い」とラースを庇おうとしたが、フェルマーの怒声が止むことはなかった。ラースが謝罪すると共に「法の裁きを受け入れる」と告げると、フェルマーはとうとう耐え切れなくなり、人目もはばからず泣き崩れた。
世界各地へ説得に向かう上で、ラース達はクリード達の捜索に当たっていたアルテリア兵、バルドロス兵とも合流したが、自分達が引き連れて来たバルドロス兵と同様、クロム国王から武器の回収と民衆の護衛を指示され、待機することとなった。唯一、カルロス隊の三人だけは、アルテリア帝国に滞在する国王達の護衛をするため、アルテリア帝国へ連れて帰ることにした。
こうして、世界中の民への説得と騎士達への指示を終えると、ラース達はアルテリア城へと引き返した。武器の確保は保障されたので、残る問題は合成の魔法の解析のみとなった。
「合成の魔法について記されているページを解読できました」
二階の大広間でアールと共に魔導書を読んでいたレミーが、クロム国王達の姿を見るなり口を開いた。
「呪文を唱えるのは可能です。ですが、世界中の武器を合成しなければならないので、相応の魔力が必要になることが懸念されます。少なくとも私だけの魔力ではとても……」
クロム国王は腕組みしながら言った。
「合成の魔法を使うのは、二日後、ローベルトとの決戦を終えた直後になるだろう。レミーが合成の魔法を使えないとなれば、セシリア様からディアナの力を奪ったアールに一任することとなる」
クロム国王の発言を皮切りに、全員の注目がアールに集まった。アールはばつが悪そうにそっぽを向いて後頭部を掻きながら、渋々「分かりやしたよ」と返事した。
翌日の昼頃、セラとレミーとアールの三人で手分けして武器を回収しに行った。セラは天使の翼を生やしてサウスの各地へ、レミーは少しでも魔力を節約するため竜の翼を生やしたラースに運んでもらいイーストの各地へ、アールは見張りも兼ねてキルバードとトトに運んでもらいノースの各地へ向かって行った。そして帰りは、当初の作戦通り、各地で集めてもらった武器と共にアルテリア城の正門前まで転送の魔法で戻った。
世界中の武器をアルテリア城の正門前に運び終えたところで、ラースが玄関ホールの方に目を向けると、懐かしい面々がいることに気付いた。リバームルに住む少年マルク、ネムヘブルに住む少女ニーナとおっちょこちょいのトーマス、コナン帝国で宿屋を営んでいるラムおばさんと花屋を営んでいるカルロスの兄が、クロム国王に頭を下げて挨拶をしている真っ最中だった。「一緒について来たのか?」とラースがセラに問うと、「私達の応援に行きたいそうだったので」とのことだった。
「あっ、セラお姉ちゃん達が戻って来た!」
ラース達が玄関ホールへ入ると、逸早く気付いたニーナが振り向いて声を上げ、マルク達と一緒にラース達の下へ駆け寄って来た。
「フェル婆さんは来ていないのか?」
ラースがマルクに尋ねると、マルクは気まずそうに視線を落としながら正直に答えた。
「うん……。ラースがリバームルに来てから、フェルマーさん元気をなくしちゃって。あれからずっと寝込んじゃってるんだ」
「そっか……」
ラースは申し訳なさのあまりうつむいた。
「おい、ラース! 何やってんだよお前! 人を殺したりなんかしてよ!」
突然トーマスが眉間にしわを寄せ、ラースの胸倉を掴みながら怒鳴り声を上げた。そして、すぐさま隣にいたラムおばさんにチョップを浴びせられた。
「思慮の浅いことを言ってんじゃないよ! バルドロス帝国がとんでもなく悪い連中だったから、国王達の代わりに裁きを下したんじゃないか!」
「そ、それはそうなんだけどよぉ……」
トーマスは不服そうに呟いたが、ラムおばさんが「何か文句でもあるのかい?」とでも言いたげに睨み付けて来たので、ビビッてこれ以上何も言えない様子だった。ラムおばさんは次にラースを励まそうとしたが、それに対しラースはぶんぶんと首を振った。
「トーマスの言う通り、俺は多くの命を奪った殺人鬼だよ。信頼してくれた仲間達を裏切った。俺が人を殺したっていう悲しみを仲間達に背負わせた。俺が殺した人達の仲間や家族達にも、命を奪われた悲しみを背負わせた。法の裁きだけじゃ収まり切れないほどの罪を犯したんだ」
厳格に答えるラースに、ラムおばさんはつい黙り込んでしまう。
「でも……それでも、僕達はラースの味方だよ」
横からマルクが口を開いたのに対し、ラースは目を丸くした。カルロスの兄もマルクに続いて言った。
「お前さんの気持ちは分かる。けどよ、お前さんは自分の罪から決して目を背けてはいないじゃねえか。それは胸を張っていいことなんじゃねえか? 反省するのも大事だけどよ、いつまでも卑屈になっていても良いことなんかありゃしねえと俺は思うぞ」
カルロスの兄の言葉を聞き、ラースは精神の中で母が話していたことを思い出した。
――罪はちゃんと償うこと。それと、自分を決して見失わないこと。ラースは良い子なんだから、しっかり胸を張っていなさい。
自分が傷付けた人達に報いるためにも、法の裁きは当然受けるつもりだ。それで普段通りに振舞っていいと言うのなら――それが許されると言うのなら――まず何より、マルク達に言うべき言葉がある。
「ありがとう」
気付けば、ラースはぽろぽろと大粒の涙を零していた。そんなラースを見兼ね、マルク達はラースの肩を、背中を叩いて励ましの言葉をかけた。
程なくして、ニンジャ達が武器を運んでアルテリア城へ戻って来たときには、エドウィン国王の首に下げている懐中時計が夕刻を示していた。「そろそろ夕食にしよう」とクロム国王が呼びかけ、一同が二階の大広間へ向かうと、突然セラが皆の前に出て名乗りを上げた。
「あの! 今日の夕食は、私に作らせてほしいんです」
「セラがか?」
セラの提案に、ラース達はきょとんとした顔をした。
「はい。せっかくの機会だから、料理の練習をしたくて……。駄目でしょうか?」
「いや、俺は別に構わねえけど……」
ラースは首を振ったが、セラが料理下手なのは大方の人間が把握していることだった。中にはセラが料理を作ることに難色を示す者もいるのではないかとラースは懸念したが、それを払拭するかのようにラムおばさんが名乗り出た。
「なら、あたしもセラちゃんの料理の手伝いをしようじゃないか! あたしが直々にレクチャーすれば、大抵の料理も美味しく出来上がるってもんさ!」
そう言って、ラムおばさんはセラにウィンクを送った。セラは顔を綻ばせ、「ありがとうございます!」とラムおばさんに礼を言った。
すると、りん、れな、レミー、そしてカルロス隊のアンが後ろの方でこそこそ話を始めた。
「セラが料理するって言うなら、俺も加勢した方が――」
料理上手なりゅうも名乗り出ようとしたところ、れなに後ろから両肩を掴まれて制止された。
「いや、今日はりゅうは座って待ってて。あたし達が料理を作るから!」
そう言って、れなはりん、レミー、アンを連れて、セラとラムおばさんの隣に立った。
「何だ何だ? アンが料理作るなんて今まであったか?」
怪訝そうな顔を浮かべるカルロスに対し、キルバードとカルロスの兄は「チッチッチッ」と指を左右に振った。
「乙女心ってのが分かってねえなぁ、弟よ」
「乙女心だぁ?」
カルロスの疑問はさらに膨らむばかりだったが、キルバードに「ま、黙って席に着いとけってことよ」と言われ、渋々席に着いた。
国王達も「乙女心」と聞いて察したのか、「我々は貴賓室で食事を取ることにしよう」と言って、大広間から出て行ってしまった。
アルテリア城内の武器を回収していたクレス隊も、遅れて大広間にやって来た。大広間の食卓に男しか座っていないのを見て、「女性陣はどこに行ったの?」とクレスが尋ねてきたので、ラースは言葉の代わりに奥の厨房を親指で差し示した。
奥の厨房では、ラムおばさんとセラ、ニーナ、りん、れな、あかね、かすみ、レミー、アンがエプロン姿で夕食を作っていた。もちろん、メイド達も一緒になって調理していた。ただ一人、メイド長だけは国王達に食事を持っていかなければいけない、失態は許されないと慌てふためいていた。
「堅物そうなメイド長は今余裕がないから、クレスにアピールするなら今のうちだよ!」
そうれなが新人のメイドに耳打ちをし、かすみにも「頑張ってください!」と励ましの言葉をかけてもらい、新人のメイドはかつてないほどの張り切りを見せていた。当然、そんなやり取りをしていることを食卓で待ち続けていたクレスが知る由もない。
「なんか、意外。セラもれなやあのメイドのように好きな人がいただなんて」
セラ、ニーナ、あかねの三人でソース作りをしているところ、あかねがセラを横目で見ながら言った。照れながらも「気になる人なら」とセラが答えるのを聞いて、それが誰のことなのか分かったニーナはにんまりと笑った。
「そういうあかねは、好きな人いるんですか? あきらさんとか」
セラが問うと、あかねは馬鹿馬鹿しそうに鼻で笑った。
「まさか。気の合う仲間だとは思ってるけど、それまでの関係でしかないよ。あたしとかすみはただの花嫁修業ってところ」
「残念。もし好きだって言うなら応援していたのに」
「冗談はよしてよ」
肩をすくめるセラとニーナに対し、あかねはあり得ないと言わんばかりに腹を抱えて笑った。
「でも、いつかはもしかしたら誰かを好きになる日が来るかもしれないわよ?」
セラ達の会話を聞いていたりんが、背後からあかねの両肩に手を置いて驚かせながら言った。
「ほら、例えばラースの隣に座っているあの子とか……」
ラース達に気付かれないよう、りんはラースの横に座っているマルクを指差した。「どうだかねー」と、あかねはあまり相手にしない様子で言葉を返した。
「りんさんはラースさんに料理を振舞うつもりなんです?」
うきうきしながら尋ねるセラに対し、りんは頬を赤らめながらもこくりとうなずいた。
「一体どこが好きだって言うの? あんな陰険野郎の」
あかねの嫌味な尋ね方に腹を立てたのか、りんはあかねの後頭部を指ではじきながら答えた。
「不器用で間抜けなところ。それでいて、誰よりも仲間想いなところかしら」
「それ、どちらかって言うと馬鹿にしてない?」
「ううん。だからこそほっとけない気持ちにさせられるの」
「そんなもんかなぁ……」
納得がいかない様子のあかねを見て、りん、セラ、ニーナの三人は目を合わせてクスリと笑った。
「お待ちどおさま!」
それからしばらくして、ラムおばさん達が厨房から食事を運びながら戻って来た。ラムおばさん達が作ったのはスパゲッティだった。ミートソース、カルボナーラ、ペペロンチーノ、ヴォンゴレと、色取り取りのスパゲッティが食卓に並べられた。
「今から私は国王様にお料理を運んでくるから。くれぐれも粗相のないように!」
「はーい」
厳しく注意するメイド長に対し、メイド達は内心ほくそ笑みながら元気よく返事した。
「ささっ、クレス様にアピールするチャンスよ! 行け行け!」
メイド長がいなくなったところで、メイド達は新人のメイドの背中を押し、クレスにスパゲッティを振舞うよう促した。
「えっと……その……」
期待の眼差しを向けるクレスに対し、新人のメイドは羞恥心で耳を真っ赤にしながらも、ミートソースを小皿に取って恐るおそる差し出した。
「これ……私が作ったものなんです。よろしければ、召し上がっていただけないでしょうか……?」
「うん、もちろん頂くよ」
クレスは大事に小皿を受け取り、フォークにスパゲッティを巻き付けてぱくりと口にした。
「とっても美味しいよ。ありがとう」
クレスは満面の笑みを浮かべて言った。新人のメイドは感極まって思わず泣き出してしまい、他のメイド達が新人のメイドの背中をさすって慰めようとした。
なるほど、周囲を見渡してみると、女性の面々が料理を作ると言い出した理由がラースにも分かった気がした。女性達は、各々の想い人にスパゲッティを振舞っているようだった。れなはりゅうに、レミーはアールに料理を振舞い、カルロス隊のアンはカルロスに料理を振舞っており、横で見ていた弟のユンも驚きのあまり唖然としていた。そしてセラはというと、なんとトーマスにスパゲッティを振舞っており、トーマスは信じられない様子で「え、ほんとに俺?」と五回くらい聞き返していた。
俺には関係ないかな……と諦め、ラースが自分で目の前のカルボナーラを小皿によそおうとしたとき、突然りんに小皿を取り上げられ、カルボナーラをよそってフォークと一緒に差し出された。
「食べてもらえるかしら、ラース?」
頬を染めながら尋ねるりんに対し、ラースはそれ以上に頬を赤くしながら、ぶっきらぼうに「お、おう」と返事した。このまま食べてもらうのは面白くないと思ったのか、りんは自分でカルボナーラをフォークに巻き付け、ラースの口元に運んで言った。
「はい、あーん」
まるで恋人みたいなやり取りに、嬉しさよりも羞恥心の方が上回り、ラースは顔を真っ赤にしながら思わず飛び退いてしまう。そして、ラースは勢い余って椅子から情けなく転げ落ちた。
「ラース、動揺しすぎ。トーマスよりも格好悪い」
横で一部始終を見ていたマルクが呆れるのに対し、「耐えられるかこんなの!」とラースは怒鳴り声を上げた。やっぱりからかいがいがあるなぁと、りんはラースの反応を見てクスクス笑った。
「ラース兄、良かったッスねぇ。で、俺には料理運んでくれないんスかね?」
あきらがニコニコしながらあかねとかすみを捜すも、あかねはニーナと自分の作ったスパゲッティを食べさせ合いっこしており、かすみは犬のスイを呼び出してそちらにスパゲッティを振舞っていた。
「あれ? 俺には料理……」
「あげません!」
「あげるかよ!」
あきらがしつこく尋ねてくるのに対し、かすみとあかねは怒鳴り声を上げて突っぱねた。ショックのあまり椅子から転げ回るあきらを見て、横にいたなぎさは腹を抱えて笑った。
そうして、色取り取りのスパゲッティを全て食べ終え、一同は夜を迎えた。
よろしければ、ブックマーク、ご感想、ご評価及び外部ランキングサイトへのご投票をお願いします。




