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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第七章 兵器としてではない生き方
45/66

五※

 一歩、また一歩と石の階段を下っていくにつれ、ラースの足音が辺りにこだましていく。しばらく続いた階段を最後まで下り終えたところで、ラースは足を止め、洞穴の中を見回した。

 まず目についたのが、空中に浮かぶ大きな光の玉だった。ラースは驚くようなことはせず、これも神の力によるものか、あるいはただの魔法だと想像した。恐らくはあれで明かりでも取っているのだろう。

 天上には鍾乳石、そして地面には砂利が散らばっている――と思ったら違った。一歩進んで砂利を踏みつけると、パリンと砕け散る音がしたのだ。砂利だと思っていたものは、よく見ると割れたガラスの破片だった。なぜガラスの破片がこんなにも散っているのだろうと思ったところ、遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえた。


「そのまま真っ直ぐ進んで来てくれ。俺はその先にいる」


 ラースは言われるがまま、散らばるガラスの破片を踏み鳴らしながら進んでいった。すると、一人の青年が壁にもたれかかって座っているのが見えた。

 穴の空いたボロボロの衣服を着ており、全身が仄かな青い光に包まれている。この人物がリックなのだと、ラースは想像がついた。全身を包む青い光は、命を繋ぎ止める不死身の力によるものだろうか。


「十五年前にユピテルの魂を宿した男がやって来たって、あんたは言ったな、リック?」


 ラースが問うと、リックはうなずき、話を始めた。


「俺は数百年前にウェストで暮らすって決めてから、ずっと死者蘇生の聖水を作っていた。この洞穴を埋め尽くすだけの聖水の瓶を、俺は数百年かけて作り続けてきたんだ。

 そして、十五年前の戦争が始まった。帝国同士の騎士のみならず、世界中の民を巻き込むほどの凶悪な戦争だったそうだな。長年作り続けた聖水を今こそ使うべきだと思っていたところに、ユピテルの魂を宿した男は現れた。そして、俺の中にユノの魂が宿っているのを知った上で、その男は聖水の瓶を全て破壊すると言い出したんだ。

 俺は必死に抵抗したが、不死身の力で辛うじて生き永らえている身だ。一瞬にして打ちのめされ、俺がこれまで作ってきた聖水の瓶は男の手によって破壊されていった。

 なぜこのような真似をするのか、意気消沈しながら尋ねたら、男は見定めるためだと答えた。ユピテルの言葉によれば、人間は放っておいてもいずれ死滅する。そんな人間共に神の能力を授ければ、自分達のみならず、下界に住む他の生物達も命の危機に瀕することだろうと。それが本当なのかをこの目で確かめたいと男は言ったんだ。聖水の瓶を一通り破壊し終えると、男は何も言わずその場を去っていった」


 ラースはもう一度辺りを見渡した。辺りに散らばっているガラスの破片は、リックが数百年かけて作り続けた聖水の瓶の残骸なのだと理解した。


「災難だったな……」


 ラースが労いの言葉をかけると、リックは怒りのあまり握り拳を固めながら言った。


「思い返しただけでも腹立たしい。だが、奴が去ってからの十五年間、決して何もできなかったわけじゃないさ。微々たる量とはいえ、死者蘇生の聖水を作ることには成功した」


 リックは、穴だらけになったズボンのポケットから小瓶を取り出した。小瓶の中には透き通った水色の液体が入っており、煌々と輝いていた。


「わざわざウェストにやって来たということは、この聖水が目的なんだろう?」


 リックの問いに対し、ラースはこくりとうなずいた。


「ああ。悪い連中に俺の仲間が人質に取られていて、その聖水を持ってくるよう脅されているんだ」


 リックはふうと小さなため息を吐いた。


「お前に渡すのを拒むつもりはない。ただ、このような形で悪用されることになるとは思わなくてな……。ユピテルの言葉もあながち間違ってはいなかったということか」

「けど、その聖水はあくまで死者を生き返らせることしかできないはずだ。別にこの世界を滅ぼすようなことは起こり得ないだろ?」

「確かにそうなんだが……」


 難しい顔をするリックに、ラースは「何かあるのか?」と問い詰めた。


「死者を生き返らせるだけならまだいい、そこは俺も同意見なんだ。だが、生者が聖水を飲んだ場合はどうなると思う?」


 ラースははっと息を呑んだ。


「まさか……不死身の力を手に入れられるとでも言うのか?」

「確証はない。俺も誰かに試してみたことがないし、ユノ自身もそういう効力があるかは知らないと言っていた。だが、可能性として否定はできないとも言っていたんだ。もしお前の言う悪い連中がそういう企みを持っているとしたら……」

「迂闊に渡せねーな、そうなると……」


 そう言ってラースは項垂れた。


「だが、聖水を渡さないと仲間を救い出すことができないんだろ? なら遠慮なく持っていくといい。仮にその連中が不死身の体を手に入れたとしても、神の力を持っているお前なら悪巧みを阻止できるはずだ。ユピテルにこてんぱんにされた俺が保証する」


 自虐混じりにリックは聖水の瓶を差し出し、ラースはそれを大事に受け取った。


「マーズという神の魂を宿す者よ、名は何と言う?」


 そう尋ねるリックに対し、ラースは自身の名を名乗った。


「ラース・オルディオだ。ラースって呼んでくれ」

「そうか。ラース、お前に問いたい。この十五年間で、ユノ以外の神々が下界に現れ始めたのはなぜだ?」


 当然の疑問だとラースは思った。数百年もウェストにたった一人で暮らしていたリックにとって、天上界の事情など知る由もないことだ。

 ラースはマーズから教えてもらった通り、ユピテルが人間達を滅ぼそうとしていること、それを阻止すべくマーズとディアナが後を追って下界へ降り立ったこと、その時にマーズの魂が自分の中に、ディアナの魂がさらわれた仲間の中に吸い寄せられたことを説明した。一通り話し終えると、リックは呆気に取られながらも口を開いた。


「そうだったのか。もしかしたら十五年前の時点で、人間達はユピテルの手によって殺されていたかもしれなかったわけだ」

「そう。そしてここからが、俺が初めて知った話。ユピテルの魂を宿す者は、まだ人間を滅ぼそうと考えてはいない。俺達人間が下界を滅亡させないか、きっと今も見張り続けているんだ」


 リックは「なるほどな」と納得したようにうなずいた。


「そうなると、重要な局面に立たされているわけだな。連中の悪事をどれだけ抑えられるか、ラース、お前の成果にかかっているぞ」

「分かっている。もうこれ以上、奴らの好き勝手にはさせないつもりだ」


 ラースの決意を聞き、リックは安心したかのように口の端を上げた。


「それじゃあ、行ってくる!」


 そう言って、背を向けて走り出すラースに対し、リックは「行ってこい!」と背中を押した。


 階段を駆け上がって再び地上に戻ると、ラースは昨朝にゼブラから言われたことを思い出した。聖水を手に入れられたなら、ラース達の方から合図を送れ。そうしたらゼブラ達のアジトへ案内すると。

 合図の仕方はいかようにもあるが、実際にどう合図を送ろうか、ラースは思案する。そして、叫び声を上げることに決めた。神の力を持った今なら、自身の叫び声もドラゴンの咆哮のように轟くはずだと考えた。

 まずは背中に翼を生やし、上空へ。そして、ノース、イースト、サウスの大陸を見渡しながら、ラースは力の限り叫んだ。すると推測通り、ラースの叫び声は咆哮となって響き渡った。ドラゴンの化身こそがマーズの力なんだろうなと想像しながら、ラースは力いっぱいに咆哮を続けた。

 喉が疲れてきたところで、ラースは咆哮を止め、再び地上に降り立った。これだけ叫べばさすがにゼブラ達の耳に届くだろうと思いながら、ラースは翼を打ち消した。

 敵が現れるのはどの大陸からだろうか――仮に姿を見せたとして、その姿を自分は視認することができるだろうか――。あれこれ考えを巡らせながら、ラースは敵の反応を待つことにした。もし反応がなければ、もう一度叫んで様子を見るまでのことだ。




 * * *




 ラースの咆哮に効果があったかどうか――。結論から言って、ラースの咆哮は洞窟に身を潜めるクリード達の耳にしかと届いていた。


「耳障りな声だ――」


 そう悪態をつきながらも、クリードは悦に入った表情を浮かべていた。ラースが聖水を手に入れ、自分達の所に持ってくるこの時をずっと待ち望んでいたからだ。


「一応釘を刺しておきやすが」


 眠っているセラを魔法の縄で縛りつけながら、ゼブラはクリードに言った。


「あっしの張っているバリアーから、自分の足で外に出ないでもらいまっせ。必ずあっしの転送の魔法で移動してもらいやす」


 クリードはうざったそうに大きく舌打ちをした。


「それをして何になるというんだ? 魔力を探知されて面倒な目に遭うと、まだ言い張るつもりか?」


 クリードは優越感に浸りながら叫んだ。


「俺は神の力を手に入れたんだ。騎士が押し寄せてくるから何だというんだ? 奴らには今の俺に傷一つつけることすらできやしない! 直に俺は無敵の存在となるのだ!」


 高笑いをしながら、クリードはゼブラの忠告を破り、魔法で宙に浮きながらバリアーを突破した。ゼブラが呼び止めるのを無視し、クリードは高速で空を飛び、ノースの雪山の麓にある洞窟から外へ出た。そして、ウェストにいるであろうラースを出迎えるために、ウェストから一番近い所にあるルクラーカ村へと向かっていった。

 ルクラーカ村には、大勢の羊と、それらを放牧する一人の老人がいた。空から飛んでくるのはさすがに目立ちすぎていたのか、老人はすぐにクリードの存在に気付いた。


「何なんだ、君は一体……?」


 眉間にしわを寄せながら尋ねる老人に対し、クリードはきざったらしい態度で言葉を返した。


「ごきげんよう。自分の剣技がどれだけ強くなったか、今すぐにでも試してみたくなってね」

「何だって……?」


 老人が息を呑むのも束の間、クリードは奥にある牧舎に目をやり、レイピアを抜いてひゅんと一振りした。

 想像を絶する威力だった。クリードにとってはマッチに火を付ける程度の加減だったかもしれない。それが一瞬にして牧舎を呑み込むほどの黒い炎となって燃え盛った。そのあまりにも強大すぎる炎に巻き込まれ、何匹かの羊が黒焦げになってのたうち回り、やがて次々に息絶えた。


「止めろ! すぐにあの炎を消してくれ!」


 老人が力を振り絞って叫ぶも、クリードは聞く耳を持たずだった。それどころか、懇願する老人を見て愉快に思えたのか、調子に乗った態度でクリードは言った。


「ああ、すまない、すまない。あいにく力の加減が上手くいかなくてね」


 クリードは醜悪な形相になりながら、レイピアの先端をそばの羊達に向けた。黒い炎がレイピアの先端に集まり、大砲の弾並みに巨大な火球となって、銃撃音と共に狙いを定めた羊達に向かって解き放たれた。

 老人はよろよろと杖を突きながらも走り出し、羊達の前に立ちはだかった。そして、迫りくる巨大な火球を一身に受け止めた。火球は爆発し、爆風を真正面から受けた老人は五体が吹き飛び、即死した。

 クリードは笑った。声高らかに笑った。羊ごときのために命を落とした老人に対する嘲笑もあるが、それ以上に自身の剣技が見違えるほどに強化されたことに歓喜した。建造物を易々と焼き払えるだけの威力を持っていながら、ゼブラからもらった神の力の減少がまるで感じられないのだ。つまり、規格外な威力の技をほぼ無限に扱うことができるということになる。


「やはり、今の俺に敵はいない。あの聖水さえ手に入れればなおさらだ……!」


 クリードは狂気じみた笑みを浮かべながら、辺りを見渡した。老人の次に死んでもらう標的を探そうとしたのだ。いや、神の力を試すだけであれば、この村ごと焼き払ってしまえばいいのではないか――。そんなことを考えていたところ、牧舎の近くにある小屋から現れた人物を見て、クリードは目を見張った。


「水無月りん……!」


 小屋から現れたのは水無月りんだった。りんは牧舎が黒い炎に呑まれていることに気付き、酷くショックを受けているようだった。

 牧舎の方へ走り出すりんに、クリードがレイピアの先端を突き付ける。そして、再び巨大な火球を作り、りんに向かって弾き飛ばした。しかし、一方のりんは怖気付くことなく、跳躍して迫り来る巨大な火球を回避した。空を切った火球は空中で爆発し、弾け散った。

 クリードが攻撃の反動で動けずにいる間に、りんは両手で印を結んだ。アルテリア帝国で正門の炎を消したときと同じ、水の忍術だ。巨大な水の塊を作り上げると、りんは燃え上がる牧舎の上で水の塊を爆破させ、大量の水滴を降らせて炎を鎮火させた。


「つくづく小癪な真似をする女だ……!」


 クリードが青筋を立てるのを無視し、りんは芝生が焼け焦げたもう一つの跡に駆け寄った。そして、老人の無残な死に様を目にし、息を呑んだ。


「酷い――全部あの男がやったのね」


 りんはクリードに目を向け、眉間にしわを寄せた。


「どこまでも……どこまでも性根の腐った奴だわ!」


 激しい剣幕で睨み付けるりんに対し、クリードもまた青筋を立てたまま言葉を返した。


「腹を立てているのはこちらも同じことだ。何ならどうだ、今から俺と一騎討ちでもしないか?」

「あなたみたいな屑が、まともに一騎討ちをしてくれるとでも言うのかしら?」

「ご明察」


 クリードは鼻で笑った。クリードは元より、りんに直接攻撃することを考えてはいなかった。そんなことをせずとも、その辺で呑気に草をむしっている羊を狙えば、りんは必然的に防御に回ることとなる――。先程老人を殺したときの手段と同じだ。

 りんはそれを分かり切っていたように、印を結んで水のドーム状のバリアーを張り、まだ生き残っている羊達を囲った。


「その程度のバリアーでいいのか?」


 クリードは嘲笑いながら、レイピアの先端から巨大な火球を作り上げ、次々に撃ち込んだ。

 炎の大砲を全て防ぎ切れないことは、無論りんも理解していた。りんの張った水のバリアーは、クリードの砲撃を二、三発防いだだけで蒸発した。その度に印を結び、りんは同じ水のバリアーを展開する。その繰り返しにより、りんは自然と防戦一方になってしまった。

 クリードの激しい弾幕を堪えながら、りんは自身の限界を悟った。――あと数分もすれば、水のバリアーが突破されてしまう。そうなれば、自分は羊達と共に、クリードの手によって火あぶりにされてしまうことだろう。自身の死がりんの頭をよぎった。


「勝負にもなっていなかったな、水無月りん」


 そして数分が経ち、とうとう水のバリアーを張れなくなった様子のりんを見ながら、クリードは再び嘲笑した。りんは疲弊のあまり、地面に膝をついたまま動けなくなっていた。


「貴様をすぐに殺すのは余興として面白みがない。まずは貴様の腕から吹き飛ばしてやろう」


 そう言って、クリードはレイピアの先端をりんの左腕に向けた。腕を千切られる恐怖のあまり、りんの表情が青ざめていくのを見て、クリードは高らかに笑った。


「その無様な面が見たかったんだ! 安心しろ、一本ずつ吹き飛ばしてやる。貴様の腕を、足を、そして首を! 最期までこの俺を失望させてくれるなよ?」


 レイピアの先端に巨大な火球を作り上げ、クリードは狙いを定めたまま火球を撃った。火球の攻撃はりんの左腕に直撃して爆発し、りんの左腕は勢いよく吹き飛んだ。

 千切れた左腕の付け根から血飛沫が飛び散る。りんは激痛のあまり表情を歪ませた。その一方で、クリードは勝ち誇った顔を浮かべながら、続け様に狙いを定めた。りんの右腕に向けられたレイピアの先端に炎を集め、クリードは巨大な火球を作り上げる。


「お願い、誰か助けて……」


 震えた声で呟きながら、りんは恐怖のあまり涙を零した。そんなりんに情け容赦を一切かけることなく、クリードは火球を撃ち込んだ。これで両腕がなくなると二人が想像したとき、ここで予想だにしないことが起こった。

 爆発音の後、りんが覚悟のあまり瞑っていた目を開けると、りんの右腕はまだ繋がったままだった。次に前方を見ると、神の力を宿したラースの後ろ姿が目に映った。背中には翼が生え、鱗だらけの剛腕でクリードの火球を受け止め、防ぎ切っていた。

 突然のラースの登場に身じろぐクリードをよそに、ラースは顔だけをりんの方に向け、謝った。


「すぐに来れなくてごめんな。もっと早く気付けていれば、じいさんもりんもこんな目に遭わなくて済んだかもしれない」


 りんは涙を拭い、首を横に振った。


「全てはあの男のせいよ、ラース。神の力に酔いしれて殺戮を始めたあいつの……!」


 その通りだとばかりにうなずき、ラースはクリードを鋭い眼光で睨み付け、憤りを露わにした。クリードは動揺したが、すぐに開き直って鼻で笑い、言った。


「何をそんなに怒っている? 爺の死を悔やむのであれば、ウェストから持って来た聖水を使えばいいじゃないか。最も、そうすればセラ・マリノアを引き渡すのは無しになるがな」


 卑劣な物言いをしやがるとラースは思った。じいさんを復活させるか、セラを救い出すのを優先するか、究極の二択を強いられた。

 とても辛い、残酷な二択だった。悩みに悩んだ末、ラースはセラを救い出す方を優先することにした。セラの中に宿る神の力をこれ以上クリード達に悪用されたら、次こそ世界を滅ぼされかねない。それだけは何としても阻止しなければならないと考えれば、自ずと答えは導き出された。


「賢明な判断だな」


 聖水をこの場で使わずに、翼で飛んで近寄るラースを見て、クリードは口の端を上げた。


「セラはどこにいる?」


 クリードの前に立つと、ラースは単刀直入に尋ねた。


「そう慌てるな。直に研究員がやって来るはずだ」


 クリードがそう答えると、丁度その時ゼブラがどこからともなく姿を現した。


「少し暴れすぎじゃありやせんかね? これじゃあ騎士達が押し寄せてくるのも時間の問題だ」


 呆れた風に言うゼブラに対し、クリードは不敵に笑いながら言葉を返した。


「ラース・オルディオを除けば、神の力を手に入れた俺達に最早敵はいない。違うか?」

「いつか足元をすくわれまっせ」

「余計なお世話だ」


 口喧嘩に割り込む形で、ラースはゼブラに言った。


「ゼブラ。俺をセラのいる所へ案内しろ」

「いいでしょう」


 そう言うと、ゼブラは右手に黒い光を灯し、ラースとクリードに向けた。すると、二人の体から青白い光が発された。最後にゼブラが自分自身に右手を向けて、同じように自身の体から光を発させると、ゼブラはぶつぶつと呪文を唱え始めた。ふわりと体が宙に浮いたかと思うと、パチンという電撃が走るような音と共に、ラース達の姿は一瞬にしてその場から消えた。

 視界がうねり、次に自分の足が地面についたときには、ラースはじめじめした洞窟の中にいた。辺りを見渡してみたが、洞窟のかなり奥深くまでやって来ているようで、すぐに外への出口を見つけることができなかった。

 ぴちょんと、水溜まりに水滴が落ちる音がはっきりと聞こえるほどの静けさの中、ゼブラとクリードはラースを置いて先に歩み始めた。二人が歩いていくその先に、セラが魔法の縄で縛られたまま横になっているのが見えた。


「セラ!」


 ラースは叫んだが、眠っているのか、セラが反応を示すことはなかった。ゼブラがセラを縛る魔法の縄を打ち消すと、魔法を使ってセラの体を浮かせた。ゼブラに目配せをすると、クリードはラースに向かって口を開いた。


「今の俺は機嫌がいい。貴様から聖水を受け取る前に、セラ・マリノアを解放してやろう」


 ゼブラが魔法で操って、セラをラースの目の前まで運んだ。浮いているセラを受け止めようとラースが両手を広げると、ゼブラの魔法が打ち消され、セラはラースの腕の中に落っこちた。


「セラ、俺だ。ラースだ! 聞こえるか?」


 セラを抱き抱えながら、ラースは再び叫んだ。今度はセラの耳に届いてくれたようで、セラはぱちりと目を覚ました。

 ――良かった、無事だ。ほっと安堵しながら、ラースはセラを地面に立たせた。セラは何も言わず、ゆっくりとラースの方へ向き直った。そして、この時ようやくラースは気付いたが、セラの両手には鋭利なナイフが握られていた。

 まず最初にラースは疑うべきだった。なぜクリード達が聖水を受け取らず、先にセラを解放するのを快諾したのか。何か裏があるからだと、ラースは逸早く気付くべきだった。


「……アハッ」


 ラースの姿を見るなり、セラは奇妙な笑い声を上げた。そして、ラースに体ごとぶつかり、手にしているナイフでラースの胸を深々と突き刺した。

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