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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第六章 人を殺さずして守れないもの
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 * * *




 見渡す限りの暗闇の中で、ラースはふと目を覚ました。大の字になって倒れていることに気付き、上半身を起こそうとしたが、途端に倦怠感に襲われ、ラースは起き上がるのを止めた。

 起き上がる代わりに、ラースは意識を失う前の出来事を思い出した。真っ先に思い浮かんだのは、自分が人を斬り倒しているときの光景だった。腕が千切れ、腸が抉れ、騎士達やカーツ国王が血を噴き出して死にゆく様を、あの時の自分はどんな思いで眺めていたのだろう――。正気の沙汰ではないと思い、ラースはうずくまりながらぶるぶると震えた。


「まだ死にたくなかった」

「なぜ俺達を殺した?」

「この人殺し、悪魔め」


 自分が殺めた者達の怨念が押し寄せてくる気がした。恨み言が脳裏に直接響いてくるようで、ラースは怯えるあまりに悲鳴を上げた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 何度も謝り続けているうちに、脳裏に響く恨み言が徐々に収まっていくのを感じた。ラースは息を切らしながら横になり、そして、自分が犯した過ちを改めて後悔した。

 いくら懺悔したところで、死んだ者達の命は戻ってこない。きっと、死ぬまで後悔し続けることになるのだろうと思い、ラースは唇を噛み締めた。


「いっそ、すぐにでも死んだ方がいいのかもしれない……」


 後悔のあまり、ラースは生気のない顔でぼそりと呟いた。いずれ死刑となるのだろうと腹を括ってはいたが、その時までのうのうと生きようとすること自体がおこがましいのかもしれないとラースは思った。


「こんな俺なんか、生きている価値はない……」


 そう呟いたとき、ラースはふと、自身の体に異変を感じた。液体のような気味の悪い感触がもぞもぞと体中に駆け巡り、そして体内にとぷんと入り込んだ。次第に体の内側から溶けるような痛みを覚え、ラースは苦しそうに呻き声を上げる。

 ――奴が来た。そう瞬時にラースは察した。ここ数日で何回か、夢の中で何者かによる攻撃を受けた。それが今まさに繰り返されているのだと、ラースは状況を理解した。

 視線を上げてみると、すぐ近くに思った通りの人物が立っていた。古風な兵士の格好をした男で、額に鉢巻を巻き、右手には大きな剣が握られている。そして、すぐ近くで目の当たりにして分かったことだが、首や手足の至る所が、どこからともなく伸びる鎖に繋がれており、自由に身動きが取れない様子だった。それでもなお、辛うじて左手をラースに向けながら、その人物は鋭い目で睨み付け、口を開いた。


「……『ユピテル』が下界に降り立ってから、最早どれだけ月日が流れたか分からん。俺は、一刻も早くあの男の暴挙を止めなければならん。そのために犠牲になってもらうぞ、人間。お前の体を俺によこせ……!」


 男の攻撃がわずかに勢いを増した。溶けるような痛みが頭のてっぺんから足の指先まで広がり、蒸発しかねないほどの熱気がラースを襲った。

 だが、ラースは抵抗しようとしなかった。自分に生きている価値はないと、未だに思い込んでいたからだった。このまま何もしなければ、意識が途絶え、自分は命を落とす。それで構わないとラースは思った。どのみち死刑の末路しかないのだから、死ぬタイミングが早くなったに過ぎないと考えた。


「しっかりして、ラース!」


 途端、聞き覚えのある声が聞こえ、ラースは我に返った。顔を上げると、真っ暗闇だった空から光が強く差し込んでいるのが見えた。

 それと同時に、男の攻撃ははたりと途絶えた。男の体中に繋がれた鎖に強く引っ張られ、男は呻き声を上げながら鎖ごと消滅した。


「ラース! 目を覚まして!」


 それから何度も名前を呼ばれ、間もなくしてラースは意識を取り戻した。気付くと、目の前では水無月りんが両膝をつき、こちらを心配そうに見つめていた。

 日が昇っておらず、外はまだ暗かった。ラースが辺りを見渡すと、自分が海岸の上に寝転がっていることに気付いた。りんが波打ち際から運んでくれたのか、砂浜には体の引きずられた跡がくっきりと残っていた。


「どうして、あんたがここに?」


 ラースが問うと、りんは海の方に目を向けながら答えた。


「まずは海流。この世界の海は常に反時計回りに流れている。あなたが海に落とされたって聞いたとき、イーストからノースの大陸に流されたかもしれないって思ったの」

「海に落とされた……?」


 身に覚えがなく、ラースは自分がカーツ国王を殺した後のことを思い返した。セラが駆けつけてきて、一緒に戻ろうと手を差し伸べてくれて、そして――突然城下町の正門が燃えたのだ。正門に気を取られているうちに、自分はクリードに背後からレイピアで刺され、不意打ちを受けたのだ。クリードにさらわれそうになったセラを助けようと足掻いたが、もう一人の敵であるゼブラに魔法で返り討ちにされた。それから今に至るまで、自分はずっと意識を失ったままだったのだろう。

 記憶の確信を得るため、ラースは上半身を起こし、自身の胸に注目した。すると、意外なことに気付いた。服には大きな風穴が開いていたが、自身の体には何一つ傷が見当たらない。致命傷を負っていたはずなのにどうして傷が塞がったのか、ラースは理解できずに困惑した。


「私も、あなたは瀕死の状態に違いないって思っていた。でも違ったわ。最初にあなたを見つけたとき、あなた、ずっと光り輝いていたのよ。だから私もすぐに見つけられたの。そして、駆けつけたときには胸の傷がほとんど塞がっていたわ。光が消えたときには、あなたの胸の傷も完全になくなっていた」


 怪訝そうな顔を浮かべながら、りんはラースに説明した。りんもなぜ傷が癒えたのか知りたがっている様子だったが、ラースは答えることができずに黙り込んだ。心中を察したのか、りんはラースに別のことを尋ねた。


「聞かせて。あなたとセラちゃんの身に何が起こったのか。クリードと研究員の二人が関係しているんでしょう?」


 ラースが覚えている限りの出来事を話そうとした、その時だった。


「あっしが代わりに答えてあげまっせ」


 二人の頭上から男の声が聞こえた。ラース達が顔を上げると、研究員――ゼブラが、魔法で宙に浮きながら自分達を見下ろしていた。

 りんは血相を変え、ウエストポーチから手裏剣を取り出し、ゼブラに投げつけた。しかし、ゼブラにひらりと身をかわされ、放り投げられた手裏剣は空を切った。


「セラ・マリノアはこちらの手元にある。命が惜しくば、下手な真似はしないことでっせ」


 せせら笑うゼブラに対し、りんは敵意を剥き出しにしながら叫んだ。


「一体何が目的なの? バルドロス帝国の連中といい、セラちゃんを執拗に狙おうとする理由は何?」


 やれやれと言わんばかりに両手を上げながら、ゼブラは答えた。


「今更隠す必要もねえ。セラ・マリノアの中に神の力が宿っているからに他ならねえ。あっしらはその神の力を我が物にしようとしているだけでっせ」

「神の力……ですって?」


 りんは耳を疑った。ラースも唖然とするのを見て、ゼブラは鼻で笑いながら言った。


「ラース・オルディオ、どうやらあんたは自覚がないようだ。あんたも同じ、神の力を宿す者でっせ。その証拠に、致命傷を負っていたにもかかわらず平然としていやがる。眠っているときに人外の存在と出くわしたとなれば、もう間違いねえ」


 ラースは、傷が塞がった自身の胸をさすった。そして、先程りんが言っていたことを思い出した。自身の体が光り輝く現象は、セラが傷を癒す能力を使うときの現象と確かに瓜二つだった。

 そして、もう一つ――眠っているときの話も、ラースは心当たりがあった。夢の中で何度か会ったあの男がまさに神だとするならば――。ゼブラの言葉は嫌なほどに辻褄が合っていた。


「あっしらとしては」


 ゼブラが口を開く。


「神の力は一人さえいれば十分。あんたの存在は邪魔でしかねえ――そう思っていやしたが、考えが変わりやした」


 ゼブラはラースを指差して言った。


「あんたにはウェストの大陸に行ってもらいてえ」

「……ウェスト、だと?」


 ラースは目を丸くした。世界の西側に位置するウェストの大陸は、人が生活できないほどの悪天候で知られる地だ。


「ええ、話せば長くなりやすが……」


 相槌を打ち、ゼブラは話を始めた。


「数百年前にも、神の魂を宿す者が存在した。その人物がウェストの大陸にいると、バルドロス城にあった古い書物に書いてありやしてね。どうやらそこで、神の魂を宿す者は死者を復活させる聖水を作っているらしい」

「そんなめちゃくちゃな話、誰が信じると思っているの?」


 再び怒鳴るりんに対し、ゼブラは冷静に自説を述べた。


「ああ、確かにめちゃくちゃな話でっせ。だが、それを裏付ける証拠はある。人が生きるのは困難とまで言われている悪天候が、人為的に――神の力によって作られているとしたら?」


 憶測にすぎない――そう言い返そうとするりんだったが、ラースがそれを遮った。


「りん、俺も奴の言う噂話を聞いたことがある」

「……何ですって?」


 驚きを隠せない様子のりんに対し、ラースはこくりとうなずいた。数日前、リバームルの宿屋で会った黒マントの男が同じ噂話をしていたのを、ラースは思い出した。


「おや、既に知っていたとはね。なら話は早え」


 ゼブラが話を続ける。


「あんたには、その噂話の真相を確かめてもらいてえ。そして本当だったなら、神の力が作っているという聖水を持ち帰ってもらいてえ」

「それで、その聖水をよこせって言いたいのか?」

「まあ慌てなさんな。交換条件といきやしょう。もし聖水を持って来られたなら、代わりにセラ・マリノアを解放してあげまっせ。悪くねえ話でしょう?」


 ラース達は返答を躊躇った。ゼブラの持ちかけた提案には絶対に何か裏があると思ったが、それでも逆らえばセラが無事でいる保証はない。苦渋の末、ラースは「分かった」と返事をしてうなずいた。


「あっしらは無闇に外に出られる状況じゃねえ。もし聖水を手に入れられたなら、その時はあんたの方から合図をお願いしやす。そしたら、あんたをあっしらのアジトへ案内しまっせ」


 そう言うと、ゼブラは呪文を唱え、瞬く間に姿を消した。


「……本当にウェストに行くつもりなの?」


 呆然としている中、りんがラースの方を向いて口を開いた。ラースは少し悩んだが、ゼブラに従う以外にセラを助け出す糸口が見つからず、ラースは肩を落として答えた。


「行ってくるよ、ウェストに。それしかセラを救い出す方法がないって言うのなら」


 ラースの返答を聞くと、りんは意を決したように言った。


「なら、私も一緒に行くわ。今のあなたの格好じゃ、まともに外を出歩ける状態じゃないもの」


 ラースは着ている服装に注目した。ただ胸の辺りに穴が開いているだけでなく、幾多もの返り血と自身の流血でべっとりと汚れていることに気付いた。


「まずは、近くの港町でも探しましょ。私がそこで衣服を買ってくる。アルテリア帝国から貰った報酬で、お金にはそんなに困ってないから」


 そう言うや否や、りんはラースに手を差し出した。ラースは差し出された手を掴み、りんに引っ張ってもらいながら立ち上がった。


 これからの旅の目的は決まっている。だが、ラースはすぐに乗り気にはなれなかった。自分が人を殺したという事実が、脳裏に強烈に残っていたからだった。

 クリードやゼブラだけじゃなく、自分もまた指名手配を受けていることだろう。騎士達に事情を話したとしても、それですんなりと騎士達が納得してくれるとは限らない。もし衝突が始まったら、自分は剣を振る決断ができるのだろうか?

 ラースはすぐに首を振った。──今は四の五の言っている場合なんかじゃない。セラの命が関わっている状況で、自分のことを気にしてなんかいられない。そう無理に言い聞かせながら、ラースは先に歩み出したりんの後を追った。




 * * *




 じめじめとした洞窟の中で、ゼブラは魔法によって姿を現した。天井からは水滴が滴り落ちており、ゼブラが着地すると、地面に溜まっていた水がばしゃんと跳ねた。

 洞窟には既に二人の人物がいた。協力関係にあるクリードと、誘拐したセラの二人だ。ゼブラが戻ってきたことを知ると、あぐらをかいていたクリードは立ち上がり、ゼブラの方に歩み寄っていった。


「交渉は済ませてきやした。後はラース・オルディオの合図を待つだけでっせ」


 悠然と話すゼブラに対し、クリードは念を押すように言った。


「もし聖水を手に入れたなら、その聖水は俺が頂く。『ディアナ』の力も、俺とお前とで半分ずつ分ける。約束は忘れてはいないだろうな?」


 ゼブラは落ち着き払った様子で答えた。


「慌てなさんな、約束は覚えてまっせ。聖水はあっしには不要な物でしかねえ。あっしが欲しいのはあくまで『ディアナ』の力だけだ」


 ゼブラはクリードからセラの方に目を移した。セラの顔はすっかり生気を失っていた。自身の中に神の魂が宿っているということ、そのせいで十五年前の戦争が勃発したこと、それらのショックのあまり酷く消沈している様子だったが、ゼブラにとってはどうでもいいことだった。用があるのは、セラの中に宿る神の力だけだ。


「何か、神の力を抜き取る策でもあるのか?」


 問うクリードに対し、ゼブラは額を指で小突きながら答えた。


「完璧な策はありやせん。考え得る可能性を一つずつ試していくだけだ」


 指で小突く仕草をしながら、ゼブラは思案を始めた。要は、セラに神の力を発揮されることなく神の力を強奪できればいいのだが、そのための有効な策をゼブラはまだ持ち合わせていなかった。

 一つだけ希望があるとすれば、ドラゴンの姿に化けたラースに魔法で致命傷を与えたときの出来事だ。ラースが瀕死になったのと同時に、神の力によるものであろうドラゴンの体は、鍍金(めっき)が剥げるように崩れ落ちて消滅した。つまり、神の力を支える器──人間が瀕死の状態であれば、自然治癒する以外に神の力を引き出せなくなると解釈することができる。今、無防備であるセラに魔法で致命傷を与えれば、神の力による抵抗もなくなるのではないかと、ゼブラは仮説を立てる。


「そうと決まれば、だ」


 ゼブラは額を指で小突く仕草を止め、セラの方を振り向いた。そして、何の躊躇いもなしに呪文を唱え、セラに向かって稲妻の魔法を放った。

 セラの悲鳴がこだまする。ゼブラは一向に攻撃の手を緩めず、セラが瀕死になるまで稲妻の魔法を放ち続けた。黒焦げになって悲鳴を上げなくなったところで、ゼブラはようやく稲妻の魔法を打ち消した。


 セラがひくひくと痙攣して動かなくなるのを確認すると、ゼブラは懐から魔導書を取り出し、折り目をつけていたページのいくつかを読み漁り始めた。他者の精神に自身の精神を入り込ませる魔法、他者の魔力を吸収する魔法と、難解な魔法ばかりが載ってあったが、ゼブラはそれら全ての呪文を瞬時に記憶した。

 最初の複雑な呪文を唱えると、ゼブラは突然、ふわりと浮かび上がるような感覚を覚えた。気付くと、ゼブラの精神は幽体離脱でもしたかのように、魂となって自身の体から抜け出ていた。ゆらゆらとセラの体に近づくと、ゼブラの魂は磁石のように引っ張られ、セラの体の中へと吸い寄せられていった。


 視界が歪んで渦のように回り、暗転し、間もなくゼブラは平らな地面に叩き付けられた。ゼブラが行き着いた先は真っ暗闇な空間だった。辺りを見渡しても何も見えなかったが、自身の体ははっきりと見えていることから、ただの暗闇の空間ではないとゼブラは推察した。他者の精神に入り込む魔法が成功したと仮説を立てるなら、ここはセラ・マリノアの精神の中だと考えるのが妥当だとゼブラは判断する。

 立ち上がって辺りを見渡すも、目当てのものは見つからない。それならばと、ゼブラは魔力を探知する魔法で探すことにした。神ほどの存在であれば、相応の膨大な魔力を持っているに違いない。

 呪文を唱えてみると、予想通り、可視化された魔力の灯が遠くの方に見えた。一つだけ意外だったのは、その灯が地平線から現れた朝日の如く強烈な光を放っていることだった。人間千人分の魔力を遥かに凌駕するほどの強大な魔力を目の当たりにし、ゼブラは思わず息を呑んだ。

 すぐにでも魔力を手にしようと、ゼブラは高揚しながら、転送の魔法で魔力の灯がある所へとワープした。すると、一人の人物と出くわした。ウェーブのかかったポニーテールで、月の光を思わせる煌めいたローブを着た女性だった。見たところ、そのローブを着た女性は、どこからともなく伸びる鎖で体中を縛られており、自由に身動きが取れない様子だった。


「お初にお目にかかりやす、『ディアナ』」


 得意げな顔を浮かべながら、ゼブラは女性に挨拶をした。女性はセラ以外の人物がいることに唖然としていた。


「あなたは何者なのですか? なぜセシリアの精神の中に?」


 女性が問うと、ゼブラは悪巧みを包み隠さず言った。


「あんたが持つ膨大な力を、是非我が物にしたいと思っていやしてね」


 女性ははっと息を呑み、そしてゼブラに敵意のこもった目を向けた。しかし、ゼブラは動じることなく、「倒せるものならやってみてごらん」と言わんばかりに両手を広げた。

 ゼブラの推測は正しかった。人間(セラ)が瀕死の状態であれば、(ディアナ)は自身の力を引き出すことができない。女性――ディアナは抵抗を試みるも、体中に結ばれた鎖のせいで力を引き出すことができずにいた。

 ゼブラがせせら笑う。そしてすぐさま呪文を唱えた。他者の魔力を吸収する魔法だ。ゼブラが右手をディアナに突き付けると、ディアナから発されていた眩いほどの魔力の灯が、ゼブラの右手へ、そして体内へ、勢い良く吸い込まれていった。

 数分後、ゼブラがディアナの魔力を吸い尽くすと、ディアナはもぬけの殻となり、石像のように固まって動かなくなった。まさかここまで上手く事が運ぶとは思わず、ゼブラは堪え切れずに高笑いをした。ひとしきり笑った後、ゼブラは呪文を唱え、セラの精神から自分の体へと戻っていった。


 意識を取り戻すと、ゼブラはクリードにレイピアを突き付けられていることに気付いた。神の力を得た途端に裏切られるのを懸念しての行動だとゼブラは理解する。


「もう少し信頼してもらいてえものなんですがね」


 両手を上げながらため息をつくゼブラに対し、クリードは警戒心を緩めることなく言った。


「もし神の力を得たとしたら、むしろ誰もが考えることだろう。まずは、神の力を手に入れたかどうか教えろ」


 ここで隠し通そうとしても、魔力を探知する魔法を使われたらすぐにばれると考え、ゼブラは正直に答えた。


「手に入れやしたぜ。あっし一人じゃ持て余すだけの力をね」

「ほう、ならば話が早い」


 感心しながらも、クリードは命令を続けた。


「まずは、貴様が持っている魔導書を読ませてもらおう。それに神の力を分け与えるための魔法が載っているはずだからな」


 ゼブラは従順に魔導書を差し出し、魔力を分け与える魔法が載っているページを答えた。クリードは魔導書を受け取り、教わったページを開き、呪文が書いてある箇所に目を通した。


「よし、ではこれと全く同じ呪文を唱えてもらおうか。少しでも妙な動きを見せたり、別の呪文を唱えたときには容赦なく殺す」

「分かりやしたよ」


 ゼブラは鼻でため息をつきながら返事した。クリードに右手を突き付けながら、一字一句間違えることなく呪文を唱えると、神の力がゼブラの右手から眩い光となって発され、クリードの体内へと吸収されていった。


「くははは、ここまで強大な力だとはな!」


 まだほんの少ししか神の力を与えていないにもかかわらず、クリードは優越感のあまり高らかに笑った。

 このまま神の力を半分手に入れられると思っていたクリードだったが、ここでゼブラにとっても予想外の出来事が起こった。二割ほど神の力を与えたところで、ゼブラの右手から発された魔力が、クリードから避けるように四散し、またゼブラの体内へ戻っていってしまったのだ。


「何が起きた?」


 唖然とするクリードに対し、ゼブラはほくそ笑みながら答えた。


「魔力を吸収できる限界に達したということでしょう。あんたが持っていられる魔力はその程度というわけだ」

「何だと?」


 癪に障るゼブラの物言いに、クリードは眉間にしわを寄せた。


「出来得る限りの約束は果たした。そのレイピアをさっさと下ろしてもらいやせんかね?」


 ふてぶてしい態度で、ゼブラは言葉を続ける。いつか裏切られる前に刺し殺そうか、クリードは一瞬迷ったが、まだ利用価値があると思い、仕方なくレイピアを鞘に納めた。そして、せめてもの抵抗で、クリードはゼブラから受け取った魔導書を掲げながら言った。


「俺が聖水を手に入れるその時まで、この魔導書は俺が預からせてもらう。少しでも妙な真似をすれば、この魔導書をすぐにでも燃やしてやる」


 あまりにも裏切りを警戒しているのが滑稽で、ゼブラは声を上げて笑い、そして「構わねえですぜ」と答えた。ゼブラにとって、クリードが預かった魔導書は既に不要だった。本当に必要なページは切り離して持っているし、何よりクリード一人を倒す程度のことで無闇に神の力を消費したくはなかった。


 ふんと鼻を鳴らし、クリードはゼブラから目を離してあぐらをかいた。ようやくクリードの監視から解放されたところで、ゼブラはクリードからセラの方に視線を移す。すると、セラが既に意識を取り戻していることに気付いた。

 十五年前の戦争を引き起こしてもなお、未だに人を傷付ける兵器として扱われてしまうことを悲観してか、セラは「嫌だ、嫌だ」と嘆き続けていた。そんなセラを見て、ゼブラはふっと鼻で笑った。同情などではなく、このままセラをラース達に渡すのは面白くないと思っただけだった。


「兵器としてしか生きられないのが、そんなに嫌ですかい?」


 ゼブラがしゃがんでセラに話しかける。セラは涙ながらに訴えた。


「もうこれ以上……私のせいで誰かが傷付くのは……嫌だ……!」


 ゼブラは再び鼻で笑った。


「そいつぁ無理な話だ。昨夜、ラース・オルディオがドラゴンに化けたのを目の当たりにしたはずだ。神の魂を宿した以上、人を傷付ける道は避けて通れねえ」


 無言のままぽろぽろと涙を零すセラを見て、ゼブラはうずうずと衝動に駆られた。――今の彼女に無理やり人を殺させたら、どのように発狂することだろう?


「人を傷付けることしかできないなら、いっそ受け入れてしまえばいい」


 そう言うなり、ゼブラは薄ら笑いを浮かべながら呪文を唱えた。その瞬間、クリードが思わず振り返るほどの悲鳴が洞窟内に響き渡った。


「一体何をしている?」


 歩み寄りながら尋ねるクリードに対し、ゼブラは黒く光る右手をセラに向けたまま答えた。


「幻惑の魔法をかけやした。彼女に人を殺す幻覚を見せたらどうなるか、気になりやしてね」


 セラは頭を押さえて唸り声を上げながら、じたばたともがき続けていた。今、セラの視界には血飛沫の光景が広がっていることだろう。軽く触れただけで、目を合わせただけで、相手の五体が吹き飛ぶ幻覚を見せ、セラに兵器としての自覚を植え付けるのだ。


「ニーナ……あかね……クレスさん……皆……!」


 やがて、セラははたりともがくのを止めた。幻覚の中で、知人を殺せるだけ殺し尽くしてしまったのだろう。横になりながら呆然とし、そして――セラはついに狂ってしまった。どうやっても人が死に、自害することもできない、そんな狂気じみた状況で平静を保ち続けることなど、少なくともセラにできるはずがなかった。けらけらと不気味に笑うセラに向かって、ゼブラは追い打ちをかけるように囁いた。


「飛び散る血飛沫が、薔薇の花びらのようで綺麗でしょう?」


 もう大丈夫だと判断し、ゼブラはセラに回復の魔法をかけた。セラは徐に立ち上がり、花畑の中で舞う蝶のように踊り続けた。




 * * *




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