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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第六章 人を殺さずして守れないもの
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 メイドと別れを済ませると、クレスはジュード騎士団長達の集団に加わり、クロム国王への調査結果の報告に向かおうとした。城の中へ駆け込む前に、クレスはジュード騎士団長に、気絶したときの状況を尋ねられた。ラースに「法で裁く以外の方法でしかカーツ国王を裁けない」と言われ、峰打ちを食らったと説明すると、ジュード騎士団長は「やはりそうか」と納得した。他の者達も既に状況を把握していたのか、クレスの説明を聞いて悄然とした様子でいた。

 国王の私室へ向かう道中で、ジュード騎士団長はクレスに調査結果を先に話そうとしたが、その必要はなくなった。騒ぎを聞きつけ、既にアルテリア帝国のクロム国王、コナン帝国のアルマン国王、ウィザブール帝国のロズモンド国王が玄関ホールへ駆けつけてきていた。


「一体何があったのか、話してくれるか?」


 問い詰めるクロム国王に対し、ジュード騎士団長はうなずき、早速説明を始めた。


 まず、ラースがクレスを気絶させた後、真っ先に馬車で移動していたカーツ国王達を追いかけた。そして、護衛に就いていたバルドロス兵達と衝突し、一人残らず死傷させた。一人だけアルテリア兵の死体があったが、それは馬車を操縦していたアルテリア兵から、カーツ国王が馬を強奪しようとしたためである可能性が高いと見ている。

 馬に乗って逃げるカーツ国王をラースは走って追いかけた。セラが異変に気付き、行方不明になったラースを追いかけ始めたのはこの辺りからだと推測する。正門の前で足止めを受けたカーツ国王は、門番兵に開けるよう命じ、馬を乗り捨ててまで門の外へ逃げ込んだ。血だらけになっていたラースを門番兵が引き止めようとしたが、ラースは返り討ちにして気絶させ、すぐに門の外へと駆け込んだ。

 そして、とうとうカーツ国王は逃げ場がなくなった。切断された指など、抵抗した形跡が見られたが、最後は喉を一突きされて絶命していた。ラースの目的はここで終わり、同時に第一の事件も終わった。


 セラが走って追いかけ、正門を潜り抜けてラースと合流した後、第二の事件が起こった。バルドロス帝国騎士団長のクリードと研究員、二人の襲撃である。正門が黒い炎で燃やされたのは、この時の出来事である可能性が高い。

 血痕を調べたが、ラースの血痕はあったものの、セラの血痕はどこにも見当たらなかった(この調査には、犬のスイが大きく貢献した)。よって、二人はラースを撃退し、セラを拉致したと見るのが一番妥当である。ラース、セラ、クリード、研究員の四名はその後行方不明である――ここまででジュード騎士団長の報告は終わった。


「……そうか」


 重い沈黙の後、クロム国王はうつむいていた顔を上げて言った。


「元はと言えば、我々が不甲斐なかった故に、今回の事件は起こってしまったのだ。我がアルテリア帝国は、総力を挙げてラースとセラの救助に当たることを宣誓しよう。お二方も、彼らの救助にできる限りの協力を願いたい」


 クロム国王の呼びかけに対し、アルマン国王は「無論だ」と申し訳なさそうにうなずいた。


「我々が悪かったのだ。ラースが振り絞った勇気を我々が持っていれば……。できることは何でも協力するつもりだ、クロムよ」


 ロズモンド国王も力強くうなずいてみせた。


「だが……」


 昨日のことを思い返しながら、なぎさは苦言を呈した。


「お前らアルテリア帝国の兵は数百人程度しかいなかったはずだよな? 俺らニンジャが加勢したところで、そう簡単に見つけられるとは思えないな」

「それは……」


 クロム国王は返答に窮してしまった。現状では、それでもやるしかないと精神論を立てる他なかった。クリード達を指名手配するなどして世界各地に協力を仰ぐくらいしか、効率的な策は思いつかない……。そう考えていたところ、突然何者かによって玄関ホールの扉が押し開かれた。


「邪魔をするぞ、クロム国王」


 その人物は、優雅なローブに新緑のマントを羽織い、首に懐中時計をぶら下げた若い男性だった。ニンジャ達のみならず、カルロスやクレス達にとっても見覚えのない顔だったが、あかねだけはその男の登場に驚きを隠せずにいた。

 なぜなら、この男こそが、姉のりんを救出するのに手を貸してくれた人物そのものだったからだ。バルドロス城の研究室の鍵をこの男が見つけてきてくれなければ、りんが閉じ込められていた研究室は開かずじまいだったはずなのだ。

 にやにやと薄汚い笑みを浮かべるバルドロス兵二人を護衛に引き連れながら、その男はずかずかと玄関ホールへ、そしてクロム国王達の輪の中へ入ってきた。あかねは指差して声を上げようとしたが、どうやら国王達も既に知っていたようで、先に口を開いたクロム国王の方に皆が注目した。


「エドウィン・アトン・バルドロス……一体何の用だ?」


 クロム国王は、顔を見るのも嫌だと言わんばかりに激情し、怒鳴り声を上げた。


「貴様らは……バルドロス帝国はこの場に呼んでいない! 父親が死んだ途端国王気取りか? どの面を下げて戻ってきた!」

「今はそんな言い争いをしている場合ではないはずだ! 違うか!」


 男――エドウィンは、全く臆することなく怒鳴り返した。エドウィンの気迫に少しだけ怯むクロム国王だったが、それでもバルドロス帝国の連中はどうしても許せず、クロム国王はきっとエドウィンを睨み付けた。


「ま、待ってよ!」


 慌てて火花を散らす二人の間に入り、あかねはクロム国王を説得した。


「あんたらにも言ったよね。変な奴がお姉ちゃんを助けるのに協力してくれたって。こいつが研究室の鍵を見つけて、あたしに渡してくれたんだよ!」

「……馬鹿な」


 クロム国王は信じられないといった様子で唖然とした。


「少しは頭を冷やすんだな、クロム国王」


 やれやれと言わんばかりにエドウィンはため息をつく。


「だが、それでもなお信頼できないというなら、俺に考えがある」


 そう言うと、エドウィンは突然、クロム国王の前で立膝をついて頭を下げた。それはまるで、クロム国王に屈服しているかのようだった。

 困惑するクロム国王達に対し、エドウィンは頭を下げたまま言葉を続けた。


「こちらの手元にいる千近くの兵の指揮権を、アルテリア帝国に譲渡する。各帝国に配置されている我が国の間諜も、全て居場所を告発する」

「……正気か?」


 クロム国王は耳を疑った。


「何度でも言ってやるさ。我らバルドロス帝国は、事件の解決に協力を惜しまないつもりだ」


 絶対服従とも受け取れるエドウィンの提案に、クロム国王は動揺を隠せない様子だった。何か裏があるのではないかとクロム国王は勘ぐったが、エドウィンの目に揺らぎはなく、企んでいる様子はない。何より、エドウィンの護衛についていたバルドロス兵二人も慌てふためいているのが、エドウィンが嘘を言っていない証明になっていた。


「聞いてないぞ、そんな話は!」


 詰め寄るバルドロス兵二人に対し、エドウィンは冷ややかな目を向けて言い放った。


「さしずめ、バルドロス帝国の世界征服に賛同する、金に目が眩んだ下衆共といったところだな。先代が掲げていた世界征服の野望はもう諦めるんだな。俺が全て終わらせてやる」


 一人のバルドロス兵が観念した様子で項垂れるのに対し、もう一人のバルドロス兵はエドウィンに対する憎悪でわなわなと震えた。だがこのバルドロス兵は、エドウィンの推測通り、確かに高額の報酬を目当てに騎士団へ入団していた。


 十五年前、バルドロス帝国は戦争の手駒を確保するため、多額の給与内訳を餌に人員募集を行った。当然、徴兵を目的としていることを伏せてのものだった。そして、好条件に釣られた入団志願者達がバルドロス城に呼び集められ、そこでようやくバルドロス帝国の悪巧みを知ることになったが、バルドロス帝国の重役達はその上で「嘘は言っていない」と主張した。バルドロス兵(戦争の手駒)として従事し、世界征服が実現すれば、高額の報酬は確約される――それがバルドロス帝国の主張だった。

 戦争に加担はできないと盾突いた者達が何人かいたが、その者達はその場で漏れなく暗殺された。こうして、金に釣られた志願者達は全員、バルドロス帝国騎士団への入団を余儀なくされたのである。しかし、過半数の騎士達がバルドロス帝国に逆らえずにいる一方で、中にはバルドロス帝国の主張を真に受け、報酬欲しさに虐殺を平気で行う人間もいた。今、エドウィンに対し反感を抱いているこのバルドロス兵も、そういった下衆の一人だった。

 この男は、十五年前の戦争でも、「バルドロス帝国が勝てば正義、負けてもあくまで命令に従っただけ」という思考で、罪のない民を何人も殺害していた。入団したときには家族の下から離れていたが、殺した人間の中に家族がいたかどうかは覚えていないし、いたとしてもより価値のある物(多額の報酬)の前ではどうでもいいと考えた。そして、バルドロス帝国の王の死により戦争が終結した後、「重役に命令されていた」という言い分が本当に通ってしまい、この男は「これほどの天職はない」と歓喜した。


 その天職が、今、この国王気取りの手によって失われようとしている――。バルドロス兵は、醜い眼差しでエドウィンを睨み付けた。大人しく世界征服の目論見を続けていればいいものを、それをぽっと出の人間が偽善で出しゃばって終わらせようとしていることが、バルドロス兵は我慢ならなかった。醜悪な形相をそのままに、バルドロス兵はクロム国王との交渉を再開し始めたエドウィンに気付かれないよう、静かに剣を抜いた。


「こののぼせ上がりが! 死ね!」


 罵声と共に、バルドロス兵は剣先をエドウィンの心臓に向け、突進した。


「避けろ、エドウィン!」


 逸早く気付いたクロム国王が叫ぶも、よそ見をしていたエドウィンは反応に遅れてしまう。バルドロス兵の剣が迫り、エドウィンの胸が刺し貫かれようとした瞬間、金属のぶつかる音と共に、突然バルドロス兵の剣が床に叩き付けられて転がった。エドウィンが瞑っていた目を開けると、目の前でクレスが白銀の剣を片手に、バルドロス兵の前に立ちはだかっていた。

 悲鳴を上げて尻餅をつくバルドロス兵に対し、クレスは激しい剣幕で言い放った。


「これ以上僕を失望させるな。エドウィン殿が決断された以上、お前らバルドロス帝国騎士団は我々の意思に従ってもらうぞ」


 バルドロス兵が竦み上がったところに、すかさずクレス隊のビックスとウェッジが取り押さえ、カルロス隊のアンとユンが魔法の縄で縛り上げて拘束した。どうにかして逃げようともがき回るバルドロス兵の顔をカルロスが思い切りぶん殴り、バルドロス兵はとうとう気絶して動かなくなった。


「……話を整理しよう」


 騒ぎが落ち着いたところで、クロム国王が口火を切った。


「我々の目的は、ラース・オルディオとセラ・マリノアの救出、そして誘拐犯であるクリード・トレヴィスと研究員の逮捕だ。今回の任務は、我々アルテリア帝国のみでなく、ニンジャとバルドロス帝国騎士団の協力も仰ぐこととする」


 一同がうなずく中、ここでニンジャのあきらが突然挙手し、怪訝そうな顔を浮かべながら質問した。


「あのー、そもそもなんスけど、バルドロス帝国の悪い奴らって、どうして皆セラちゃんを付け狙ったりするんスか?」


 核心に迫る質問に、クロム国王は言葉に詰まってしまった。その答えはセラ・マリノアの正体に直結するものであり、セラ本人も知り得ない極秘の情報だったからだ。


「クロム国王、セラさんが持つ強力な治癒の力に関係していることなんですよね? 不躾ですが、教えていただくことはできないでしょうか?」


 クレスが頭を下げて願い出るも、クロム国王はすぐに首を縦に振ろうとしなかった。バルドロス帝国をまだ完全に信頼できない中で、そう簡単に秘密を明かして良いものなのか、クロム国王は判断に迷った。

 なかなか決断できずにいるクロム国王に対し、エドウィンは後押しするように言った。


「俺もセラ・マリノアの正体については既に把握している。その上で協力すると誓った以上、もう隠し通す必要はないはずだろう。あんたが話してくれないのなら、俺の口からすべてを話すまでだ」


 エドウィンの主張には納得できたものの、それでもクロム国王は黙り込んだまま、セラとラース以外の者達に打ち明けるべきか、決めかねていた。


「俺も、話してしまっていいかと思います、クロム国王。皆にも事情は知ってもらった方が良いのではないでしょうか?」


 ジュード騎士団長もエドウィンに同調し、クロム国王の背中を押した。


「……分かった」


 ようやく決心がつき、クロム国王は重い口を開いた。


「皆も察している通り、バルドロス帝国がセラ・マリノアを狙う理由は、セラ自身の正体に直結していることだ。その全てを話そう。だがその前に……」


 口を噤み、クロム国王は魔法の縄で縛られて気絶しているバルドロス兵をちらっと横目に見た。エドウィンがクロム国王の意図を逸早く察し、もう一人のバルドロス兵に気絶した兵を連れて外へ出るよう命じた。バルドロス兵は逆らうことができず、命令通りに気絶した兵を引きずって玄関ホールから出て行った。


「すまないな。今から話すことは、あくまで極秘の情報として扱いたい。くれぐれも、皆も下手に口外しないように頼む」

「あきらさま、ちゃんと守れますか……?」


 疑わし気に見つめてくるかすみに対し、あきらは「あんまりッス!」とショックを受けた。バルドロス兵の暴挙で張り詰めていた空気が少しだけ和んだ。


「改めて、本題に入ろう」


 失笑を止めると、クロム国王は当時を思い起こしながら話し始めた。


「まず、彼女の名前はセラ・マリノアではない。これは、彼女の正体をアルテリア帝国が隠すため、魔法で記憶を忘却させてまで作り上げた偽名だ。

 そして、ラース・オルディオ――あくまで彼は本名のままだが――彼もまた、セラと同じ正体を持った人間だった。今思えば、二人が一緒にアルテリア帝国まで訪れたのは、偶然の巡り合わせだったわけだな……」




 * * *




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