一
カーツ国王達を捕縛し終えると、ジュード騎士団長率いるアルテリア帝国騎士団は、城の二階にある研究室の捜索に当たった。研究室はりん達が戦闘を終えた後のままになっており、気絶したゼブラや傷を負ったバルドロス兵達が床に倒れていた。研究室の中にある装置の数々は、素人の目で見て分かるような代物ではなかったが、装置の中に幽閉されたときのりんの証言を聞き、装置が一つの生命体から複製を量産するものであること、その本体としてニンジャがバルドロス帝国の連中に拉致されたという事実をジュード騎士団長は知った。
そして、ジュード騎士団長の頭の中で、二つの事件のピースが繋がった。装置の原動力は魔法のエネルギー源――魔力となっているようで、兵士を大量に生産するとなると、相応の魔力が必要となったことだろう。バルドロス帝国は、その魔力をセラ・マリノアから供給しようと目論んだのだと、ジュード騎士団長は推測する。
また、昨日にカダルナ港で犬に酷似した生物が暴れ回る事件が起こったが、その時の生物も、この複製を量産する装置から作り出されたものに違いない。りんが最初に装置を目にしたとき、装置の中に犬の死骸が既に入っていたとのことで、その証言がジュード騎士団長の推測を裏付けてくれた。
バルドロス帝国をこのまま野放しにしていれば、この装置を悪用して、十五年前と同じ惨劇が繰り返されていたかもしれないと、ジュード騎士団長は肝を冷やした。だが、あかねの爆撃により装置は既に破壊されていたので、少なくとも装置を使っての悪事は働けなくなっただろう。一つ安堵の息を吐くと、ジュード騎士団長は研究室に転がっているゼブラ達を縛り上げるようアルテリア兵達に指示した。
他に何か隠し事をしていないか、隈なくバルドロス城の中を調べ回ったが、複製を量産する装置以外で、特に怪しいものはないようだった。あかねの言うことによれば、研究室に侵入する際に一人の男が手助けしてくれたとのことだったが、城のあちこちを探してみても、その男の姿は見当たらなかった。成果が得られないまま日が暮れそうになったので、ジュード騎士団長はバルドロス城内の捜索を中断することにし、カーツ国王達を引き連れてバルドロス帝国を後にした。
ハインブルクにいたキルバード達とも合流し、ラース達はバルドロス帝国の一味を引き連れ、アルテリア帝国へと戻っていった。アルテリア帝国に着いてから、ラース達は最初に病院の方へと向かった。バルドロス兵は横暴を働いた連中ではあったが、ラース達の攻撃によって傷を負った以上、治療するのが何よりも先決だった。ジュード騎士団長のみ、親玉であるカーツ国王を連れて一足先に城へ向かい、ラース達は数百人ものバルドロス兵を病院のベッドへと運んだ。
「せっかく久々に顔を出して、手助けまでしてやったってのに。あの野郎、人使い荒いぜ……」
バルドロス兵二人を縄で引き連れながら、キルバードはぶつぶつと悪態をついた。
やっとの思いで病院へ運び終えると、黄昏の空の下、ラース達は改めてアルテリア城へと向かった。城の前まで着くと、外でクロム国王とジュード騎士団長が待っているのが見えた。二人の姿を目にするなり、クレスやカルロスをはじめとするアルテリア帝国の騎士達は一斉に片膝をつき、頭を垂れた。
「皆、本当によくやってくれた。バルドロス国王は、今や我が城の牢獄の中だ。奴らを裁く手筈も直に整う。後は我々に任せていてくれ」
クロム国王の労いの言葉を聞くと、カルロスは立ち上がり、拳を上げて「うっしゃあ!」と高らかに吠えた。その後に続くように、他のアルテリア兵達も勝利の雄叫びを上げ、その場はしばらく歓声に包まれた。
「信じるぜ、クロム国王様。ジュードにこき使われて俺ももうくたびれちまったからよ」
後頭部で手を組んで歩み寄りながら、キルバードはクロム国王に言った。クロム国王が苦笑いする一方、ジュード騎士団長はむすっとした顔で「余計なお世話だ」と呟いた。
「君達も、もう遅い時間だ。今夜はこの城の中で過ごすといい」
アルテリア帝国騎士団がぞろぞろと城へ入っていく中、クロム国王があかね達ニンジャに気を遣って声を掛けた。ニンジャ達も長時間の戦闘で疲れていたので、素直にクロム国王の言葉に甘えようとした。
「お前らはいつまで人間共と馴れ合っているつもりなんだ? もうアルテリア帝国に長居する理由はないはずだぞ?」
途中まで協力していたなぎさが、これ以上は限界とばかりにうんざりした様子で口を挟んだが、れなは意地悪げな笑みを浮かべて反論した。
「お言葉ですが、なぎさ様。まだ今日が終わるまで時間がありますから」
カルロスもにやりと笑って便乗した。
「あぁ、そうだったな。今日限りは俺達に手を貸してくれる約束だったよな?」
なぎさはあからさまに嫌そうな顔をしたが、やがて「好きにしろ」としぶしぶ了承した。あかね達ニンジャは歓喜し、クレス隊とカルロス隊の牽引の下、遠足にでも行くかのようにうきうきと城の中へ入っていった。
ラースとセラもニンジャ達の後に続こうとしたとき、突然クロム国王から呼び止められた。
「二人に確認したい。カーツ国王は確かに、セラ・マリノアのことを『ディアナ』と呼んだのだな?」
クロム国王の質問に、ラースがうなずいて答えた。
「あぁ、確かに言ってた。その『ディアナ』ってのが何なのか、あいつらは結局答えようとしなかったけど……」
ラースの返答を聞き、クロム国王、ジュード騎士団長、そしてキルバードの三人は深刻な顔をして目を合わせた。『ディアナ』について何か知っているのだろうかとラース達が疑問に思ったところ、クロム国王が表情をそのままに口を開いた。
「君達二人に、話さなければならないことがある。バルドロス帝国がそこまで把握していると分かった以上、君達には正直に打ち明けた方がいい」
「……セラだけじゃなくて、俺もか?」
怪訝な顔をして聞き直すラースに対し、クロム国王ははっきりとうなずいてみせた。
「だが、君達も疲れているだろう。今日は我が城で体を休めるといい。すまないが、明日に改めて話をさせてくれないか」
そう言って、クロム国王はラースとセラを解放し、城の中へ入るよう促した。言われるがままに城の玄関ホールへ入ると、ラースとセラは衝撃のあまり、思わずお互いに顔を見合わせた。
色々と確認したいことがあった。『ディアナ』についてはバルドロス帝国の者しか知らないものと思っていたが、なぜアルテリア帝国の者もそれを知っているのか。そして、セラと直接的な関係のないラースにもなぜ話す必要があるのか。だが、それら諸々の疑問も、明日にはクロム国王達が全て答えてくれるのだろう。
「今、気にしても仕方がないのかもしれません。今日はもう、私達もみんなと一緒に休みましょう」
表情を緩めて言うセラに対し、ラースは後頭部を掻きながら「そうだな」と返事を返した。正面にある大理石の階段の前で待っていたクレス隊、カルロス隊、そしてなぎさを除くニンジャ達と合流すると、ラース達は早速二階の大広間へと向かった。
大広間の中は騎士達がおらず静まり返っており、奥の方でメイド達が黙々と夕食の準備をしていた。空いているテーブルに集まって座ると、りんがラースとセラに向かって話の口火を切った。
「改めてだけど、ラース、セラ、ありがとう。二人があかねに協力してくれなかったら、私達は今頃、もっと酷い目に遭っていたかもしれない。本当に感謝しているわ」
あかねも満面の笑みを浮かべ、セラに「ありがとね」と礼を言った。セラは嬉しそうに顔を綻ばせながら言葉を返した。
「大切な友達ですから。私も皆さんとこうしてお話しすることができて、嬉しいです」
セラの純粋な言葉に、りん達も釣られて顔を綻ばせ、ビックスとウェッジは「はぁぁ、良い子過ぎる……」と感動のあまりため息を漏らした。
「……一応言っとくけど、お前にわざわざ礼は言わないからな」
照れ隠しするようにそっぽを向き、ラースに意地悪な言葉を投げるあかねだったが、一方のラースはその言葉が耳に入っていないようだった。あかねが気になって振り向くと、ラースはぼけっと口を半開きにしながらりんを見つめていた。りんがラースの視線に気付いて目を合わせると、ラースはようやく自分が夢中になっていることに気付き、慌てて視線を逸らした。
バルドロス城で初めてりんと顔を合わせたときは、クリードと死闘を繰り広げている真っ最中だったので気付かなかったが、こうして改めてりんの容姿を目の当たりにすると、あかねが前に綺麗だと言っていたのがよく理解できた。本当にあかねと血が繋がっているのかと思えるほど、りんは非の打ち所がないほどに美しかった。可憐な笑みを向けられれば、うっとりするほどの幸福感で胸が詰まりそうになったが、ラースはその度に手の甲をつねって我に返ろうとした。
「おやぁ? もしやこの子照れてるな?」
りんの横に座っていたれなが、にやにやと薄笑いを浮かべながら茶化した。図星を指されてあからさまにぎくりとするラースに、一同は小馬鹿にするようにどっと笑った。当人であるりんにまでクスクスと笑われてしまい、ラースは格好がつかず顔を赤らめながら苛立って舌打ちをした。
「ちょっと待って。何か焦げ臭くないですか?」
突然、脇に座っていたユンがくんくんと鼻を鳴らしながら言った。横にいたあきらとかすみも嗅いでみて、焦げた臭いが鼻についたのか、「確かに」と顔をしかめてうなずいた。皆が一斉に厨房の方に注目すると、若い女性のメイドが、煙立った大きな鍋の前であたふたと慌てているのが見えた。
「何かあったのか?」
厨房に一番近いところに座っていたりゅうが、立ち上がって厨房の中を覗き込みながら尋ねた。メイド長らしき中年の女性が厨房から現れ、困り果てた様子で答えた。
「新人の子が料理を焦がしてしまいまして。百人近くの分が台無しになってしまったんですよ」
直接口に出すことはなかったが、メイド長の女性は新人のメイドを睨み、役立たずと言わんばかりに大きなため息をついた。そして、新人のメイドから大鍋を取り上げると、すっかり茶色くなったボルシチをゴミ箱にどっさりと捨てて、焦げ付いた大鍋をぞんざいに投げて渡し、新人のメイドに綺麗に洗うよう指示した。
クレスも気になって覗き見ると、昨夜に言葉を交わした少女のメイドが、罪悪感と羞恥心で涙目になりながら、汚れ切った大鍋をたわしでごしごしと洗っていた。クレスにも見られていることに気付くと、新人のメイドは今にもわっと泣き出しそうなのを必死に堪えながら、下唇を噛んでわなわなと震えた。
「……懐かしいですね、カルロスさん。僕が昔、隊員としてあなたの配下で勤めていたときのこと」
振り向いて自嘲するクレスに対し、カルロスは思い出したように声を上げ、笑いながら言った。
「うちの隊に入りたてだった頃だろ? お前、犯人のアジトに潜入しているときに、くしゃみして犯人の奴らに一発でばれちまったよな。あれは焦ったぜ」
「えー、あんたが? それって意外なんだけど!」
過去のこととはいえ、クレスの間抜けな一面を聞き、あかね達は思わず吹き出してしまった。
「でも、犯人に逃げられそうになったところを、カルロス殿が奮闘して一網打尽にしてくれたのですよね。我々もよくクレス隊長に話していただいているのです」
感心した様子で補足するウェッジに対し、クレスはその通りとばかりにうなずいた。
「うん。そうやって支えてくれる人達がいたから、今の僕がいるんだ」
クレスが新人のメイドに柔和な顔を向け、続ける。
「多かれ少なかれ、大きかれ小さかれ、ミスは誰にだって付き物だよ。僕だってそうだったんだもの。だから、自分を変に責める必要はないよ。次に失敗しないようにって前向きに考えればいいんだ」
クレスの励ましを聞き、新人のメイドは感極まってとうとう泣き出してしまい、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら「ありがとうございます」と礼を言った。
「クレスさん、格好いいな……」
りんの中で株が上がったのか、りんは赤く染まった頬を両手で押さえながら呟いた。ラースがりんの独り言を聞いて動揺しているのを、横で見ていたあかねとあきらは腹を抱えて笑った。
「できれば、僕も何か手伝いができればいいんだけど、料理は大した腕前じゃないからなぁ」
頬を指で掻いて苦笑いするクレスに、れながぴんと挙手して提案した。
「はい! うちのりゅうは料理が得意だから、りゅうに代わりの品を考えてもらうのが良いと思います!」
れなの提案を聞き、クレスの横に立っていたりゅうに全員の注目が集まる。
「全く、れなはそういう無茶ぶりばっかりしてくれるよな」
りゅうは呆れた様子でため息をついた。
「大体、俺はここのメイドでも何でもないんだぞ? 調理器具だってシノクニにある物と違うだろうに……」
そして、隣にいるクレスの肩を叩き、厨房の入り口から退いてもらう。
「それに、ここの人らの仕事を奪うなんて、厚かましいにも程がある」
つかつかと中に入ると、りゅうは厨房の奥に向かい、メイド長と話をし始めた。
「この前作り損ねた天ぷらでいいな?」
「やる気満々じゃないでありますか!」
メイド長と交渉し終えたりゅうが、エプロンを着た格好で姿を現したのを見て、思わずビックスは突っ込みを入れた。
「りゅうさん、何だかんだ言って、皆の我が儘をいつも聞き入れてくれるんですよね」
「頼りがいのある幼馴染だよ、うん」
クスクス笑いしながら耳打ちするりんに対し、れなは嬉しそうにうなずいて言った。
そうして、りゅうの指導の下、天ぷらという品の料理が始まった。どんな料理か知らないラース達に対し、まずは手本を見せると、りゅうはどこか上機嫌に説明を始めた。
天ぷらという料理は、野菜や魚などをお手製の衣液に浸し、油で揚げる代物らしい。リバームルの宿屋で働いていたときに度々料理を作っていたラースも聞いたことがない調理方法だったが、あかね、あきら、かすみの三人が待ちきれない様子で胸を膨らませていたので、味について心配する必要はなさそうだとラースは感じた。
代わりの品に天ぷらを提案したのには、りゅうなりの考えがあった。まず天ぷらを作る上で必要な衣液だが、これはシノクニにしかない食材を使わなくとも簡単に作ることができるらしい。話を聞くと、水と卵と小麦粉さえあれば最低限の衣液は作れるとのことで、確かに簡単に材料を揃えることができた。
そして、もう一つの考えだが、天ぷらはおおよその食材に合うので、冷蔵庫の余り物でも問題なく作ることができるらしい。改めて厨房にある冷蔵庫の中を見させてもらうと、何種類かの魚や海老、しいたけ、ピーマン、かぼちゃ、なす、にんじん、れんこんなどの豊富な食材がたくさん詰まっており、これだけあれば百人前も作れるだろうとりゅうは得意気に言った。いくつかの食材を取り出し、まな板の上に並べると、りゅうは早速調理に取り掛かった。
巧みな包丁捌きで瞬く間に魚をおろし、海老の皮を剥き、いくつもの野菜を切り終えると、りゅうは油をフライパンで熱するようあきらに指示し(「やっぱりこき使われると思ったッス!」と文句を垂れながら、あきらは油を探し始めた)、その間に天ぷらの衣液作りに取り掛かった。衣液は、水に卵を入れて混ぜた卵液と小麦粉を、一対一の比率で混ぜればできてしまうらしい。本当に簡単なレシピで、これはリバームルの宿屋で働いているフェル婆さんへの良いお土産話になるなと思いながら、ラースはメモ用紙を借りてメモを始めた。
すると、料理のスキルを上げたいのか、セラとアン、そしてアルテリア城のメイド達まで次々にメモを取り始めた。熱心に話を聞くラース達に感化されたのか、小麦粉の入れ方や衣液の混ぜ方など、おいしくなるいくつものコツをりゅうが長々と語り始めたので、れながひょいと材料を取ってささっと衣液を作り、聞く気のないクレスやカルロス達、りん、あかね、かすみを連れて厨房へと戻っていった。
「あのう、れな姉。ピーマンを入れるのはなしにしないッスか?」
「駄目駄目、あきら。好き嫌いするとモテないよ?」
我が儘を言うあきらをしっしっと追い払いながら、余りのエプロンをりゅうと同じように着ると、れなは既に切ってある食材の数々をトングで摘まんで衣液に浸し、油で揚げ始めた。しゅわしゅわと美味しそうな音を立てて揚がっていき、しばらくして菜箸で衣をちょんと突き刺すと、サクッと噛み応えのありそうな音が返り、クレス達の食欲をそそった。
なかなか良い出来栄えだったようで、れなは鼻歌を歌いながら、クッキングペーパーを敷いた器の上に天ぷらを乗せ、油を切った。余分な油が落ちるのを確認すると、れなは天ぷらを別の皿に移し、塩を振り撒いてクレス達に差し出した。
「ほい、お上がり! 味見お願いね」
部下達に譲ってもらい、カルロスとクレスが最初にれんこんの天ぷらを箸で取り、口に運んだ。
歯で噛んだ瞬間、先程れなが菜箸で突き刺したときの軽快な音が響き渡った。正直、油に食材を浸すのはいかがなものかと二人は疑心暗鬼に思っていたが、すぐに杞憂であったことを知った。衣はスナックのようにカリカリとしていて噛み応えがあり、中は芯まで熱が通っていて、れんこんのシャキシャキとした食感もしっかりと残っている。「こりゃビールが欲しくなるわ」と、美味しさのあまり唸るカルロスに対し、クレスも緩み切った顔でうんうんとうなずいた。
「それじゃあ、どんどん作っていきましょう!」
拳を上げて意気込むかすみに続き、クレス達も口の中をもごもごしながら「オー!」と拳を上げた。
「……りゅうさん、これから百人分の天ぷらを作らなきゃいけないですから」
皆がエプロンを着て、衣液作りや油揚げの作業分担をして料理に取り掛かる中、りんは厨房から顔を出して、天ぷら作りを熱く語っているりゅうを呼び止めて説得した。「まだ油での揚げ方を教えてないんだがな……」と勿体なさそうに呟きながら、りゅうはしぶしぶ説明を中断してりん達に加勢し、ラース達も後に続いた。
りゅうのいちいち細かいコツを除けば作り方が簡単なこともあり、初めて天ぷらを作るラース達も作業の手が止まることはなかった。しかしただ一人、前に料理が下手だと非難されたセラだけは、衣液の材料の分量を量るときなど、傍から見て怖いくらい血眼になって慎重に行おうとしていた。ラースからりゅうに事情を説明し、セラに付き添ってマンツーマンで料理の指導をしてくれるよう頼んだ。
料理は順調に進み、外がすっかり星空に包まれるようになった頃には、百人分の天ぷらが山のように出来上がった。夕食を食べにやって来たアルテリア兵達も、ラース達がこれまで見たこともない料理を作っていることを知り、大広間の中はがやがやと賑わっていった。何十枚もの皿に小分けして、ラース達はメイド達と一緒に、エプロン姿のままアルテリア兵達の座るテーブルへと運んでいった。
アルテリア兵達が次々に天ぷらを口に運び、その初めての味と食感に舌鼓を打った。セラが運んだ天ぷらも美味しそうに食べてもらえているのを見て、セラとりゅうはほっと胸を撫で下ろした。アルテリア兵全員分の天ぷらを運び終えると、ラース達は改めて、余った天ぷらを自分達の小皿に取り、空いた席に腰掛けた。かすみが巻物を使って犬のスイを呼び出し、スイの分も小皿に取って床に置いてあげると、一同は手を合わせて食事を始めた。
初めて天ぷらを口にし、ただ油で揚げただけでこれほど美味しくなるものなのかと、ラースは感動のあまり目を輝かせた。向かい側の席では、あかねとあきらが落ちそうになっているセラの頬をぷにぷにと突っつき、「めっ! 無礼ですよ!」とかすみに叱咤されていた。カルロスが何度かぼやいていた通り、天ぷらは確かにビールが欲しくなる味だったが、職種柄お酒を飲むことができないカルロス達を気遣い、ラースはビールを頼むのを控えることにした。
「おかわり、いる?」
突然横から声を掛けられたので、ラースが振り向くと、りんが小皿に天ぷらを盛ってラースに尋ねていた。
「あー、えっと。じゃあ貰おうかな」
ラースが頬をぽりぽりと掻きながら答えると、りんは「オッケー」とうなずき、天ぷらの小皿を持ってラースの隣に座った。
「この中だと、同年代の人ってあなただけみたいだから。仲良くしましょ?」
そう言って再び可憐な笑みを向けるりんに、ラースは気恥ずかしさで直視することができず、頬を赤らめてそっぽを向きながらぶっきらぼうに返事した。
「随分とりん姉にほの字ッスねぇ、ラース兄は」
小馬鹿にしたような物言いをされて前を向くと、あきらがにやにやと薄笑いを浮かべ、横にいたあかねは白け切った視線をラースに向けていた。
「あんたねぇ、お姉ちゃんとあんたじゃまるで釣り合ってないってば。月とすっぽん! 見てるこっちが恥ずかしくなるから、変に期待するのは止めてくれない?」
「まぁ、俺は貶すつもりはないッスけど、高嶺の花なのは間違いないッスね。片思いするのは自由ッスけど、相手が悪いッスよ」
「まだ何も言ってねえだろうが!」
頬を赤くしたまま憤るラースに、あかねとあきらは「どうだか」と呆れたように肩をすくめた。
「私は一緒に話してて楽しいわよ?」
だが突然、横に座るりんが反論をし始めたので、ラース、あかね、あきらの三人は目を丸くした。もしかしてりんも自分に気があるのかと、胸を高鳴らせながら振り向くラースだったが、りんはすぐ意地悪な笑みを浮かべて言った。
「だってラース、からかいがいがあるから」
「うぐっ……!」
期待で膨らんだ心に容赦なく突き刺さる言葉に、ラースは胸を押さえながら苦しそうに呻き声を上げた。あかねとあきらは「やっぱりね!」と爆笑し、りんも期待を裏切らないラースの反応に思わずクスクスと笑った。
「ら、ラースさま。私は応援していますから!」
傷心しきった様子のラースを見かねて、かすみとセラは励ましの言葉をかけた。スイもラースの近くに歩み寄り、「頑張れよ」と言わんばかりに低く吠えるのを見て、ラースは惨めな気持ちになって落ち込みながら礼を言った。
「……そう言えば、あなた方の仲間にもう一人、ニンジャがいましたよね?」
ふと、大広間にあと一人の姿が見当たらないことに気付いたアンが、横に座っているりゅうとれなに確認した。ラースとセラも気になって尋ねると、あと一人――なぎさに言われたことを思い出したのか、気落ちした様子でりゅうは答え始めた。
「なぎさ様は、まだお前達人間に心を開いていない。一夜でも共に過ごすのを嫌って、なぎさ様は一人で他の所へ行ってしまわれたんだ」
「まだ面倒くせえこと言ってんのか? 命を救ってやったってのに、俺らのことがそこまで信頼できないのか?」
呆れたように悪態をつくカルロスに対し、りんはなぎさに同情するように首を振り、言葉を返した。
「なぎさ様を許してあげて。元々、あなた達人間は、私達ニンジャにとって忌み嫌う存在だったの。今更こんなことは言いたくないけど、人間がこれまで何度も戦争や殺人を繰り返してきたのは事実だから……」
ぐうの音も出ない正論に、カルロスは思わず口を閉ざしてしまう。
「今回も今回で迷惑したッスからね。多分、今俺らがこうして馴れ合ってることすら、ほんとはなぎさ様もイラついてると思うッスよ」
あきらが後頭部で手を組みながら、りんに続いて言った。
例えバルドロス帝国に非があったとしても、アルテリア帝国が戦争という醜い手段に乗り、十五年前にお互いの騎士団を多く死に至らしめたことに変わりはない。そのことに憤慨しているのであれば、自分達に反論の余地はないとラースは感じた。
「でも……」
なぎさを説得するのは難しいかとラース達が諦めかけていたところ、突然あかねが立ち上がって言った。
「そんな中にも、良い人間はいるんだよ。あたしだって、セラに励ましてもらってなかったら、今も一人で悩んでるだけだったもん」
「あかね、それを言うならラースさんもですよ」
セラがラースを手で示して指摘するも、あかねはそっぽを向いて「あいつは意地悪だから嫌」と意固地に反発した。もう、とセラは頬を膨らませた。
「やっぱり、今日限りで皆さまとお別れなんてしたくないです。せっかく仲良くなれたのに……」
かすみがうつむき、目に涙を浮かべながら本音を打ち明けた。同じ気持ちだったのか、他のニンジャ達、そしてセラやクレス達も、寂しそうな面持ちで視線を落とし、黙り込んだ。説得を諦めかけていたラースだったが、皆の悲しそうな顔を見て、やはり力になって上げたいと考えを改め直した。
「俺、やっぱりなぎさの所に行ってくるよ。一か八か、これからも俺達人間と仲良くできないか、説得してみる」
突然立ち上がって決意を露わにするラースに、一同は目を丸くする。
「だが、なぎさ様は本当に人間を忌み嫌っているんだぞ? そう簡単に首を縦に振るとは思えないが」
心配して止めようとするりゅうに対し、ラースは首を振って言った。
「やってみなきゃ分からねえよ。それに、最初から諦めて、何もしないで後で後悔する方が俺は嫌なんだ」
ラースの決然たる顔に、りゅう達は反論することができなくなってしまった。余った天ぷらを別の小皿に乗せると、ラースは小皿を片手に持ち、近くのアルテリア兵に声を掛けてなぎさがどこにいるのか尋ね始めた。
「ラース……」
りんが不安の色を浮かべて呼び止めようとするも、ラースの意思は変わらず、アルテリア兵の一人に案内を頼むなり、ラースはなぎさがいるという三階の寝室へ足早に向かっていってしまった。
「……りん、あんたも行ってあげたら? ほんとはりんもちょっと気があるんでしょ?」
頬杖を突いてにやけながら提案するれなに対し、りんは頬を赤らめながらぎくりとした。
「え。嘘でしょ、お姉ちゃん……」
予想だにしない反応に蒼白な顔で問い質すあかねだったが、りんはむすっとした顔で「ちょっとだけって言ってるでしょ」と反発した。
「早く後を追った方が良いよ。この城の廊下は迷路みたいに入り組んでて、油断してるとすぐに見失っちゃうから」
柔和な顔を浮かべて言うクレスに対し、りんは頬を染めたままこくりとうなずき、大広間を後にしてラースを追いかけた。
何度渡っても道筋を覚えきれない赤絨毯の廊下をアルテリア兵に案内してもらい、ラースはアルテリア帝国騎士団が使っている三階の寝室に辿り着いた。アルテリア兵に聞くと、ラース達が昨夜に使った手前の部屋とは別に、奥にも空き部屋がいくつか残っているらしく、なぎさはその中で一人くつろいでいるらしい。用が済むまで待ってもらうようアルテリア兵に頼むと、ラースは意を決して、なぎさがいるという部屋へ向かっていった。
部屋の扉の前に着き、ラースはコンコンと扉をノックする。決して面接試験を受けるわけでも、恋人の両親に挨拶をするわけでもなかったが、まだ顔を合わせていないにもかかわらず、ラースは胃が震えるような緊張感を覚えた。ニンジャ達の話を聞く限りでも、説得が一筋縄ではいかない相手であるのは想像できたが、背に腹は代えられぬ思いで、ラースは部屋の扉が開くのを待った。
やがて、部屋の扉が押し開かれ、なぎさが無言のまま姿を現した。一人で押しかけて来たラースの姿を目にするなり、ただでさえ不機嫌そうな顔がさらに殺気立った。扉を開けたまま、何も言わずにラースを睨み続けていたので、痺れを切らしたラースが先に口火を切った。
「あんた、夕食食べてないだろ? これ、あかね達と一緒に作ったやつなんだ。余っちまったから、良かったら食べてくれ」
そう言って、ラースは天ぷらが乗った小皿をなぎさに差し出した。十五秒くらい無言で睨み続けられ、黙って扉を閉められるのではないかとラースは危惧したが、やがて、なぎさは殺気立ったまま、差し出された小皿を手に取り、乱暴に引っ張って受け取った。
「お前らがあかねに協力してくれたこと、そして俺達を救ってくれたこと……礼は言う」
予想外の言葉にラースは目を丸くしたが、なぎさは激しい剣幕で続けた。
「だが、それまでだ。俺達ニンジャは、お前達人間と直接関わり合ったりはしない。俺達の先祖がかつて人間に密偵として従事し、協力関係だった人間に捨て駒のように扱われ、見殺しにされて以来、俺はあいつらを危険な目に遭わせないために、金輪際人間共と関わらないと誓ったんだ」
並々ならぬ決意を持って突き放そうとするなぎさに怯み、ラースは思わず口を閉ざしてしまう。視線を落として黙り込むラースに軽蔑の目を向けて鼻を鳴らし、扉の取っ手に手を掛けながら、なぎさは言葉を続ける。
「今は大目に見てやるが……夜が明け次第、あいつらを連れて村へ帰らせてもらう。お前らとは二度と会うこともないだろう」
なぎさはラースから視線を外し、取っ手を引いて扉を閉めようとしたが、振り絞るようなラースの声が耳に入り、なぎさの手は思わず静止した。
「それでも……俺はあんた達に会えて良かったって思ってる」
「……はぁ?」
眉をひそめるなぎさに対し、ラースは決然たる顔で言葉を続ける。
「もしまた、あんた達に困ったことがあったら、俺もあんた達の力にならせてくれ。俺は、あんた達の味方でありたいんだ」
あれだけ拒絶されたにもかかわらず執拗に関わろうとする執念深さに、なぎさは不愉快そうに眉間にしわを寄せた。だが、ラースの揺らぎのない目を見て、ラースが誠意を持って説得しようとしていることを肌身で感じたので、なぎさは全てを否定する気にはなれなかった。
「つくづく、お人好しな野郎だな……お前は」
視線を逸らして嫌味を言いながら、なぎさはバタンと扉を力強く締め、鍵をかけた。扉の向こう側で、足音が奥の方へ遠退いていくのが聞こえ、これ以上は説得ができないのだとラースは肩を落とした。
果たして、あの説得は意味があっただろうか――なぎさとのやり取りを振り返りながらラースは自問したが、なぎさの快い返事を聞けなかったので、意味がなかったかもしれないとラースは落ち込んだ。
――あかね達やセラ達のために、自分にできることはやった。これ以上考えても仕方がないと自分に言い聞かせながら、ラースは踵を返して二階の大広間に戻ろうとした。そして、あることに気付き、ラースはぽかんと口を開けて呆然とした。ラースの視線の先、少し離れたところで、りんが自分となぎさのやり取りを覗いているのが見えたのだ。
「何であんたがここに?」
駆け寄って尋ねるラースに対し、りんは「不安だったから様子を見に来たの」と、少し申し訳なさそうに答えた。
「大した度胸よね。人間嫌いのなぎさ様に、あなた一人で説得しようとするなんて」
クスリと笑って言うりんに対し、ラースは思い詰めた表情でうつむきながら言葉を返した。
「言わねえと気が済まなかったんだ。俺は、俺達はニンジャの味方なんだって」
なぎさの説得に至らなかったことを思い返し、ラースは「あんまり意味はなかったみたいだけどな」と付け加えて自虐的に笑った。
「私は――」
りんがラースの前に立ち、優しく微笑みかけながら言った。
「会えて良かったって思ってるわ。セラちゃんにも、そしてあなたにも」
綺麗な笑顔を向けられ、ラースはやはり直視できずにそっぽを向いてしまう。またからかわれてしまうとラースは焦ったが、りんがラースを小馬鹿にすることはなく、それどころかにこりと笑い、後ろで両手を組みながら言葉を続けた。
「なぎさ様はああ言ってたけど……シノクニに帰っても、またあかね達を連れて会いに行くわ」
「サンキュー。セラもきっと喜ぶよ」
りんの快い返事を聞き、ラースも顔を綻ばせて礼を言った。
それから、アルテリア兵に再び案内してもらいながら、ラース達は二階の大広間へと戻った。中に入ると、セラ達やアルテリア兵が天ぷらを食べ終え、食器の片付けに入っている最中だった。すぐに手伝おうとしたところ、ふとクレスとカルロスの姿が見えないことに気付き、ラースは近くにいるアンに、二人がどこに行ったのか尋ねた。
「カルロス隊長とクレスさんは、ジュード騎士団長に呼ばれて帝国会議に向かわれました」
「帝国会議?」
首を傾げるラースに対し、アンが皿を片付ける手を一旦止めて説明した。
「元老院などの統治機構では議決できないような、重要な取り決めを行うときに、各帝国の国王を招集して会議を開くんです。今夜のうちに、サウスのコナン帝国のアルマン国王、ノースのウィザブール帝国のロズモンド国王が、ここアルテリア帝国に訪れると聞いています。
王が集まり次第、直ちにバルドロス帝国への処罰を下すはずです。カルロス隊長とクレスさんの二人は、その間の護衛として呼ばれたんです」
「……そうなのか」
世界中の王が集まるという事のスケールの大きさに、ラースは思わず呆気に取られた。同時に、クロム国王が先程言っていた、バルドロス帝国を裁く準備というのがどういうものなのかを、ラースはようやくはっきりと理解した。
これまで、バルドロス帝国はどれだけの悪事を重ねてきたことか……無実であるセラを拉致しようとし、ニンジャ達を監禁し、生命体の複製を生み出す装置を秘密裏に開発して悪用を企てた。バルドロス帝国の手によって傷付いた人達もたくさんいた。そして、命を落とした者も――。
数え切れないほどの犯行の数々が、帝国会議という逃げ場のない舞台でついに暴かれる。カーツ国王に裁きの剣が振り下ろされる瞬間は、刻一刻と迫っていた。
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