五
一つ深呼吸をして、りんは周囲を見渡す――どうやら三十人近くのバルドロス兵に包囲されているようだ。剣や弓を手に持ち、バルドロス兵達はじりじりとりん達との間合いを詰めていく。
あかねは体をふらつかせながら身構えたが、りんが振り向くことなく手で制止して言った。
「あかねはそこで休んでて。あいつらは私が倒すわ」
あかねは一瞬迷ったが、やむなく身構えるのを止めて、右腕を押さえながらどさりとその場に座り込んだ。負傷した今となっては、加勢したところで足手まといにしかならないだろう。
りんはバルドロス兵達を見据えたまま、左手の人差し指と中指を立てて印を結んだ。すると、差し出されたりんの右手にソフトボールほどの水の塊が現れ、徐々に細く引き伸ばされた。
水は熱せば蒸気になり、そして冷やせば氷塊になる――鋭利な刃の形になるまで水の塊を引き伸ばすと、りんは水の塊を凍結させ、氷の小刀を造り上げた。冷気をまとう小刀を逆手に持つと、りんは意を決して、バルドロス兵の集団に向かって走り出した。
バルドロス兵がりんを包囲し、一斉に剣で襲い掛かる。しかし、りんの猛攻は止まらない。宙返りや側転などのアクロバティックな身のこなしでバルドロス兵を翻弄しつつ、隙あらば手甲や鉄靴の僅かな隙間を狙い、氷の小刀で斬りつけていく。いくら束になってかかってもりんにあっけなく跳ね返され、バルドロス兵達は呻き声を上げて倒れていった。
「くそっ……なめるなよ! 数ではこっちの方が勝っているんだ!」
遠くで傍観していた兜を被っていない兵が罵声を飛ばすと、りんは眉間にしわを寄せてその兵を睨み付けた。刺すような鋭い目つきに、罵声を飛ばした兵は小さな悲鳴を上げたが、りんはお構いなしにその兵の方へ走り出した。
横から数人のバルドロス兵が飛び掛かってくるも、りんは物ともせずに、兜の下から顎を蹴り上げ、次々に気絶させていく。とうとう目の前まで距離を詰められると、兜を被っていない兵はへっぴり腰になりながら、払いのけるように剣を振り回した。体を捻って宙返りしながらそれを避けると、りんは捻った反動で兜を被っていない兵の顔にかかと落としをお見舞いした。
床に倒れたまま頭を押さえてのたうち回るバルドロス兵に、氷の小刀を突き付けて見下ろしながらりんは言う。
「こっちは妹や仲間の命が懸かっているのよ。なめているのはそっちの方でしょ?」
途端、後方から一本の矢が襲い、りんの頬を掠めた。傷から滲む血を拭うことなくりんが振り向くと、数人の弓兵が矢を番えてこちらに狙いを定めているのが見えた。
りんは走って避けようとしたが、兜を被っていない兵にすかさず片足を掴まれてしまう。弓兵が弦を離し、一斉に矢を放った――りんは咄嗟に片手で印を結んだ。
部屋一体で地響きが起こったかと思うと、突然床から岩塊の壁が隆起し、弓兵の放った矢を全て弾いた。弓兵達が動揺しているうちに、りんは岩塊の陰に隠れながら、続けて印を結ぶ。すると、弓兵達の頭上に雷雲が現れ、大きな爆発音を立てて稲妻を落とした。稲妻は弓兵の身にまとう甲冑に帯電し、弓兵達の全身を一瞬にして襲った。
りんが印を結んでいた両手を解くと、目の前にあった岩塊の壁が崩れ落ち、灰となって散った。弓兵が全員気を失って倒れているのを目の当たりにし、兜を被っていない兵は口をあんぐりと開けて愕然とした。掴まれていない方の足で顔面を蹴飛ばし、りんは兜を被っていない兵を突き放した。
りんが一息ついて辺りを見渡すと、いつの間にかほとんどのバルドロス兵が床に倒れて動けなくなっていた。三十人以上もやっつけた記憶はなかったが、数に物を言わせなければ戦えない連中のことだから、何人かは戦意を失ってやられたふりでもしているのだろうとりんは想像した。
遠くの方をよく見ると、まだ倒れていないバルドロス兵が二人いた。しかし、その二人はりんに戦意を向けている様子ではなかった。
りんとまともに戦ったら敵わないと判断したのか、そのバルドロス兵達は、りんではなく負傷したあかねの方に詰め寄っていた。あかねを人質にでもしてしまえば、自分を意のままに従わせられる――そういう魂胆なのだろう。
「……ほんと、どこまでも卑怯な奴ら。油断も隙もあったものじゃないわ」
小さくため息をつくと、りんは遠くのバルドロス兵を見据えたまま、片手で印を結んだ。バルドロス兵の一人が手を伸ばし、あかねの髪の毛をむんずと掴もうとした途端、頭上から稲妻が落ち、そのバルドロス兵は白目を向いて仰向けに倒れた。
りんがもう一人のバルドロス兵に歩み寄る。とうとう最後の一人になり、バルドロス兵があたふたと混乱している隙に、あかねはバルドロス兵から離れ、りんの背後に隠れた。
「ま、待ってくれ! 見逃してくれ!」
尻餅をつきながら、バルドロス兵は上ずった声で許しを請う。しかし、りんの意思が変わることはなかった。そのバルドロス兵の声に、りんは聞き覚えがあったからだ。
「あら。あなた、私が監禁されているときに一度会ったかしら?」
バルドロス兵を見下ろし、りんは氷の小刀を向けながら言った。朗らかな声色だったが、目は冷たいままで全く笑っておらず、りんが許すどころか憎悪で殺気立っているのをバルドロス兵は直感した。
「何かあったの? お姉ちゃん」
後ろから尋ねるあかねに対し、りんは顔だけ振り向いてにっこりと笑いながら答えた。
「私が拘束されているときにね。私の体をまさぐってきたの、こいつ」
あかねの顔が一瞬にして嫌悪の色に変わった。
「最っ低。思いっ切りやっちゃっていいよ、こんな奴」
「言われなくてもね」
笑みをそのままに、りんはバルドロス兵の方を見て印を結んだ。
バルドロス兵が顔を真っ青にして土下座し始めたが、問答無用。バルドロス兵の足元から三本の巨大な蔓が突き抜け、バルドロス兵の体をがんじがらめに縛りつけた。天井まで伸びてぶんぶんとバルドロス兵を振り回すと、三本の蔓はバルドロス兵を勢いよく放り投げ、遠くの壁に叩きつけた。壁にくっきりと大の字の跡を残し、バルドロス兵はぼとりと床に落っこちていった。
「……これで、バルドロス帝国の騎士は全員やっつけたかな?」
周りで倒れているバルドロス兵達を見渡しながら、あかねは尋ねた。りんは「多分ね」とうなずきながら、氷の小刀を放り捨てることなく、用心深く周囲を警戒した。
実際、りんの推測通り、やられているふりをしているバルドロス兵が何人かいたが、もう不意打ちを狙おうと考える者はいなかった。りんを本気で怒らせたらどうなるかを目の当たりにした今となっては、とてもりんに歯向かう気にはなれず、バルドロス兵は体を震わせながら息を殺した。
もうバルドロス兵が立ち上がらないことに安堵すると、あかねはりんの方を向いて、改めて再会の喜びに顔を綻ばせた。りんもにこりと柔和な笑みを返した。あかねが手を高く上げてハイタッチしようとした途端――大事なことを思い出し、あかねははっと息を呑んだ。
「そうだ、お姉ちゃん……まだ敵が一人いる!」
そう叫んで、あかねは研究室の扉の方を指差した。見てみると、ローブのフードを被った男――ゼブラは、研究室の中にいなかった。扉は半開きの状態になっており、耳を澄ましてみると、扉の向こう側から轟音が鳴り響いていることに気付いた。
「誰かが戦ってる……他の奴らが来てくれたのかな」
あかねの独り言に、りんは怪訝な顔を浮かべた。
「他に誰か来ているの?」
りんが尋ねると、あかねは思い出したように声を上げて答えた。
「そっか、お姉ちゃんは知らないよね。あたし以外に、人間の仲間が来てくれているの」
「人間の、仲間?」
りんは耳を疑い、聞き直した。少し前まで人間のことを毛嫌いしていたことを思い出し、あかねは気恥ずかしそうに頬を赤らめながら、こくりとうなずいた。
りんは少しの間呆然としたが、バルドロス帝国に単身で乗り込むよりも現実的であることを思い、納得した。そして、込み上げる嬉しさに思わず笑みがこぼれた。いつか、ニンジャが人間と分かり合える日が来ると信じ続けてだけに、あかねがこういった形で実現してくれたのは願ったり叶ったりだった。
「急ごう、お姉ちゃん!」
扉の方を指差しながら呼びかけるあかねに対し、りんはこくりとうなずいた。倒れているバルドロス兵の上を飛び越しながら、二人は扉の方へ走っていった。
あかねが左手で扉を引き開けると、その先にゼブラは立っていた。ゼブラはカルロス、アン、ユンの三人と対峙していた。カルロスが身の丈ほどの大剣を両手に立ちはだかり、その後ろで火傷を負ったユンをアンが魔法で治療している。辺りを見渡すと、魔法が激しく飛び交っていたのか、床や壁のあちこちに大きな穴が空いていた。
どす黒い光を宿した右手をカルロスに突き付けたまま、ゼブラはりん達の方を振り向いて言った。
「おや。こうもあっさりと脱出されちまうとはね」
「あなた、あの時の……!」
りんは息を呑み、そして眉間にしわを寄せてゼブラを睨み付けた。――あの男は、自分をカプセルの中に閉じ込めた人物に他ならない。氷の小刀を握り直し、りんはゼブラに対して身構えた。
「こうなっちまってはいよいよ分が悪い――」
真正面にいるカルロスと、背後にいるりんを交互に見ながら、ゼブラは落ち着き払った様子で呟いた。何かされる前にとカルロスは剣で斬りかかったが、ゼブラは呪文を唱えて右手を払い、足元に爆発を起こしてカルロスを足止めした。カルロスが怯んだ隙に、ゼブラは魔法で飛んで逃げようとさらに口を開く――。
「させるかよ!」
ゼブラの油断を見逃さず、あかねはウエストポーチから鉤縄を取り出して放った。鉤縄はゼブラの左腕に絡まり、ゼブラは一瞬驚いたことによって呪文を唱えるのを途中で止めてしまう。あかねが左手で鉤縄を強く引くと、縛られた左腕がぐいと引っ張られ、ゼブラは大きく体勢を崩した。
「今だ!」
すかさず、カルロスが大剣を盾のようにして構え、よろめいたゼブラに体ごとぶつかった。ゼブラの体は大きくはね飛ばされ、りんのいる方へ頭から吹っ飛んでいった。
りんが氷の小刀を横に構える。そして、こちらへ飛んでくるゼブラを見据える。二人が作ってくれた千載一遇のチャンス、絶対に逃すわけにはいかない――りんは氷の小刀を強く握りしめた。
ゼブラの体が目の前まで迫ってくる。その瞬間を見計らい、りんは氷の小刀を素早く振り払う。氷の小刀がゼブラの胴体を切り裂く直前、りんはゼブラと目が合い、そして思わず息を呑んだ――絶体絶命な状況でありながら、ゼブラはにやりと薄笑いを浮かべている。
氷の小刀を振り切った右手に確かな感触を感じながら、りんは後ろを振り向いた。ゼブラは研究室の床に転がり落ち、うつ伏せに倒れたまま動かなくなっていた。
あかね達がほっと安堵する一方で、りんは動かなくなったゼブラを深刻な表情で見つめた。あの男を倒したのは火を見るよりも明らかだ――だが、斬られる間際に見せた、あの意味深な笑みは一体何だったのだろう?
「あいつらの処理は、後から来るアルテリア兵に任せちまおう」
考えに耽っていたところ、後ろからカルロスに声を掛けられ、りんは我に返った。
「色々話してえことはあるが……俺達には時間がねえ。お前さん達にはすぐにでもついて来てもらうぞ。今、他の仲間がバルドロス国王のところへ殴り込みに向かってるんだ」
「それって、まさかセラもいるの?」
驚愕して尋ねるあかねに対し、カルロスは首を縦に振った。あかねは焦りを募らせた――先程、ハインブルクで待機しているアルテリア帝国騎士団の監視に二百人ほどのバルドロス兵が向かっていたので、それと同じだけの兵が城内にいることは容易に想像がついた。
「まずはお前さん達の仲間を助けに行くぞ。バルドロス帝国騎士団と戦う以上、少しでも戦力が必要だ」
「分かったわ」
カルロスの指示に対し、りんとあかねはうなずいて返事した。アンに魔法で傷を治してもらうと、りんとあかねはカルロス達と肩を並べ、行動を開始した。
* * *
次々に迫り来るバルドロス兵を剣で払いのけながら、ラース達は大理石の廊下を突っ走っていった。バルドロス国王を捜し出すどころか、三階へ続く階段すら見つかっていない状況だったが、バルドロス兵が同じ通路からしか押し寄せて来ないのがかえって道標になってくれていた。
バルドロス兵を頼りにしばらく進んでいくと、見晴らしのいいルーフバルコニーが見えたが、そこには誰もいないようだった。さらに奥へ進むと、ラース達はようやく上り階段を発見した。
緑のカーペットが敷かれた、横幅の広い螺旋階段だ。その上からバルドロス兵達が慌ただしく駆け下りて来たので、この螺旋階段を上った先にバルドロス国王がいるとラース達は確信した。バルドロス兵の剣を捌いて蹴飛ばし、ラース達は強行突破で螺旋階段を駆け上がった。
やっとの思いでラース達は三階に着いたものの、その先の廊下で三十人ほどの兵が待ち伏せていた。正直、バルドロス兵一人ひとりの実力は大したことなかったが、何十人も立て続けに相手をしていると、疲労感で体が濡れた綿のように重く感じた。だが、今の状況で弱音など吐いていられない――。体に鞭を打ち、ラースはバルドロス兵の群衆に真正面から突っ込んだ。
すぐに数人の兵に囲まれてしまったが、その程度でラースが臆することはない。剣でバルドロス兵の攻撃を瞬時に弾き返すと、ラースはバルドロス兵の顎を目掛けて拳や足を振り上げ、次々に気絶させた。他のバルドロス兵が怯んだ隙に、クレス達がラースの横に立って身構えた。
バルドロス兵が攻め込むのを躊躇している間に、ラースはふうと息をつき、改めて周囲を見渡した。螺旋階段を上った先の廊下は、二階に上がったときと同じように左右に分かれていた。
右手を見てみると、すぐ近くに曲がり角があり、ここからではその先が見えない。仕方なく左手に目を向けると、こちらは等身大の肖像画が何枚も壁にかけられた一本道になっており、よく見るとその先に二人の男が立っていた。
「あの二人は……!」
遅れて、二人の存在に気付いたクレスが息を呑んだ。同じタイミングで気付いたセラも、その二人が何者なのかを一目見て察した。
一人は鎧を身にまとった、オールバックの黒髪の男だ。腰には細身のレイピアを下げ、背中には深緑のマントがはためいている。セラは、コナン帝国であかねが打ち明けてくれた話を思い返した――あの男こそが、あかねの姉や仲間のニンジャ達を連れ去った張本人に違いない。
そしてもう一人に目を向けると、こちらは高貴な赤のローブを着ており、頭にエメラルドの宝石がはめ込まれた冠を被っていた。あれほどの豪華な格好をしている人物はそうそういない――国王以外に考えられない。自分達は、黒幕を追い詰めるところまで追い詰めているのだと、セラは直感した。
「逃がすか!」
黒幕の二人が、樫の木の扉を開けて奥の部屋へ逃げ込むのを見て、ラースは眉間にしわを寄せて叫んだ。すぐに追いかけようとしたが、ラース達を包囲するバルドロス兵達がそれを許してくれなかった。
じりじりと詰め寄るバルドロス兵に対し、ラースが剣を構えて応戦しようとしたとき、横にいるクレスが一つの提案をした。
「ラース。お前はあの二人――カーツ国王とクリード騎士団長を追うんだ」
「兄貴達はどうする?」
ラースが尋ねると、クレスはバルドロス兵達に聞こえない声量で話し始めた。
「僕達はここで、残りのバルドロス兵を足止めする。いいかい、セラさんもよく聞くんだ。
今から僕が突っ込んで、向こうの部屋へ続く血路を切り開く。その隙に、ラースとセラさんは向こうの部屋へ一気に駆け抜けるんだ。ラース達の背中は、ビックス、ウェッジ、二人に任せるよ」
クレスの指示を聞いたラース達は、返事の代わりにこくりとうなずいた。
「いくよ。……一、二の、三!」
カウントダウンの合図の後、クレスは先陣を切って突撃した。バルドロス兵達が次々に襲い掛かってきたが、クレスは軽やかに攻撃を避け、水のようにしなやかな剣技でバルドロス兵達の足を切り払った。呻いて膝を折るバルドロス兵をクレスが体当たりで突き飛ばすと、国王達が逃げ込んだ部屋へと続く、僅かな逃げ道が生まれた。
「行きましょう、ラースさん!」
セラの呼び掛けに、ラースは力強くうなずいた。他のバルドロス兵に追いつかれる前に、ラースは剣をしまい、セラと一緒に奥の部屋へ向かって走り出した。
クレスが他のバルドロス兵を押さえている間に、ラース達はその横を通り過ぎ、バルドロス兵の包囲を抜け出した。後ろからバルドロス兵達が追ってきたが、すぐにビックスとウェッジが立ち塞がり、応戦して剣を交えた。
――これから、自分達を殺そうと百人以上ものバルドロス兵が押し寄せてくることだろう。扉の前に辿り着くと、ラース達は後ろを振り返り、壁になってくれているクレス達の背中を見つめながら、彼らの無事を願った。再び前方を向き、セラと目を合わせて無言のままうなずくと、ラースは意を決して扉を両手で押し開けた。
扉を開いた先には大広間があった。中央に緑のカーペットが敷かれ、その先にきらびやかな玉座があったので、ここは謁見の間なのだとラースは理解した。左右には縦長のステンドグラスの窓が並び、奥の壁にはバルドロス帝国の深緑の国旗が交差して掛けられている。
緑のカーペットの上を進んでいくと、玉座のすぐ横に、黒幕の二人――カーツ国王とクリード騎士団長の姿があった。追い詰めるところまで追い詰めたというセラの確信とは裏腹に、黒幕の二人は未だ余裕の表情を浮かべていた。
それもそのはず。相手からすれば、二百人は下らない数の兵が城内にいる上に、ハインブルクで待機していたジュード騎士団長の元へも同じだけの兵を向かわせている。クレス達の壁がこじ開けられるのも時間の問題だし、ジュード率いるアルテリア帝国の連中も圧倒的な勢力差で押さえつけることができる。そう簡単には捕まるはずがないと、カーツ国王とクリードは高を括っていた。
「どうやら、城内にいるアルテリア帝国の駒はものの数人しかいないようだな? 命知らずの馬鹿がのこのこと……貴様らに一体何ができるというんだ?」
優越感に浸りながら、クリードはラース達を挑発する。ラースは憤りを露わに反発しようとしたが、突然セラが前に出たので、ラースは思わず口を閉ざした。
「答えてください! なぜあなた達は私を狙うのですか? 私が一体何をしたというのですか?」
それは、ネムヘブルを旅立ったときからずっと問い質したかった疑問だった。初めてバルドロス帝国の騎士に襲われたときの恐怖を、そして怒りを、セラは二人に打ちまけた。
しかし、カーツ達がセラの問いに答えることはなかった。それどころか、セラの言葉を聞くと、カーツは髭面を歪ませて高笑いを始めた。
「こいつは傑作だ! まさか、『ディアナ』が向こうから我輩の元へやって来るとはな!」
「『ディアナ』……?」
怪訝な顔をしてセラが呟くも、当然、それが何なのかを二人が答えることはない。高笑いが治まると、カーツ国王はクリードを呼び、指示した。
「その女を捕らえよ、クリード。我輩に盾突く邪魔者は、遠慮などいらぬ。殺せ」
「仰せのままに」
クリードは不敵な笑みを浮かべ、腰にある細身のレイピアを引き抜いた。クリードがずんずんと歩み寄って来るのを見て、セラは怯えて小さな悲鳴を上げたが、すぐにラースが庇うように立ち塞がった。
「……そうか、貴様がラース・オルディオだな」
剣を抜いて構えながら睨み付けるラースに対し、クリードは口の端を上げたまま続ける。
「騎士でもない若造ごときが、この俺に勝てるとでも思っているのか?」
クリードの挑発に対し、ラースは全く怯むことなく言葉を返した。
「諦めろよ。セラを守ってくれって、ネムヘブルの爺さん達に頼まれてるんだ……。てめえがいくら脅そうが、俺は一歩も退く気はねえぞ!」
クリードは鼻で笑い、そして怒鳴り声を上げた。
「思い上がりが。たかが雑魚数人に勝った程度で、のぼせるなよ!」
クリードがレイピアを片手に、素早い足取りで一気に迫ってきた。立ち尽くすセラを押して突き放すと、ラースは剣を振り上げ、頭上に振り下ろされたレイピアを真正面から受け止めた。鋭い金属音と共に、ぶつかり合った刀身から火花が散った。
ぎりぎりと鍔迫り合いをしながら、ラースとクリードは鬼気迫る形相で睨み合った。――自分がクリードに打ち勝てば、バルドロス帝国の悪事を暴くことができ、逆に自分がクリードに殺されれば、セラはバルドロス帝国の手に渡ってしまう。これは、自分達の意地と、セラの命運をかけた一騎打ちだ。
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