表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第五章 バルドロス帝国との死闘
29/66

 あかねがバルドロス城に潜入してから分かったことだが、ジュード率いるアルテリア帝国騎士団の囮作戦は思った以上に効果てきめんだったようだ。今、バルドロス城内ではハインブルクで待機しているアルテリア帝国騎士団の話題で持ち切りだった。

 アルテリア帝国の連中がここまで大きな動きを見せることはかつてなかった――アルテリア帝国の連中は一体何を企んでいるのか――何か手の内を探る手段はないか――。城内にいる兵達は、アルテリア帝国騎士団の動向に焦るばかりで、見張りどころではない様子だった。そのおかげもあってか、庭園前の見張りを命じられている兵が城内をうろついていることに、兵達がすぐ違和感を覚えることはなかった。


 こいつらが気を取られている今のうちにと、あかねはバルドロス兵に姿を変えたまま、きょろきょろと辺りを見渡しながら大理石の廊下を歩き回っていった。

 あかねの任務は主に二つある。一つは、昨夜に作った爆弾六個をバルドロス城に設置し、起爆させること。もう一つは、バルドロス城のどこかにいる仲間のニンジャ達を捜し出すこと。このまま連中が気付かないでいてくれれば……とあかねは淡い期待を抱いたが、その期待を裏切るように、一つの伝令が程なくして城全体に行き渡った。


「今、城内にいる下級の騎士は、全員庭園前に集合しろとのことだ。即刻、ハインブルクにいるアルテリア帝国騎士団を見張りに向かえと、クリード騎士団長が言っている――」


 先程まで慌てふためいていたバルドロス兵達だったが、クリードの名を耳にしてからの行動は迅速だった。いち早く小隊で集まると、バルドロス兵達は恐怖の色を浮かべながら一目散に庭園へと向かっていった。

 あかねが呆然と立ち尽くしている中、他の騎士がすれ違いざまに声をかけてきた。


「フロッグ、お前も同じ下級の騎士だったよな? なぜ城内にいるかは問わないが、お前も早く庭園に行かないと火炙りにされてしまうぞ。急げよ」


 そう言って、その騎士は部下の兵を引き連れながら廊下を駆け抜けていった。今度はあかねが焦りを募らせる番だった。自分が変化している騎士の立場上だと、すぐにでも城を離れ、アルテリア帝国騎士団がいるハインブルクに向かわなければならない。それはつまり、今の姿のままでは城内にいても怪しまれてしまうことを意味する。


「勿体ないけど、ここからは忍術を解くしかないな……」


 小さなため息の後、あかねは仕方なしに呟いた。庭園へ向かう騎士達に続くように走り出し、廊下の途中で人気のなさそうな薄暗い小部屋を見つけると、周囲に見られていないか警戒しながら、こっそりとその小部屋の中に入り込んだ。

 埃被ったテーブルの脇に隠れるように座り、あかねは音を立てないように、身につけていた重い装備を次々に外した。――変装を止めるのも悪いことばかりじゃないな。最後に被っていた兜をごとりと床に置くと、あかねは忍術を解いて元の姿に戻り、ふうと一息ついた。

 足元に張っている蜘蛛の巣を掻き分けながら、あかねはそろそろと部屋の扉へ向かった。扉を開ける前に聞き耳を立て、すぐ近くで足音が聞こえないことを確認してから、あかねは少しずつ扉を開けた。顔だけ出して廊下を見渡してみたが、どうやら周辺に見張り兵はいないようだ。足音が気になったのでサンダルを脱ぎ捨ててから、あかねは小部屋を後にした。


 壁に張りついて、柱に隠れるように廊下を渡りながら、あかねはこれからどうしようか黙考した。姿を変えていた先程と違い、今度は見張り兵に姿を見られることすら許されない。慎重に行動しなければならないが、バルドロス兵がアルテリア帝国騎士団の見張りに向かったとなると、なるべく早く爆撃を起こさなければまずいのではと、あかねは懸念した。潜入に長く時間をかけてしまうと、いざ爆撃を起こしたとしても、アルテリア帝国騎士団が見張りに向かったバルドロス兵と衝突してしまい、救援が遅れることにもなりかねない。

 廊下の窓から外を覗き見てみると、ざっと二百人ほどのバルドロス兵が庭園に集まっていた。やっぱり急がなきゃと、あかねが窓から目を離した時、あることに気付き、思わず小さな悲鳴を上げた。廊下の奥の方から、見張り兵の話し声が聞こえてきたのだ。その声は足音と共に、徐々にこちらへ迫ってきている。庭園に集まっている騎士達に気を取られたせいか、見張りの騎士達がすぐ近くまで来ていることに気が付かなかった。


「……落ち着けって、あたし。隠れるときに気を付けなければいけないこと、お姉ちゃんが教えてくれたじゃん」


 小声で自分に言い聞かせながら、あかねはウエストポーチの中に手を入れた。――どんなに危険でも冷静に。不安な気持ちは足かせにしかならない――。故郷のシノクニで姉から受けた言葉を頭で反復しながら、あかねは身の丈ほどの布を手早く取り出した。この廊下の、大理石でできた壁と同じ、白色の布だ。装飾のない壁で良かったと安堵しながら、あかねは布を持ち上げて広げ、自身の体を覆い隠した。


 騎士二人が目の前を横切っていく――心臓が喉から飛び出そうだ――必死に声を押し殺しながら、あかねは騎士二人が過ぎ去っていくまでじっとこらえた。騎士二人が曲がり角を曲がり、他に騎士が見当たらないのを確認したところで、あかねはぜいぜいと息を荒らげながら、ほっと胸を撫で下ろした。

 そして、実戦で初めて身を隠すのに成功したことで、姉の言っていたアドバイスの意味をようやく理解したような気がした。――不安な気持ちは足かせにしかならない。どんなに怖かろうと、できる限りのことを精一杯やるしかないのだ。


 それから二、三度と見張り兵が通りかかってきたが、あかねはその度に布で壁に同化して隠れ、見張り兵の目を潜り抜けていった。何度か潜伏をこなしていくうちに、あかねの心の中で、見つかるかもしれないという不安が少しずつ薄れていった。先程までは隠れることに手一杯で、他のことを考える余裕がなかったが、今なら爆弾を設置することくらいはできそうだと感じた。

 改めて辺りを見渡してみると、壁に掛けられた肖像画の裏、人気のない空き部屋の中、観葉植物の土の中と、爆弾を隠せそうな場所はいくつもあった。火起こしの紙切れも忘れずに取り出し、親指の爪を歯で剥いで血を紙切れに塗りつけると、汚れた紙切れを爆弾の紐に巻き付け、隠せそうないくつかの場所にこっそりと隠していった。

 その途中、また見張り兵二人が廊下を通りかかってきたので、あかねはすぐに爆弾と紙切れをしまい、布を取り出して潜伏を始めた。早く向こうに行ってくれないかな……と、はやる気持ちを抑えながら待っていたところ、見張り兵の会話を聞き、あかねは目の色を変えた。


「――じゃあお前、あの研究室の中に入ったことがあるのか?」

「あの、二つ目の曲がり角を左に曲がったところの部屋だろ? 一度、女ニンジャをその部屋に運ぶよう命じられて、それっきりだけどな」

「お前、それってレアだぞ。その研究室、普段は立ち入り禁止で、ぽっと出の研究員くらいしか今は入れないらしいからな――」


 願ってもない情報だった。見張り兵達が見えなくなるや否や、あかねは布をしまうよりも早く、見張り兵が指差した方向へ駆け足で向かった。

 二つ目の曲がり角を左――そこから先は一本道になっており、左右の壁にブラケットランプが取り付けられているのみの薄暗い廊下が続いていた。見張り兵と鉢合わせにならないよう、あかねは壁に沿ってすり足で進んでいったが、あの先に姉がいる――その期待が徐々に募っていき、無意識に足を速めていった。


 結局、あかねが見張り兵と鉢合わせることはなかった。しばらく進んでいったところで、あかねは巨大な樫の木の扉の前に辿り着いた。左右に曲がれる道はなく、どうやらこの道の先には他に何もないようだった。

 この扉の先が研究室に違いないとあかねは確信したが、同時に一つの疑問が浮かんだ。――重要な部屋のはずなのに、ここに見張り兵が一人もいないのはなんでだろう? 腑に落ちないまま扉の取っ手に手をかけたとき、あかねはすぐにその理由を理解した。


「な、何だよこれ。開かないじゃん……!」


 取っ手を両手で掴み、押しても引いても扉はびくともしない。どうやら鍵がかかっているようだ――そのことに気付くと、あかねは「あーもう!」と憤りながら手を放した。

 ――この先に姉がいるはずなのに、もう少しなのに……。大きくため息をつきながら、あかねは次のことを考えた。扉の鍵を探しに行きたいところだが、バルドロス兵の大群がアルテリア帝国騎士団のところへ向かっていった今となっては、あまり長く時間をかけてはいられない。

 やっぱり爆弾の起爆が優先かと、諦めてしぶしぶ振り向いたその時、あかねはさーっと背筋が凍るのを感じた。振り向いた先で、一人の男がこちらを見据えながら立ち塞がっていたのだ。


「だ……誰?」


 動揺を隠せないながらも、あかねはすぐに、腰につけている小刀を右手で引き抜き、身構えた。よく見ると、目の前に立っていたのはバルドロス帝国の騎士ではなかった。優雅なローブを身にまとい、背には新緑のマントを羽織っている。覗き込んだ顔立ちは若く、首には古びた懐中時計をぶら下げていた。

 小刀を逆手に握りしめながら、あかねは男を睨みつけて威嚇する。警戒心をむき出しにするあかねを見るなり、男はふっと鼻で笑った。そして次に、男は懐に手を入れ、何かをごそごそと探し始めた。


「慌てるな」


 襲いかかろうとしたあかねを宥めるように、男は落ち着いた口調で言った。あかねは一瞬怯んだが、「何でためらう必要があるんだ」とすぐに考え直した。


「敵にそう言われて、素直に従う奴がいるかよ!」


 そう叫んで突撃するあかねだったが、男が懐から取り出した物を見て、思わず足をぴたりと止めてしまった。男が手にしていたのは、武器でも何でもなく、一本の大きな鍵だった。


「お前の仲間のニンジャ達は、一階の地下牢に監禁されている。そして水無月りんは……その研究室の中だ」


 そう言って、男は手にしている鍵をあかねに放った。


「その鍵を使えば、研究室の扉を開けられる」


 あかねが鍵を受け取るのを見届けるなり、男は続けて言った。

 あかねは呆然としたままだった。ここまでバルドロス城内のことを、そして仲間の居場所を知り尽くしている者が、バルドロス帝国の人間でないはずがないのだ。そんな人間がなぜ敵である自分に手を貸してくれるのか、あかねには全く理解できなかった。


「あんた、どうしてあたしのことを……?」


 たまらずあかねが問うと、男は視線を落とし、自嘲するように口の端を上げながら答えた。


「望まずにアルテリア帝国の敵になっている人間もいる……そういうことだ」


 男の言葉を聞いただけで理解できるはずもなく、あかねは怪訝な顔を浮かべたが、男がそれ以上答えることはなかった。首にかけた懐中時計のふたを開き、時計に目をやりながら、男はあかねに言った。


「……悪いが、俺がしてやれるのはここまでだ。あとはお前達の力で切り開いてくれ」


 懐中時計のふたを閉じると、男は踵を返し、あかねに背を向けて歩き去っていった。


 男から受け取った鍵に目を向け、そして背後の扉の鍵穴に目を向ける。見比べてみると、扉の鍵穴は確かに、鍵が入りそうな丁度いい大きさと形をしていた。あかねは扉に歩み寄り、手にした鍵を扉の鍵穴に差し込み、捻ってみた――すると、ガチャリという音が鍵穴から返ってきた。半信半疑で扉の取っ手を掴み、少しだけ押してみると、先程までうんともすんとも言わなかった扉がいとも簡単に開いてしまった。


「ほんと、何を考えてるんだろ、あいつ……」


 あかねは訝しげな顔をして振り向いたが、先程の男の姿は既に見えなくなっていた。ここまで都合よく事が進むのを怪しく思い、もしかすると罠か何かではないかとあかねは勘ぐったが、疑っていても埒が明かないと思い直し、やがて考えるのを止めた。


 あかねが両手で扉を押し開けると、ギギギと軋むような音がこだました。研究室に入り、中の光景を初めて目の当たりにして、あかねは息を呑んだ。研究室の中には――おそらく人間の発明だろう――ドーム型のカプセルの装置が何十も設置されていた。中には淡い緑の溶液が満杯に入っており、粘土のような塊がごにょごにょと浮き沈みしている――あかねは鳥肌の立った右腕をさすった。

 装置の土台からは数本のケーブルが伸びており、あかねがケーブルを辿って歩いてみると、部屋の中心にある、一台の大きな装置に繋がっているのが分かった。部屋中にあるドーム型の装置と違い、中心のカプセルの装置は円筒の形をしている。近くに来て見上げてみると、そのカプセルの中にも溶液が満杯に入っていた。そしてその中には……。


「お姉ちゃん……!」


 あかねは驚愕した――円筒のカプセルの中には、気を失った水無月りんが閉じ込められていた。ようやく果たせた姉との再会に、考えるよりも先に体が動いた――裸足で装置の土台を踏み台にし、カプセルの前に立つと、あかねは握り拳を作って叩きながら、叫んでりんに呼びかけた。しかし、りんは気を失ったまま、反応を示さない。まずはカプセルから出してあげることが先決だと思い、あかねは装置の土台から飛び降りた。

 土台の方を見てみると、そこにはいくつものボタンが組み込まれた操作パネルが設備されていた。これを使えば装置を動かせるはずだとあかねは考えたが、適当にボタンをいくつか押してみても、装置は全く反応を示さない。やがて煩わしくなり、あかねは操作パネルを蹴飛ばしてから上り直した。

 再びカプセルの前に立つ。りんは依然として気を失ったままだ。握り拳を固め、あかねは一発カプセルを殴ってみた。しかし、拳を痛めるだけで、カプセルの方はびくともしない。今度は裸足でカプセルを蹴飛ばしてみた。しかし、やはりカプセルの方はびくともしない。

 それなら武器ではどうだと、あかねは小刀を両手で握り、大きく振りかぶってカプセルに突き刺した。すると、ほんの少しだけカプセルにひびが割れた。何度か小刀を突き刺してみると、少しずつカプセルが欠けていったものの、姉を救出できるだけの穴を空けるにはあまりにも程遠い……時間の無駄だとあかねは感じた。


「そういえば……」


 思い出したように声を上げると、あかねは小刀をしまい、ウエストポーチを開けて中を覗き見た。ウエストポーチの中には、昨夜に作った爆弾があと一個だけ残っていた。小刀でカプセルを割ろうとすると日が暮れてしまうが、この爆弾を使えばカプセルに穴を空けることが十分にできるんじゃないか――そうあかねが考えた、その時だった。


「手荒な真似は止めてもらいやせんかね?」


 背後から冷たい声が響く。あかねは驚きのあまり悲鳴を上げて飛び上がり、床に勢いよくしりもちをついた。床に手を突いたまま振り向くと、あかねは声の主を見て息を呑んだ。開かれた扉の前では、カダルナ港の海の上で対峙した、ローブのフードを被った魔法使いの男――ゼブラが立っていた。


「研究室の鍵が持ち出されていて、もしやとは思いやしたが……来てみて正解だったようだ」


 あかねを見下ろしながら、ゼブラは嘲るように薄笑いを浮かべる。あかねは頭から一気に血の気が引くのを感じた。ゼブラの後ろから、大勢のバルドロス兵がぞろぞろと押し寄せてくる。

 ――戦わなきゃ。震え上がった体に鞭を打ちながら、あかねは騎士達を見据えたまま立ち上がった。騎士達が速度をそのままに、各々の剣、弓を手に持ち、身構える。何かいい打開策はないかと思い、あかねはウエストポーチに手を忍ばせた。こつんと、人差し指が最後の爆弾とぶつかった――これしかないと、あかねは直感した。


「撃て!」


 先頭の騎士の叫び声を合図に、弓兵が弦を引き絞り、一斉に矢を放つ。あかねは跳躍して矢を避け、円筒のカプセルを足で駆け上った。カプセルの上に着地して騎士達を見下ろすと、あかねは紙切れを取り出し、親指の血を塗って爆弾の紐に巻き付けた。


「上に逃げたぞ!」


 弓兵が新しい矢を(つが)えて構える。剣兵が装置の下に集まり、斬り捨てんとばかりに円筒のカプセルをよじ登ろうとしている。好機を逃さず、あかねは爆弾を騎士達の頭上に放った。

 ――手荒な助け方になるけど、許して。真下で閉じ込められている姉に心の中で謝りながら、あかねは両手で印を結び、念じた。血で塗られた紙切れが光を帯び始め、騎士達の目の前で火花を散らす──。




 * * *




「合図なのです!」


 耳を突き刺すような轟音と地鳴りの後、窓で見張っていたウェッジが叫んだ。ラースも窓から顔を出し、バルドロス城を見上げると、間もなく次の爆発が起こった。二回、三回、四回、五回、そして六回。ウェッジの言う通り、あの爆発はあかねによるものと見て間違いないだろう。


「準備はいいな?」


 カルロスの問いに対し、既に甲冑に着替え終えていたクレス達は力強く返事した。少し遅れて、いつもの白いワンピースに着替えたセラと、身軽そうな甲冑に着替えたアンが部屋の中に入ってきた。ラースも無言でうなずくのを見ると、カルロスは近くの壁に立て掛けていた身の丈ほどの重厚な剣を掴み、背に担いだ。


「行くぞ!」


 カルロスの掛け声を合図に、一同は駆け足で部屋を後にした。


 宿屋から外に出てみると、城下町の住民達が、黒い煙が立ち込める城の方を指差しながらざわめいていた。一体何が起こったのか気になる様子だったが、城へと続く道の前で一人の見張り兵が律儀に立ち塞がっていたので、住民達は怖がって近付けずにいた。しかし、ラース達はたった一人の見張り兵くらいでは全く動じなかった。


「何だ、ここから先は立ち入り禁止――」


 城へ向かおうとするラース達を見るなり、見張り兵は行方を遮ろうとしたが、先頭にいるカルロスの巨大な図体を目の前にして、思わず悲鳴を上げて尻込みしてしまった。


「『帝国平和条約』の下、城の中で何があったのか、調べさせてもらうからね」


 横にいたユンが、白々しくにっこりと微笑みながら見張り兵に言った。見張り兵は観念し、大人しく退いて道を開けた。


 道を進んでいくと、やがて城の庭園に辿り着いた。色取り取りの花が豪華に植えられており、バルドロス国王が自分の近辺にしか金を使わないのが見て取れたので、ラースは不快そうに舌打ちをした。爆発によって壊れて落ちた壁の瓦礫を避け、窓ガラスの破片をじゃりじゃりと踏みつけながら、ラース達は城へと向かった。

 城の玄関ホールに入ると、まだ事態を掴めていないバルドロス兵達があたふたと走り回っていた。しかし、ラース達が城の中にいるのを知ると、バルドロス兵の一人が声を上げ、十人ほどのバルドロス兵が玄関ホールに集まってきた。


「アルテリア帝国騎士団だ! 『帝国平和条約』の下、あなた方と共にバルドロス城内を調査させてもらう!」


 ラース達の前に立ち塞がり、剣を突き付けてじりじりと詰め寄るバルドロス兵に対し、クレスは怯むことなく声を張り上げた。しかし、すぐに兜を被っていないバルドロス兵が叫んだ。


「奴らの言葉に耳を貸すな! 殺せ!」


 叫び声を聞くと、剣を突き付けていたバルドロス兵達は雄叫びを上げ、ラース達に向かって一斉に突進した。


「やっぱり話が通じる相手じゃねえか……」

「やるしかないようだね、ラース」


 ラースとクレスは剣を抜いた。そして、一足先にバルドロス兵達の前に立つと、二人は剣を引いて横に構えた。


「そこをどけ!」


 ラースとクレスは、叫び声と共に剣を振り上げ、バルドロス兵の突きをはじき返した。攻撃を受けたバルドロス兵は剣もろとも吹っ飛び、後ろにいる何人かの兵を巻き込んで地べたに転がった。


「生真面目に一人ひとりやり合っていても埒が明かねえ……突っ切るぞ!」


 バルドロス兵が怯んだ隙に、一同はカルロスを先頭に走り出した。追いかけてくるバルドロス兵をビックスが蹴飛ばしながら、ラース達は真正面に見えた大理石の階段を駆け上がった。


 二階に着くと、道が左右に分かれていたが、右の廊下から煙が漏れてきていたので、ラース達は迷いなく右の廊下に進んだ。しばらく走っていくと、煙が廊下一帯を充満しており、息苦しさと視界の悪さで先を進むのが困難になった。


「ユン、頼めるか?」


 カルロスが煙の前で立ち止まって言うと、ユンは返事と共に前に出た。続けて前方に向かって右手を広げ、ユンは呪文を唱えた。

 途端、突き付けられたユンの右手から強風が吹き荒れ、ラース達は思わず目を覆った。ユンの放った強風が立ち込める煙を一気に押しのけ、割れた窓や穴の空いた壁から吹き抜けていき、ラースが次に目を開いたときには、煙は遠くまで見通せるほどに治まってしまっていた。


「ユンさん、魔法使いの方だったんですね」


 呆然とするセラに対し、ユンは後ろにいるアンを親指で差しながら言った。


「僕だけじゃなく、姉さんも魔法使いなんですよ。僕は単純な攻撃に使う魔法が得意だけど、姉さんは回復とかバリアーとか、補助に使う魔法の方が得意で」


 ラースとセラがアンの方に目を向けてみると、アンは両手を突き出し、後ろから迫ってくるバルドロス兵達を迎え撃つ最中だった。

 アンが呪文を唱えると、目の前に床から天井まで及ぶ透明なバリアーが展開された。バルドロス兵が剣をいくらぶつけても、アンが展開したバリアーはひび一つ割れることなく、バルドロス兵達はその場で足止めを食らった。


「サンキュー、アン。先を急ぐぞ!」


 バリアーの向こう側から怒号を飛ばすバルドロス兵を尻目に、ラース達は再び走り出した。


 爆発の形跡を辿るように進んでいくと、やがて二つ目の曲がり角に差し掛かり、そこでカルロスは足を止めた。一同も一緒に足を止めると、曲がり角の先の方から、がやがやと大勢の騒ぎ声が聞こえてきた。焦げた臭いが鼻を突き、ラースが曲がり角の先に目を凝らすと、奥の方で黒い煙が立ち込めているのが見えた。


「……あそこにあかねがいる」


 ラースが呟くと、カルロスも先に気付いていたようで、ラースに顔を向けてこくりとうなずいた。


「あぁ。ありゃあ、バルドロス帝国の連中に襲われちまってるかもな……」

「助けに行きましょう!」


 切迫した表情でセラが言う。一同はすぐに曲がり角の方へ向かおうとしたが、突然ラースだけ足を止めた。昨日のカダルナの海での出来事が、ふとラースの脳裏をよぎったからだった。

 あの時はバーゴとゼブラの妨害を受けている間に、他の主犯を逃がしてしまった。今、あかねが危険な状況にある以上、すぐにでも助けなければならないのは間違いないが、その間に同じようにバルドロス国王や他の主犯が逃げてしまうのではないか?


「……どうかされたでありますか、ラース殿?」


 怪訝そうに尋ねるビックスの言葉で我に返ると、ラースは思い切って皆に提案した。


「俺は、バルドロス国王を追いかけるのを止めるべきじゃないと思う。仲間を助けるのが最優先だってのは分かってるけど……。昨日みたいに犯人をみすみす逃がしてしまうようなことは、二度と繰り返したくないんだ」


 ラースの提案を、一同は否定することができなかった。セラとクレスには、一度ゼブラ達に逃げられたラースの胸中をよく理解できたし、カルロス達も、バルドロス国王とその一味が何らかの手で脱走するかもしれないと納得できたからだ。


「分かったよ、そう気に病むなって」


 罪悪感で申し訳なさそうにするラースに対し、カルロスは励ますように笑って言った。そして次に、カルロスはクレスに目を向けた。


「クレス。バルドロス国王の方、頼めるか?」


 クレスは決然たる顔でうなずいた。


「任せてください。セラさんとラースも、私の方で引き取ります」

「悪いな。俺達はあかねと仲間のニンジャを救出してから向かうから、遠回りになるぞ。しばらくの間耐えていてくれよ」


 クレスは返事と共にもう一度うなずいた。その一方で、セラはあかねのことが心配な様子だったが、今のメンバーで治癒能力を持っているのはセラとアンしかいない。編成のバランスを考えてのものだとカルロスが説得し、セラはしぶしぶと了承した。


 二手に分かれる前に、カルロスは皆を集めて円形に並び、その中央に握り拳を差し出して言った。


「もう少ししたら、ジュード騎士団長達も応援に駆け付けてくれる。無茶をする必要はないからな。……死ぬなよ、お前ら」


 ラース達は力強くうなずき、カルロスに続いて拳を差し出した。お互いの武運を祈りながら拳を合わせると、ラース達とカルロス達は背を向け、それぞれの道へ走り出した。




 * * *




 至近距離の爆発でバルドロス兵の陣形が崩れた隙に、あかねは割れた円筒のカプセルの中からりんを救い出し、背負って別のカプセルの陰に隠れた。バルドロス兵が煙で視界を失い、ひとまずは振り切ることができたところで、あかねはりんを床に下ろしながら、先程ゼブラに見つかってしまったときのことを思い返した。

 ゼブラが易々と研究室に入って来れたのは、自分が扉の鍵を内側から掛けなかったことに他ならない。何でうっかりしちゃったんだろ……とあかねはうなだれたが、すぐに鍵をかけても結末は変わらなかったと考え直した。

 大船一隻を焼き尽くせるほどの人間であれば、扉に鍵がかかっていたところで、同じように魔法で焼き飛ばしていたに違いない――後悔するだけ無駄だと割り切り、あかねはりんを起こすのに専念することにした。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんってば!」


 あかねがいくら体を揺すっても、声を殺して何度も呼びかけても、りんは反応を示さない。顔色も悪かったので、もしかして息ができないのではとあかねは感付いた。

 カプセルの陰から顔を出して覗いてみると、煙がある程度晴れてしまっており、バルドロス兵は既に武器を片手にあかねを捜し出そうとしていた。このままではすぐに見つかってしまうと思い、あかねは両手で印を結び、自分そっくりの分身を作り出した。あかねがバルドロス兵のいる方へ向かうよう指示すると、分身はこくりとうなずいて、あかねから離れるように移動していった。


「いたぞ! あっちだ!」


 バルドロス兵が叫ぶ。それと同時に、近くで聞こえていた足音が遠のいていくのが分かる。分身がバルドロス兵の注意を引いてくれているに違いない――しめたと思い、あかねは再びりんに注目した。

 沈溺した人に対する応急処置は、前に仲間のれなから教えてもらったことがある。人工呼吸、そして心臓マッサージ――できる限りのことをしようとあかねは思った。りんの鼻をつまみながら口に息を吹きかけ、胸の真ん中に両手を当てて圧迫する。何度か繰り返したが、りんはそれでも反応を示してくれない。


「こいつは分身だ! 本物はどこかにいるぞ!」


 バルドロス兵の叫び声を聞き、あかねはさらに焦りを募らせた。研究室が広いとはいえ、三十人以上ものバルドロス兵が入って来ていたので、見つかってしまうのは時間の問題だ。


「お願い、お姉ちゃん。起きてよ……!」


 再び少しずつ確実に迫ってくる足音に恐怖しながら、あかねは心臓マッサージを続けて懇願するように呼び掛けた。だが、りんが目を覚ます気配はない。

 バルドロス兵の影が、すぐ近くまで迫ってきている。これ以上は駄目だとあかねが諦めかけた、その時だった。


「……カハッ! ゴホッ……!」


 あかねが目を丸くする。りんが、息を吹き返したのだ。

 りんは目を閉じたままで、まだ意識を取り戻しきれていないようだったが、それでも生きていたことを知り、あかねは感極まって目に涙を浮かべた。しかし、りんが今のタイミングで息を吹き返したのは、決していいことばかりではなかった――りんの咳き込む声が、近くにいたバルドロス兵の耳に届いてしまったのだ。


「この辺りにいるぞ!」


 まだ居場所を完全に知られていないようだったが、これ以上隠れることはできないとあかねは判断した。何より、りんが息を吹き返しただけでも大きな進歩だ。姉が目を覚ますまで、今度こそ自分自身が囮になる――そう決心し、あかねは小刀を抜いて敵陣に突っ込んだ。


「殺せ! 串刺しにしろ!」


 周囲のバルドロス兵が喚き声を上げ、剣を振り上げる。真正面から戦うつもりはない――セラ達やアルテリア帝国騎士団長が応援に来てくれると分かっている以上、なおさら無理をする理由がない。振り下ろされるバルドロス兵の剣を横に避け、次に襲い掛かってくる兵の肩に跳び乗り、あかねは近くのカプセルの上に跳び移って身を隠そうとする――。


「あぐ……っ!」


 突然、右腕に激痛が走り、あかねは呻き声を上げた。再びカプセルの上に逃げるのを読んだ弓兵が、あかねの右腕に矢を掠めたのだ。貫通こそしなかったものの、あかねは体勢を大きく崩してしまい、カプセルに体ごとぶつかって床に落ちてしまった。


「いったぁ……」


 右腕の傷と床に落ちた反動で、あかねは苦痛に表情を歪ませる。バルドロス兵達はにたりと笑みを浮かべ、一斉にあかねを囲って剣を突き付けた。

 焦りと恐怖で顔を青くしながら、あかねは床に倒れたまま後退りする。優越感に浸りながら、バルドロス兵達はゆっくりと間合いを詰めてくる。少しでも距離を取ろうと立ち上がるも、あかねは立ち眩みでよろけてしまう。目の前のバルドロス兵が馬鹿笑いしながら剣を振り上げた、その時。

 突如、左右の床から巨大な蔓が突き抜けて飛び出し、大蛇がとぐろを巻くようにあかねを覆った。蔓がバルドロス兵の攻撃を受け止めると、二本の蔓は次に、あかねの周りにいる数人のバルドロス兵を一気に薙ぎ払い、はじき出した。


「……あかね!」


 困惑しているあかねを呼ぶように、横から女性の声が響いた。あかねが声のした方を向くと、視線の先には姉が――水無月りんが立っていた。


「お姉ちゃん……!」


 あかねは驚きと感動のあまり言葉を失った。突然の攻撃にバルドロス兵が動揺している隙に、りんはあかねの元へ駆け寄り、あかねの前に庇うようにして立ち塞がった。


「あかねの声、ちゃんと聞こえたわ。すぐに助けてあげられなくてごめんね」


 顔だけ振り向いて謝るりんに対し、あかねは涙をぽろぽろとこぼしながら首を振った。


「ううん。お姉ちゃんが無事でよかった……ほんとによかった……」


 泣きじゃくるあかねの頭をぽんと優しく撫でながら、りんは宥めるように柔和な笑みを浮かべた。そして次に、りんは敵意のこもった目をバルドロス兵達に向けた。


「ひ、怯むな! やってしまえ!」


 一人の叫び声を合図に、バルドロス兵達は雄叫びを上げてりんに突撃しようとした。しかし、すぐにバルドロス兵達は足を止め、呆然と立ち尽くした。目の前にいたはずのりんの姿が一瞬にして消えたからだ――否、りんが近くにいたバルドロス兵との間合いを一瞬にして詰めていることに気付かなかったのだ。


「そこにいるぞ!」


 隣にいるバルドロス兵が叫ぶ。注意を受けた兵が間抜けな声を上げて身構えるも、りんは既に攻撃の体勢に入っていた。

 敵の胸に右足を乗せ、後方宙返りをしながら左足で顎を蹴り上げる。りんに蹴飛ばされたバルドロス兵は勢いよく浮き上がり、後ろにいる数人の兵を巻き込んで倒れた。床に着地するなり、りんは体勢を整えて次の敵に備えた。

 ――あかねはたった一人で、私を助けにここまで来てくれた。一体どれほどの勇気を振り絞ったことだろう。今度は私があかねを助ける番――そう自分に言い聞かせながら、りんは巻いている額当ての紐を強く締め直した。

よろしければ、ブックマーク、ご感想、ご評価及び外部ランキングサイトへのご投票をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想及び
ご評価頂けると作者が
飛び跳ねて喜びます。

外部サイトのランキングへの
ご投票もして頂けると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
cont_access.php?citi_cont_id=228632897&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ