一
城下町に入ってから、ラース達は赤レンガが敷き詰められた大通りを進んでいった。コナン帝国の大通りと違い、アルテリア帝国の城下町には屋台が一つもなく、どの商人も店舗を構えて商売をしていた。店舗はどれを取っても背が高く、見上げなければ空を見ることができないほどだ。観察してみると、美容院や賭博場など、これまで見たことのない店がいくつも建っており、どれだけ時間があってもこの城下町は探索しきれそうにないなとラースは感じた。
アルテリア帝国の大通りも多くの人で溢れかえっており、そんな中を馬車で通り抜けていくので、ラース達はかなり人目を引いてしまっていた。変に目立つのを嫌がっていたラースとあかねだったが、しばらくして、人目を引く理由が他にもあることに気付いた。
「ねえ、あの馬車にクレス様が乗っているわ」
「本当! 任務の帰りかしら。今日もかっこいい……!」
「ああ、一度でもこっちを見てくれたりしないかなぁ……」
馬車とすれ違った人、特に女性の多くが、クレスを指差しては黄色い声を上げていた。そのついででラース達もじろじろ見られ、中には妬んで陰口を叩く人もおり、ラースとあかねにとっては不愉快極まりなかった。
「アンタ、城に着くまででいいから這いつくばっていてくれない?」
「僕も不本意だってことを理解してほしいな!」
あかねの不満に、クレスはそう突っ込むことしかできなかった。
アルテリア帝国の中心へ向かうにつれ、次第に人混みも少なくなっていった。観光客も多いアルテリア帝国も、城の近くに来ることはほとんどないらしい。アルテリア帝国に来てから、ずっと人の視線が煩わしかったので、ラースとあかねはとても快適に思えた。
坂道を上がり切ったところで、ラースは馬車の窓から顔を出した。見上げた先に、水堀に囲まれた、巨大で立派なアルテリア城がそびえ立っている。赤の国旗を掲げたてっぺんの塔が、空の雲を突き抜けてしまうのではないかと思えるほどだ。そして辺りを見渡すと、先程まで通ってきた城下町の全貌が見えた。城からアルテリア帝国を見渡せたらどれほど楽しいことだろうと、ラースは想像した。
「では、我々は馬車を小屋に戻してくるであります!」
ラース達を馬車から降ろすなり、ビックスとウェッジはそう言って、城の裏へと続く脇道に向かっていった。
「先に国王に会いに行こう。みんな、僕について来て」
クレスの呼び掛けに対し、ラースとセラはこくりとうなずいた。アーチ状の石橋を渡り、ラース達は大きな樫の木の門へと向かった。
「クレス殿! お疲れ様でございます!」
門の前に二人の見張り兵がいたが、クレスの姿を目にするなり、この二人も例のように深々と頭を下げた。きまりが悪そうな顔をしながら、クレスは見張り兵二人に尋ねた。
「クロム国王にお会いしたい。今、国王がどこにおられるか分かるか?」
「先程、私達も城の中にいたのですが、国王の姿は一階と二階でお見えになっておりません。おそらくは、四階の居室から離れていないかと思われます」
「ありがとう。僕もそこに行ってみることにするよ」
クレスの言葉に再び頭を下げ、兵二人が門を開けようとしたときだった。
「いや、その必要はない。私はここにいる」
門の向こうから、男の声が聞こえた。クレスがすぐに頭を下げて敬意を示したのを見て、今の声はアルテリア国王のものなんだとラース達は察した。
見張りの兵二人が慌てて門を開くと、アルテリア国王が姿を見せた。背中まで伸びた銀髪で、前髪はくせで少しはねている。カダルナ港へ向かうときにクレスが着ていた騎士の服と、真紅のマントを身に着けており、頭にはルビーの宝石で輝く冠を被っていた。コナン帝国のアルマン国王のように老けた容姿でなく、丁度キルバードと同じくらい若い男であることが、ラースは意外に思えた。
「クロム国王。ラース・オルディオとその一行を連れて、サウスより只今戻りました!」
頭を下げたまま、クレスは声を張って男に告げた。
「く、クレス殿! 国王が一階におられたと気付かず……申し訳ありませんでした!」
クレスよりも深く頭を下げて見張りの兵達が謝るも、それをクロムと呼ばれた男が手で止めた。
「気に病む必要はない。私は確かに、先程まで自分の部屋にいたのだ。君達は嘘を言ってなどいない」
ではなぜここに……とクレスは疑問に思ったが、クレスが尋ねるより先に、クロム国王が答えた。
「部屋から外を眺めていたときに、ここへ向かってくる馬車が見えたのでな。クレス達が戻って来たと思い、急ぎ降りてきたのだ」
クロム国王がわざわざ気を遣ってくれたことを知り、クレスのみならず、ラースとセラも恐縮してしまった。
「こ、国王様。お手数おかけして……」
「それを言うなら御足労をかけて、だっつの」
頭を下げながら、ラースはセラの言葉遣いを咎めた。
「ここで話すのもなんだから、入りなさい」
優しい言葉をかけながら、クロム国王はラース達を城の玄関ホールへと招き入れた。
アルテリア帝国の城内はさすがとしか言いようがなかった。どこまで続くか分からない天井に、合唱団のコンサートが開けるのではないかと思えるほどの、広々とした空間。壁には淑やかなブラケットと絵画が並べられ、辺りを見渡せば、これまで見たことのない異国の花々が出迎えてくれている。そう何度も比べるものではないが、コナン帝国のそれとは別格だなと、ラースは思ってしまった。
紅いカーペットの上を少し歩けば、玄関ホールの中央に建てられた、大きな噴水彫刻が目に飛び込んだ。クロム国王と同じ格好をした青年に肩を抱かれながら、優雅なドレスを着た少女が、手にしている壺で清らかな水をぽとぽとと注いでいる。クレスやクロム国王はもう見慣れた様子だったが、ラースとセラ、そしてあかねも、この綺麗な彫刻にしばらく目を奪われてしまった。
「みんな、行くよ。国王様を待たせるわけにもいかない」
クレスの呼び声で我に返り、三人はクロム国王とクレスの後を追った。
大理石の階段を上がり、カーペットの敷かれた踊り場を横切り、雅やかなシャンデリアで照らされた廊下を右へ左へと迷路のように進んでいった。経路を覚えてみようかとラースは考えていたが、やっとの思いで四階に辿り着いたところで、すぐに覚えるのは無理だと断念した。城から出るときも、必ずクレスに付き添ってもらうようにしなければと、ラースは自分に言い聞かせた。
「着いたよ。長く歩かせてしまってすまなかった」
ラース達の緊張をほぐすように、クロム国王が優しい声で言った。クロムが指で示した先にラース達が目を向けると、そこには蔦のような紋章の入った両開きの扉があった。
「ジュードもこの中で待ってくれている……」
そう呟きながら、クロム国王は扉を押し開け、ラース達を連れて中へと入った。部屋の左右には、政治や地理に関する書物がぎゅうぎゅうに詰められた本棚があり、向かいには、羽根ペンと山のような書類が置かれたデスクと、王様に相応しい立派な椅子が並べられていた。奥の壁には大きめの窓があり、そこからアルテリア帝国の外観を一望できるようだった。
ふと、その窓から一人の騎士が外を眺めていることに気付き、ラースはその人物に注目した。同時に、クロム国王が戻って来たことに気付いたのか、その人物もラース達の方を振り向いた。
この男がアルテリア帝国騎士団長なのかと思いながら、ラースはこちらに振り返った人物をじろじろと見つめた。その人物は、十五年前のもう一人の英雄であるキルバードとは正反対に、とても厳格な雰囲気を持った男だった。茶色のミディアムヘアーで、前髪は斜めに垂れている。騎士団長らしい勇壮なデザインをした鎧を身にまとい、クロム国王と同じ紅いマントを羽織っていた。
「……戻って来たか、クレス。ご苦労だったな」
騎士団長の労いの言葉を受けて、クレスは胸に手を当てて頭を下げながら言った。
「とんでもない……。ジュード騎士団長、ご配慮くださり感謝致します」
その言葉を聞いて、ラースはコナン帝国でクレスが話していたことを思い出した。バルドロス帝国に信を置いていなかったからとはいえ、見ず知らずの庶民である自分のために、アルテリア帝国騎士団長は兄弟であるクレスを向かわせてくれたのだ。
「悪いが、我々には時間がない……。早速本題に入ろう」
居間のデスクへと向かい、クロム国王は椅子に腰を下ろして言った。
「クレス、そしてラース。ネムヘブルでのバルドロス兵との事件について、ありのままのことを教えてくれないか」
クレスは力強くうなずき、口を開いた。
「ネムヘブルで、ラースがバルドロス帝国の騎士に盾突き、暴行を加えた……そのことは事実でした。ですが、それには理由があったのです」
「理由、とは?」
ジュード騎士団長が尋ねた。クレスがラースに目配せをしたので、ラースはクレスに続いて答えた。
「俺の隣にいる、このセラ・マリノアっていう少女を拉致しようとしていたんです。こいつは罪人だから捕まえなければならないって、あからさまな嘘をでっちあげて。だから、それをネムヘブルに住む男と協力して阻止したんです」
ラースの言葉を、クロム国王とジュード騎士団長は険しい顔つきのまま傾聴した。
「今、バルドロス帝国の連中が俺を指名手配しているのは、それっぽい理由をつけて、セラを自分達の手中に収めようとしているからなんだと思う。またバルドロス兵が襲ってくるかもしれないことを考えたら、セラは俺に頼るしかないだろうからな」
「……ラース、言葉遣いが悪くなっているよ」
クレスは冷や汗をかきながら、クロム達に聞こえないよう小声で咎めたが、ラースはお構いなしに言った。
「なぜ、奴らがセラを捕えようとしていたのかは分からない。けど、アルテリア帝国にも黙って捕らえようとしたってことは、それなりの理由が――セラ自身に何か大きな秘密が隠されているってことなんだ。セラは、その秘密が何なのか知りたくて、ネムヘブルからここまで来たんだ」
「そうか……なるほどな」
クロム国王は重いため息をついた。
「この、あかねっていうニンジャもだ」
ラースはあかねを指差しながら続けた。
「あかねは、姉や仲間のニンジャ達全員をバルドロス帝国に連れ去られて、ずっと独りのままなんだ。仲間のニンジャ達を救い出すために、こいつもバルドロス帝国に立ち向かおうとしている」
ジュード騎士団長は腕を組みながら言った。
「セラ・マリノアの件と、ニンジャの件……。それらだけでも、バルドロス帝国が何かを企んでいることは確かだな」
「それだけではありません」
付け加えるように、クレスは話し出した。
「今朝、サウスのカダルナ港で、犬に酷似した模倣品が人々を襲撃する事件がありました。逃亡の際、自分は今やバルドロス帝国の一味だと、犯人は言っていた……。おそらくは、また同じような事件を繰り返そうとしているのではないかと思われます」
「昼間の号外にあった事件だな。下手すれば戦争にもなりかねないことだ、あの連中なら……」
眉間にしわを寄せながら、クロム国王は呟いた。
「クロム国王、ジュード騎士団長。セラの秘密を探るのと、あかねの仲間を救出するのに協力してくれないか?」
真剣な表情で、ラースは二人に言った。あまりにも荒いラースの言葉遣いに、クレスは青ざめながら固唾を呑んだ。
「我々も、同じことを考えていたところだ」
クロム国王は、ラース達に力強くうなずいてみせた。
「バルドロス帝国は今、良からぬことを企てている。それを分かっていて、このまま野放しにするわけにはいかない」
ラースは顔を綻ばせ、セラは安堵の表情を浮かべながら「ありがとうございます!」と一礼した。クレスも、別の意味でほっと胸を撫で下ろした。
「お前も礼を言ったらどうなんだ? あかね」
ラースにそう言われ、あかねはばつの悪そうな顔をした。これまでのあかねならば絶対に反抗的な態度を見せただろうが、あかねに何か心の変化があったのか、頬を赤らめながら「あ、ありがと」と二人に小さく礼を言った。
「あ。あとお前に一つ確認したかったんだけどよ」
思い出したように顔を上げてから、ラースは続けてあかねに言った。
「な、何だよ。仲間が連れ去られたときのことなら、アンタに直接話す気はないからな!」
向きになってあかねが怒鳴ったが、それに対しラースは首を振った。
「そうじゃなくて。お前がノアールで盗みまくってたっていう軍資金の話だよ」
「え。あ、あたしのお金……?」
「そう。仲間を助けるためにって言ってたけど、結局何に使うつもりだったのか、聞いてないからな」
「え、ええと……」
あかねは口ごもりながら言った。
「その……丸腰で行くよりかはいいかなって」
「答えになってねーぞ。まさか何も考えていなかったってわけじゃないよな?」
「違うってば! 例えばこれ……」
そう言って、あかねはウエストポーチから数枚の紙を取り出し、ラースに渡した。
「爆弾製造マニュアル?」
紙に書いてあった題目を口でなぞりながら、ラースは眉間にしわを寄せた。ざっと読んでみると、その紙には題目通り、小汚い字でありながら、爆弾を作る手順が細かく記されていた。
「あきらっていう、あたしの仲間の一人が書いたやつなんだけど。これの素材を取り扱っている闇商人がアルテリア帝国にいるって、前にあきらから聞いたことがあったから……。お金を集めて、爆弾の素材をいくつか揃えようと思って……」
ラースは一つ大きなため息をついた。
「それで金を盗んでいたってのか? その闇商人ってのがどこにいるのか分からない状態で? 馬鹿だな、お前」
「う、うるさい!」
ラースの言葉に怒りを露わにするあかねだったが、ラースはそれを無視しながら、クレスに言った。
「兄貴。アルテリア帝国の城下町にそういう商人がいるか、分からねーかな?」
クレスは口元を綻ばせてみせた。
「手の空いている者に、その商人がどこにいるのか調べるよう、頼んでみるよ」
そう言って、クレスはクロム国王とジュード騎士団長に一礼した後、駆け足で部屋から出ていった。
「ラースさんも、根は凄くいい人なんですよ」
ぽかんとするあかねに対し、セラは近寄ってそう耳打ちした。
「……そうなんだろうけど、あたしは嫌い」
むすっとした顔でそっぽを向きながら、あかねはセラに言った。セラはくすりと笑ってしまった。
「それで、あかねよ。仮に爆弾をいくつか作ったとして、その爆弾をどのように使うつもりなのだ?」
机に肘をつき、顔の近くで指を組みながら尋ねるクロム国王に対し、今度は自信満々にあかねが答えた。
「そんなの決まってんじゃん! バルドロス帝国の騎士達にボッカーンと!」
予想通りの答えだとばかりに首を振りながら、クロム国王は言った。
「『あの』戦争当時、バルドロス帝国騎士団は千人以上もの兵がいたと聞く。津波のようにバルドロス兵が押し寄せてくるのを、爆弾数個で止められると思うか?」
確かにそうだとラース達は納得し、あかねは返答できずに顔中を汗だらけにした。
「爆弾だけでバルドロス帝国騎士団に打ち勝つのは無謀だろうな」
指をあごに当てながら、ジュード騎士団長は呟いた。
「だが……その爆弾を利用して、事件に見立てることは可能だろう」
「……どういうことなんでしょう?」
ジュード騎士団長の言葉の意味が分からず、セラは首を傾げた。ラースもすぐに理解できなかったが、少しして、ジュード騎士団長の意図に気が付いた。
「そうか……『帝国平和条約』か」
クロム国王は、にこりと笑ってみせた。
「その通りだ、ラース。帝国平和条約の条文にはこうある……『事件が発生した際、緊急時に限り、二大帝国双方とも、互いに騎士団が介入することを妨げてはならない』。最初に誰かがバルドロス城内で爆発を起こし、それを緊急の事件と見立てれば、法に則った形でバルドロス城に乗り込むことができるだろう。そうすれば、アルテリア帝国騎士団を救援に向かわせることも可能だ」
「そうしてくれると助かるよ、クロム国王」
よく分からないまま頭にはてなマークを浮かべているセラとあかねをよそに、ラースは顔を綻ばせながら礼を言った。
「だが……」
途端、クロム国王が難しそうな顔をして言った。
「そのためには、バルドロス兵に気付かれることなく、誰かがバルドロス城で爆発を起こす必要がある」
ラースも腕を組みながら呟いた。
「そうだな……。俺も喧嘩は得意だけど、スパイみたいなことは今までやったことがないからな……」
「アルテリア帝国騎士団がその役目を担うのもいいが、敵国の本拠地に向かって、必ず見つからないという保証はほぼないだろう……」
誰がバルドロス城に忍び込むのが適任なのか思いつかず、ラース、クロム国王、そしてジュード騎士団長の三人は頭を抱えた。会話が途切れてしまったのを見かねて、あかねはラース達に言った。
「……ねえ。バルドロス帝国の連中に見つからないように、爆弾を爆発させればいいんでしょ?」
あかねは胸にドンと拳を当て、自信ありげに言った。
「だったら、あたしが一番適任だよ。ニンジャは『忍ぶ者』って書いてニンジャなんだから」
ラースは疑念の目であかねを見つめた。
「そう言ってくれるのはありがたいが……大丈夫なのか? ドジだから失敗しないか不安だ……」
「お前はさっきから余計な一言が多いんだよ!」
あかねが憤怒しながらラースの足をげしげしと蹴り出し、さすがのラースも「わ、悪かったって」と反省した。
「あかね。上手く爆発を成功させたとしても、それからバルドロス帝国の騎士達に狙われてしまうのは避けられないです。本当に、大丈夫なんですか?」
心から心配するセラに対し、あかねは決然たる顔で言った。
「大丈夫だよ、セラ。それに、あたしを助けてくれた皆を、これ以上待たせるわけにもいかないから」
「……本当にいいのか?」
再度尋ねるラースに対し、あかねは眉間にしわを寄せながら言った。
「くどいって。何て言われても、絶対にあたしが行くって決めたから」
しばらく黙っていたクロム国王が、椅子から立ち上がり、ラース達に言った。
「いいだろう。ならばあかねよ、バルドロス城内での爆撃は、君に全てを任せることとしよう。爆撃に成功したら、ラース、君は我々アルテリア帝国騎士団と共に、ニンジャの救出に向かってもらう」
「それと一緒に、親玉の頬っ面をぶん殴ってくればいいんだな?」
ニッと笑いながら言うラースに対し、クロム国王は含み笑いを浮かべて「よろしく頼む」と答えた。
「……セラ・マリノア。君もバルドロス城に行くつもりなのか?」
途端、ジュード騎士団長が懸念の色を浮かべながら尋ねた。
「今回、我々は敵の本拠地に乗り込む。故に、バルドロス帝国騎士団全軍と対峙することになると言っても過言ではないだろう。下手をすれば、自らの命を落としかねないぞ」
セラは恐怖に飲まれて青ざめたが、それを振り払うように首を振り、ジュード騎士団長に言った。
「これは私自身のことでもあるんです。それに私だって、決して皆さんの力になれないわけではありませんから」
「しかし……」
ジュード騎士団長は言葉を返そうとしたが、セラの覚悟を決めた目に気圧され、仕方ないと説得するのを諦めた。
「いいだろうセラ。君の意志を尊重しよう」
椅子から立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべながらクロム国王が言った。
「闇商人とやらにコンタクトが取れるまで、君達はこの城の中で羽を伸ばすといい。直にディナーの時間だから、君達は騎士の者達がいる二階の大広間へ向かいなさい」
ラースはうなずこうとしたが、ふとあることを思い出し、それを止めた。
「……ラースよ。どうかしたのか?」
様子がおかしいことにいち早く気付き、クロム国王はラースに尋ねた。
「……親父のことが気になって」
乾いた笑みを浮かべながら、ラースは答えた。
「兄貴からは十五年前の戦争で死んじまったって聞いている。今まで一度も会ったことのない親父だけど……せっかくここに来たんだから、一言だけでも挨拶しておきたくて」
ノアールでの会話を思い出したのか、ラースの言葉を聞き、セラは思わず息を呑んだ。クロム国王も一瞬目を丸くし、そしてちらとジュード騎士団長に目を向けた。
「……『あの』戦争で亡くなった者達の墓碑は、城の裏庭に建てられている。近くの騎士に頼み、案内してもらうといい」
ジュード騎士団長は、視線を落としながらラースに言った。
「ありがとう……いや、ありがとうございます」
ラースは二人に頭を下げて礼を言った。
「それじゃあ、俺はこれで……。セラ、あかね。お前達二人は先に二階へ行っててくれ」
そうセラ達に伝えると、ラースは再びクロム国王達に一礼し、足早に部屋から出ていってしまった。
「ラースさん、大丈夫かな……」
心配そうに呟くセラを見かねて、あかねがセラの横腹を肘で小突きながら言った。
「気持ちは分かるけどさ、アイツも先に行ってくれって言ってたし、放っておいた方がいいんじゃない? あたし達がいちいち首を突っ込む必要はないって」
「それはそうなんですけど……」
セラは気が気でない様子だったが、クロム国王の重いため息でふと我に返った。
「……あぁ、すまない」
変にため息をついたことを詫びた後、クロム国王は言った。
「君達を二階の大広間へ案内しよう。誰か、そこに手の空いている者はいないか――」
その後、クロム国王が呼び止めた見張り兵に案内され、セラ達は迷路のような廊下を歩いていった。二階の大広間に着くまでの間、アルテリア城の夕食はどんな料理が出るのか――きっと豪華なものに違いない――けど騎士団の食事と同じならば、そこまで期待はできないかも――そんなたわいないことを二人は話していた。
しかし、三階に辿り着いた頃には、二人の会話もすっかり少なくなってしまった。首を突っ込んでも仕方がないと話したとはいえ、それでも先程のラースの言葉が気になってしまったからだ。
例え何があったのかを尋ねたとしても、『あの』戦争があった十五年前のことだから、ラースも快く話してくれるはずがないことは分かっている。だが、セラにとってもあかねにとっても、ラースのあんなに物憂げな表情を見るのは初めてだったのだ。
「あたし達がいちいち首を突っ込んでも仕方ない……」
気まずそうにそっぽを向きながら、あかねは呟いた。
「でも……あいつの過去に何があったのか、いつかは聞いてみたいよね」
あかねの言葉に、セラは無言のままこくりとうなずいた。今は無理でも、もし機会があればラースに思い切って尋ねてみようと、二人は心の中で思った。
よろしければ、ブックマーク、ご感想、ご評価及び外部ランキングサイトへのご投票をお願いします。




