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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第三章 懐かしい顔との再会
17/66

「何年ぶりになるんだっけか?」


 右手に握ったままの剣をしまいながら、ラースは男に尋ねる。


「七年ぶりになるんじゃないかな」


 あごに指を当てて思い返しながら、男が答える。


「もう七年か……それでも全然変わってねーよな、兄貴」


 ため息混じりにそう言うと、男は穏やかな笑みを浮かべながら、「お前もね、ラース」と言葉を返した。


「……ちょっと待って。あたし、まだアンタのこと知らないんだけど」


 あかねが男に指を差しながら言うので、ラースが答えようとすると、それよりも早く部下の騎士が説明を始めた。


「私めがご説明しましょう! このお方こそ、アルテリア帝国騎士団『三番隊隊長』、クレス・オルディオ殿であります!」


 紹介を聞き、クレスという名の男は、少し迷惑そうに「肩書なんていらないのに……」とぼやいていた。

 それでも、凄いものは凄いと、ラースは感心してしまう。『三番隊隊長』をトップから三番目とそのまま解釈するなら、それは相当な出世だ。


「そして私は、アルテリア帝国騎士団三番隊の隊員であるビックスでありますっ!」

「同じく、三番隊隊員、ウェッジなのですっ!」


 クレスの紹介を終えると、騎士二人は次に、ラースに向かって敬礼をしながら、自己紹介をした。


「ラース殿、まさか貴方がクレス隊長の弟君であるとは知らず……ご無礼をお許しくださいなのです!」


 先程と打って変わり、腰を直角に曲げて謝罪する騎士二人に、ラースは面食らってしまう。


「お前ら、いいのか? ああは言ったが、騎士に歯向かったってのは事実なんだぜ?」


 ラースが訊くと、騎士の一人であるビックスが、胸を張って自信たっぷりに断言した。


「クレス殿の弟君なのでしょう? ならば、悪い人であるわけがないであります!」


 ――あぁ、それでいいのか、お前ら。


「……それで、そちらの方は?」


 ラースが騎士二人に呆れていたところ、クレスがセラ達のことを尋ねてきたので、ラースは一人ひとりに指を差して紹介した。


「こっちが、セラ・マリノア。で、こっちのちっこいのが、あかねっていう……」

「ちっこいって言うな!」


 あかねにげしげしと足を蹴られながらも、ラースは紹介を続ける。


「ど……どっちも、それぞれ訳があって旅をしているんだ……。特にセラの方は、後で兄貴にも詳しく話すよ」


 二人の掛け合いを見てくすくす笑いながら、クレスはうなずいた。


「頼むよ。お前の旅の理由も、訊いてみたいしね」

「そんな、大したもんじゃ……」


 ラースは困った表情を浮かべた。


「初めまして、クレスさん。……あの、私達はもう、疑われずに済むんでしょうか?」


 おずおずと尋ねるセラに対し、クレスは穏やかに笑ってみせた。


「大丈夫だよ。僕達は、あなた達二人の言葉を信用している」

「よ、よかったぁ! では……」


 ほっとセラが安堵すると、クレスは待てと言わんばかりに手を前に突き出した。


「……僕らだけではまだ不十分なんだ」

「えっ……ど、どうしてですか?」


 セラの問いに対し、クレスは真剣な表情のままうなずくと、次にラースに目を向けて話した。


「ラース。お前は今、罪人として指名手配を受けていることになっている」


 クレスの言葉に、ラースは目を丸くする。


「これが、その手配書であります!」


 事実を裏付けるため、部下の一人であるビックスは一枚の紙を取り出し、それをラースに渡した。

 紙を受け取り、すぐにその内容に目を通してみる。




 ラース・オルディオ

 ネムヘブルにて任務を行おうとしたところ、ラースという名の男に妨害され、手傷を負ったと、バルドロス帝国騎士団より報告があった。男は依然逃走中とのこと。

 なお、男は剣を所持しているので、縄を掛ける際は厳重に警戒すべし。




 ご丁寧に似顔絵まで描かれていて、ここまで繊密な手配書を見せられたら、ラースもクレス達の言葉を信じるしかなかった。


「そして、騎士の任を行うにあたって、そのことはコナン帝国の国王に取り次ぐ必要があったんだ」


 ラースが手配書を読み終えたところで、クレスが説明を続ける。


「つまり、ラースの疑いを完全に晴らすには……」


 クレスが言い切る前に、ラースは当ててみせた。


「コナン帝国の王様に事情を話さなければならない、か……」

「その通りだよ。……だから、ラース。お前は今から、僕と一緒に王城に来てもらうよ。いいね?」

「もちろんだ、兄貴」


 クレスの言葉に、ラースは大きくうなずいてみせた。ラースの快い了承を聞き、クレスは安堵の表情を浮かべる。


「それじゃあ、ビックス、ウェッジ。君達は先に、ラムおばさんの宿屋の予約を六人分、取っておいてくれ」


 クレスが部下にそう命令すると、今度は柔和な笑顔をラースに向けて言った。


「ラース達も、宿屋を探しているんだろう? 今日はラムおばさんの所で一宿するといいよ」


 それを聞き、ラースとセラは目を輝かせた。


「おお……! そう言ってくれると助かるぜ、兄貴!」

「ぜひ、お願いします! クレスさん!」


 二人の言葉に対し、クレスはにこりと笑いながらうなずいた。


「セラさん達を宿屋に案内してくれ。後で、僕達もそっちに向かうよ」


 部下二人に兜を預けてそう言うと、クレスは「行こう」とラースに呼びかけ、先に歩き始めた。ラースも慌てて、クレスの後に続く。


「承知いたしました、隊長ォ!」


 部下二人の、王宮へ向かうクレス達の背中に向けられた大声が、辺りに響き渡った。




 商店が立ち並ぶ大通りを過ぎると、ラースが先程目を向けた十字路に差しかかった。ラースが予想していた通り、この十字路を曲がった先に宿屋や酒場があるんだとクレスが教えてくれたので、セラ達もそっちを通るんだろうなと、ラースは想像した。

 王城は、十字路をさらにまっすぐ歩いた先にあるという。二人は歩を進ませた。そこからは店も一切並んでおらず、辺りには芝生のみが広がっていた。しばらく、静かな道を進んだ。


「ラース、どうかしたのか?」


 不安げな表情を浮かべていたラースを見かね、クレスは尋ねた。ラースは返答するのを少しためらったが、それよりも早く、クレスはラースの心境を言い当てた。


「王様が話を聞き入れてくださるか、心配なのか?」


 顔を曇らせたまま、ラースはうなずいた。


「さっきも言ったが、手配書に書いてあったことも、大方は事実なんだぜ? そう簡単に首を縦に振ってくれるとは思えなくてな……」


 ため息混じりに言うラースに対し、クレスは穏やかに微笑んでみせた。


「大丈夫だよ、ラース。アルマン国王は寛容なお方だ。ラースの言い分もちゃんと聞いてくれる」

「……だといいんだがな」


 クレスの言葉を聞いて、正直それでも不安は完全に消え去らなかったのだが、ラースはこれ以上気に掛けるのは止そうと思った。何より、クレスの言うことは信用できた。


「もうすぐだよラース。城が見えてきた」


 顔を上げてみると、壮大な城が目に入った。立派な城だとラースは思った。帝国の中では一番小さい方だとクレスは説明したが、それでも大きいことに変わりはなかった。

 外観を見る限りでは、城は六面体の大部屋が縦に二つ重なった構造のようで、屋根の上では、黄色い旗が風ではためいていた。道に沿って進んでいくと、自分達より何倍も高い玄関扉の前に到達した。

 扉の両脇には、クレスの部下達と同じ甲冑を着けた騎士二人が立っていた。


「クレス殿、お疲れ様です!」


 その二人もまた、クレスに対して敬意を表した。


「国王様にお会いしたい。扉を開けてくれないか」


 クレスがそう頼むと、騎士二人は了承し、扉を開けてくれた。

 王宮内を初めて目にし、ラースの口から思わずため息が漏れた。煌びやかな光景だった。広々とした天井には、見るからに高級そうなシャンデリアがいくつも吊るされていて、石壁には、これまた高価そうな黄金色のランプが並ぶ。ゴンガノやリバームルの暮らしに慣れたからか、ここの雰囲気はどうも馴染みそうにないなとラースは思った。

 左右には、おそらく厨房などがあるのだろう、いくつもの小部屋の扉があり、使用人やメイドなどがそれらの扉を出入りしている。床には鮮やかな黄色ののカーペットが敷かれていて、カーペットの道は二階に続く階段へと繋がっていた。クレスに導かれてカーペットの上を進むと、階段の手前で、先程とは別の騎士が、行く手を遮るように立っているのが見えた。


「クレス殿、国王様との対面をご所望ですか?」


 クレスがうなずくと、この騎士もまた、すぐに道を開けてしまった。

 皆、クレスの要求に素直に従ってくれる。これも三番隊の力なのか――。スゲェなと心の中で呟きながら、ラースはクレスに続いて階段を上った。


「ここにいる騎士って、もしかして全員、アルテリア帝国の騎士なのか?」


 足を止めることなく、ラースはクレスに尋ねた。騎士達がビックス、ウェッジと同じ鎧を着ていたことと、クレスに対して敬意を示していたことから、何となく想像がついた。


「そうだね。今はアルテリア帝国騎士団が、コナン帝国での務めに当たっている」


 クレスは振り返ってから答えた。


「今はってことは、ずっとここで務めてるわけじゃないんだな」

「うん。アルテリア帝国の他に、バルドロス帝国騎士団もあるからね」


 クレスが一旦足を止めて、ラースの横に並びながら説明を続ける。


「騎士団の任務は、二大帝国の君主同士が話し合って決めるんだ。どちらの騎士団が、どこで、どのくらいの期間務めるのかというのは、王達の議決に委ねられる。騎士団は、その王命に従うんだ。僕なんかも、よくノースやサウスに出入りしているよ」


 初めて知ったことで、ラースは「へぇ」と声を発した。

 この世界で、騎士団はイーストにあるアルテリア帝国とバルドロス帝国の二大帝国にしか存在しない。世界各地に出向かなければならないとなると、クレスの多忙さも相当なものだと窺える。


「……今回、僕がサウスに来たのは、ラース、お前の行方を追うためだったんだ」


 階段の踊り場を曲がりながら、クレスは言った。


「バルドロス帝国から援助を要請された。ラースという名の者に任務を妨害された、罪人の捕縛に協力してほしいって」

「それで……援助を引き受けたのか?」

「断る口実が無いから……でも、僕はそれを鵜呑みにはしなかったよ。そして、それは騎士団長様も同じだった。だから騎士団長様は、ラースの捜索に家族である僕を指名してくださった。団長も、ラースのことを信じてくださったんだよ」

「そう、なのか……」


 それが本当ならば、アルテリア帝国騎士団長にも感謝しなければとラースは思った。もしクレス以外の誰かが来ていたなら、衝突は免れなかっただろう。

 しかしである。クレスはともかく、アルテリア帝国騎士団長とラースは赤の他人だ。疑うのが普通なのに……信じてくれたのは何故だ? それ相応の理由があるのだろうか?

 気になって、ラースはクレスに問い詰めた。


「だが兄貴。その騎士団長さんは、俺のことなんて知らないはずだろ? 普通、あの部下二人みたいに、問答無用で捕らえようと考えるはずだ。すんなりと俺のことを信じてくれるなんて、おかしいと思わないか?」

「それは……」


 クレスは返答をためらった。しばらく黙った後、クレスはまた口を開いた。


「……ごめん、ラース。今はそれを詳しく話すことが出来ない。後で、二人っきりになったときにでも話すから、それまで待っていてくれないか」

「あ、あぁ……」


 申し訳なさそうに言うクレスに、ラースも首を縦に振ることしか出来なかった。


「そろそろ、王様にお目にかかるよ。失礼のないようにね」


 視線を前に向けると、部屋の全貌が少しずつ見えてきた。階段にも敷かれていたカーペットは、王座の前で途切れていた。王座には、赤いローブを着た人物が座っていた。

 ふっくらとしていて、ふさふさの白いひげに口が見え隠れしている。頭に被られた王冠は、トパーズの宝石で輝いていた。あれがアルマン国王かとラースはすぐに察知した。


「アルテリア帝国騎士団三番隊隊長、クレス・オルディオ、ただいま戻りました!」


 クレスが声を張り上げると、アルマン国王は「おぉ、よくぞ戻った!」と喜んで迎えてくれた。


「ラース、ついて来て」


 クレスが横目で招いたので、ラースは言われた通りクレスの後に続いて、王座へ向って行った。

 二階は、下にあった小部屋がない分、ただでさえ広かった一階よりも広く感じた。天井のシャンデリアはいくつも吊るされておらず、代わりに、一灯の巨大でより豪華なそれが、部屋全体を隅々まで照らしていた。


 王座の前に到達し、クレスはそこで片膝をついて忠誠を示した。ラースも同じように、立ったままお辞儀をした。その際、王座の真後ろの壁に交差して掛けられた、二本の黄色い旗が目に入った。

 この世界にある四つの帝国は、それぞれ赤、青、黄、緑で色分けされているという話を聞いたことがある。アルテリア帝国が赤、バルドロス帝国が緑、ノースのウィザブール帝国は青、そしてここ……コナン帝国は黄色。王冠に付いたトパーズの宝石も、きっと同じ理由でなのだろう。


「アルマン国王。今朝申し上げた、ネムへブルでの一件について、お聞き願いたいことがあります」


 ……わざわざ言う必要のないことではあったが。クレスが人を一人引き連れている時点で、報告の内容は明らかだった。


「むぅ……そうか。お主が、ラース・オルディオなのだな」


 王座からラースを見下ろしながら、アルマン国王は唸った。


「国王。手配書に書いてあることは事実ではありましたが、理由があったのです。バルドロス帝国騎士団は、彼らが罪無き者を襲ったことを黙秘していました。ラースはその者を庇うために……」

「よい、よい」


 国王が弁明を聞くことなく、クレスを落ち着かせる。


「心配せずとも、私は其の方を疑ってなどおらんよ。それに……」


 国王は、にっこりと笑ってみせた。


「そなたの弟なのであろう? ならば、悪人であるはずがないではないか!」


 国王の言葉に、クレスはほっと安堵すると、「お心遣いに感謝します、王様」と頭を下げた。

 その一方で、ラースは国王の言葉を聞いて、思わずぽかんと口を開けてしまった。まさか、ビックス達と同じ言葉が、国王の口から出るとは思わなかったのだ。

 騎士達だけではなく、国王のクレスに対する信頼も相当なものであると、ラースは思い知った。


「感謝したいのは私の方だよ、クレスよ。そなたにはいつも世話になっておるからな。こんな形でよければ、その恩返しをさせておくれ。それより……」


 ギシリと音を立てて座り直しながら、国王は言った。


「……バルドロス帝国と、申したな?」


 かたじけなさそうにしていたクレスだったが、国王の言葉を聞き、顔色を変えた。


「はい……その通りです、国王様」


 瞼を閉じ、眉間にしわを寄せながら、クレスは重い口調で答えた。


「そうか……やはり、バルドロス帝国は……」


 国王はむぅ……と大きく唸った。


「クレスよ、十五年前のことは、そなたも既に知っておろう?」


 国王の発言を、傍で聞いていたラースは目を丸くした。言葉の意味は分からずとも、十五年前――『あの頃』のバルドロス帝国には何か裏があったということだけは明白だった。

 国王の言葉に対し、クレスは険しい表情のまま、無言でうなずいた。――間違いない、兄貴は『あの頃』について何か知っているんだ……ラースはそう確信した。


「胸騒ぎがするのだ……。また、同じことが繰り返されるのではないかと……。クレスよ、くれぐれも気を付けるのだぞ……」


 国王の気遣いに、クレスは「心得ます」と一言だけ返し、また深々と頭を下げた。




 * * *




 アルマン国王と別れて王城から外に出ると、日は既に暮れ、辺りはすっかり暗くなっていた。道の両端にある灯火を頼りに、二人は通って来た道を引き返した。


「僕の言った通りだったろう? アルマン国王は寛容なお方だって」


 ラースの疑いが完全に晴れたことを心から喜ぶように、クレスは笑顔でラースに言った。


「あ、あぁ……」


 しかし、一方のラースは笑っておらず、それどころか浮かない顔をしていた。


「……どうかしたのか? ラース」


 逸早く気付いたクレスが、ラースに尋ねる。それに対し、ラースはすぐに返答することなく黙り込んだ。


 ――クレスは、十五年前の戦争の詳細を知っている。ラースはそのことに気付いてから、それが一体何なのか、ずっと気になっていた。

 滑稽な話だが、ラース含め、戦争の被害者である一般民は皆、なぜ戦争が勃発したのか、その原因を知らない。何故無関係の人達を巻き込んだのか、その理由を知らない。

 クレスはイーストに向かう際、「戦争を引き起こした二国の善悪を確かめたい」と言っていた。あれから七年経った今、クレスが十五年前について何かを知っていても、おかしくないはずなのだ。

 しかし、騎士でもない自分が、十五年前のことを深く知ろうとするというのも、変な話である。その考えが、クレスに問い質したいというラースの思いを塞き止めた。

 問い質すか、止めるか……。悩んだ末、少なくとも、今この場で訊く必要はないと判断したラースは、クレスに十五年前について訊くのを止めた。クレスの問いに対し、ラースは「いや」と言って首を横に振り、はぐらかした。


「せっかくのご厚意だってのに、甘えておけばよかったのによ」


 そして、ラースは別の話題を振った。クレスは、それが何のことを指しているのかをすぐに理解した。


「あぁ……アルマン国王のお誘いのことかい?」


 実は、クレスは国王と別れる直前に、国王から王城内で寝泊まりすることを勧められていたのだ。しかし、普通なら喜んで承諾するこの誘いを、クレスは毅然とした態度で、「いつも通り、ラムおばさんの宿に泊まります」と言って、断っていた。


「飯も豪華なものだろうし、一時でもぜいたくな暮らしができるんだぜ?」


 ラースの言葉に対し、クレスは首を横に振った。


「だからこそだよ、ラース。僕はリバームルやゴンガノでの生活に慣れてしまったから。王城に泊まっても、落ち着いて眠れないことは目に見えてる」

「あ……」


 そういえば、王城内で自分も同じことを考えていたじゃないか。我ながら馬鹿なことを言ったなと、ラースはクレスに話題を振ったことを後悔した。


「それに……これを言うと失礼になるかもしれないけど、ラムおばさんの作る料理は庶民的というか、それが僕の口に合うんだ。もちろん味も凄くおいしいし、ラースもきっと気に入るはずだよ」


 クレスは贔屓目なしに正当な判断をする人間であることを、ラースは知っていた。そんな彼が絶賛するのだから、料理も美味なものに違いない……。ラースは期待に胸を膨らませた。


 宿に到着するのに、さほど時間は要さなかった。十字路を右に曲がり、そこから少しだけ進んだ所で、クレスは足を止めた。


「着いたよ、ラース」


 そう言って、クレスは右手に見える建物を指差した。クレスが示したのは、見るからに地味な宿屋だった。横に並ぶ他の店と比べ、みすぼらしい外見がある意味目立つ。ドアに近付いてみると、食欲のそそられる匂いが漂ってきた。


「ラムおばさん、食事の準備をしてくれたんだ――行こう、ラース」


 返事の代わりに、ラースは大きくうなずいた。そして、クレスに促されるまま、ラースは建物の中に入った。

 ドアを開けた際、カランカランとドアベルが鳴った。一体どんな所なのかとラースは気になっていたが、真正面には壁があり、すぐに中を見ることはできなかった。左に、真正面の壁を避けるように伸びた通路があり、中を見るには、まずそこを通らなければならないようだった。


「お客さん、いらっしゃい!」


 通路の方から太い声が聞こえた。同時に、その声に見合った太いおばさんが、エプロンと三角巾を着けた格好で現れた。どうやら、ドアベルの音に気が付いたようだ。

 ラースの姿を見るなり、そのおばさんは目を見張った。


「あらっ、アンタがラースなんだね?」


 関心があるらしく、おばさんは目を輝かせながらラースに近寄った。


「アンタのことは、ビックスとウェッジから聞いたよ! クレスの弟ちゃんなんでしょ、似てるわねぇ~。でも、髪は黒じゃなくて茶色なんだねぇ~!」


 アッハッハと大笑いしながら、おばさんはバンバンとラースの背中を強く叩いた。ラースは瞬時に思った……このオバサンは苦手だ、と。


「またお邪魔します、ラムおばさん」


 隣にいたクレスがそう言うと、おばさんはクレスにも笑顔を向けた。


「遠慮なんかいらないよ! アンタ達ならいつでも大歓迎さ! ほら、上がった上がった!」


 そう言って、ラムおばさんは二人を中に招き入れた。


 ようやく、ラースは宿の中を目にすることができた。中はあまり広くなく、構造もリバームルの宿と同じ二階建てだった。際立って高価な雑貨が一切ないというのも、リバームルの宿と似ていた。

 一階には大きな食卓があり、その上には、ラムおばさんが準備してくれたのであろう、いくつもの料理が並んでいた。ハンバーグ、海鮮サラダ、オムライス、ビーフシチュー、クリームコロッケなどなど……色取り取りだ。

 テーブルの席には、既にビックスとウェッジ、そしてあかねの三人が座っていた。


「クレス殿、ラース殿、お疲れ様であります!」


 ラース達を目にするなり、ビックス達は二人に敬礼した。ここでふと、ラースはあることに気が付き、ビックス達に尋ねた。


「おい、あと一人欠けてねーか? アイツはどこに行ったんだ?」

「あ、セラ殿でしたら、あちらに……」


 そう言って、ウェッジは奥にある厨房を指差した。


「え。ちょっと待て、それってどういう……」


 ラースが問うと、ビックスは鼻の穴を膨らませながら答えた。


「セラ殿が、我々に手料理を振る舞いたいと、申し上げたのであります! ラース殿!」


 絶句――ビックスの返答を聞き、ラースは背筋が凍り付いた。


「お待たせしてすみません!」


 すると、ラースに追い打ちをかけるように、厨房からセラが、エプロンを着た格好で姿を現した。その両手には、人数分の量のミートソーススパゲティが入った器が抱えられている。

 ラースが顔を青ざめていることなど知らずに、セラは早速、一人ひとりの皿にスパゲティを盛り付けていった。スパゲティの見栄えはとてもよく、セラの料理を目にしたラースとラムおばさん以外の四人は、そのおいしそうな仕上がりに「おぉ」と声を発した。


「なかなか上手いもんだろ? あたしも大分手間が省けちゃってさ~」


 ラムおばさんがご機嫌そうに言うのに対し、クレス達はうんうんとうなずいた。しかし、ただ一人、ラースだけは首を横に振った。

 ラースは一度、ネムヘブルでセラが作ったサンドイッチを食したことがある。セラの手料理は見栄えこそ良いのだが、味はその見栄えから想像もつかないほど不味いのだ。

 経験したことがあるからこそ、セラの手料理を食べるのは、薄氷を踏むようなものであることを、ラースは知っていた。先入観に囚われると、痛い目に遭う羽目になる……。


「どうしたの、ラース? 食べないのかい?」


 クレスの呼び掛けで、ラースはようやく我に返った。クレスは既に席についていて、ラースが皆を待たせる形になっていた。背に腹は代えられぬと思い、ラースは渋々空いている席に腰掛けた。


 セラの用意してくれた料理に目を向ける……艶やかな麺に、とろみのついたミートソースがかかった、美味しそうなスパゲティがそこにある。見ている内に、ラースの中で、セラの作ったスパゲティに対する期待がじわりじわりと湧いて出た。

 もしかしたら……サンドイッチが失敗していたのはたまたまで、いつもは料理を上手に作れるのかもしれない。一度食べただけで、セラの作る料理全てが不味いとは言い切れないはずだ。


「それじゃあ、皆さん! どうぞ召し上がってください!」


 セラの一声で、一同は手を合わせた。そして、フォークでスパゲティをくるくると巻き取り、一斉に口に運んだ。それに続いて、ラースもセラのスパゲティを口にした。

 今思えばである。ラースはネムヘブルで朝食を食べて以来、日が跨ぐまでの間、何も食べていなかった。どんなに味の悪いものであれ、料理を目の前にして、ラースも冷静な判断がつかなくなっていたのかもしれない。

 例えるなら、何匹ものハリガネムシが、口内でうねうねとのたうち回っているかのような……この世のものとは思えない味と食感がラースを襲う。


「ぶほぉあッ!」


 ラースとビックス、ウェッジが吐き出したのは、全く同じタイミングだった。


「なっ……なんてものを食わせるのだっ!」


 ラースがグロッキーになっている一方で、ウェッジはスパゲティを吐き出すなり、セラに怒声を飛ばした。セラに悪気があるわけではない……しかし、殺人的な不味さの料理を食べさせられては、ビックス達も嫌悪感を抱かざるを得なかった。

 ようやく意識を取り戻したラースは、他二人の様子も窺ってみた。あかねはというと、白目を向きながらカニのように泡を吹いている。そしてクレスは……。


「……隊長?」


 ビックス達も、クレスの異変に気付いた。クレスは机に突っ伏したまま微動だにしない……失神している。


「たっ……隊長! 隊長ーッ!」


 ビックスが激しく揺すり、大声で呼びかけるも、クレスが目を覚ますことはなかった。

 ラースは最後に、事態を引き起こした張本人であるセラに目を向けた。セラは、自分の料理を食べたラース達の反応にショックを受けているようだった。

 以前、ラースが料理を作ってもらったとき、セラは「料理には自信がある」と言っていた。おそらく、ラース含め、セラの料理を食べた人は皆、セラは料理が下手だと、今まで直接口にしなかったのだろう。その付けが回って来たのだと言わざるを得ない。


「まったく……料理が下手なのなら、名乗り出ないでほしいのです!」


 そんなことなど知るはずもないウェッジが、セラに再度怒声を浴びせた。申し訳ない気持ち以上に、自分は料理が下手だったという衝撃が大きく、セラは自分に向けられた怒声に気付くのが遅れた。


「ご……ごめ……」


 ショックのあまり、セラは声を呑む。両目からも、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 掠れた声で「ごめんなさい」と何度も謝りながら、セラは逃げるように宿屋を飛び出してしまった。


 急にセラがいなくなったことにより、その場は水を打ったかのようにしーんと静まり返った。

 ラース達が呆然としている中、ラムおばさんがテーブルに歩み寄り、スパゲティが入った器を手に取る。そして、その中から麺を一本(すく)い取り、それを口に入れる。


「――あらっ、確かにこれは食えたもんじゃないね」


 二、三度噛むなり、ラムおばさんは顔をしかめてそう言った。


「でもさ、ウェッジ。アンタもちょっと、言葉が過ぎていたんじゃない?」


 ラムおばさんの咎めに対し、ウェッジは申し訳なさそうにうつむく。


「ごもっともなのです……何も、あそこまで強く言う必要などなかったのです! セラ殿に何と詫びればよいか……」


 それを聞き、ラースは首を横に振った。


「悪いのはお前じゃない……俺が悪いんだ。俺はアイツの手料理を一度食ったことがあるから……。その時、俺が正直に言ってたら、兄貴達が二の舞を踏むことはなかったし、アイツをこんな形で傷付けることもなかったんだ」


 ラースは宿の玄関に目を向けながら、続けた。


「だから、アイツは俺が呼んでくる。何処に行ったかは知らねーけど、そこら辺を探せば見つかるだろうから……」

「でも、アンタだと言葉を選ばないだろ? 余計アイツを傷付けちゃう気がする!」


 突如、ラースの言葉を誰かの声が遮った。その声の主は、クレスは無論のこと、ビックスでも、ウェッジでも、ラムおばさんでもなく、なんとあかねだった。


「だ、だから……その」


 もごもごと気恥ずかしそうに言うと、あかねはつばを飲み込み、ラースに向かって再度口を開いた。


「だから……あ、あたしが行く」


 あかねの唐突過ぎる発言に、ラースは目を丸くする。


「お前が? よりにもよって、何で……」

「あーもー、うるさい! 何だっていいだろ! とにかくあたしが行くから、お前はついて来んなよ!」


 棘のある言葉をぶつけると、あかねはぷいとラースから顔を背け、玄関の方へと走り出した。


「おい、あかね……」


 ラースが呼び止めようとするも、あかねはそれを無視して、外に飛び出してしまった。


 あかねが何故急に名乗り出たのか、ラースは全く理解できなかった。あの、ずっとつっけんどんな態度をとっていたあかねが……。セラに何か恩でもあるのだろうか?

 そう思ったとき、ふと、一つの考えられる理由がラースの頭に浮かんだ。


「花冠……!」


 あかねは先程、お近づきの印として、セラに花冠を作ってもらっている。それに恩を感じているのだとしたら? あかねの不可解な行動も、それが理由ならば合点が行く。

 とはいえ、あかね一人に任せるのが心配であることに変わりはない――そう思ったラースは、クレス以外の三人に向かって口を開いた。


「ラムおばさん、俺、アイツらを捜してくる。ビックスとウェッジも、ひとまずはここで待っていてくれ」

「了解であります、ラース殿!」


 ラースの指示を聞き、ビックスは敬礼をして承諾した。一方のウェッジは気が気でない様子だったが、やがて、ラースの指示に渋々応じた。


「早く戻ってくるんだよ! でないと、せっかくの料理が冷めちゃうからね!」


 ラムおばさんの言葉に、ラースは「分かってる」と言ってうなずいてみせた。そして、急いで玄関に向かい、ドアを開けて外へ駆け出した。




 * * *




 空には月が昇り、賑やかだった通りからも、人がほとんどいなくなった。活気の失せた、物静かな夜の通りを、あかねは駆け足で往来していた。

 暗い夜道の中、頼りとなるのは、通りの灯火と建物の窓明かりのみ。雑踏していた昼と比べればまだ増しなのかもしれないが、人捜しに骨が折れることに変わりはない。

 しばらく捜し回ったところで、あかねは最初に通った大通りの真ん中で立ち止まり、膝に手をつく。そして、「どこにいるんだよ……」と愚痴をこぼした。

 人目のつかない所にいることは想像つくのだが、このただっ広い帝国の中で、人目のつかない場所を挙げていくと切りがない。もうアイツが戻ってくるのを待った方がいいんじゃないかと半ば諦めかけたとき、不意にある音に気付き、あかねは下げていた顔を上げた。


 左方の、立ち並ぶ店を越えた先にある茂みから、ぐすぐすとすすり泣く音が聞こえてきたのだ。

 もしやと思い、すぐに通りを横切って茂みの方へ向かう。聞こえてくる音を手掛かりに、片端から木々を一本一本調べて回る――そして、ついに見つけた。

 大通りから、一番離れた所に立つ木。その木陰で、セラが木に背を向けて座りながら忍び泣いていた。

 こんな分かり辛い所にいたのか……と心の中で呟きながら、あかねは鼻でため息をつく。


「ねぇ!」


 そして、声を上げてセラを呼んだ。呼び声にはっと気が付いたセラが、声のした方に目を向ける。


「あかねさん……?」


 あかねの姿を目にするなり、セラはきょとんとした顔を見せた。


「さっきのあれ、まだ気にしてんの? 大丈夫だって」


 セラの隣に腰かけながら、あかねはセラを慰めた。しかし、それを聞いたセラはうつむき、首を横に振った。


「違うんです。私、前にも一度、ラースさんに料理を振舞ったことがあるんです。あの時から、既にラースさんに迷惑をかけていたことなど知らずに、私は……」


 鼻でため息をついて、あかねは言葉を返した。


「それ、さっきアイツからも聞いたよ。アンタが反省することじゃないって。今まで黙ってた俺が悪かったって、アイツ自身も言ってたよ」

「いいえ。ラースさんは、私に気を遣ってくれたんです」


 セラは体育座りをし、膝に顔を(うず)めた。


「私が悪いんです。料理が下手であることを自覚していなかった私が……」


 どうやら、ウェッジの一言は、セラの胸にかなり応えたようだ。ショックのあまり、卑屈になってしまっている。

 今のセラを、いくら言葉で慰めようとしても無駄だろう。何か他の方法で励ますことはできないかとあかねは黙考する。


「……しょうがないなぁ」


 閃くなり、あかねはそう呟いて、すっくと立ち上がった。


「普段はこんなことしないんだけど……今回は特別に、あたしの忍術を見せてあげる!」


 あかねの発言を聞き、セラはゆっくりと顔を上げる。


「忍術、ですか……?」

「うん。アンタ達人間が使う魔法とはちょっと違うの。例えば……」


 あかねは、両手で独特な形を作り、印を結んだ。途端、あかねの隣でボフンと煙が噴き出したかと思うと、その煙の中から、姿形が全く同じの、もう一人のあかねが現れた。


「わぁ……!」


 忍術を初めて目にし、セラも思わず口をポカンと開けてしまう。

 対して、あかねは、セラが興味を示してくれたことに得意気になった。このまま続ければ、直に元気を取り戻してくれるかもしれない! あかねは心を弾ませた。


「まだ他にもあるよ! 今度はあたしの分身を犬に変えてあげる! 見たい?」


 無言ながらも、セラはこくりとうなずいた。セラが顔を綻ばせてくれたことに気を良くしながら、あかねは先程と違う形で印を結んだ。もう一人のあかねも同じ印を結ぶと、突如噴き出した煙が、その分身を包み込んだ。

 煙が晴れたときには、分身の犬に変わった姿を拝むことができる。凛々しく立つ犬の姿を思い浮かべながら、あかねは煙に注目する。


 しかし、煙から出てきたのは、想像とは少し……いや、大分かけ離れたものだった。

 空気が抜けた風船のような、あるいは中身が抜き取られた縫い包みのような……犬の原形を全く留めていないそれを見て、あかねの表情は凍り付いた。やがて、ぺちゃんこなそれは、酸に浸されたかのように、シューッと音を立てて蒸発し、やがて跡形も無く消えた。


 ――しまった、失敗した。またアイツを落ち込ませてしまうと焦りを募らせながら、あかねは恐るおそるセラに顔を向ける。

 しかし、セラの予想外の反応を見て、あかねは目を丸くした。なんと、セラはクスクスと笑っていたのだ。みっともない格好の犬を見て、そしてそれが無様に消えていく様を見て、可笑しく思えたのか、セラは笑いを堪えようと必死になっていた。


「こ……コラ! 笑うな!」


 遅れて、小馬鹿にされていることに気付いたあかねが、頬を染めながら怒る。


「ごめんなさい、つい……」


 可笑しさのあまりに流れた涙を指で拭いながら、セラは謝った。すると、それを聞いたあかねは怒るのを止めて、照れながらセラと一緒に笑った。

 失敗だったとはいえ、セラが喜んでくれたのだ――。自分の忍術で元気になってくれたことが、あかねは嬉しかった。


「やっぱ、お姉ちゃんみたいにはいかないなぁ……」


 あーあと大げさにため息をつきながら、あかねはそっぽを向いて呟く。


「……『お姉ちゃん』?」


 自分の知らない人物のことで、疑問を抱いたセラが思わず口にする。そしてすぐに、あかねがノアールの森で話していたことを、セラは思い出した。

 あかねの姉も含め、仲間達は皆、敵に連れ去られてしまった。その仲間達を救い出さなければならないと、あかねは口走る形で決意を明かしたのだ。


「あかねさんのお姉さんって、確か……」


 心配に思ったセラが訊こうとするも、それを聞いたあかねは首を横に振る。


「あ、アンタ達には関係ない! 前にも言ったろ? アンタ達人間の手は……」


 ……借りないと言おうとしたが、あかねはそれを止めた。ふと、ノアールでラースに言われた言葉が、あかねの脳裏を過ったからだ。

 ――このまま放っておいても、こいつはまた、泥棒とか馬鹿なことを繰り返すだけなんだ。

 そう言われたのを思い出し、あかねはうつむきながら黙り込む。

 そんなことはない! とあかねは否定しようとしたが、返す言葉が見つからない。悔しいが、ラースの言っていたことは間違ってなどいなかった。


 薄々分かっていた……まだニンジャとしても未熟な自分が、たった一人で立ち向かおうとしても、勝算がまるでないということを。いくら資金を集めて万全に備えたとしても、結果は同じであることは、目に見えていた。

 それでも意固地になっていたのは、今まで人間に干渉することなく生きてきたから。誇り高きニンジャとしてのプライドがあったからだ。しかし、今の状況となっては……なおも頑なになっている場合はないだろうと、あかねは考え直す。


「あかねさん!」


 不意に、セラは声を上げ、あかねの肩に手を置き、自分と向かい合わせた。

 突然のことに、あかねは動揺を隠せない。対してセラは、曇りのない目を逸らすことなく、あかねに言った。


「お願いです。あかねさん達に何があったのか、私に教えてください! 私も、あかねさんの力になりたいんです……!」


 それを聞いて、あかねは視線を落とし、また黙り込んだ。もう、あかねが首を振ることはなかった。


 遥か昔、人々は利己心で戦争を繰り返し、多くの命を奪い合った。それに失望し、ニンジャ達は以降数百年、人間との関わりを絶ってきた。

 人間達がいかに外道な奴らであるかは、あかねも十五年前の戦争で、身に染みて分かっていた。だが、彼女はどうだろう?

 懲りずに惨殺を繰り返す、他の人間達と同じか? それは違う――彼女は自分のことを、本気で心配してくれているのだ。


 あかねは、今まで軽蔑し、避けてきた人間を、信頼してみようと初めて思った。


「あたし……何も出来なかった」


 その場で体育座りをし、視線を落としたまま、あかねは語り出した。


「お姉ちゃんが、あたし達を庇ってくれたの。すぐに助けに行ったんだけど、その時に皆も連れて行かれちゃって……あたし、何も出来なかった……」

「詳しく、聞かせてもらえますか……?」


 セラの問いに、あかねは口を閉じたまま、こくりとうなずいた。そして、あかねはニンジャの身に起こったこと、その全てを、セラに打ち明けた。




 * * *




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