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Walk Hand in Hand  作者: 阿瀬 ままれ
第一章 不思議な力を持つ少女
11/66

 再び朝が訪れた。地平線から漏れるわずかな日の光が、ネムヘブルの地を仄かに照らす中、大樹の根元には、いつものように絵本の読み聞かせをしているセラと、そんな彼女の言葉に耳を傾ける子供達の姿があった。

 そして、今回はラースも、子供達に混じってセラの読み聞かせを聞いていた。ラース自身、読み聞かせを聞くのは幼少期以来だったので、こうして誰かに絵本を読んでもらうのが何だか懐かしかった。

 セラの読み聞かせは、性格が表れているというべきか、心がこもっているなとラースは感じた。時折、セラが絵本の登場人物になりきって感情的に読んでいるのがおかしかったが、それでも、セラの読み聞かせは大人であるラースにも楽しめるものだった。


「……その後、百年の眠りから目覚めた王女は、王子と結婚し、二人で幸せに暮らすことができましたとさ。めでたしめでたし」


 セラが絵本を閉じると、子供達はわあっと歓声を上げながら、セラにパチパチと拍手を送った。ラースも子供達と一緒に、手を叩いてセラを賞賛した。


「ラースお兄ちゃん。セラお姉ちゃんの読み聞かせ、どうだった?」


 子供達がわいわいと絵本の話をしている中、ニーナがラースの横に腰かけながら尋ねてきた。ラースはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。


「面白かったよ。セラが大げさに王子の台詞読んでたのが」

「もう! ラースお兄ちゃんの意地悪!」


 カンカンになるニーナに対し、ラースは笑いながらもすぐ訂正した。


「冗談だ。……なんていうか、一つひとつ丁寧に読んでるってのが伝わったよ。登場人物一人ひとりの気持ちになって、俺達聞き手が退屈しないように心をこめて読んでるのが、俺は好きだった」


 ラースの感想を聞き、ニーナはまるで自分のことのように喜び、顔を綻ばせた。


「……なんか、俺がこんなこと言うのも柄じゃないかもしれねーけど」


 照れ隠しに頬を掻きながら言うラースに対し、ニーナは首を振った。次に視線を落とし、そばにいるラースにしか聞こえないくらいの声量で、ニーナは話し始めた。


「……セラお姉ちゃんはね。いつも私達に優しくしてくれたの。いろんな遊びを教えてくれたし、喧嘩があったらいつもなだめてくれたし……。この読み聞かせも、セラお姉ちゃんが私達のために始めてくれたの。私が病気で寝込んでたとき、お姉ちゃんがお見舞いに来て、花冠を作ってくれたこともあったなぁ……」


 過去のことを思い返しながら、ニーナはえへへと笑った。ラースは戸惑いを隠せなかった。ニーナがなぜ唐突に涙を流したのか、ラースには理解できなかった。

 すぐに理由を訊こうとしたが、突如として聞こえた子供達の驚きの悲鳴が、それを遮った。


「どういうこと、セラお姉ちゃん……? もう読み聞かせはできなくなるって……」


 狼狽する子供達に対し、セラはすぐに返答することができなかった。一方、すでにその理由を知っていたラースは、あえて口を出さずにセラ達を眺めていた。


 ――自分が一体何者なのか、自分自身の目で確かめたい。そうセラが打ち明けてくれたのは、昨夜、ラースが村長の家を訪ねていたときのことである。また危険な目に合ってもいいのかとラースは訊いたが、セラはそれを覚悟の上で旅の同行を望んだので、ラースは仕方なくセラの頼みを聞き入れることにした。

 そして、村長の家を後にする直前、セラはラースにもう一つの頼みを言った。ネムヘブルを旅立つ前に、子供達に頼んでおきたいことがある。これまでずっと仲良くしてきたみんなにきちんと別れを告げたいし、そのための時間をもらえないだろうかと、セラは言ったのだ。

 聞けば、セラは毎朝、子供達のために絵本の読み聞かせをしているらしい。その読み聞かせを終えた後に、子供達に自分の気持ちを打ち明けようと思っていると、セラは話した。……そして、今に至っている。


 昨夜は打ち明けると言っていたものの、いざ子供達を目の前にすると、セラはなかなか話すことができずにいるようだった。理由を話したところで、子供達が素直に首を縦に振ってくれるとも思えないし、セラがためらってしまうのも無理はないとラースは感じた。ましてや自分は、旅出を誰かに止められるのが嫌で、夜に黙ってリバームルを離れているのだ。

 ――どうか、セラの気持ちを受け入れてあげてほしい。そう願いながら、ラースは遠くで事の成り行きを見守った。


「みんな……ごめんなさい」


 しばらく、うつむいたまま黙りこくっていたセラだったが、やがて意を決したような面持ちで顔を上げ、口を開いた。


「私……ラースさんと一緒にイーストに行くことにしたんです」


 セラの言葉を聞き、子供達は一瞬にして青ざめ、雷を打たれたかのように固まった。それを見て、セラは耐えられず視線を逸らした。申し訳ない気持ちが溢れ、セラはぽろぽろと涙を流しながらも、言葉を続けた。


「私、知りたいんです。なぜバルドロスの騎士達に狙われたのか、自分が一体何者なのか、知りたいんです。理由も分からないまま、ただここで騎士達に襲われるのを待っているのは嫌なんです。だから……!」


 セラはしゃくりあげながら、涙だらけの顔を両手で覆った。セラの涙を見て、子供達は拒否することはしなかったものの、それでもセラの願いを認められずにいた。

 子供達にとって、セラはかけがえのない存在なのだ。例えセラ自身の願いであろうと、セラが遠くに行ってしまうというのは、子供達にとって耐えがたいことだった。


「……みんな」


 セラを行かせるかどうかで子供達が悩んでいたところ、不意に後方から声が聞こえてきた。振り返ると、その声の主はニーナだった。


「みんな。セラお姉ちゃんを行かせてあげようよ」


 ニーナの言葉を聞き、子供達はうつむいて視線を落とした。理解はできても、やはりセラと離ればなれになるのは我慢できないようだった。見かねて、ニーナは言葉を続けた。


「セラお姉ちゃんがどんなに怖い思いをしたか、私、同じように剣を突き付けられたから分かるよ。ほんとに怖かった。私、もう助からないんじゃないかって、騎士達に殺されちゃうんじゃないかって、そう思った。

 私はもう安全だけど……セラお姉ちゃんは違う。近いうちにまた別の騎士が襲いに来るかもしれないんだよ。ここにいるよりも、ラースお兄ちゃんがそばにいてくれた方が心強いでしょ?」


 セラの気持ちをすんなりと受け入れ、それどころか庇う姿勢すら見せるニーナに、セラとラースは思わず呆然とした。なぜ他の子達のように拒まないんだろうとラースは疑問に思ったが、先ほどニーナが涙を流していたことから、ある一つの答えが頭に浮かんだ。


「ニーナ……お前、セラがイーストに行くこと、知ってたのか?」


 ラースの問いに、ニーナはこくりとうなずいた。


「トーマスお兄ちゃんがね。昨日、私にそのことを教えてくれたの」

「トーマスが?」


 目を丸くするラースに対し、ニーナは言葉を続けた。


「うん。……私もね、最初にトーマスお兄ちゃんに話を聞いたときは、セラお姉ちゃんを止めるべきかどうか、迷ったの。でも、トーマスお兄ちゃんが、セラお姉ちゃんは自分でイーストに行くことを望んでるって、自分自身の意志で言ったんだって。だから、セラお姉ちゃんの気持ちを尊重してあげようって。行ってほしくないっていうのも、自分達の都合でしかないって、そう言ったの」


 ニーナの言葉を聞き、セラは昨夜のことを思い返しながら、無意識のうちに視線を落とした。見えないところで、自分のためにそこまで気を遣ってくれていたのだと思うと、トーマスに対して感謝の念を抱かずにはいられなかった。


「ね……だから、みんな」


 まだ決めかねずにいる子供達に対し、ニーナが再び口を開いた。


「行かせてあげよ? 私達、これまでずっと、セラお姉ちゃんに優しくしてもらってばかりだったじゃない。今度は私達が、セラお姉ちゃんのために我慢する番だよ」


 子供達はうつむいたまま黙り込んだ。この時、どれほど激しい苦悩の渦が、子供達の頭の中で荒ぶっていたことだろう。やがて、一人の男の子が顔を上げ、悲しげな、それでも揺るぎない目でセラを見て、言った。


「分かったよ……。おれ、我慢する。セラお姉ちゃんの邪魔はしたくないもん」


 男の子の言葉に同調するように、他の子供達も続いた。


「あたしも、セラお姉ちゃんが帰ってくるまで待つよ」

「ぼくも、お姉ちゃんの気持ち、そんちょーする」


 ――優しくしてもらってばかりなのは、自分の方だというのに……。

 子供達の言葉に、セラはまたほろりと涙をこぼした。


「みんな、ありがとうございます……」


 ぺこりと頭を下げ、セラは頬の涙を指で拭った。


「お姉ちゃんの読み聞かせがしばらく聞けなくなるの、なんだかさみしくなるね」


 切なそうな表情でニーナが言うと、セラはあることを思い出して顔を上げ、ニーナに言った。


「ニーナ……そのことでお願いがあります」

「え、なあに?」


 ニーナが首を傾げると、セラは脇に置いていた一本の鍵を手に取り、それをニーナに見せた。


「これは、絵本が置いてある部屋の鍵です。……ニーナ、お願いがあります。私が旅に出ている間、絵本の読み聞かせを、私の代わりにしてもらえないでしょうか?」

「えっ……私が?」


 セラの頼みを聞き、ニーナは思わず目を丸くした。

 書斎部屋の鍵をニーナに託すのは、セラが昨夜から考えていたことだった。子供達の誰か一人に鍵を渡すとしたら、確かに一番年上であるニーナに渡すのが妥当だろう。

 だがそれでも、ニーナは他の子供達とそこまで歳が離れているわけではないのだ。読み聞かせを頼まれて、ニーナが抵抗を感じてしまうのも無理はないとラースは思った。


「セラ。ニーナ以外にも適任者はいると思うぜ?」


 そう言って、ラースは座ったまま後ろに顔を向け、不自然な位置に置いてある木箱に向かって声を上げた。


「トーマス、そこにいるんだろ?」

「んぐっ……!」


 あからさまな反応と同時に、木箱がガタガタッと騒ぎ立てた。ラースが「やっぱりな」と呟きながら立ち上がり、その木箱に歩み寄った。


「お前、まだそんなストーカーみてぇなことしてんのかよ? セラはもうネムヘブルを出ていくんだぞ? このままでいいのかよ?」


 しゃがみこみながら木箱に問うと、木箱の中から声が返ってきた。


「で、でも……。俺にはもう、セラちゃんと会う資格なんてねぇよ……。昨日、セラちゃんにあんな態度取っちまったから……。セラちゃんだって、俺に腹を立てているはずだ……」


 一つ、鼻で大きなため息をついて、ラースは言った。


「トーマス、それは違う。あいつは別に、お前のことで怒ってなんかいない。むしろお前には感謝しているはずだ。お前の見送りの言葉を、セラが拒む理由なんてねーよ」

「だけど……」

「お前が申し訳ないと思っているんなら、セラに会って謝ればいい。まずは……セラともう一度向き合え。そうやってセラに何も言わないよりは、一言謝っておいた方がいいはずだ。違うか?」


 ラースの言葉を聞き、木箱は黙り込んだまま動かなくなってしまった。

 ――こいつが決心するのを待っていると日が暮れてしまう。無理にでもそうさせた方が早いと思い、ラースは立ち上がって、目の前の木箱をポーンと蹴とばした。


「うおおい! お前、何てことを……!」


 中から現れたトーマスが、あわてて木箱を拾い上げようとしたが、間に合うはずがなかった。


「あーっ、トーマスお兄ちゃんだー!」


 子供達の声で、トーマスの体はぴたりと固まって動かなくなった。壊れたブリキのおもちゃのように、コチコチと体を震わせながら振り向くと、驚いて呆然としているセラと目が合った。

 もう逃げ場はない。先ほどラースに言われたことを思い出し、トーマスはセラに対し深く頭を下げ、声を上げた。


「セラちゃん! ホントごめん! 昨日、せっかくセラちゃんが謝ってくれたのに、あんな態度取っちまって……本当にごめん!」


 ――こんなことで許してもらえるとは思わない。嫌われたままでも構わない。ただ、せめてセラちゃんに申し訳なく思っていることだけでも伝えたい。その思いで、トーマスはひたすら謝り続けた。しかし、何度か謝っても、セラの返事はすぐに返ってこなかった。

 もしかしたら、相手にすらされていないのかもと思い、トーマスはゆっくりと顔を上げる。そして、トーマスは目を丸くした。なんと、すぐ目の前にセラの姿があるではないか。


「トーマス、お願いがあります」


 そう言って、セラは先ほどまでニーナに差し出していた鍵をトーマスに見せた。


「私がネムヘブルにいない間、私の代わりに、子供達に絵本の読み聞かせをしてあげてほしいんです。絵本が置いてある書斎部屋は、この鍵で開けられます。私がイーストから戻ってくるまでの間、この鍵を預かっていてもらえないでしょうか?」


 一通り聞き、トーマスは呆然とした。


「セラちゃん……怒ってないの?」


 訊くと、セラは穏やかな笑みを見せながら、首を横に振った。


「私、トーマスには感謝しているんです。昨日、私のためにニーナを説得してくれたんですよね?」


 セラの言葉を聞き、トーマスは思わず目が泳いだ。昨日のことはずっと隠し通そうと思っていただけに、こうもあっさりとセラに知られてしまったとなると、ものすごく恥ずかしい。


「謝らなければならないのは私の方です。トーマスが私に気を遣ってくれたのに、私はトーマスに何も言わずに出ていこうとして……ごめんなさい」


 セラは申し訳なさそうに頭を下げた。トーマスは否定しようとしたが、すぐにそれを止めた。互いに謝ってばかりでは埒が明かないと悟ったからだ。


「俺は、セラちゃんが無事に帰って来てくれればそれでいいからさ。だからもう謝らないでくれよ。俺も、セラちゃんの読み聞かせを引き継ぐことで償うから」


 そう言って、トーマスはセラに手のひらを差し出した。セラは言葉を返そうとしたが、トーマスにまた気を遣わせていると気付き、口を閉ざした。そして、セラはこくりとうなずき、トーマスの手の上に書斎部屋の鍵を乗せた。


「トーマスは優しいですね。私、もっと早くからトーマスと仲良くなっていればよかったって、後悔してます」

「そ、そうかな……?」


 セラのこの上ない言葉に、トーマスは嬉しさのあまりにやけが止まらなくなった。セラもようやく明るい表情に戻り、にこりとトーマスに微笑み返した。


「いい雰囲気だね、ラースお兄ちゃん」


 その傍らで、ラースとニーナは、横から口を挟まずに二人の様子を見守っていた。最初に会ったときは威勢ばかり一丁前の男だと思っていたが、トーマスがセラの婚約者第一候補だという話もあながち嘘じゃないのかもしれない――。そんなことを思いながら、ラースはトーマスの浮かれぶりを見て、小さく鼻で笑った。


「ほら、みんな。トーマスお兄ちゃんの邪魔をしちゃだめだよ」


 ニーナが、今にも冷やかそうとしている子供達を押さえている横で、ラースは着けている腕時計に目をやり、今の時刻を確認した。

 ネムヘブルから、次の目的地であるコナン帝国までは、かなりの距離がある。外が明るいうちにコナン帝国に辿り着くには、今くらいの早い時間から動き出す必要がある。そろそろ急いだ方がいいと思い、ラースはセラに声をかけた。


「セラ、もうそろそろここを出る準備をしとけよ。早くここを出ないと、いつコナンに辿り着けるか分からねーぞ」


 ラースの言葉にはっと気付くと、セラはトーマスからラースへと視線を移し、こくりとうなずいた。トーマスがいかにも嫌そうな顔をし、ラース達にも聞こえるような大きな舌打ちをした。


 セラが絵本を片手に家へ戻っていくのを見届けた後、ラースがふと横を振り向くと、ニーナが暗い顔をしてうつむいていた。


「ニーナ、ありがとな。セラのことを気遣って、泣くのをがまんしてくれてたんだろ? お前らも、セラが旅に出るのを許してくれてありがとう」


 ラースが改めてみんなに礼を言うと、子供達は「いいよ、ラースお兄ちゃん」と首を振った。しかし、一方のニーナは、依然としてうつむいたまま黙っていた。見かねて、ラースはニーナの頭にぽんと手を乗せ、言った。


「ニーナ。もしがまんするのが辛かったら、泣いてもいいからな。悲しいから泣くのは当たり前のことだ。楽しくて笑ったり、腹が立って怒ったりするのと何ら変わらねーよ」


 そう言って、ラースはニーナの頭から手を離した。自分の考えを曲げたくなかったのか、それとも泣くのが恥ずかしかったのか、ニーナは黙って首を横に振った。

 ニーナのことを心配に思ったが、トーマスの呼び声に気付き、ラースはそちらに顔を向けた。


「ラース、村長がお前に話があるって」

「村長が?」


 驚きながらトーマスの後ろに目を向けると、たしかに村長が、杖をついてやって来るのが見えた。


「ラースよ。もうネムヘブルを離れるのじゃな」

「あぁ」


 村長の問いに、ラースはこくりとうなずいた。


「村の大人達には、わしから経緯を伝えておこう。じゃから、安心して旅に出るがよい。そして、おぬしにはもう一つ話しておきたいことがある」

「何だ? じいさん」


 ラースが訊くと、村長はちらとセラの家に目を向けた。


「ちと、あの子のことでな。あまりにもささいなことじゃから、役に立つかどうかは分からんが……」

「構わねーさ。何でも話してくれ」


 ラースが言うと、村長は「ありがとうよ」と頭を下げ、続けた。


「あの子の不思議な力じゃが、わしにもその力がいったい何なのか、見当つかん。じゃが、あの力はどうも、あの子自身の感情によって引き出されるようなんじゃ」

「感情、だと?」


 ラースは目を丸くした。


「うむ。軽い怪我を治す程度ならば、治したいと少し願うだけで、癒すことができる。じゃが、死に至るほどの怪我がとなると、それを治すには相応の強い想いが必要となるようじゃ。わしがあの子に家を与えるまでの間、あの子のことをずっと観察していて知ったことじゃ」

「はぁ? じいさん、言ってることがわけわかんねーよ」


 トーマスは眉を寄せながら文句を言った。トーマスだけでなく、ニーナや子供達も、村長の言葉を完全に理解しきれていないようだった。

 その横で、ラースは視線を落としながら黙考していた。――村長の言葉が本当なら、現時点で分かることといえば、セラの不思議な力は、体内の魔力を使う魔法とは違うということだけだ。しかし、いずれセラの秘密を知る上での大きなヒントとなりうるかもしれない。


「参考になるよ。サンキュー、じいさん」


 ラースが言うと、村長はセラの家に体ごと向け、口を開いた。


「あの子の秘密を探る上で、おぬし達はまた、いや、昨日以上に危険な目に遭うやもしれぬ。くれぐれも気を付けるのじゃぞ。そして、どうかあの子を守ってあげてくれ」


 返事の代わりに、ラースは力強くうなずいてみせた。すると、それとほぼ同じタイミングで、セラがリュックサックを背に家から出てきた。


「あ……おじいさん」


 村長がいることに遅れて気付き、セラは目を丸くした。


「セラ。わしからおぬしに言っておくことが一つある」


 きょとんとするセラに対し、村長は穏やかな笑みを浮かべながら、言った。


「おぬしの求めている真実は、おぬしにとって辛いものであるかもしれん。それでも、決して自分を見失わないことじゃ。おぬしは、この村で育ったセラ・マリノアなんじゃ。それを忘れるでないぞ」


 それは、ネムヘブルの長としての、そしてセラの育て親としての、優しい言葉だった。セラは目に涙を浮かべながら、こくりとうなずいた。そして、村長の背中に両腕を回し、村長との別れを惜しむように、体を寄せた。


「ありがとうございます。私、おじいさんと出会えてよかったって、心から思っています」


 村長も、セラの背中を片手でさすりながら、応えた。


「決して無茶をするでないぞ。何よりも、おぬしが無事に帰ってくることが一番じゃからの」

「はい……!」


 大きくうなずき、セラは腕を解いて村長から離れた。


「じゃあ俺、そろそろ行くよ。セラももう準備はいいか?」


 セラが別れを済ますのを見届けるなり、ラースは村長達に言った。ラースの問いに対し、セラはこくりとうなずいた。そして、改めて皆に別れを告げ、ラース達は村の外へと向かい出した。

 セラの旅立ちを、引き止める者はもう誰もいなかった。村長は黙ったまま見送り、子供達はセラ達が見えなくなるまで手を振り、トーマスは「ラース! セラちゃんにもしものことがあったら承知しねーからな!」などと怒鳴っていた。

 そんな中、一人――ニーナだけ、未練を断ち切れずにいた。突然、ニーナは衝動的に駆け出し、離れていくセラを呼び止めようと、口を開きかけた。しかし、すぐに思い止まり、ニーナは開いた口を閉ざした。

 イーストに行きたいというのは、セラ自身の意志だ。それを、自分のわがままでせき止めるわけにはいかない……。そう自分にも言い聞かせたとき、ニーナの脳裏に、先ほどラースに言われた言葉が蘇った。


 ――もしがまんするのが辛かったら、泣いてもいいからな。悲しいから泣くのは当たり前のことだ。楽しくて笑ったり、腹が立って怒ったりするのと何ら変わらねーよ。


「うあぁぁ~。わあぁぁ~」


 悲しみに耐えられず、ニーナはその場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。ずっとこらえていた分、ニーナの両目からは大粒の涙がどっとあふれ出した。ニーナの涙に釣られ、泣かずに見送っていた子供達も、再びしゃくり上げて泣いた。


「……ニーナ。俺も、お前は今までよく耐えていたと思うよ。もしセラちゃんが帰ってきたら、その時は一緒にセラちゃんの読み聞かせを聞こうな」


 トーマスが泣き崩れているニーナに歩み寄り、ぽんと肩に手を乗せ、言った。泣きながらも、ニーナはこくりこくりと、何度も何度もうなずいた。

 大きな冷たい風が、大樹の枝葉をなびかせる。日はすでに昇りきっていたものの、大樹がその温かな日差しを妨げていた。村が日の光を全身に浴びるまでの間、その場は深い悲しみに包まれた。




 * * *




 一つ大きな風が吹き、周りの草花が波を打ったとき、セラが急に立ち止まり、遠のいたネムヘブルの方を振り返った。


「どうした?」


 ラースが訊くと、セラはネムヘブルの方に体を向けたまま、話した。


「……何となく、子供達に呼ばれた気がして」


 セラは再び前を向き、しょんぼりとうつむきながら歩み出した。きちんと別れを済ませたものの、まだ村の者達に罪悪感を抱いているようだった。


「あんまり抱え込むんじゃねーぞ」


 落ち込んだままのセラを見かね、ラースは言った。


「トーマスと村長も言ってたろ? やることをやって、無事に帰って来てくれればそれでいいって。どんなに離ればなれになろうと、お前には帰る場所がちゃんとあるんだから」

「ラースさんは……違うんですか?」


 思わず、セラは訊き返した。ここで、ラースは自分が感情的になっていることに気付き、視線を落として言葉を濁した。

 もし自分の探している答えを見つけるために、誰かをこの手で殺してしまったとしても、あの村の人達のように、リバームルのみんなは自分を迎えてくれるだろうか――。セラが村長と抱き合っているのを見たとき、ラースはそのような不安を抱いていた。

 人を殺さずして守れないものとは何なのか、そして、自分は何のために剣を振るのか――その答えを探す上で、自分は帰る場所を失ってしまうかもしれない――。


「いや……そんなことがあってたまるか」


 胸中で膨らんだ懸念を、ラースは頑なに否定した。自分が人を殺すことはない、そんなはずがないと、ラースは自分に言い聞かせた。リバームルを旅立ったときに誓った想いを、またさらに強く胸に刻み、ラースは顔を上げた。


「悪いな、セラ。俺が逆に、お前に気を遣わせちまった」


 そうセラに詫びると、セラは慌てて首を振り、頭を下げた。


「そんな……。私の方こそ、ラースさんが心配してくれたのに、変なこと言ってごめんなさい」


 そんなこと気にしていないのにとラースは思ったが、謝り合いっこが続くのもどうかと考え、別の話題を振った。


「それよりお前、これからどこを歩いて行くのか知ってるか?」

「え、えっと……」


 セラは返答に詰まった。


「だろうな。今まで村の外に出たことがないって感じだし」


 そう呟きながら、ラースは次の目的地を指で差し示した。


「今から俺らが向かうのは、コナン帝国だ。そのためにはあそこを抜けて、サウスの東側に渡らなきゃならねえ」


 指し示された方向に、セラは目を向けた。見えたのは、視界の端から端、ずっと奥の方まで埋め尽くすほどの広大な森だ。思わず、セラは「うわぁ」と嘆声を漏らした。


「ノアール。通称『迷いの森』。十五年前の戦争でも、道のりを知らない騎士達の多くがここで足止めされたことから、そう呼ばれるようになったんだとよ」

「そ、そんな所なんですか?」


 動揺するセラを見て、ラースはふっと鼻で笑った。


「安心しろよ、それはもう昔の話だ。今では行商人もよくノアールを往来するって聞くし、俺も前に、木材を採りに街の大人達と行ったことがある」

「そ、そうなんですか……」


 ラースの言葉を聞き、セラは少しだけ安堵の色を見せた。だが、完全に不安が消えたかどうかと問われると、そんなことはなかった。それは、ラースも同じだった。

 十五年も経った今、ノアールをまたぐ行商人のためにも道が設けられているだろうし、よほどのことがない限り、森の中で迷うことはないだろう。問題なのは時間である。

 ラースは、何度か森の中に入ったことはあるものの、まだ森を抜けて東に渡ったことはなかった。だから、森を抜けるまでにどれほどの時間を要するのかは、ラースにも分からなかった。早くからネムヘブルを離れたのは、それが理由だ。


 しばらく歩を進め、ノアールの入り口を目前にし、木々の影で見えないその先に、二人は不安の色を浮かべた。だが、ラースの方はすぐに首を振り、不安な気持ちを紛らわすように、先導してノアールに足を踏み入れた。遅れて、セラもラースの後に続いた。

 ラース達を歓迎するかのように、もしくは二人を嘲笑うかのように、ノアールの木々が枝を揺らしてざわついた。何事もないことを祈りながら、二人は薄暗い道を進んでいった。

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