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 大和と蓮たち奇襲部隊如水城に向けて進軍をしている頃、蛇斑城では蛇骨群を迎え撃とうとしていた。


「紫苑様! 物見の者が山の麓付近で敵の軍勢の姿を確認したようです」


「うむ」


 紫苑は蛇斑城の一室で家臣の報告を聞きながら頷く。


「それでは皆のものは敵が攻めてきたら手筈通り動くように伝えよ。蛇骨の国の連中共に鳥綱軍の底力を見せてやるのだ!」


「ははっ!」


 家臣は恭しく返事をすると指示を出すために急いで出て行った。


「ふー」


 紫苑は家臣が出ていくのを見て大きく息を吐く。


「紫苑様、少し休まれたらどうです?」


 紫苑の疲労を察し信助が声をかける。


「ここ最近は軍の再編などでろくに寝てないようですし、戦が本格化してきたら休む暇もありませんから」


「いらぬ心配だ信助。油断をすれば足元をすくわれる。今はその一瞬の油断が命取りなのだ」


「しかし……」


 休もうとしない紫苑に信助は心配そうに見つめる。


 これまで撤退戦ばかりをしてきてその上に籠城戦となれば心も身体も相当まいっていてもおかしくはない。だがここまで強気に言われてしまうと信助は何も言えなくなってしまう。


「大丈夫だ信助。自分の身体のことは自分が一番よくわかっている」


 信助を安心させるためにそんなことを言う紫苑。


「それにな……。あたしはこんなところで終わるわけにはいかないからな」


 そうですよね兄上。


 と紫苑は声に出さず心の中で自分に全てを託し死んでいった兄に問いかける。




 ……。


 …………。


 ………………。




「兄上、夜分に失礼します。お話があるのですが、よろしいでしょうか」


「どうした紫苑? そんなに改まってお前らしくもない。いつものお前なら夜更けだろうが朝方だろうと問答無用で押しかけてきただろう。まぁいい。それで何の用だ」


「これからの国の行く末について兄上に意見を聞きたいと思いまして」


「……ふむ。お前がなぜ今そのようなことを離したいのか気にはなるがいいだろう。お前の話に付き合おう」


「ありがとうございます兄上」


「して、この国の行く末についてか。……単刀直入に言えば明るくはないだろうな。こう言っては何だが父上の圧政のおかげで民は苦しみ年貢は年々減っていくばかり。おまけに土地を捨て他国に逃げる農民すらいる。このままでは他国に滅ぼされてしまうであろう。お前はそれを危惧しているのであろう?」


「さすが兄上。わたくし程度の考えなど見透かされているようですね」


「つまらん世辞はいらん。お前が常々父上に言っていることであろう。しかし問題は今あげた問題をどうやって解決するかだ。問題点をあげることなど誰でもできるがその問題をどうやって解決するかが難しいのだ。その解決手段がないからこのような事態になっているのだ。お前がその問題を解決する手立てがあるのか?」


「あります」


「なに?」


「諸悪の根源である父上を討ち兄上が家督を継ぐのです」


「……それは冗談にしてはいささか笑えぬぞ、紫苑」


「では兄上はこのままでよいとお考えですか? 帝が崩御してはや三百年。これまで領土を奪う小競り合い程度の戦ばかりしていたが他国では自身が帝になろうと国盗りを本格的に考えている者が出ていると聞きます。このまま父上の圧政が続けばこの国はその国に飲み込まれることでしょう。もしその他国の人間が父上以上に圧政を敷くのなら苦しむのこの国の民なのですよ! そうならないためにも一刻も早く国を建てなおすことが必要なのですよ」


「わかっておる! ……わかってはおるのだがどうしようもないのだ。私が何度父上に直訴したことか。しかし父上の頭には女のことばかりで国の行く末など興味などないのだ」


「……兄上」


「お前のいいたいことはよくわかった。しかし親殺しをしたとなれば世間の信用を失いかねん。ましてや親を殺して家督を継ぐなど……」


「確かに兄上の言う通りですね。親を殺してまで家督を奪ったとなれば家臣たちの間でも波風が立つやもしれませんね。出しゃばったことを言って申し訳ありませんでした。それでは夜も遅いのであたしはこれで失礼しま――」


「待て紫苑」


「どうかしましたか兄上」


「……お前、今から父上を殺しに行くつもりだな」


「何を言っているのですか兄上? そのようなことをしたら波風が立つと言ったばかりではありませんか」


「ああ。親を殺して家督を継げば波風が立つだろうな。だからお前は自分の手で父上を殺し私に家督を継がせるつもりなのだろう? 自分は親殺しの汚名を被って死んで」


「……」


「別に止めたりはせぬ。お前はこれ以上民が苦しむのを見ていられないのだろう。お前は昔から優しい子だからな。それに一度決めたら譲らない頑固なところもある。私がいくらやめるように言ってもやめるつもりはないんだろ?」


「……兄上にはかないませんね。兄上の言う通りわたくしは父上を殺し自害するつもりです。最後に兄上の意思を確認しようと思いましたが……失敗しました」


「お前は賢いのに不器用な人間だからな」


「不出来な妹ですいません」


「いいさ。私も人のことは言えん」


「……。それでは兄上、わたくしは逝きます」


「まぁ待て。最後に一杯酌み交わさないか?」


「しかしわたくしは酒を嗜んだことは……」


「だからだ。酒の味を知らずに死ぬのはもったいないぞ。それとも、兄の最後の頼みを聞けないのか?」


「……わかりました」


「よし、ちょっと酒を持ってくるから少し待っていろ。くれぐれも早まるなよ」


「……」


「……待たせたな」


「いえ」


「ほら飲め。この酒は安酒だが私が一番上手いと思っている酒だ」


「それは楽しみです。……ん? なんだか変な味ですね」


「それが酒の味と言うやつだ」


「そうですか。……兄上、わたくしの部屋に国を建てなおすのに必要な方策を書き綴ってあるのでよかったら参考にしてください。それと、蓮にはすまなかったと伝えてもらっていいですか」


「やはりお前は不器用だな」


「すいません。……後のことは任しました兄上」


「いや、それはこっちの台詞だ」


「それはどういう――くっ。急に眠気が……」


「すまない紫苑。勘のいいお前なら睡眠薬にすぐ気付くと思ったから酒に混ぜさせてもらった。酒の味を知らないお前なら騙せると思ってな」


「……どう……して?」


「お前はこの国にとって必要な人間だ。私はお前の様に賢くはない。現に私は国を建てなおす策など思いつかぬ。家督を継ぐのならお前の方がいい。……いや、嘘をついた。私はただ単にお前にはもっと生きて欲しい。これは兄としての我儘だ。許せ」


「……あに……うえ……」


「おやすみ紫苑。目が覚めたらすべてが終わっている。そしたらお前は堂々と家督を継げばいい。あとは頼んだぞ」




 ………………。


 …………。


 ……。




「なぁ信助?」


「どうかしましたか紫苑様?」


「……いや、何でもない」


 もしここに兄がいたら今の自分を見てなんと言うだろうかと聞こうとしてそんなことを聞いても無駄だと思い直す紫苑。


 そして雑念を払う様に目の前の戦場へと意識を集中することにした。

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