91
「はっくしゅん! さぶっ!」
「大丈夫か九十九殿」
「大丈夫だよ蓮ちゃん」
心配そうに俺を見つめる蓮ちゃんにそう言うと俺は身体をこすって冷えた身体を温める。
俺たちは犠牲者を出すことなくなんとか川を無事に下ったが、川から上がると身体が芯まで冷えきっていた。この時期に川を下るには少し寒すぎた。
「すまない九十九殿。私が溺れてしまったばかりに九十九殿に迷惑をかけてしまった」
「あー」
そう。勇んで崖から飛び降りた蓮ちゃんだったが飛び降りてすぐに溺れていた。
「まさか蓮ちゃんがかなづちだったとは思わなったよ」
「まことにすまない……」
「別にいいけどさ」
けどまさかあそこまで勇んで川に飛び込んでいった蓮ちゃんが溺れているなんて予想だにしなかった。もし俺が助けにいなかったどうなっていたことか……。
でも出発前に蓮ちゃんのお兄さんが心配していたのはこういうところなんだろうな。
……。
…………。
………………。
「九十九殿、ちょっといいかい?」
「ええ。どうしたんです? お兄さん」
「いや、私は君のお兄さんではないのだが……。まぁ今はそのことはいい。君には折り入って頼みがあるんだ」
「頼み? どんな頼みです?」
「頼みとは妹のことなんだが」
「蓮ちゃんの!? いや、でもまだ心の準備が……」
「君は何を一体何を考えているんだい? そしてなぜ顔を真っ赤にして慌てる必要があるんだ? 頼みと言うのは蓮が今回の作戦で無茶をしないように見ていてほしんだ」
「無茶をしないように?」
「いや……そもそも今回の作戦自体が無茶で決死の覚悟がないと成功しないのはわかっている。しかし今のあの子は自分のせいで紫苑様を窮地に立たせてしまったと責任を感じている。そのせいで今回の作戦で無茶をするかもしれないんだ。あの子は昔から紫苑様のことを慕っていたから今回の件でなおさら責任を感じているんだ。だから君にはあの子が無理をしないか見ていて欲しい。もし無茶をしたらなんとかしてもらえると助かる。この頼み自体が無茶かもしれないが頼まれてくれるだろうか?」
「……わかりました。蓮ちゃんのことは責任を持って守ってみせます。責任をもって!」
「なぜ二回言ったんだ? しかしすまない、こんなことをお願いしてしまって」
「いえ、でもどうして自分に?」
「私は紫苑様のそばを離れるわけにはいかないからあの子のそばにいてはやれない。かといって他の者は蓮のことを恐れて強くものを言えない。その点君は誰であろうとはっきりものを言うことができる。例え紫苑様であってもね」
「はぁ」
「それに、紫苑様に一目置かれている君なら蓮も話を聞くかもしれないし」
「紫苑が俺に一目を置いている?」
「ああ。紫苑様は君を高く評価しているようだ」
「あの紫苑が……?」
「そんなに訝ることはないだろう。紫苑様は誰であろうと公平に評価する人だ。まぁ、それはともかく蓮を頼んだよ」
………………。
…………。
……。
「九十九殿? どうかしたのか」
「な、なんでもないよ」
回想に浸っていると蓮ちゃんが不信に思ったのか俺の顔を覗き込んできた。不意をつかれたせいかその顔が可愛くてそんなことをしている場合じゃないと言うのになんだかちょっとドキッとしてしまった。
「それよりも蓮ちゃんは早く濡れた服を乾かしてた方がいいよ」
なんというか……川を下って水に濡れたせいで服が肌にピッタリと張り付いていて身体のラインがはっきりとなっていて妙にエロい。蓮ちゃんって胸が大きいんだな。
って何を考えてるんだ俺は。いくら蓮が可愛いからといって下心丸出しで見ていたら嫌われてしまう。女の子というのは胸への視線には敏感だとなんかの雑誌で書いてあったからな。
けど正直視線のやり場に困る。
「そうだな。大事の前に風邪をひいてはいけないからな。九十九殿も風邪をひかぬように気を付けるのだ」
そう言って蓮ちゃんは林の中へと入って行った。おそらく林の中で先に火を起こしていた女性陣に合流するようだ。
「ふー。とりあえずこれで一安心」
「何が安心なんですか?」
「うお!?」
紳士として面目が守られたと安心したのもつかの間、背後からやってきた栞那に声をかけられて驚いてしまう俺。
「か、栞那か。どうしたんだ」
「いえ、身体が冷えたと思って白湯を持ってきたのですがいらなかったんですか?」
「いるいる」
俺は栞那から白湯を貰って胃に流し込む。
「はぁー」
ただのお湯にすぎないが冷えきった身体に温もりが染みわたり生き返った心地になる。
「……ところで栞那さん」
「どうかしましたか大和」
「どうしてあなたは僕の足を踏んでいるんだい?」
「失礼。虫がいましてつい」
「あー、虫ね」
虫がいたんならしょうがないよね。
うん。しょうがない……よな?