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「いいですか大和さん! ちゃんと反省してくださいよ」


「はい。反省してます」


 牧場をあとにすると俺はまこちゃんに説教をされていた。なんで説教されてるんだろう?


「本当に反省してます?」


「もちろん」


 よくわからないけど返事をしておく。


「もう……」


 と言ってまこちゃんは腕を組んでため息をこぼす。まだ幼いのにバカな子を持つ親みたいな表情だ。


「明日牧場に行ったらちゃんと謝らないと。……とりあえず商業区では暴力は振るわないでくださいよ」


 うーん。それじゃまるで俺がやたらめったら暴力を振るうような危ない人間みたいじゃないか。


 ともあれ俺とまこちゃんは商業区にやってくると屋台の準備をする。


 屋台と言ってもこの時代には車輪のついたリヤカーの様な形態ではなく、江戸時代の天ぷら屋みたいな組立式の屋台だから組み立てるだけでも重労働だ。組み立てが終わったら串に肉を刺す。余った肉ということで肉の部位や形は色々で串に統一感がないのはご愛嬌だ。むしろ一度で二度おいしいということにしておこう。


 営業時間はお昼前からお昼過ぎまでの数時間。炭等の資源に限りがあるから長い時間は営業できない。客が多いときのみ営業するみたいだ。コンビニが二四時間営業してる現代ではあまり考えられないがこの世界では普通のことみたいだ。


 さて、準備は終わった。接客に必要なのはスマイル。笑顔でバリバリ売っていこう。


「いらっしゃいいらっしゃい! 串焼きはいかがですかー! 安いよー、うまいよー、新鮮だよー。さっき卸したばかりの新鮮な肉を使った串焼きだよー。食べないと損だよー」


 ……。

 …………。

 ………………。


「食えよボケども!」


 かれこれ三時間は呼びかけをしてるが一向に客が来る気配がない。


 屋台の立地は少し悪いが人通りはそれなりにある。それなのにまったく串焼きを買おうとする客が現れない。確かに肉は余った肉だが新鮮で不味くはない。なのに売れない。なぜだ……?


「落ち着いてください大和さん。いつものことですから」


「いつものこと? いつもこんなに客がこないの?」


 俺の質問にまこちゃんは切なそうに答える。


「はい。一人か二人買ってくれればいい方です」


「一人か二人……」


 それって商売としてどうなんだ。

 昨日聞いた話だとだいたい農民の一日の収入が五〇文。職人なら八〇文らしい。

 で、この屋台で売っている串は二本で五文、もし飯屋で食事を食べるなら二〇文はする。

 この世界では食べ物の値段が高い。たぶん食べ物が安定的に供給されないこととかが関係してると思う。

 だがそれでも売れる。そもそもこの世界の人間は貯蓄なんてしない。そりゃ現代と違っていつ死ぬかわからないから貯蓄なんてせずに散財する。さらに娯楽なんて少ないからこういった食道楽に高い金を出すみたいだ。


 なのにうちの店は一日でたった一本か二本しか売れない。周りの屋台はそれなりに売れているというのに。


「何でこんなに客がこないんだ」


「ごめんなさい」


 俺のぼやきにまこちゃんが申し訳なさそうに謝ってきた。


「どうしてまこちゃんが謝るんだ?」


「だってわたしが流民だから」


 スッと視線を下に向けながら話すまこちゃん。


「……」


 差別意識か。流民の作ったものを食うなんてありえないとか考えてるんだろうか。

 それとも偏見か。流民の作った食べ物は、俺的に言うと外国人が寿司を握ってる感覚なのかもしれない。


 よくよく見渡せば俺達以外で流民が商売してる屋台はない。どいつもこいつも小奇麗な格好をしている。


「他にも流民で店を出してる人がいたんだけど誰も買ってくれなくてやめちゃいました」


「じゃあまこちゃんはどうしてこんな苦労をしてまで店を出すんだ?」


 この屋台の組み立てだって幼いまこちゃんにとっては重労働だ。そのうえ今まで朝早くから起きて牧場で働いて肉を仕入れたりもしていたわけだ。そんな苦労をしてまで儲からない店を出す意味があるのだろうか?


「わたしはいつかそういった流民だからという偏見がなくなればいいなと思います。だけど変わって欲しいと願ってるだけじゃ変わらないのでこうやってお店を出しながら少しづつ改善していけたらと思って続けてるんです」


「……まこちゃん」


「でもあんまり成果は出てませんけどね」


 俺がまこちゃんの立派な志に感激しているとまこちゃんはたははと苦笑してそう答えた。


 ここは俺がなんとかせねば。


「それに商人の人たちにとっては流民がお店を出すと利益が減ると言って仕入れを妨害したり、流民から物を買うなとお客さんに言ってるそうですし……」


「はぁ? なにそれ?」


 思わず呆れる。


「流民が店を出すと利益が減るって……。その商人どもは頭が悪いのか、それともよっぽど商才がないんだな」


「どうしてです? お店が増えたら利益が減っちゃうんじゃないですか?」


「逆だよ。利益は増える。むしろそんな排他的な商売をやってたらいつか潰れるだろ」


「?」


 まだ幼いまこちゃんにはもっと噛み砕いて説明しないとわからないか。


「そうだな。もし仮に一つのお店に十人のお客が来るとしよう。そのお店がポツンと一店舗だけあるのと十店舗が集まってるのだと各店舗の儲ける機会はどっちが多いと思う?」


「どの店にも十人ずつお客さんが来るのならどっちも同じじゃないんですか?」


「いや、実は十店舗が集まってる店の方が儲けれる機会は多いんだ」


「えっ? どうしてですか?」


「例えばまこちゃんが買い物にいったとして近くに他の店があったら行ってみようと思うだろ?」


「うーん。確かにそうですね。近くにあるのなら行ってみようと思います」


「そうすると近くにある店は本来十人しか来なかったけど他の店からもお客が来るから十人よりもお客さんが増えるだろ。つまりお店が増えることで相乗効果が狙えるってわけだ」


「でもそうしたらお店同士でお客さんの奪い合いになるんじゃないですか?」


「うん。まこちゃんの言う通りそうなるだろうね。けどそれでいいんだよ。競争すればするほど経済は発展するからね。逆に競争しなければ衰退する。そして人が集まるところにはさらに人が集まるから商売の機会は増えるわけだし、人が集まればそれだけ国も豊かになる」


 もちろんそれ以外にも交通インフラとか様々な要因が経済の発展に関係してくるけど。あんまり細かい話よりも排他的な商売をするよりも競争することが重要だとわかってくれればいい。


「そもそも今後流民が居場所を求めて増えていくんだろうから利に聡い商人だったら逆に流民に取り入るのが普通だろ」


「せやな」


 と突然誰かが俺とまこちゃんとの会話に割り込んできた。誰だと思って声のした方を見る。


 そこにいたのは、動きやすそうな服を着こなして背には葛籠つづらを背負った快活そうな女の子。短く切りそろえた髪に触角のような毛が生えていて、笑顔から覗く口元の八重歯が特徴的だ。見た感じ歳は俺と大差ないように思える。


 誰だこいつ?


「あんさん中々見所があるやんか。どや、うちと一緒にこーへん? なんならうちと夫婦の契りを結ぶかいな?」


「ええっ!」


 八重歯娘の言葉にまこちゃんが素っ頓狂な声をあげる。


 どうして全然関係のないまこちゃんがこんなに驚くのだろう。まあ俺の答えは決まってる。


「断る」


「なんでや?」


「知らない人にはついていっちゃいけませんって教わらなかったか」


 俺は失恋はしたがほいほいと他の女に乗り換えるような安い男じゃない。ましてや会ったばかりで結婚を申し出るなんて常識がないのか。変な子だ。


「くくく、せやな。いきなりのことで警戒するのは当然やわな。うちとしたことが急いたわ」


 というと八重歯娘は佇まいを正す。


「うちは亜希。窮鼠の国の生まれや」


 ……窮鼠の国。なんか追い込まれてそうな国だな。


「行商をやりながら各地を転々として婿を探しとるんや。ほんでもって今はまこのところに商品を卸とるんやで」


「亜希さんには炭とか屋台で必要なものを揃えてもらってるんです」


 まこちゃんが亜希の話を補足する。


「へぇ。お前は他の商人とは違うんだな」


「当然や。なんたってうちは利に聡い商人やからな。どや、うちと契りを結ぶ気になったかいな?」


「断る」


「なんでや!」


「こっちがなんでやと突っ込みたいわ。俺は好きでもない女と結婚するつもりはない」


「ふーん。まあええわ。まだ時間はあるさかい時間をかけてうちに惚れされたるわ」


「勝手にしろ」


「あっ、そや! あんさんの名前なんていうんや?」


 何で今さらそれを聞くんだか。人に求婚しておいて名前も知らないとかアホの子だな。まあちゃんと答えるけど。


「大和だ」


「大和か! これからよろしゅうな大和」


 ニッコリと笑顔を浮かべる亜希。


「ああ。ところでお前は何しに来たんだ?」


「せやった! 今日はまこに忠告に来たんやった」

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