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「ちっ! やっぱりあいつは嫌なやつだ」
俺は紫苑との対談を終えて部屋に戻ると悪態をつく。
「だいたいなんだあの偉そうな態度は! もっと言い方ってもんがあるだろうが」
「どうかしたのですか大和?」
するとそんなボヤキを聞いていた栞那が襖を開けて隣の部屋からやってきた。
「……栞那か。寝てなくて大丈夫か?」
もう日が沈みきった夜更けの時刻。前の戦の疲れも完全には抜けきっていない栞那はとっくに寝ているだろうと思っていたから起きていることにやや驚きつつ栞那にそう質問すると、栞那はおどけるように肩をすくめる。
「あの一戦からもう三日も経っているのですよ、これ以上横になっていたら身体がなまってしまいますよ」
「……」
そうは言うがいくらなんでもあれだけの疲労や怪我がたった三日で回復するとは思えない。おまけに自分以外の味方は全員死んでしまったんだ。肉体的な疲れよりも精神的な疲れもあるはずだ。
それとも俺が戻って来るのを待っていたのか?
いや、それは俺の思い過ごしかもな。
「それで、大和は紫苑様とは何を話していたんですか?」
「ああ、そのことか」
さっきまで紫苑と話していたことを思い出し一瞬しかめっ面になるがすぐに表情を戻しさっき話をしていた五〇人の手勢でこっそり川を下って敵国の居城を一気に攻め落とすことを栞那に話す。
「なっ! たった五〇の手勢で敵の居城を攻め落とすと言うのですか!」
信じられないといわんばかりに目を見開いて驚く栞那に対して俺は冷静に首肯する。
「そうだ」
「そうだ、ではありません! いくらなんでもたったそれだけの手勢で城を落とすなんて不可能です。ましてや蛇骨の国の居城と言えば難攻不落の如水城。この城を落としたみたいに上手くはいきません」
「……だろうな」
栞那の言う通り敵の本城は湖の中に建てられた湖城だ。周囲は湖に囲まれており陸地と城を繋ぐのはたった一本の道のみ。その一本道から攻めれば矢の的になるし、船で攻め入ろうにも川と違って湖だと船を用意するのも難しい。
この城と違って奇策を講じようにもそのアイデアも今のところ思いつかない。
常識的に考えたらたった五〇人で落とすのは不可能に近い。
いや、それどころかこの城に行く道中に敵に見つかったら奇襲の意味はなくなり敵に包囲されて終わりだ。
「けどそれしかこの戦で勝つ見込みなんてないからな」
前の戦で半数以上が戦死して今この城にいる兵の数は一〇〇〇に満たない程度。それに対して敵は前の戦でこちらと同程度の戦死者をだしてはいるが、それでも四〇〇〇もいる。
数で明らかに劣っているこちらがここからまともにやりあっても勝ち目はない。
「それにこの蛇斑城だってもって一ヶ月ってところだろうしな」
「一月? この城の守りなら籠城で一年は耐えれるのでは?」
俺の言葉に栞那が不可解そうに尋ねる。
確かに蛇斑城は小城だが川と断崖という地形を利用して作られた城だ。城の背後に流れる川は流れが速いためにそこからは侵入することは難しく、西と東は断崖絶壁で登ることは容易ではない。城に入るためには目の前にある狭い山道を抜けるか急斜面を登るしかない。
だから守りに徹すればそうやすやすと落ちる城ではない。
「守るだけなら耐えれるだろうな。けどそれは不可能だ」
「どういうことですか?」
「兵糧の問題だ。いくら城が堅固でもそれを守る兵士に食わせる食料がなければ意味がない。この城に備蓄された食料じゃ一〇〇〇人もの人間の腹を満たすだけの量はない。ましてやこれからは冬が来るのだとしたら食い物も減ってくる。紫苑のやつもそれを知っているからこんな一か八かの勝負に出たんだろうよ」
「しかしそうなるとたった一月で如水城を攻め落とさないといけないということですか」
「そうなるな」
「そうなるなって……勝算はあるのですか?」
俺の落ち着いた態度に栞那は俺が何か策があると思ったのかそう問い返してきた。
「ないな。勝率はゼロに近いだろうな。まあ、やるだけのことはやってみるつもりだ。お前はこの城で吉報を待っていてくれ」
「……なっ」
栞那は唖然とした表情を浮かべると物凄い剣幕で俺に言い寄ってくる。
「あなたはどうしていつもいつもそうなんですか! 勝手なことばかりいってこっちの身にもなって下さいよ」
「な、なんだよ急に?」
突然の栞那の行動にわけがわからず混乱する俺。
なんで栞那が怒ってるんだよ。
「別にお前が怒ることはないだろう」
「……っ!」
ムッとした表情を浮かべる栞那だったが言葉を飲み込むと踵を返して部屋から出て行ってしまった。
「……なんなんだいったい? 女ってのはわかんねーな?」
思わず首を傾げる。結局栞那のやつはなんで急に怒り出したんだ? つきのものとかだったのか?
「それよりも今日はとりあえず寝て明日に備えるか」
三日間寝ていたというのに身体は重いし疲れは取れていない。明日からのことを考えると少しでも休んでおかないと身体がもたないかもしれないからな。
俺はなんとしてでもこの戦に勝ってまこちゃんを救ってみせる。それが死んでいった馬頭に報いるただ一つの方法だから。
更新が遅くなり申し訳ありませんでした。
これからなるべく投稿できるように頑張ります。