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「来たか」


 蓮ちゃんに案内されて部屋に入ると紫苑が部屋の中央で腕を組みながら床几しょうぎに腰をかけこちらを一瞥する。


「相変わらず偉そうな態度だな」


「そういうお前は相変わらずふてぶてしい態度だな変態」


 と言ってニヤリと一笑する紫苑。


 敵にハメられこの城に来るまでずっと逃げてきていたせいか紫苑は前に会った時よりもやつれていたが、眼だけは身体のやつれと反比例するように獲物を狙う肉食獣のごとくギラついている。


「で、俺を呼び出して何の用だ?」


「まずは礼を言っておこう。お前たちの援軍がなければ――」


「そんな言葉なんていらねえよ」


 俺は紫苑の言葉を遮る。


「俺はお前に礼を言われるために動いたんじゃねー。馬頭たちのために動いただけだ。礼を言うなら馬頭たちに言うんだな。もっとも、敵にハメられたお前を助けようとした馬頭たちはもうこの世にはいないけどな」


 と俺が皮肉を込めて言うと蓮ちゃんが声を荒げる。


「九十九殿!」


「よい」


 と言って紫苑は手をあげて蓮ちゃんを抑える。


「ですが……」


「こいつの言うとおりだ。あたしが敵の策略を見抜けなかったせいで多くに兵が死んだのも事実だ。下手に慰めの言葉をかけられるよりもずっとましだ」


 紫苑は俺の言葉から逃げることなく毅然とした態度のまま受け止める。


 なんだかその態度が無性に腹が立つ。そう思ったら口が勝手に動いていた。


「おい! 自分のために死んでいった馬頭たちに詫びの言葉すら言わないのかよ! 礼を言う前にそっちの方が大事だろうが! だいたいどうしてテメエはこんなに追い詰められてるのに毅然としてんだ! テメエのせいで多くの人間が死んだというのに罪悪感はないのか? お前には人間としての心があるのか!」


「くだらんな」


「なに!」


「お前の言ってることは実にくだらん。死んだ人間に今更詫びて何になるというのだ。それで死んだ者が生き返るのか? 感傷に浸る暇があったら手と頭を動かせ」


「テメエ」


 改めて実感した。俺はこいつが大嫌いだ。どうして馬頭がこんなやつのために命をかけたのか理解できない。だがここでこいつを殴り飛ばしたところで何も解決しない。それどころか牢屋にぶちこまれるだけだ。それじゃわざわざ紫苑のやつに会いに来た意味がない。


 拳を力の限り握り絞め殴りたい衝動を必死に抑える。


「麓の竹林であの竹を切っていたのはお前だな?}


 紫苑の視線の先には五メートルほどの竹が転がっていた。間違いない、あれは俺がこっそり切っていた竹だ。


「だったらどうした」


「お前はあれをいかだにして川を下って逃げるつもりだった。違うか?」


「ああそうだよ。俺はお前のことを信用してなかったからな。もしお前が敵に討たれて負けたら近くに流れる川を下って逃げれるように準備をしていたまでだ。あの川は流れは急だが急流のように荒れてはないから筏でも十分下ることはできるからな」


 もちろんそんなこと紫苑の勝利を信じていた馬頭たちには言えるはずもないから言ってなかったけど。


「やはりな」


 顎に手を当てる紫苑。 


「なんだ、自分が逃げるからその竹を寄越せって言いたかったのか?」


「いいや、他の連中はそう考えてるようだがあたしは違う」


 頭を振って否定すると紫苑は俺の顔を観察するように見つめる。


「逃げていてはこの戦には勝てん。あたしなら逆にこの機を狙って敵の本城を叩く。そのためにお前が用意した竹で筏を作り宵闇に乗じて兵を出す。一〇〇……いや、五〇が敵に知られずに兵を出せる限界だろうな」


「はっ」


 まさかこいつも俺と同じことを考えていたとはな。


 このまま逃げたとしても国が亡ぶのは時間の問題だ。今回の戦で紫苑は優秀な手駒をかなり失った。そんな状態で総数に劣る鳥綱の国が蛇骨の国に攻め込まれたら勝てる見込みはゼロに等しい。


 もちろん他国に援軍を求めるという方法もあるがそんなことをすればつけ入る隙を作るだけで結局は自国が不利になるような条件を突きつけられ属国扱いにされるに決まっている。


 だとすれば敵の注意がこの蛇斑城に向いているうちに敵の本城を落とすのが最良の方法だ。


 そのために筏で川を下って下流までいって敵の目をかいくぐりながら本城まで行く必要がある。幸い川の流れが急で敵もそこを利用するとは予想していないだろうから夜に出発すれば敵に気づかれることなく蛇斑城から出ることができる。当然兵が多ければ多いほど見つかる可能性も増えてくるからそこまで多くの兵は連れてはいけないがな。


「まさかテメエも同じことを考えてたとはな。だがそれがどういう意味かわかって言ってんのか」


「当然だ。あたしはここに籠城して敵の注意を引きつける。もし奇襲が失敗したら殺されるだろうし奇襲が成功しても遅ければこの城を攻め落とされ殺されるだろうな」


 紫苑は自分が殺されるかもしれないというのに淡々とした口調で言う。


 こいつは自分を囮にすることを理解したうえでこの策をやろうって言ってるのか。


「蓮にはこの奇襲部隊を率いてもらいお前には蓮の補佐をしてもらう」


「なに?」


 俺は紫苑の意図がわからず眉をしかめる。


「なぜ俺を奇襲部隊に入れる?」


 奇襲部隊はたったの五〇人しか出せないのだから人選は慎重にするものだ。その人選によってこの作戦の成否が大きく関わってくるといっても過言じゃない。


 普通なら自分が信用している連中を起用するはずだ。ハッキリ言って紫苑が俺を信用しているなんて可能性はない。


「理由は簡単だ。お前はあたしのことが嫌いだろ。それが理由だ」


「……は?」


 どういうことだ?


 あいつの言うとおり俺は紫苑のことが嫌いだ。だが普通なら自分のことを嫌ってるとわかっている人間にそんな大役を任せるはずがない。


 まあ籠城するとなれば自分を嫌っている人間が近くにいれば裏切られる可能性もある。だから俺を城の外に追い出そうということか?


 いや、それなら俺を何らかの理由をつけて殺すのが手っ取り早いはずだ。そんなまどろっこしいことをする必要がない。もしかしたら前の戦の働きがあるから殺せないのか?


 ……わからない。


 いくら考えたところで紫苑の考えていることが読めない。


「どうした? 怖気ついたか?」


「上等だ。やってやるよ」


 どっちにしろ紫苑が言い出さなければ俺がこの作戦を提案するはずだったからな。勝つためにはこれしか方法がない。


 俺が奇襲部隊の話を引き受けると蓮ちゃんが微笑を浮かべながら俺に手を差し伸べる。


「頼むぞ九十九殿」


「できる限りのことをするよ蓮ちゃん」


 と言って俺は差し出された手を掴んで握手する。


 俺はすぐにこれからの準備のために部屋から出ていこうとするが紫苑に言い忘れたことがあったのを思い出し部屋の出口で一端足を止める。


「ああそうだ。最後に一つだけ間違いを指摘してやる」


「間違いだと?」


 俺の言葉に紫苑が興味深そうに反応する。


「俺はお前が嫌いじゃない。大っ嫌いなんだよ」


「ふんっ。奇遇だな。あたしもお前のことだ大嫌いだ」


「けっ!」

短期連載始めました。

『勇者カンパニー ~クズ勇者クズオの借金返済物語~』

興味が湧いたらよかったら読んでみてください。

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