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遅くなって申し訳ありません。

 真っ暗闇の中おぼつかない月明かりを頼りに大和が急ぎ馬頭を追いかけている一方で、大和が向かう先の方角を二日かけていったところにある谷道で陣を張る一団があった。


 そこにいる者たちの姿はみな傷だらけで満身創痍のありようだった。その陣の陣幕の中で一人の男が陣の真ん中に座する女へと神妙な面持ちで言う。


「紫苑様。ここは紫苑様だけでもお逃げください」


「駄目だ」


 陣の真ん中で座する女――紫苑は目を伏せたまま首を横に振る。


「紫苑様! 私らのことなど気にせずお逃げください。ここにいる者たちはみな紫苑様のためならば命を投げうつ覚悟があります」


 と言って男が周りに目配せすると周囲に居並ぶ者はコクリと頷く。


「勘違いするなよ信助」


 食い下がろうとする蓮の兄である信助に紫苑は目を開けて信助を見据える。


「お前らの覚悟は十分理解している」


「ではなぜ……」


 覚悟を理解しているのならどうして聞き入れてくれないのか納得できない信助。


「あたしが逃げないのはお前らの身を案じてではない。逃げる場所がないからだ」


「それならば我々が血路を開きます」


「無駄だ。敵はあたしをここで仕留めるつもりだ。そのために念入りに準備をしてきたのだからな」


「「「「「……」」」」」


 準備という言葉に家臣一同は謀反を起こして窮地に追いやった家臣の顔が頭に思い浮かび苦い顔をする。


「敵の軍師は狡猾だ。そんなやつがそう簡単に逃がしてくれるほど甘くはない。おそらく国境くにざかいには兵を張り巡らせて容易にはこの国から出られないようにしているだろう。もしここで少数の手勢だけ連れてあたしが逃げればむざむざ捕まりに行くようなものだ」


「ですがこのままでは討ち取られるのも時間の問題です」


 譜代家臣の羽鳥の裏切りによって撤退戦となり何度も背後から追い立てるような襲撃や伏兵による襲撃があったがこれまでなんとかしのいでこれた。


 しかしいつ襲撃されるかわからない不安と恐怖は確実に兵たちを疲弊させている。


 今のままではそう長くはもたない。


「慌てるな。自暴自棄になってはそれこそ相手の思うつぼだ。敵はなぜ今まで大掛かりに攻めてこなかったと思っている。やろうと思えば羽鳥が裏切った時に一気に攻め落とせたはずだ」


「つっても紫苑様」


 とそこで大男の軍鶏が二人の会話に口を出す。


「馬頭とかいう流民だった連中が朽縄城と蛇斑城を落としたおかげで包囲が薄くなったんだろう? そんでおれらが包囲の薄い蛇斑城へ逃げたもんだから敵も一気に攻めることができなかったんじゃないんですか?」


「……っ!」


 軍鶏の説明を受けて信助は紫苑の言葉の意味を理解してハッとする。


「まさか敵はあえて包囲を薄くして我々をこちらへ逃がしたというのですか!」


「おそらくな」


 と紫苑はコクリと頷く。


「おいおい! 何二人で納得してんですかい? どういうことなんだよ信助?」


 単純思考の軍鶏には二人の言ってることがわからず説明を求める。


 信助も今の置かれてる状況を把握してもらうために他の家臣にも聞こえるように説明する。


「もしあのまま逃げずに戦っていれば双方かなりの死傷者が出ていたのは容易に想像できますね軍鶏さん?」


「ああ。どうせ死ぬのなら少しでも多くの敵兵を道連れにしてやらなきゃ気がすまねえからな」


 当然だと言わんばかりに胸を張る軍鶏。


「しかしそうなると敵としては紫苑様を討ったあとにすぐに鳥綱の国へ攻め入ることができなくなってしまいます。だから敵はそれを避けるために逃げ道を作ってこちらの兵力を徐々に削ぐことにしたんです」


「ちょっと待て!」


 信助の説明を聞いてようやく状況が飲み込めた軍鶏が慌てるように言う。


「それじゃあ何か? 蛇斑城方面への包囲が薄いのは敵の策だったってのかよ? こっちへ逃げたのも敵に踊らされてたってことかよ」


「ええ、我々は敵の策にまんまとはめられたんです」


 信助はそう言って陣幕の外にいる疲弊した兵たちの方角を見る。


 幸い死傷者は多くはないが厳しい撤退戦のせいで兵の士気は著しく低い。おまけにこのことが他の兵に知られたら戦意を保っていられるかもわからない。


 おまけに紫苑を逃がす手立てもない。ヘタに逃がせばすぐに捕まり、撤退しても敵の手の平で踊ることになる。


 このままでは敵の思い通りになってしまう。


 信助は思わず蛇に締め上げられている感覚を感じた。


 蛇は得物を徐々に弱らせてから捕食する。自分たちはその蛇に飲まれる得物だということが悔しくて拳を握りしめる。


「はめられたって……。ならこのまま蛇斑城へ行くのはまずいんじゃないのか? 流民の軍勢が朽縄城や蛇斑城を落としたってのも敵の流した嘘かもしれないだろ」


「軍鶏の言う通り蛇斑城を落としたのは敵の流した嘘かもしれない。念のために百舌を偵察に出してはいるがまだ連絡はない。だが、蛇斑城を落としたのは本当だろう。嘘を流すのならもっと信憑性のある嘘をつくはずだろうからな」


 と不敵に笑う紫苑。


「確かに紫苑様の言う通り少数で城を二つも落とすなんて普通に考えたら信じられないことだしな」


 紫苑の笑みにつられて軍鶏は笑い声をあげる。するとさっきまで重苦しかった空気が若干軽くなる。


「となると敵の軍師は城が落ちたのを聞いて急遽この策を考えたというのですか。先を見通して咄嗟にこのような上策が思い浮かぶとは侮れませんね」


「いや、違うぞ信助。この策は上策ではなく下策だ」


「えっ?」


「もし羽鳥が裏切った時に被害を無視して攻めてきていたらあたしは間違いなく討ち取られていただろう。しかし敵は欲をかいてあたしらを逃がした」


 追い詰められてるはずなのに紫苑は自信にあふれる態度で言う。


「明日にはそれが下策だったとわかる」


「明日……と言いますと?」


「明日の朝には谷を抜けて開けた場所に出る。地の利とこちらの疲弊具合を見て敵は先回りしてそこで仕掛けてくるだろう。敵の軍勢は半数の五〇〇〇といったところだろうか。それに対してこちらは二〇〇〇で迎え撃つことになる。これより兵たちに腹いっぱい飯を食わして英気を養い明日に備えるように伝えるのだ! 逃げ道がなければ作るのだ!」


 紫苑は指示を出すと家臣たちが明日に備えて大慌てで準備を始める。


 さっきまでお通夜のようだった雰囲気と打って変わって陣内が慌ただしくなる。


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