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「……っ!」
後頭部に鈍い痛みを感じながら目が覚める。
「あわわわ! もう起きたっす!」
俺が目を開けるとあどけない顔をした少女……いやもっと正確に言えばアホっぽい顔をした足軽少女がひっくり返って尻餅をつきながらアタフタとしていた。
なんだろうこのデジャブ? 前にも似たようなことがあったような。
……ああ。柚子姫か。
でも今はそんなことはどうでもいい。
俺は何でこんなところで寝ていたんだ? おまけに日がすっかり暮れてもうすっかり夜だ。たき火の明かり以外の光はない。
そういえば目の前でアタフタしている足軽には見覚えがある。以前、俺に覗きの濡れ衣を着せた少女だ。
確か名前は……はちだったか?
うろ覚えだが、たぶんうっかりしていそうな感じの名前だった気がする。
「おかしいっす! 馬頭様が言っていたより早く起きたっす!」
「……馬頭だと!」
馬頭の名前を聞いてさっきまで寝ていた俺はバッと飛び上がる。そして同時にうつろだった意識が覚醒する。
そうだった。俺は馬頭に斬りかかられたんだった。それで俺は結局刀を抜くことができなくて追い詰められていって……。
「馬頭は? 馬頭の野郎はどこにいる!」
あの野郎、俺にこんな目に合わせておいてどこに行きやがった。殺すとか言っておきながら何で俺を生かしてやがるんだ。
「ば、馬頭様は半日ほど前に大和様のめんどうを頼むってさちに言って戦場へと赴かれたっす」
「本当か!」
「はいっす。さちは気絶している大和様の警護を頼まれたっす。あ、でもさちは別に寝ている顔を間近で見ようなんてふしだらなことはしてないっす」
はちは両手をゆでダコのように赤くした顔のまでバタバタとさせると慌ててそんなことを捲し立てる。
何を言っているんだこの子は? というか名前ははちではなくさちだったのか。
「あと、赴く直前にまこを頼むと言伝も預かったっす」
「なにっ!」
俺は馬頭の言伝を聞いてあいつの真意を察する。
あの野郎は死ぬ気だ。でなきゃあれほど溺愛していたまこちゃんを俺に託すなんてことはしないはずだ。
普通に考えて数千の軍勢相手にたった四〇騎が立ち向かったところで押しつぶされるのが関の山だ。敵将の首をあげるにはそれ相応の犠牲が必要だ。例えばその身を犠牲にした捨て身の突撃とか。
だが俺がいたらそんなことはさせない。
何としてでも生き残れる最良の策を考える。たとえ紫苑を犠牲にしてでも馬頭や蓮ちゃんが助かる道を選んだだろう。
そんなことすれば顰蹙を買うのはわかっている。だが周りから嫌われようと蔑まされようとも生きて欲しい。だってあんなやつのために命を捨てるなんてバカらしいことだろ。
あいつはそれに気が付いて俺を戦場に出さないつもりだったのか。
「あの野郎……」
腹が立つ。
俺を見透かしたような真似しやがって。
だが何より腹が立つのはまこちゃんを俺に頼むだと!
俺なんかにまこちゃんを託してどうするつもりなんだよ。
まこちゃんに必要なのは俺じゃなくて肉親であるお前だろうが! 兄であるお前が死んだらあの子が悲しむだろうが!
そんなこともわからねえのかよ。
「本当にクソッたれだな」
俺はそう言うと馬頭を追うことにする。
今から追いかければまだ間に合うかもしれない。
手を握ったり開いたり身体の調子を確認する。
……身体は少し痛むが動く。これなら大丈夫だ。
具足は……手と足の部位だけを着るだけにしておく。なるべく軽くしてデカ鳥の負担を軽くしないといけない。
武器は念のために槍と蓮ちゃんからもらった打刀。
幸いデカ鳥が二匹もいる。一匹俺が使っても彼女はそれを使って蛇斑城まで帰ることができるだろう。
「はわわわ! こんな夜遅くにどこに行くっすか!」
馬頭を追いかけようとデカ鳥に跨ろうとすると、さちが止めに来た。
「今は夜っす! そんな中移動するのは危険っす!」
さちの言う通り夜道は危険だ。現代のように街灯もない道は真っ暗で先が見えない。唯一照らしてくれるのは月明かりのみ。
それでも俺は行かなくちゃならない。
「悪いな。危険は百も承知だ。俺は今からあのバカ野郎を止めに行かなきゃならない。気絶している間守っててくれた助かった」
おそらくこの子をここに残したのは栞那だろう。この子はまだ幼い。だから決死隊から外すために俺の警護なんて役目を与えられたんだろう。
「お前はこのまま夜が明けるのを待って蛇斑城に帰るといい。じゃあな」
俺はデカ鳥に乗って駆け出す。
「ま、待つっす!」
背後でさちが呼び止める声が聞こえるが、俺は気にせずデカ鳥を走らせる。
時間がない。
どうか間に合ってくれ。
次は2月20日です。
今週末が終われば落ち着くので毎日更新できます……たぶん。