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「馬頭殿は上手くやっているでしょうか」


 栞那は物憂げに言うと神鳥に乗ったまま後ろを振り返る。


 そんな栞那を見て馬に乗った大男でオカマの朱美が微笑ましそうに話しかける。


「あらら、そんなに九十九って子が好きなのね?」


「な、何を言っているのですか! 私は彼のことではなく馬頭殿のことを心配したんです」


 と早口で捲し立てるように否定しながら栞那は頬を若干朱に染める。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのよ」


「ですから――」


 朱美の言葉に反論しようとする栞那だったが、朱美がそれを優しい声音で遮る。


「出陣の前に馬頭ちゃんが話していたけど、あたしたちが行くのは戦地ではなく死地よ」


「……」


 押し黙る栞那。栞那もそれは十分知っている。


 数千の軍勢の中をたった四〇の軍勢で駆け抜けて敵将の首を討ち取るなど死ににいくようなものだ。


 それは最早策などではなくただの無謀な特攻だ。だが出陣するみなは、それに異論はない。


 栞那を始めとした兵はそれを承知で出陣しているし、主君に恩義を報いるべく死を覚悟している。


 むしろ仕える主君が窮地とあって城に籠っているなどできない。


 大和が言い出さなくても遅かれ早かれ出陣していたことだ。


 栞那も馬頭が言い出した時は諌めたが、本音は馬頭と同じようにすぐに出陣するべきだと思っていた。それが例え死ぬこととなっても。


「どうせもう彼とは会えなくなるかもしれないだろうし、自分の気持ちを正直に言っちゃった方が楽よ」


「私の気持ちですか……」


 朱美に諭され栞那はポツリと呟く。それから後ろの方で馬頭と対峙しているであろう大和の表情を思い浮かべる。


「最初は……嫌いでした。殺してやろうとも思っていました」


 栞那は出会った時のことを思い出して苦笑する。


「そう」


 朱美は愁いに満ちた表情で相づちを打つ。


「ですがしばらく行動を共にしている間に彼の不器用な生き方に惹かれている自分がいました。自分勝手に振る舞いつつもいつも他人のことを気に掛ける優しさやそれを素直に認めようとしない意地っ張りなところとか。そうなるといつの間にか彼のことを意識していることが何度かありました。ですが、この気持ちが好きだというのかよくわかりません」


「それが恋ってものよ」


「恋、ですか」


 と言うと栞那は自身の胸に手を当てて困惑するように言う。


「そんなもの私には無縁だと思っていました。母を男に殺されて以来男を目の仇にして男に負けないよう生きてきた私が恋をするなんて思ってませんでした」


「男と女なんてそんなものよ。どんなに嫌っていても惹かれあう運命なの」


「そうなんですか? でもやっぱり私には無縁です。私は戦うことしか知らない女ですから」


 栞那は男に負けないために鍛え上げるためにまめが潰れて固くなった手を見る。


「栞那ちゃん。もし栞那ちゃんが――」


「心配いりませんよ朱美さん」


 栞那は朱美が言うはずだった言葉を察して話す。


「私はとうの昔に戦場で死ぬ覚悟ができています。最後の最後に恋を知ることができて満足です。それ以上は望みません」


 と栞那は年相応の少女らしい優しい笑みを浮かべる。


 朱美も栞那の覚悟を前にして感慨深げにゆっくりと目をつむる。


「……そうね。野暮ったいこと言いそうになってごめんなさい。あたしもやきがまわっちゃったかしら」


 なるべく暗くならないよう明るい口調でそう言って肩をすくめる朱美。


「こちらこそ変に気を遣わせてすいません」


「いいのよ。お節介なのはおかまの宿命みたいなものだから」


 二人の会話が一段落するとそれを見計らったかのように背後から馬の足音が聞こえてきた。


 背後からやってきた馬の騎手はそのまま栞那と朱美たちの神鳥と馬に並走させる。


「馬頭殿」


「あらら、馬頭ちゃん。随分遅かったわね」


「悪いな。思ったより手間取っちまった」


 馬頭は何とも言えない表情で言う。栞那は馬頭の周囲を見て大和がいないのを見て確認するように訊ねる。


「彼がいないということは予想通りだったということでいいんですか?」


「ああ。あいつは俺っちが殺しにかかろうとも刀を抜くことすらしなかった。だから予定通りのしてきた。あと一日は目が覚めないだろうよ」


「そうですか。やはり彼は殺すことを選ばなかったのですね」


「そういうこった。まあ誰だって人を殺すに躊躇いが出るのは仕方ねえ。あいつの場合は人一倍それが強いみたいだしな。何かきっかけがあれば覚悟を決めるんだろうけど、こっちはあいつが腹を括るのを待ってやるほど時間もねーからな。これから向かう戦場は今までみたいな奇襲と違って立ちはだかる連中を蹴散らして進まなきゃならないから躊躇うようなやつは足手まといになるだけだ」


 と言い切る馬頭。


 数千の軍勢にたった四〇騎で攻め寄せればあっという間に大軍に飲み込まれてしまう。そうならないために止まることなく進まなければならない。ほんの少しの躊躇いがその進軍の妨げになるかもしれないのだ。


「でも馬頭ちゃんはよくあの子に勝てたわね。あの子結構やるじゃない? そんな子のたまを取らずに気絶させるのって並々ならないと思うけど」


「たまって……。朱美が言うと意味深に聞こえるのは俺っちだけか?」


たまを取るのは得意よ」


 パチリとウインクをしながら持っていた大鎌を見せる朱美。


「……そうだな」


 馬頭はそれを微妙そうな表情で返す。栞那は二人の言っている意味がよくわからず首を傾げていた。


「まっ、あいつの体調が万全だったらさすがの俺っちも気絶させるのは無理だったかもな」


 戦いを思い返してしみじみと語る馬頭。


 そして馬頭は一瞬だけ後ろを振り返る。もう会うことはないだろう友に対して別れの気持ちを込めて……。


 それからすぐに気持ちを切り替えて前を見る。


「とりあえずこれで後顧の憂いは絶った。これで遠慮なく戦場にいける。お前らには悪いが俺っちと一緒に死んでもらうぜ!」


 そう言うと馬頭たちは主君である紫苑を助けるために死地へと駆ける。


次は2月18日の予定です。

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