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「お前は俺のことをどう思っているんだ?」
馬頭は乗っている馬の歩調をこちらに合わせながらそんなことを聞いてくる。
「はあ?」
こいつは藪から棒に何を言ってるんだ? 俺は少し距離を空ける。
「言っておくけど俺は男に興味はないからな」
俺がしらーっと冷めきった目つきで言うと馬頭が慌てて否定する。
「馬鹿っ、違う! 俺が聞きたかったのはお前が俺を怨んでないかって聞きたかったんだよ」
と馬頭は真剣な眼差しで俺に聞いてきた。
「俺がお前を怨む? なんで?」
馬頭のことはウザいとは思っているが怨むほど憎んでいるわけじゃない。殴り飛ばしてやりたいとはいつも思うが。
「なんでってお前……」
馬頭は若干驚き混じりに言う。
「お前は本来戦場に出ずにつくねでも売ってりゃ生活できていけたんだぞ。それなのに俺っちがまこを助けるためにお前を戦場に連れ出したんだ。怨まれる筋合いは十分にあるだろ」
「何を今さら言ってんだ? 俺は泥沼の野郎の屋敷でまこちゃんを助けることができなかった」
俺がもっと強ければまこちゃんを助け出せたはずだ。
「……っ」
俺はあのときのことを思い出して思わず握っていた手綱をグッと握りしめる。
「だから俺は約束通りお前の言うことを聞いてここまで来たんだ。別にお前を怨んだりしちゃいない」
強いて言うなら弱い自分を怨んでるくらいか。
俺の返答を聞いて馬頭は眉間に皺を寄せながら訊ねる。
「もしかしてお前はまこのことが好きなのか? 女として」
「なわけあるか。まこちゃんのことは嫌いじゃねーが異性として見てねえーよ」
まこちゃんはまだ十二歳だぞ。異性として見れるわけがないだろうが。
ったくさっきから馬頭のやつは何が言いたいんだよ。
「じゃあお前は何でそこまでしてまこを助けようとするんだ? 身内でも惚れた女のためでもなく、かといって立身出世するためでもなく命懸けの戦場に立てるんだよ」
馬頭は心底理解できないといわんばかりに言う。
「そんなことしてお前に何の得があるんだよ」
「……確かにお前の言う通り、得はねーな」
まこちゃんを助けても俺には何のメリットはないだろうな。馬頭のウザさが増すしな。
「でもまこちゃんにはメシをご馳走になったり借りはあるからな。それを返さなきゃいけないだろ」
それにまこちゃんは俺によくしてくれた数少ない子だしな。
あとはまこちゃんの笑顔を守りたいとかもあるけどそんな小っ恥ずかしいこと言えるわけない。
「馬鹿だと思っていたがここまで大馬鹿野郎だったとはな。今時そんな理由で命を賭けようとするなんて流行らないぜ」
と馬頭はバカにするように言う。
「うっせ!」
俺だって好き好んで戦場に出ているわけじゃない。
それしかまこちゃんを救う手立てがないから出ているだけだ。
しかしなぜ馬頭は今このタイミングでそんなことを聞いてくるのか解せない。
そんなことを聞くのなら今じゃなくてもいいはずだ。おまけに気が付けば俺たちの後ろには人がおらず最後尾にいる。
俺は不信に思っていると馬頭は噛み締めるようにゆっくりと言う。
「お前がまこを助けたい理由はよくわかった。だがな……」
馬頭はそこでいったん区切ると斬り捨てるように言う。
「ぬりーな。まこを助けたいと思うなら敵を殺せ。甘さを捨てろ」
「……」
なるほど。そういうことか。
さっきまでまどろっこしいことを言っているかと思ったらそれを言いたかったのかよ。
「断ると言ったらどうする」
「こうするんだよ!」
そう言うや否や馬頭は大太刀を抜刀すると馬に乗ったまま俺に斬りかかってくる。
「……ぐっ!」
ガツンと俺の身体の芯まで響く衝撃。
俺は持っていた槍で咄嗟にガードするが、勢いを殺し切れずデカ鳥から転げ落ちる。
俺は地面を転がりつつもすぐに態勢を整えて馬頭を睨む。
「何のつもりだ馬頭」
この野郎本気で俺を殺しにきやがった。さっきの一撃は防がなかったら間違いなく死んでいた。
「何のつもりも糞もねえよ。戦場で殺す気がないやつなんていても邪魔でしかない。だからここで引導を渡してやろうと思っただけだ」
と言って馬頭は馬から降りると大太刀を構える。
「まこを助けたいって言うんなら俺を殺す気でかかってこいよ」
「意味わかんねーよ。何でそうなるんだよ」
この野郎の言ってることはムチャクチャだ。
戦場で殺す気のない俺が迷惑なのはわかる。でもだからといって何でここで馬頭と殺り合わなくちゃならないんだよ。
「なら死んでも文句を言うんじゃねーぞ!」
馬頭は俺との距離を一気に詰めると大太刀を下からすくう様に斬り上げる。
速い!?
俺はそれをなんとか紙一重でかわすと後ろに下がって距離を取ろうとするが、馬頭はそれを読んでいたかのごとく斬り上げていた刃を振り下ろす。
「ちっ!」
下がったのは失敗だったか。ここは踏み込むべきだった。
馬頭の得物はリーチが長い。それならわざわざ離れて長所を活かさせるべきではなかった。だというのに俺は戦闘を避けるために後ろに下がっちまった。
それを馬頭に読まれた。
俺は思考を切り替えて斜めに斬り下ろされる袈裟切りをしゃがんでかわすと身体をぐるっと回転させて持っていた槍で足払いを仕掛ける。
しかし馬頭はそれを軸足とは逆の足で槍を踏みつけて防ぐ。
「そんなんじゃ人は殺せねーぞ!」
と言うと馬頭は大太刀で薙ぎ払う。
「くっ!」
俺はすぐに持っていた槍を手放し薙ぎ払いをジャンプしてかわす。
そこから返す刀でもう一度薙ぎ払いが迫ってくる。
殺らなければ俺が殺られる……!
考えている時間はない。馬頭の刃は寸前まで差し迫ってきている。
俺が腰に差していた蓮ちゃんからもらった打刀に手をかける。
俺は……。
「クソッたれが!」
次は2月16日の予定です。