7
「いててて」
翌日、俺は長屋の一室で目が覚めた。あのあと馬頭と殴り合ったりしたけどどこも腫れていないし大丈夫そうだ。
そしてここは馬頭が勝手に使えと言って貸してくれた長屋の一部屋だ。
部屋には何もない。あると言えば俺が纏っていた毛布と着替えだけ。これからこっちで生活するなら色々揃えなければ。
しっかし裸一貫でこの世界に来てたった一日で衣食住が確保できるとはさすが俺。
一応不本意だが馬頭にも礼を言った方がいいかもしれん。
……いや、やっぱやめよう。あいつの顔を思い出したらムカムカしてきた。
「大和さーん。起きてます?」
入り口からまこちゃんの間延びした声が聞こえてきた。俺はすぐに戸を開けて出迎える。外はまだ陽が昇りきっておらず暗い。
「おはようまこちゃん」
「おはようございます大和さん。約束通りちゃんと起きてたんですね」
「もちろん」
俺は今日からしばらくまこちゃんのところで手伝いをすることになった。それがここに住む条件だ。
馬頭は昨日の様な事が起きるか心配らしく、俺は手伝いながらまこちゃんに変な輩から守るように言われている。さすがシスコンといったところだ。
そしてまこちゃんの朝は早い。陽が昇る前に牧場で手伝いをしてそのお礼に屋台で使う肉を分けてもらってるらしい。
「はいこれ、おにぎりです。時間がないので歩きながら食べようと思って」
と言ってまこちゃんは俺に笹の葉で包まれたおにぎりを渡してくる。
あ、温かい。
俺が受け取ったおにぎりはまるで炊き立てのように温かかった。ということはまこちゃんは俺が起きるよりも早く起きてご飯を炊いておにぎりを作ってれたのか。
「ありがとう」
「いえ、気にしないでください。いつものことですから」
なんと! 馬頭はいつもまこちゃんに朝早くご飯の準備をさせていたのか。あとでぶん殴ってやろう。
「そういえば馬頭は?」
「兄さんは兵士としての訓練があるのでまだ寝てますよ」
こんな幼い妹をこき使っておいて自分はのうのうと寝てるなんて。どうやら粛清せねばなぬようだ。
「最近は山賊が急に活発になったらしく昨日も山賊討伐に討って出たみたいですし、噂だと近々他国と合戦が起きるかもしれないらしいので兄さんには休める時に休んで欲しいんですよね」
……ったく、あのバカは妹に心配かけやがって。ぶん殴るのも粛清するのも今度にしよう。
にしても戦争か。そうなると蓮ちゃんも戦場に出ていくんだろうか。心配だなぁ。
友達である蓮ちゃんのことを心配しながらおにぎりを頬張る。
「美味い」
「そうですか? ただの塩むすびでそこまで言われるとなんだか恐縮です」
具もないただの塩むすびだが、まこちゃんが朝早く起きて握ってくれたものだと思うと美味しさも格段に違う。いや、違うな。美味しいというより心が落ち着く。
ただ単に美味いおにぎりなら具材たっぷりの自分で作ったおにぎりやコンビニのおにぎりも美味しいかもしれない。でもそれとは違う自分のために誰かが作ってくれたということが純粋に嬉しい。
今まで誰かに作ることはあっても作ってもらうことはなかったからな。
「俺は好きだよ」
「えっ!?」
「このおにぎり」
「あっ、おにぎりのことですか。あはは」
まこちゃんは頬をほんのり赤く染めながら苦笑する。あんまり褒められ慣れてないのかな? こんなにいい子を褒めないなんてやっぱ馬頭はぶん殴ろう。
歩きながらおにぎりを食べてしばらく行くと広い牧草地帯が見えてきた。そこからさらに十分以上歩くと牧場に着いた。広いな。
牧場は陽が昇る前だと言うのに騒がしい。主に鳥どもの鳴き声で。
んっ? デカ鳥がどんどんとこっちに近づいてくるぞ。もしかしてここはデカ鳥の牧場か!
デカ鳥は俺の目の前まで来ると急に立ち止まる。
「おっ! まこちゃん来てくれたか」
デカ鳥が喋った! と思ったら違った。デカ鳥に隠れて見えなかったが近くに四〇くらいのおっさんがいた。
「はい! 今日もよろしくお願いします」
まこちゃんはおっさんにペコリと頭を下げる。俺も一応頭を軽く下げる。
「おんや? そこの兄ちゃんは誰だ? まこちゃんの兄さんじゃないし……これかい?」
おっさんは思案するように顎に手を当ててすぐに二カッと笑いながら小指を立てる。
「ち、違いますよ! この人は大和さんで、今日からわたしのお手伝いをしてくれる人です」
「どうも。九十九大和です」
「ほほう。なるほどなるほど」
と言いながらおっさんはニヤニヤと笑い続ける。そして俺の背をばんばん叩く。
「まこちゃんを泣かしたらおっちゃんが許さねえからな」
「もう、おじさん!」
まこちゃんが恥ずかしそうに怒鳴る。
ったく、変なこと言うなよおっさん。まこちゃんはまだ十二歳だぞ。不用意な発言は都条例が黙っちゃいないぞ。あいつら異世界だろうが遠慮なく規制してくるってエテ吉が言ってたからな。ヘタしたら消されかねない。恐い恐い。都条例恐い。
でもまあ確かにまこちゃんを泣かすようなやつがいたらぶっ殺しちゃうかもしれん。とりあえずヘタに話を広げるとめんどくなりそうだから俺は黙る。
「悪かった悪かった。それじゃあいつも通り厩舎の掃除を頼むよ。兄ちゃんのことはまこちゃんにまかせるからね」
「わかりました! じゃあ行きましょう大和さん」
「おう」
俺はまこちゃんに連れられて厩舎へと向かう。
「あそこの厩舎ですよ」
まこちゃんに連れられて向かった厩舎はかなりデカめの馬小屋って感じの大きさだ。
厩舎にはデカ鳥が五〇匹ほど一定間隔に柵で区切られて収容されていた。
これだけのデカ鳥がいるとなんか圧巻だな。あと、とにかくクサい。小学校にある鶏小屋のような臭いがする。
ここを掃除するのかよ。考えただけで眩暈がしてきた。でも俺よりも幼いまこちゃんが頑張ってるんだから弱音を吐くわけにはいかない。
「まずは中にいる神鳥を外に出して掃除をしますよ」
「かん……どり……? それってもしかしてあのデカ鳥のこと?」
「そうですよ。神の鳥って書いて神鳥ですよ。昔の帝様が乗っていたから神鳥って言うそうですよ」
なんて仰々しい名前なんだ。図体がデカいデカ鳥のくせに。
「神鳥は馬よりも速くて力強いのでこの国では馬の代わりに神鳥が使われているんですよ。それに神鳥はこの国でしか生息してないんですよ」
「へぇ。で、こいつらの小屋の掃除をすればいいの?」
「ええ。いまからわたしがお手本を見せるから大和さんは見ててくださいね」
「わかった」
「神鳥は基本的に素直で大人しいので特に注意することはないですよ」
と言ってまこちゃんが実演する。
まこちゃんは入り口近くに収容されている柵を開けて出ておいでと声をかけるとデカ鳥がゆっくりと歩いて出てくる。さすがまこちゃん手馴れている。
そしてデカ鳥が柵から出ると俺と目が合って急に立ち止まった。
ん? どうしたんだデカ鳥のやつ。まこちゃんもデカ鳥の様子がいつもと違うみたいで不思議そうにキョトンと首をかしげてる。さすがまこちゃんそんな姿も絵になるな。
デカ鳥は俺をジッと見据えてたかと思うと突然鳴き出した。
「クエッ! クエックエッ!」
すると鳴き声を聞いた他のデカ鳥……というか厩舎にいた全てのデカ鳥が俺へと視線を向ける。デカ鳥どもはまるで獲物を見つけた鷹のようにギラついた目をさせながら俺を見つめる。
まずい。直感が告げている、ここは危険だと。
「クソッ!」
俺は全力でその場から逃げ出した。しょせんは鳥。厩舎から離れてしまえば最初の一匹以外は柵が邪魔で迂闊に出てくることすら出来まい。
「クエー!」
デカ鳥の鳴き声が合図になって厩舎にいたデカ鳥が柵を飛び越えて一斉に俺へと向かってきやがった。
「ちょっ! 柵の意味なっ!」
なんで柵を飛び越えて来れるんだよ。ちゃんと閉じ込めておけよ。
俺が厩舎を飛び出すとデカ鳥も俺を追いかけてきた。
「チッ! 俺がいったい何をしたって言うんだよ!」
昨日はデカ鳥に引きづり回されて今日は追いかけ回されるなんて。乳なし紫苑の嫌がらせか。
そもそもまこちゃん曰くデカ鳥どもは素直で大人しいんじゃなかったのか? どうして俺が追いかけられているんだ。
「鳥の分際で調子に乗るなよ」
俺は牧草地帯まで来ると鳥どもを返り討ちにしてやろうと思うが、その考えをすぐに打ち消す。
デカ鳥どもは背後からドドドという擬音が聞こえてきそうなほど物凄い勢いで俺を追いかけてきていた。
無理だ。あんなのに太刀打ちなんかできない。戦車に竹やりで突っ込むようなものだ。逃げるしかない。
あのデカ鳥は馬より速いらしいからまともに逃げても勝ち目はない。それに馬と違って二足歩行だから小回りもきくから厄介だ。だからなるべく障害物が多そうなところを通って追跡を阻害すればいい。
ふふふ。鳥が人間に勝てると思うなよ。
……。
…………。
………………。
「はぁはぁはぁ」
おかしい。走っても走っても障害物になりそうなものが見つからない。もう体力の限界だ。
そこでようやく俺は気づく。
しまった! ここは牧草地帯だった。周囲は草原ばかりで障害物になりそうなものや身を隠すところがない。逃げるなら建物のある方に逃げればよかった。
「クェー!」
「いやー!」
体力の尽きた俺はデカ鳥どもに捕まると全身をペロペロと舐めまわされ凌辱された。そしてデカ鳥どもは俺を舐めまわすと満足そうに立ち去っていた。クソッ、覚えてろ!
注※ 主人公の大和は都条例こと「東京都青少年の健全な育成に関する条例」というのは不健全なことをする連中を取り締まる謎の機関だと勘違いしています。実際はそんな恐ろしい機関ではなくただの条例……のはずです。