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 時は戻り鳥綱軍の譜代家臣たちは紫苑が軍議の場で言った撤退という言葉に驚いていた。


「紫苑様! 撤退をなさるとは一体どういうことでございますか!?」


 驚きのあまり呆気にとられる一同の中で真っ先に冷静さを取り戻した老練の百舌が話を切り出す。


 するとそれに賛同するように軍鶏が喋り出す。


「そうだぜ紫苑様! 何で勝ってる俺らが撤退をしなきゃならないんだよ。このままやつらの城を落とし続けていけば蛇骨の国を盗ることだってできるかもしれないんだぜ」


 撤退することに納得できない軍鶏に、紫苑は極めて冷静な口調で言う。


「いいか軍鶏。戦とは勝つことよりも負けないことの方が肝要だ。どんなに勝ち続けても負ければそこでお終いだ。逆に負けなければ終わることはない」


「んん? ど、どうことなんだ?」


 軍鶏は意味がわからずしかめっ面を浮かべる。すると蓮の兄の信助が補足する。


「負けとはすなわち死。おそらく小さな勝利をいくら得ようとも死んでしまえば元も子もないと紫苑様は言っているのではないかと……」


「おおっ! ま、まあ知ってたけどなっ」


 信助の説明を聞いて理解した軍鶏は取ってつけたような嘘を並べる。


 百舌はそんな軍鶏を見てあきれたように首を横に振ると、紫苑に問う。


「それで紫苑様。これまでの勝ちは敵による策だと言うのですか?」


「十中八九そうだろう」


「おいおい、ちょっと待ってくれよ! 策があるなんて最初からわかっていたことだろうよ!」


 と軍鶏が二人の会話に割って入ってくる。


「それなのに相手の策が恐いから撤退するなんて納得できるかよ」


 と言う未だに撤退に納得できない軍鶏に百舌が叱責する。


「この馬鹿者が! 闇雲に突進するのと退くのでは大きく違うわ! ここはすでに敵の腹の中じゃ。危険なのは百も承知。なればこそいたずらに兵を犠牲にするのが一番の愚策! 退きどころを誤るでない! それとも主君をみすみす死なせたいのか!」


「……っ!」


 返す言葉がない軍鶏。


 反論がないことを見て百舌が話を進める。


「これまでわざとこちらに勝ちを譲ったとなれば敵の狙いはわれわれに油断を誘う策でしょうか?」


「違うな。あたしもそれを考えていたがどうも胸騒ぎがしてな」


 もしここに大和がいれば騒ぐほど胸がないなんて突っ込んでいたかもしれないが、譜代家臣の一同は何も言わず黙って話を聞く。


「だからこそもしこちらが今起きたら最悪になるであろう状況をお前らの話を聞きながら考えてみた」


「して、その最悪の状況とは?」


 百舌はゴクリと大きく唾を飲んで尋ねる。


 他の譜代家臣も息を潜めて紫苑の言葉の続きを聞く。


 その中紫苑は淡々と告げる。


「後詰めとなって丸蛇城にいる羽鳥家の者どもが裏切った時だ」


「「「「「!」」」」」


 その場にいた譜代家臣たちは驚愕の表情を浮かべる。


「な、何を仰ってるんですか紫苑様!」


「羽鳥家は千鳥家に長年仕えてきた譜代家臣ですよ」


「それを紫苑様を裏切って敵方に寝返るなんてことがあるとは――」


 口々に喋り出す譜代家臣の言葉を遮って紫苑は言う。


「思えないと、言い切れるのか?」


「そ、それは……」


 言葉に詰まる譜代家臣。


 譜代家臣の一人が裏切ったなど考えたくないことだった。


 もし仮に譜代家臣の一人が裏切ったとなれば今この場にいる自分たちですら疑われる可能性もある。


 でも思い当たる節はある。


 しかしそれを考えていたらキリがない。


 今までも紫苑のやり方について行けず謀反を起こすものは大勢いた。そんな状況で誰かを疑っていればキリがないことだ。


 だが今はそんなことを言っている場合ではない。ここは敵地の真っただ中。少しの判断ミスで壊滅の危険すらある場所だ。


「仮にやつが裏切れば敵国で孤立する。そうなれば逃げ場はない。もし違うのなら多少進軍は遅れる程度のことだ。それぐらいなら遅れを取り戻――」


 せる。と言おうとしたその時、陣中に慌てた様子で一人の兵が入って来た。


「紫苑様! 丸蛇城より砂塵が舞い上がっております! 砂塵からかなりの軍勢がこちらに向かってきていると思われます!」


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