61
大和たちが蛇斑城を落として一〇日が経った。
その間に本隊である鳥綱の国の軍勢は蛇骨の国へと攻め入っていた。
鳥綱軍の勢いは凄まじく、攻め入ってわずか数日だというのにすでに城を二つ攻め落とし今は三つ目の城を攻略するべく進軍をしていた。
「……」
順調に勝ち進んでいると言うのに紫苑の表情が険しいことに疑問に思った蓮は、神鳥を紫苑に並走させるとおもむろに話しかける。
「紫苑様?」
「ん? 蓮か。どうした」
「何やら考え込んでいたご様子でしたので」
「ああ、ちょっとな」
紫苑は蓮の顔を見ると安堵させるために険しい顔を若干ほころばせながら答える。
「何か気になることがありましたか?」
「そうだな。強いて言うなら勢いが良すぎることだな」
「勢いが良すぎることがですか?」
紫苑の言葉に蓮は思わず首を傾げる。
戦において勢いは大事だ。勢いに乗ることで味方の士気は高まり予想以上の戦果をあげることだってある。それなのに主はそれが気掛かりだと言うのだ。
「……うむ」
と紫苑はしばし黙考すると蓮に指示を出す。
「蓮。急ぎ陣を張るよう手配しろ」
「ここに陣を張るのですか? 目的の城まで大分離れていますが」
「よい。ここに陣を張り軍議を始める。至急譜代家臣を集めろ」
「ははっ」
どうして急に軍議をしようと考えたのか疑問に思った蓮だったが、紫苑に何やら思うところがあると考え紫苑の指示に従うことにする。
蓮は進軍停止の合図を出させ、代々千鳥家に仕えている譜代家臣の元に伝令を送り速やかに陣を張る。しかし近くに建物がなかったため野外に陣を張ることになった。
そして数刻のうちに陣を張り譜代家臣たちが紫苑の元へと馳せ参じた。
陣幕の中には譜代家臣八名が向かい合うように座り、その向こう側に紫苑が座る。蓮は護衛のために紫苑から少し離れたところに佇む。
「して殿。此度はどのような用件で我らを招集なさったのですか?」
紫苑に一番近いところに座っている譜代家臣の百舌が他の譜代家臣を代表して紫苑に訊ねる。本来ならその役目は筆頭家老の雲雀勘助だったが今は留守にしている城の城代のため、今いる譜代家臣の中で家柄が高い百舌が切り出した。もっとも勘助の孫で蓮の兄である信助も勘助の代わりに参陣していたが、他の譜代家臣より若いため自重することとなっていた。
「うむ。あたしが話す前にまずお前らに此度の戦をどう思っているか聞こう」
「……」
紫苑の返答に百舌はなぜわざわざ進軍を止めてまでこのようなことをするのかわからず紫苑の真意を探ろうと目を細める。
百舌は小柄な体躯の老人で武力はないが知略に優れているので安易に言葉を発する人物ではない。
こういう時に決まって安易に発言するのは大男の軍鶏だ。
「どうもこーもねーぜ殿! 敵のやつらが不甲斐なさ過ぎる! 戦いたりねーぜ」
「これっ! 言葉遣いに気をつけぬか」
「構わん」
百舌が軍鶏の言葉遣いを諌めると紫苑が許す。
軍鶏という男は歳が三〇近いと言うのに落ち着きがなく礼儀に欠けた男で毎回百舌に言葉遣いを注意されていた。それを紫苑が許す。今となってはそれが様式美となっていた。
そして軍鶏の意見に続くように他の意見が出てくる。
「うーむ、確かに軍鶏殿の言う通り敵は根性が足りませんな。不利と見るやあっさりと降伏。忠義というものが感じられませぬ」
「まったくですな。まあそれだけ敵が我らに恐れをなしているのやもしれませぬな」
「そういえば流民だった者の隊が敵の城を数日で二つも落としたそうですな。たった一〇〇の兵に城を落とされるなど案外敵も大したことがないですな」
「ちくしょー、もっと激しい戦いがしてーぜ! こんなこと話すより早く次の城を攻めようぜ」
「はっはっはっ。次の城攻めは軍鶏殿の独壇場かもしれませぬな」
「我らに戦を嗾けたことを後悔させてやりましょう」
と各々の意見を出し合う譜代家臣たち。
その様子を見て百舌が注意する。
「これお主ら、抜かるでない。戦はまだ始まったばかりだ。油断するでないぞ」
「「「「「ははっ」」」」」
「信助殿。お主はどう思う」
百舌は緩んだ空気を引き締めると、さっきから黙っていた蓮の兄である信助に話を振る。本来なら当主である紫苑が仕切るのだが紫苑はこの場で口を挟むつもりはないようで百舌が仕切る。
「某ですか?」
「そうだ。さっきから黙っていたところを見ると何か思うことがあったようだが」
「そうですね。某としては腑に落ちません」
「ほう、というと?」
「戦を仕掛けるように向こうが嗾けてきたというのに、いざ攻めてみれば敵があっさりと降伏したことに違和感を覚えます」
「そうか? 敵が単にひよっただけじゃーねのか?」
信助の意見に軍鶏が反論する。すると他の者が思い出したかのように言う。
「それとも蛇骨の国を見限ったということもありますな。蛇骨の国は今跡継ぎに問題がありますからな」
「あの粗暴者か」
「今の当主が病に臥せっているという噂もありますしな」
「策士策に溺れるということやもしれませぬな」
と色々な意見が飛び交う。
それらの意見を聞いていた百舌が話をまとめる。
「まあ信助殿の意見も一理あるのも事実だろう。しかしそのために譜代家臣の羽鳥殿とそのご子息に城に入ってもらって敵の動向を監視している。何かあればすぐに知らせてくれるだろう」
「そーいやー、羽鳥と言えばお前の妹の婚約者じゃねーか」
軍鶏が思い出したかのように口走る。
「自分よりもつえー女をよく娶る気になったよな。おれだったら勘弁だけどな」
がはははと豪快に笑いながら言う軍鶏。信助はそれを聞いて申し訳なさそうに指摘する。
「軍鶏殿。妹がすぐそこにおりますゆえ」
「えっ?」
「んっん!」
蓮がわざとらしく咳払いすると軍鶏の表情が凍る。
軍鶏も猛将と呼ばれる男だが蓮には及ばず以前手合せをしてボコボコにされた記憶がある。ちょうど今その記憶が鮮明に甦り迂闊な自分を呪った。
そして場が沈黙したのを見て議論が一通り終わったと判断した百舌が紫苑に切り出す。
「それで殿。此度の用向きは何でございましょうか? このような意見を聞くだけが目的でしたら今でなくてもよろしかったかと。我らの目的は迅速に敵の総大将を討ち取ることのはず。このように時間を弄してる場合ではないかと。急ぎ進軍を――」
「必要ない」
「はい?」
「進軍の必要はない」
「どういうことでしょうか?」
紫苑の言葉の意味がわからず百舌は聞き返すと、紫苑はその場にいる誰もが予想しないことを口にする。
「我らはこれより撤退を開始する」