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「ぬおおお!」
馬頭は一気に間合いを詰めると刀を振り下ろす。
馬頭の刀は大太刀と呼ばれる全長が二メートルを超える長大な太刀でその分取り回しが難しく重量がある。そのため振り下ろすことによって重量と遠心力が加わって驚異的な破壊力を生む。それはまさに一刀両断という言葉にふさわしいほどの威力だ。
「ふんっ!」
芦屋の爺は下げていた長巻を上に上げてその一撃を真正面から受け止める。
「ちっ!」
一撃で仕留めきれなかったことに舌打ちする馬頭。
しかしあまりに重い一撃だったせいか衝撃を逃し切れず芦屋の爺の足が若干後ろに押され下がる。
馬頭はそこから二撃目三撃目と次々追い打ちをかけるが、芦屋の爺も負けておらず打ち込まれる斬撃をしのいでいく。そして隙あらば反撃を叩きこみ馬頭の表情を険しくさせる。
今も馬頭の下からの切り上げを受け上半身が後ろに身じろぐが、その状態から長巻を回転させて柄の部分が馬頭の顔に襲い掛かる。追い打ちをかけようと踏み込んだ馬頭の顔を長巻の柄がかすめる。とっさに首を動かしていなければ直撃していた。
今の一撃を喰らっていれば長巻の柄だとはいえ馬頭もただでは済まなかった。そして怯んだ隙に刀身でバッサリ斬られていた。
これが殺し合い。
一刀に全身全霊を込めて命を奪い、一瞬のミスが命取りになる命のしのぎ合い。
「こういっちゃなんだけどね、あんたは強いよ」
食い入るように見ていた俺に梗がそんなことを言ってきた。
「身体能力だけなら馬頭にも勝っているかもしれない。でもね、なんでそのあんたがあの爺さんに手も足もでなかったかわかるかい?」
梗の言う通り俺はあの爺さんに身体能力では勝っていたが押されっぱなしだった。攻撃をするどころか防御で手一杯だった。だが馬頭は芦屋の爺と一進一退の激しい攻防を繰り返している。
「経験の差か?」
今の俺に考えられるとしたらそれしか思い至らなかった。
俺には真剣での戦いの経験なんてほとんどない。
馬頭があんなにも打ち合えているのも真剣での斬り合いの経験があるからなんだろう。
「違うね。確かにあの爺さんとあんたの経験の差は大きい。けどそんなことよりあんたの攻撃が恐くないからさ」
「恐くない?」
「いいかい。真剣勝負は一刀でもまともにあびれば致命傷だ。だがあんたは刀を鞘に収めたまま戦っている」
「……」
「そんなん攻撃を喰らっても痛いだけだ。格下相手ならそれでもなんとかなったかもしれないけど強敵には通用しないよ。痛いだけなら相手は攻撃を躊躇しない。躊躇しなければ相手の手数は増えるばかりさ」
「……」
命のやりとりをする戦場に立つ猛者からしてみれば殺す気のない攻撃など恐くはない。そうなれば防御を捨て攻撃を繰り出してくる。攻撃ばかり繰り出されては余計こっちは手出しができなくなり劣勢になる。
「人を殺さないのは美徳かもしれない。でもそんなんじゃ自分の命だけじゃなくて大切なものを守れやしないよ」
「別に俺には守りたいもんなんてもうねえよ」
大好きだったチカちゃんにはもう会えないし。
「そうかい? あたしにはそうは思えないけどね」
「どういうことだよ?」
「さあね? 自分で考えな」
話はそれで終わりだといわんばかりに話を区切る梗。
俺は梗の言い方に憮然とした気持ちになりながら馬頭と芦屋の爺の戦いを注視する。
二人は打ち合いを繰り返していたが俺が注視するとちょうど戦況が大きく変化する。
「しっ!」
「はっ!」
ぶつかり合う剣閃と剣閃。
お互い渾身の一刀がぶつかり合うと火花が散りそのまま鍔迫り合いになる。
どちらも押し切ろうと力を入れるも、お互い譲らず力が拮抗し睨み合う。
「やるじゃねえか爺」
「お主もな――くっ!」
芦屋の爺がニヤリとした表情を歪めると片膝をつける。あの足は俺がさっきあの爺に鞘で叩いた足だ。ぬるいとか言っていたが十分ダメージがあったみたいだ。
馬頭は片膝をついて力が入らない芦屋の爺に容赦することなく一気に押し切ると、地面に近くなった長巻を足で地面に縫い付けるように押さえ、止めの一刀を繰り出す。
俺の攻撃とは違う、殺意を込めた一撃。当たれば命はない。
「ぬっ!」
しかし芦屋の爺もそこで簡単に生を諦めるわけはなく、長巻を捨てて地面を転げ回る。
そして馬頭の攻撃を回避した芦屋の爺は地面に突き刺さった刀の元まで行き刀を抜くと笑みを浮かべて再び斬りかかるために馬頭のところへ駆ける。
「ふはははは! よいぞ! もっと儂を楽しませるがいい」
「残念だがこれでお終いだ」
待ち構える馬頭はそう言うと、半身を開きまさかりでも担ぐかのように大太刀を肩にかける。
「ぬおおおおお!」
刀を構えて迫りくる芦屋の爺。
「はあああああ!」
馬頭は構えていた大太刀を振り下ろすと二つの刃が激突する。
だが芦屋の爺の刀では馬頭の大太刀の衝撃に耐えきれず真っ二つに折れ、折れた刃が馬頭の頬を掠める。
一方馬頭は折れた刃が頬を掠めても怯むことなく大太刀の勢いを殺さず芦屋の爺を肩からバッサリ切り捨てる。
「ぐふっ!」
致命傷。
肩から腰までを斜めに斬り捨てられ傷口は内臓まで達している。
あきらかに意識を保つのすら困難な傷だというのに芦屋の爺は倒れることなくグッと踏み止まって刀を構える。
瀕死の重傷でもその闘志はまだ衰えていない。でも身体はこれ以上きかず一歩も動けないようだ。
芦屋の爺もそのことを悟って最後の力を振り絞って馬頭を見据える。
「まこと……よき、勝負で……あった……」
口元から血を流しながらもフッと会心の笑みを浮かべてそう言うと芦屋の爺は事切れた。