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「いつも悪いねぇ」
「いえいえ、気にしないでください」
礼を言うばあさんにまこちゃんは笑顔で返事をする。俺もついでに声をかける。
「じゃあな、ばあさん。また今度流民の時の話聞かせてくれよ」
「ふふふ。こんな年寄りの話でよかったらまたいつでも聞いておくれ」
「じゃあ何かあったら俺っちかまこに言ってくれ」
「ええ。じゃあまたね」
ばあさんは俺達を柔和な笑みを浮かべて見送る。
食事を終えると俺はまこちゃんと馬頭と一緒に長屋を周っていた。
どうやら馬頭は顔に似合わずこの長屋の顔役らしく、兵士としての訓練が終わるといつもこうやって長屋に住んでいる人たちの話を聞いて周ってるんだとか。
そのついでにまこちゃんの屋台で売れ残った肉を長屋に住む働けないお年寄りや身寄りのない幼い子供に配ってるらしい。で、俺はその手伝い。
まあ冷蔵庫もないから肉なんて日持ちしないし在庫処分としてはちょうどいいかもしれないけど、配らずに燻製にでもすれば多少なりとも金は稼げるだろうに。
「どうかしました?」
「いや、この肉を配らずに燻製なりして売ればそれなりに金になったのに……って考えてたんだ」
「えっ? そんなことしたら他の人たちにお肉を配れなくなっちゃいますよ」
キョトンと首を傾げるまこちゃん。
な、なんていい子なんだ。自分のことよりも他人のことを思いやれるなんて……。とても馬頭の妹とは思えんな。
「なんだよ」
馬頭と目が合ってしまった。
「お前の妹とは思えないほどできた妹だと思ってな」
「ま、まあな」
馬頭が照れ臭そうに苦笑した。別にお前がデレるとこなんて見たくはないんだけどな。
「わたしなんて大したことないですよ。それにわたしじゃ売れませんし……」
と寂しそうにうなだれるまこちゃんだったがすぐに笑顔を振りまく。
「それよりも大和さんの方がすごいですよ」
「俺が?」
はて? なにかしたっけ?
「だって菊さんがあんなに流民だった時の話をするなんて珍しいんだよ」
菊さんと言うのはさっきのばあさんのことだろうか? そういえば名前を知らない。
「他の人だってそうだよ、みんな流民だったころは思い出したくないから進んで話そうとはしないもん」
「ああ」
確かに何件も周って聞いた話はほとんど流民時代の苦労話だったからな。どこどこには危険な怪物がいただのどこそこの草を食べて死にかけただのあの国の領主はひどかったといった感じだった。
「聞き上手って言うのかな? 大和さんの反応がいいからみんなついつい話しちゃってたし、話し終えるとみんなどこか嬉しそうだったもん」
うーん。どちらかというとこっちの世界のことがよくわからないから気になって色々聞いてただけなんだけどなぁ。
しかしそこまで言われると逆に恐縮してしまう。だって名前すら覚えていなかったわけだし。とりあえず話題を変えよう。
「まこちゃん、今日の夕飯はなに?」
「余った冷や飯で卵雑炊ですよ。今日仕入れで牧場に言ったら卵を少しわけてもらえたので」
「卵雑炊かぁ……あれっ? 卵って食べていいの?」
確か戦国時代って卵を食べると地獄に落ちるとかで食っちゃいけないんじゃなかったっけ?
「当たり前じゃないですか。かつては先代の帝様も食べていたんですよ」
「ふーん」
そっか。文字とか生活様式が戦国時代に似てるけどまるっきり同じ文化ってわけじゃないんだな。
「で、帝って誰なの? 偉い人なの?」
「はい?」
「はぁ?」
俺の質問にまこちゃんだけでなく馬頭までもが目を見開いて驚く。そんな変なこと聞いたか?
「お、お前本気で言ってるのか?」
「ああ。何か問題でもあるのか?」
「問題も何も帝様は神の御使いだぞ。先代の帝様は戦乱だった国々を一つに統一した英雄でそこら辺のがきでも知ってるお方だぞ。世間知らずだと思ってたが世間知らずにもほどがあるだろ」
「そうなんだ」
いわゆる天皇みたいなもんなのかな。
「そうなんだって……お前」
あきれるように肩を落とす馬頭。
「先代ってことは今の帝は何してるんだ? そんな偉い人物がいるなら何で今は乱世になってんだ?」
「お前……本当に何も知らないんだな。先代の帝様が崩御して三〇〇年。それ以降帝様は現れていない」
「どういうこと? 帝って帝の子供が跡を継ぐんじゃないの?」
「何言ってるんだお前。帝様は神の御使いだぞ。子供ができるわけないだろ」
それってもしかして帝ってインポなの? 可哀想。
「お前変なこと考えてるんじゃないだろうな」
「別に」
ひょっとすると帝ってのが本当に神の御使いかもしれないしな。最初から疑うのはよくないな。
「じゃあどうやって帝が選ばれるんだ?」
「そんなのお天道様が選ぶに決まってるだろ」
当然と言わんばかりに空を指差す馬頭。
マリア様ならぬお天道様が見てるってか。なんとも曖昧だな。それともこの世界には本当に神がいるのか?
「でもまあもう三〇〇年も次の帝様が現れないから各国は自分が帝様だと主張するために天下統一を目指して戦争してるんだ」
「へぇ」
そこまでして帝になりたいもんなのかなぁ? 俺だったら絶対に嫌だけど。帝ってことは自分はインポだって宣言してるもんだし。
「でもまぁそんなことよりまこちゃんの卵雑炊楽しみだなぁ」
「えへへ。期待しててください」
恥ずかしそうに頭を掻いてはにかむまこちゃん。
「そんなことって……いやちょっと待て! 何でお前はちゃっかりうちで飯を食おうとしてるんだ?」
「えっ? ダメなの?」
「当たり前だ! 昼飯どころか夕飯まで食わせてもらおうなんて図々しいにもほどがあるだろ」
「ケチ」
「けちじゃない! さっさと家に帰れ」
「帰れって言われても、もう家には帰れないだろうからなぁ」
どうやってこっちの世界に来たのかわからないし帰り方なんてわかるはずもない。だからと言って元の世界に帰りたい気持ちが湧いてこないけど。だって振られた手前チカちゃんに会わせる顔がない。それならいっそこっちで生活するのもいいかもしれない。
なんだか心にぽっかり穴が空いたような気分だ。今までずっと彼女に好かれるために頑張ってきたからこれからどうしたらいいのかわからないや。
今後どうやって生きていこうか……。
俺が物憂げな表情を浮かべながら考えに耽ってると馬頭が肩をぽんぽんとやさしく叩いてきた。なんだよ気持ち悪いな。
「そうか。お前も色々と苦労してたんだな。わかるぞ、その気持ち。まあ元気出せや」
何を勘違いしてるか知らねえが俺に憐みの視線を向けるんじゃねぇ!
こいつに憐れみを受けるとなんだか無性に腹が立つ。先のことはわからんがとりあえず今はこいつを殴ろう。
そう決めた俺は馬頭の顎目がけてアッパーを繰り出す。