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「……」
栞那は言葉を濁す俺の頼みを聞くかしばし考える。そしてこのままだとどちらにしてもジリ貧だと悟った栞那は俺の頼みを受けることに。
「それで、私に頼みたいこととは何です?」
「全員に伝えてくれ。俺が合図したら呪術部隊に向けて矢を一斉に放てってな」
「ですがそれでは置盾に阻まれて攻撃は敵に当たりませんよ?」
「それでいい。矢が一斉に降り注げば敵は矢を防ぐために置盾の下に隠れるしかないからな。その瞬間を狙って俺が置盾を飛び越えて敵の懐に入る。そうすれば敵の陣形が乱れるだろう。そしたらそこに全軍で突撃して呪術部隊を蹴散らせ」
焙烙玉がないのなら俺自身が突っ込んで敵陣を乱せばいいだけだ。
「そんなことをしたらあなたの命は……」
栞那の言う通り囮になる俺の命の保証はない。
「このままじゃ敗けるのはこっちだ」
勝率は五分五分だと思ったが俺の予想を上回るほどあの芦屋の爺は強敵だった。
まさかあそこまで早く奇襲による混乱がおさまるとは思ってもみなかった。敵兵の乱れっぷりから奇襲は読んでいなかったみたいだがあの爺はいつ戦になってもいいように、いついかなる時でも臨戦態勢だったのかもしれない。
これだから経験豊富な人間ってのはあなどれない。
「それなら私が行きます」
「ダメだ。元々この蛇斑城攻めを言い出したのは俺だからな。その責任ぐらいとらないとな」
もちろん俺だってただやられるつもりはない。精一杯生き残れるようにあがく。
「第一お前は足軽組頭で俺はただの雑兵だ。俺なんかと違ってお前が死んだらみんな困るだろ」
と言うと栞那は目にグッと力を込めて俺を見る。
「……あなたは卑怯です。どうしてそうやって格好をつけたがるんですか」
「しょうがないだろ。男ってのは女の前では格好つけたがるもんなんだよ」
「……っ」
栞那は何かを言おうとするが、言葉を飲み込む。
どうせまた女扱いするなとか文句を言おうとしたんだろうか?
「わかりました。私からはもう何も言いません。ですが足軽組頭の私を伝令に使った借りは返して下さいね」
そう言って栞那は俺の言伝を伝えるべく走り去る。
「借りを返せか」
……ムチャを言いやがる。
俺は伝令が行き渡るまで身体を少し休めながら戦況を確認する。
今は戦線が膠着してお互い睨み合いが続いている。
敵は守りに徹しているようで動かず、焦らしてこっちに突撃させて迎え撃とうという作戦だ。
こっちはヘタに近づけば呪術部隊にやられるせいでろくに近づけず、遠距離攻撃である矢も数に限りがあるから無駄打ちはせず向こうが打って出てくるのを待っている。
お互い待ちの一手。
先に動いた方が負ける。そんな雰囲気だ。
だがいつまでもこうしているわけにはいかない。時間が経てば経つほど不利になるのはこっちだ。
果たして俺は上手くできるだろうか? 自分一人が死ぬのなら怖くはないが、俺が失敗すれば俺の策に乗った人たちまでもが死ぬ。
「……?」
ふと気付いて手を見れば汗でべっとりしていた。
恋愛のこと以外でこんなに不安になることなんて初めてだ。
でも逃げるわけにはいかない。やるしかない。
俺は手にかいた汗を拭う。
「さて、そろそろ伝令が行き渡ったころか」
周りを見ればさっきまで慌ただしく動いていた兵たちだったが今ではそれが静まり決死の覚悟を決めた表情をしている。
俺はそれを確認すると槍を肩に担いで悠然とした足取りで自軍の陣から出て両軍が睨み合う間までやってくる。
途中何本か矢が敵陣から飛んできたがまだ射的距離外だったので俺の手前で落ちる。
大丈夫だ。俺はやれる。
「よし」
俺は意を決すると手をあげる。
するとそれを合図と受け取った馬頭が号令を出す。
「放て!」
馬頭の号令で一斉に矢が放たれる。
俺はそれが頭上を通過したのを確認して呪術部隊に向かって駆け出す。
少し展開が遅くなってすいません。
明日の朝には続きを投稿できるよう頑張ります。