52
俺たちはそろりそろりと周囲を警戒しながら敵に見つからないよう山道を登って行く。
頼りとなるあかりは月明かりのみで、みな息を殺して前の者を見失わないよう後を追う。静まりきった空気の中でコオロギの鳴き声だけが響き渡る。
山道はうねうねと曲がりくねっていて大手門まで中々たどり着けない。おまけに道も狭く大多数で攻め難い作りとなっている。もし普通に攻めていればここを通り抜けるだけで苦戦していただろう。
それからしばらく歩き続けると、道がだんだんと開けて来て大手門までやってくることができた。
敵に見つかれば厄介だったが見つからずに無事大手門まで着くことができてよかった。
「待ちな」
梗が抑えた声で兵の歩みを止めると弓を構える。狙いは物見櫓であくびを掻いている兵だ。やはり援軍に兵を差し出したため残っている兵は少なく見張りは一人だけだった。
「……」
梗はジッと狙いを定めると矢を射る。
ヒュッという音を立てて飛んでいった矢は、物見櫓にいる見張りの兵の喉元に命中する。矢を射られた兵は声を上げることもできずに絶命する。
梗は他にも見張りの人間がいないか念入りに確認すると影の薄い影野に手で指示を出す。
指示を受けた影野は数人を引き連れて大手門の前までやって来ると、一人が土台となって肩車をしてそれを踏み台に一人が飛ぶと後に続いた影野がその跳んだ人間を踏みつけさらに高く跳ぶという離れ業で大手門の中へと侵入する。軽業師も顔負けの曲芸だ。
城内に入った影野はすぐさま中から門を開ける。
それを見届けた馬頭が号令を出す。
「あかりを点けろ!」
馬頭の号令でたいまつに火がつけられ周囲が明るくなる。ここからは即座に二の丸を落として本丸へと攻めるからこれ以上こそこそする必要はない。
「一気に城内を攻め落とす! 行く手を阻む者は打ち倒し、降伏するやつらは生け捕りにしろ!」
馬頭が先陣を切って駆け出すと後を追うように兵が続々と大手門をくぐって城内へと入る。するとすぐに城内では剣撃のぶつかり合う音や悲鳴を上げる者などの声が聞こえてく。
「我が隊も行きます。私に続きなさい!」
他の隊が全て城内に入ると最後に栞那の率いる隊が城内へと入る。俺も栞那と一緒に入城する。
俺たちが城内に入るとあちこちで敵の死体が見受けられた。夜襲をかけられてまともに具足をつけられぬまま倒されていったようだ。その中に敵の抵抗にあって返り討ちにあった仲間も少しだけ見受けられたが敵の死者の数の方が多い。
俺にとって初めての戦場。
「……」
漂う血の臭いで陰鬱な気分が押し寄せてくる。
「死ねえええ!」
立ち止まる俺に斬りかかってくる敵兵。
俺はそれを槍の柄で叩き伏せて気絶させる。
俺はまだ人を直接この手にかけたことはない。だがこの策を考えたのは俺だ。俺が殺したのも同然だ。
だが今はそんなことを考えている場合じゃない。
俺はすぐに陰鬱な気持ちを心の奥底へ封じる。
敵は突然のことで混乱していて戦況はこちらが押している。二の丸が落ちるのも時間の問題だ。
このまま行けば勝てる。
そう思っていたが、やっぱり現実はそこまで甘くない。
もう少しで二の丸を制圧できると思ったのだが、本丸から出てきたたった一人の将の出現で戦況が変わる。
現れたのは老将の芦屋。芦屋達秀だった。
皺の数よりも傷の数が多そうな傷だらけの出で立ち。歳は六〇を超えているはずなのに背筋はピンと伸び精悍な顔つき。その風格は味方を安堵させ敵を怯えさせるだけの強者としての威厳があった。
芦屋は辺り一帯に轟かせる自信に満ち溢れた声で言い放つ。
「みなのもの、慌てるでない! この城には儂がおる! そう易々とは落ちはせん」
「芦屋様じゃー!」
「芦屋様がいれば何も心配はいらんぞー!」
「「「「「うおおおおお!」」」」」
一言。たったその一言で兵たちは息を吹き返したごとく混乱から立ち直ってしまった。
さすがは名将。どっかの迷将と違って一喝しただけで形勢を立ち直らせてしまった。
混乱から立ち直った兵たちは芦屋が死守する本丸へと続く道に集まる。
まさか本丸で籠城せずにわざわざ兵を助けるために出てくるとは……。
これで本丸を攻め落とすのは難しくなった。
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