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「今頃朽縄城は火の海ですね」
栞那が強張った表情で南の方角を見ながら呟くと大きく息を吐く。朽縄城のある方角は真夜中だと言うのにほんのり明るい。
「緊張してるのか?」
「そんなことありません!」
俺が声をかけると栞那は強気で言い返すが、すぐに弱気な表情を浮かべる。
「ただ……たった九〇の兵力で蛇斑城を本当に攻め落とせるのか不安ですね」
と言って向けていた視線を南から北へと移す。
栞那の眼前には山を切り取って作られた山城が建っている。
蛇斑城は小城だが川と断崖という地形を利用して作られた城だ。城の背後に流れる川は流れが速いためにそこからは侵入することは難しく、西と東は断崖絶壁で登ることは容易ではない。城に入るためには目の前にある狭い山道を抜けるか斜面を登るしかない。
そのためこの城を落とすのは容易くはない。だが逆にこの城を落とすことができれば一〇〇の軍勢でも籠城することだってできる。
「こんな無茶な策を考えたのはどうせあなたなんですよね?」
あきれたように俺を見る栞那。
「ムチャだとは思わない。勝率は五分五分だろうけど」
「五分五分ですか」
栞那は勝算がそんなにあるのかと疑っているようだ。彼女を安心させるために説明をする。
「城を落とすのは女を落とすのと同じだ」
「何を言ってるんですあなたは」
栞那がゲスでも見るかのような目でこっちを見る。
あれっ? 何でそんな目で見られてるんだ? 強引に行けば行くほど城門も相手の心も固く閉じるって意味なんだけど。まあいいか。
「確かに蛇斑城は落とすのは難しい城だ。でも向こうは敵が来ると予想していないから油断している。つけ入る隙があるとしたらそこだ」
どんなにガードの堅い女でもサプライズには弱いって雑誌に書いてあったしな。
「おまけに援軍を請われて今城内にいる人間は少ない。ということは警備もおざなりになる。そこで夜襲をかけて本丸を落とす」
それでも完璧だとは言えない。恋愛だってどんなに策を練ろうとも恋が必ず実るわけじゃないのと同様に城攻めだって完璧なことなどない。
世の中何が起こるかわからない。その証拠に俺ですらフラれた。
それにこの城には芦屋とかいう武名を馳せた老将がいる。
恋愛においても女子はリードしてくれる経験豊富な年上が好きらしいから俺みたいな若造はどうあがいてもその経験には勝てない。きっと手強い相手だろう。
「しかし敵はよく朽縄城の城主に三〇〇もの援軍を差し出したものですね」
栞那の疑問はもっともだろう。蛇斑城の兵力は五〇〇。普通に考えたら半数以上の兵を差し出すのを渋るものだ。
「それは朽縄城の城主がここの城主の弱みを知っているからだ。それで強請ったんだろう」
「弱み?」
「蛇斑城の城主は家督を奪うために兄を毒殺したんだ。それでその毒を用意したのが朽縄城の城主だったんだよ」
もっともウワサから聞いた朽縄城の城主の性格だったらもっと援軍を差し出させるように指示すると思ったんだが読みが外れたな。
「どうしてあなたがそれを?」
「うちの長屋に住んでいる人から聞いた」
「なんでそんな人が?」
「その人はこの城の下女だったがその秘密を知って城からそこの川へ落とされた。幸い下流へと流れ着いて無事だったらしいが知らない国で行くあてもなく流民をしてい鳥綱の国にやってきたんだと」
「許せませんね」
「まあそのしっぺ返しが今からあると思えば少しは胸がスッとするだろう」
「そうですね」
と栞那はクスリと笑う。少しは緊張が解けたみたいだ。
「お前ら!」
栞那の緊張が解けたと同時に馬頭の声が聞こえてくる。小さすぎることもなく大きすぎることもなく味方には聞こえて敵に気付かれない大きさだ。
「今から蛇斑城に夜襲をかける。敵に気付かせないためにあかりはぎりぎりまでつけるな」
「「「「……」」」」
敵に気付かれないために声を出さないがみんな緊張した面持ちでコクリと頷く。
「それと同士討ちがないよう合言葉と目印の白いたすきをつけ忘れるなよ! 忘れたら俺っちに斬られても責任は取らんからな」
みんなの緊張をほぐすための冗談なのかそれとも素で言ったのかわからんが馬頭の言葉を聞いてみんな失笑する。
緊張しすぎず緊張しなさすぎずちょうどいい雰囲気だ。
こうことができるのが大将として必要な才なんだろうな。
「おいお前ら何笑ってんだよ!」
「……」
「うるさいね! 敵に気付かれたらどうするんだい」
失笑されたことに腹を立てた馬頭を梗が叱責する。
……感心して損した。
「あんたら気張りな! ここがあたいらの分水嶺だ。ここで負けたら死ぬしかないんだからね。死にたくなかったら気合入れな!」
梗の気迫あふれる声にみんなの緩んでいた緊張が一気に引き締まる。
「それじゃあ出陣するよ!」
馬頭のせいで緩んだ緊張を引き締めると蛇斑城を落とすために出陣を開始する。