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「遅い!」
朽縄城の城主は腕を組み苛立ちながら喚く。
「落ち着いてくだされ殿!」
年老いた家臣の一人が苛立つ主君を諌める。だが城主はそんな言葉で苛立ちはおさまらない。
「これが落ち着いてられるか! あの愚息はどこをほっつき歩いているのだ! 噂ではこの付近に鳥綱の軍が攻めて来るというのだぞ」
「しかし敵の数はたった一〇〇。おまけに捨て駒として送られてくるせいで兵の士気は低いと聞いておりまする。攻めてくるのなら即刻返り討ちにして進ぜましょう」
「だからといってあの愚息は近くの村へ女を漁りにいきおってからに! いくら敵が少数だからといって気を抜き過ぎだ。おまけに昨日から帰って来とらん。何かあったかもしれぬ」
「それは杞憂かと。おそらくどこかでまだ休んでいるのかと」
「そうだとしても遅すぎる。捜索隊もまだ帰ってこぬのか!」
息子の帰りが遅いことを心配した城主は腕の立つ家臣を集めて息子を連れてくるように命じていたが、もうかなりの時が経つのに捜索隊は戻ってきていなかった。
「未だ戻って来たという報告は受けておりませぬ」
「あの馬鹿めっ! どこで何をしておるのだ」
とそこへドタドタと慌ただしく一人の家臣が広間へと入ってきた。
「殿! 捜索隊の者らしき姿を発見したと物見の者から報告がありました!」
「なにっ!? それはまことか!」
「はっ! しかしどうやら捜索隊は鳥綱の国の者に追われているようです。捜索隊の背後から神鳥に騎乗した者が追いかけているとの報告が」
「息子は、あの馬鹿は一緒におったか?」
「それはまだわからない模様です。ですがこっちにやってくる馬の数が捜索隊の数より多かったので若と合流している可能性がございます」
「そうか。なら急いで城門を開けて捜索隊を中に入れろ。鳥綱の国の軍勢は弓で威嚇して門に近づけさせるな」
「ははっ!」
城主の命を受けて家臣はすぐさま広間をから出ていく。
「相手はたかだか一〇〇。それに対してこっちは三倍の兵力。敵を見つけてのこのこと追ってきたようだが返り討ちにしてくれよう」
と城主は不敵な笑みを浮かべながら家臣からの吉報を待つ。
城主には敵を返り討ちにする自信があった。
城の塀は高く頑強に作れておりそう易々と破壊できるものではない。
そうなると城門からしか敵は攻め入ることはできないが城門には弓部隊を一〇〇人配しておりたった一〇〇人ごときで城門を破ろうするのは厳しい。おまけに城の周りは見晴らしがよく敵の動きがよく見え奇襲はすぐに見破れる。
城主はたかだか一〇〇人の敵に落とされるはずはないと思っていた。
一方命令を受けた家臣が外に行くと捜索隊と思わしき騎馬が神鳥に乗った者たちに追われているのが目に入った。
騎馬の数は二四、追いかけてきている騎鳥は二〇。そして騎馬と騎鳥との間には五〇メートルほどの差があった。
それを見て家臣は部下に指示を出す。
「敵軍が射程距離に入ったら弓を一斉に放て」
「はっ!」
「城門は捜索隊が戻り次第急ぎ門を閉めろ」
「ははっ!」
家臣は部下へと指示を飛ばす。
そうこうしているうちに騎馬と騎鳥が城へと差し迫ってきた。
家臣は様子を窺いながら騎鳥との射程を計る。
二〇〇……一五〇……一〇〇……八〇……六〇……。
射程距離まであと少し。
「矢を構えろ!」
五〇……四〇……三〇……二〇……一〇……。
「今だ! 放てぇ!」
家臣の号令で一斉に矢が放たれる。
一〇〇本の矢が騎鳥に降り注ぐ……はずだった。
しかし騎鳥は射程距離の手前で急停止する。
「気付かれた……のか?」
と思う家臣だったが同時に疑問も浮かぶ。
「だが向こうはこちらの射程距離を完全に把握しているかのような動きみたいだった気が……」
そこまで考えて家臣は捜索隊だと思っていた騎馬の姿を見て自分の失態に気付かされる。
家臣が捜索隊だと思っていた騎馬は敵の軍勢だった。
「城門を閉じろ!」
失態に気付いて慌てて指示を出す。
しかしその指示は手遅れだった。
「さあ、かまを掘られたくなかったらどきなさい!」
とオネエ言葉で馬上の大男が大鎌を振り回して城門にいる兵を次々と屠って行く。そのせいで城門を閉じることができない。
「くそっ。騎鳥は囮だったのか」
騎鳥に追われていた振りをして注意を騎馬から騎鳥に引きつける。そして味方だと思っていた騎馬が城門を攻め落す。
鳥綱の国は馬ではなく神鳥に乗るという固定概念を持っていた。そのせいで余計に騎馬が敵だと疑うことをしていなかった。
ましてや相手はたった一〇〇の軍勢。楽に勝てるという油断もあった。
そこまで計算された奇襲。おかげで前線の混乱は大きい。
兵は状況が把握できずに一方的にやられていく。
「落ち着け! 落ち着くのだ!」
家臣は戦況を立て直そうと指示を出すが効果はない。
そしてさらに追い打ちをかけるように城門が開いたことで隠れていた兵が攻めてやってくる。
その光景を見て兵はさらに混乱する。
「馬鹿な! 敵はたった一〇〇ではなかったのか。あの旗の数はそれ以上……一五〇? いやそれ以上か!? それに噂では捨て駒扱いされて士気が低いはずでは」
家臣は掲げられている旗と掛け声の大きさに自分たちが信じていた噂に踊らされていたことに気が付く。
戦況は絶望的だった。
朽縄城は外からの攻撃には強いが中に入られると弱い。ましてや兵が混乱した状態で戦うのは得策ではない。
このままではまずいと判断した家臣は判断を仰ぐため城主に伝令を走らせる。
伝令を受けた兵はすぐさま城主の元へと伝令を伝える。
「なにっ! 敵の数が一〇〇ではなかっただと!」
伝令を受け取った城主は予想外のことに慌てふためく。
「はっ! おまけに前線は混乱に陥りまともに戦える状態ではありません。幸い裏門には敵がまだ来てない模様。逃げるなら今かと」
「……くっ!」
城主は苦汁の表情を浮かべて決断する。
「ならば撤退だ。鳥綱の国との戦は勝てる戦だ。こんなところで死ぬなど馬鹿馬鹿しい」
このまま討死するのは得策ではないと判断した城主は撤退を始める。
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今回は慣れない戦の描写だったのでわかりづらい描写があると思いますので指摘していだだけると助かります。