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空き家で様子を窺っていると馬に乗った集団が村にやってきた。
その数一〇。全員腰に刀を差しているが甲冑は着ておらずラフな袴姿だ。その格好から目的は俺たちではないようだ。村への用事か?
一方村人たちは馬の蹄の音を聞いて広場のような場所に集まっていた。ご丁寧に土下座までしている。
そんな中、村長らしきジイさんが侍連中の前に立って話をする。いや話をするというよりも懇願していると言ったほうがいいか。額を地面に擦り付けて涙ながらに話しかけている。
「ど、どうかこれ以上村から食料を奪わないでくださいませ! これ以上奪われれば次の冬を越すことができません。どうか平にご容赦を」
村長の必死な懇願を聞いて侍どもが嘲笑う。
「ほー、農民ごときが武士に物申すというのか?」
侍どもの中で一番偉そうなやつが見下したように言う。いかにも軽薄そうな顔をして俺が嫌いなタイプだ。
「め、めっそうもありません!」
すくみ上がる村長を見て軽薄そうな侍はニタニタと笑みを浮かべる。
「まあおれとて鬼ではない。食料が出せぬのなら代わりの物を出せば見逃してやろう」
「か、代わりの物と申しますと……?」
村長は困惑したような返事をする。
「決まっておるだろう。女だ、女。確かお前のとこの孫がちょうどいい歳だったなぁ。顔も悪くはなかった。あれを差し出せ」
「ま、孫をですか!?」
「そうだ。おれたちが可愛がってやろう」
軽薄そうな侍がそういうと一緒につていきた他の侍も下卑た笑いを浮かべる。
それを見て村長は頭が地面にめり込むほどの勢いで土下座をする。
「それだけはご容赦下さい! 孫はまだ婚約したばかりなんです。どうしてもと仰るならわしが相手をしますから!」
テンパり過ぎてとんでもないことを口走る村長。
「誰がてめえみたいな爺が相手で喜ぶんだよ! おれを馬鹿にしてるのか」
案の定軽薄そうな侍は村長の発言を聞いてブチ切れる。そして刀を抜いて村長に斬りかかろうとする。
「ひいい!」
「お待ちください!」
斬りかかろうとする軽薄そうな侍の前に一人の女性が立ちはだかる。
「私なんかが相手でよろしければいくらでもご奉仕します。だからお祖父様をお許しください」
「お菊……」
村長は自分のために孫が身を差し出すことをただ見ていることしかできないのが悔しく顔を歪める。それと同時に自分の不甲斐なさを呪っていた。
ここじゃ人を物のように差し出されるのかよ。
「ちっ!」
「どこに行くつもりです?」
見ていられなかった俺は空き家から飛び出そうとするが栞那に止められる。
「決まってんだろ。あの胸糞悪いやつらをぶっ飛ばしに行くんだよ」
「それは許しません。私達がここに来ていることを敵に知られたら朽縄城を攻め落とす前に各地から敵が押し寄せてあっという間に殺されます。それにこれぐらいのことはどこでもあることです。村娘を差し出せばあいつらも大人しく帰って行きます」
「ならお前はそれでいいのかよ」
「どういうことです?」
「お前はさっき言ったよな。弱い者は強い者に蹂躙されるって。それを変えたいと思わないのかよ。こんなことが許されるなんて間違ってるだろ」
「それは……」
言いよどむ栞那。頭では変えることなんて無理だと思っているけど心の片隅では変わって欲しいとも思っているはずだ。
「だったら行動するしかないだろ」
どんなことも思っているだけじゃ何も変わらない。行動をしなければ結果が変わることなんてない。
「駄目です。村娘を助けるために仲間を危険に晒すわけにはいきません」
「なら村娘を助けて仲間を危険に晒さなきゃいいんだろ? 俺にはあいつらをぶちのめして朽縄城を攻め落とす策がある」
「本当ですか?」
栞那は疑わしそうにこっちを見る。
とそこに広場の方から幼い子供の声が聞こえてくる。
「じーちゃんとねーちゃんをいじめるなー!」
広場を見ると五歳児ぐらいの子供が軽薄そうな侍の足元に引っ付いていた。
「うっとおしい餓鬼め! 武士に逆らおうとどうなるか見せしめが必要みたいだな」
軽薄そうな侍は子供を引っぺがすと刀を抜いて振りかぶる。
「やめてえええ!」
孫娘の悲痛な叫びを上げる。
「栞那、信じる信じないはお前の自由だ。だが俺は止められてもやるけどな――はあっ!」
俺は空き家から飛び出すと支給されたちゃちな槍を子供に刀を振り下ろそうとする侍へと投げつける。槍は俺の狙い通り侍の腕を貫く。
「いででででええええ!」
痛みで侍が持っていた刀が手から零れ落ちる。
それを見て他の九人が慌てて刀を抜いて身構える。村人は巻き込まれまいと急いで逃げ出していた。
「まったく、無茶苦茶な人ですね」
と勝手な行動をする俺に文句を言うがその表情はどこか楽しげだった。
「それで、どうするつもりですか?」
「俺が一人で突っ込むからお前は隙を見て空き家から出て奇襲しろ」
「まさか一人で九人を相手取るつもりですか!」
栞那が何か叫んでいたが俺は気にせず蓮ちゃんからもらった打刀を鞘から抜かずに構えて広場へと向かう。体調は完全じゃないがこいつら程度なら大丈夫だろう。