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「……ぐすん」
屋敷から飛び出すが誰も追いかけてこない。蓮ちゃんは追いかけてくれると思ったのに……。
「これからどうしよう」
未知の世界で先立つものものもないのにどうやって生活してけばいいんだ。
とりあえず俺は屋敷がある小高い丘を降って町をとぼとぼとうろつく。
さっきはデカ鳥に引き連れられてたせいでろくに町を見ていなかったが、城は屋敷のくせに町は人でごった返している。
俺が今歩いているところは商業区なのか店が乱立している。おかげで呼び子の声があっちこっちで聞こえてうるさい。傷心中の俺には辛い場所だ。
驚いたのは店でちらほら見かける文字が漢字だったことだ。今まで会話が成立していたから言語は日本語だろうか?
なのに日本ではない。よくわからん世界だ。
それにさっきからチラチラと町の連中が俺を見てくる。周りの男共がちょんまげなのに俺だけちょんまげじゃないせいだろうか? でもちょんまげにするのはやだなぁ。
「おいおい、こんなくそまずいのに金を取ろうってのか」
「そうだぜ嬢ちゃん。こんなんで金取ろうなんておこがましいってもんだ」
串屋の屋台の前を通りかかろうとすると売り子の幼い少女が人相の悪そうなチンピラ二人組に絡まれていた。
「でもこっちも商売ですし……」
「でもだぁ!」
「ひうっ」
少女がか細い声で抗議するがチンピラに一喝されて怯む。
「ったくよ。お館様が誰でも商いができる自由商売なんてもんを許可するからこんな輩がでてくるんだよ。だいたい流民が人様の庭で商売するのが間違ってるんだよ」
少女はチンピラにそう言われて目尻には涙が溜まり今にも泣き出しそうなのをグッと堪えている。
「おい、そのぐらいにしろよ」
俺はチンピラの肩を掴む。
「あん? なんだ手前! 変な格好しやがって何もんだ」
チンピラは掴まれた手を振り払いながらガンをつけてくる。
「お前みたいないたいけな少女を苛めるようなやつに名乗る名前なんてねえよ」
ふっ、キマッた。人生で一度は言ってみたいセリフだったんだよな。
俺が余韻にひたってるとチンピラの一人が俺の姿を見て声を上げる。
「こ、こいつあれだ! さっきお館様に全裸で町中を走らされていた変態野郎だ!」
「おいテメェ! 全裸じゃねえ、ちゃんと股間に葉っぱを貼り付けていたわ!」
クソッ! 嫌なことを思い出させやがって。いい気分が台無しだ。
それに大声を出したせいで周囲に人が集まり始めた。あちこちで『全裸』『変態』『蛮族』とかいうキーワードが聞こえてくる。
マズイ、このままじゃ俺は全裸の男というレッテルが張られてしまう。
「ちっ!」
俺と同じようにチンピラも周囲に人が集まり出して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「おい、変態野郎。調子にのるんじゃねえぞ。覚えてやがれ!」
チンピラもあまり目立ちたくはなかったようで捨て台詞を残してコソコソと逃げていった。負け犬の遠吠えか。
「……って、誰が変態野郎だ!」
あの野郎次に会ったらちょんまげをモヒカンにしてやる。
周囲のギャラリーもケンカが始まらないとわかると興味を失ったみたいですぐに散っていった。
助けようと思うやつはいないのかよ。
俺は少し気分が悪くなりつつも、いたいけな少女に優しく話しかける。
「大丈夫だったかい」
「あっ、はい。ありがとうございました」
と少女はお礼を言うと安心したせいなのか溜まっていた涙が一気に溢れ出す。
「す、すいません。お見苦しいものをお見せして」
むっ、イカン。フォローしてやらねば。
「そんなことはないよ。むしろ舐めたいぐらい――」
ガツンと顔を襲う衝撃。
言葉を遮られた俺は何者かによって殴り飛ばされた。
殴られた。親父にしかぶたれたことないのに。
「この変態野郎が! うちの妹に何しやがる!」
俺を殴り飛ばしたガタイのいい馬顔の男が鼻息を荒げて言ってきた。俺はすぐに立ち上がり言い返す。
「痛ってぇなボケ! 殺す気か!」
普段から親父にぶたれてなかったら気絶、ヘタしたら死んでもおかしくない威力だ。
「はっ! うちの妹に手を出す変態野郎は死ねばいいんだよ」
「誰が変態だ! このシスコン野郎が!」
「しすこん? 意味わからねえこと言いやがって! 次こそ息の根を止めてやる変態野郎」
人が善意で助けたのにこの馬顔野郎は。もう許さん。さっきからムシャクシャしてたし丁度いい。この馬顔野郎をボッコボコにしてやる。
一触即発。殺り合う寸前で少女が俺たちの間に入って止めに入る。
「待って兄さん! その人はわたしを助けてくれの」
「……なに」
少女の言葉を聞いて馬顔の男は俺の姿を胡乱げに観察する。
「本当なのか?」
観察した結果やっぱり信じられないという結論が出たのか馬顔の男が確認のためにもう一度尋ねる。
「うん」
少女はコクリと頷く。
「嘘だろ! こんな蛮族みたいな格好してる怪しい野郎がお前を助けたのか?」
俺の着てる服をまじまずと見ながら言ってきやがった。ほっとけ。好きでこんな格好してるわけじゃない。
「本当に本当だよ。この人がわたしを助けてくれたの。だから兄さんはこの人に謝って」
「……ううむ。わかった。勘違いとはいえ殴ってしまって悪かった。どうか許して欲しい」
急にしおらしくなる馬顔の男。
ほう、殊勝な心がけだが言葉だけの謝罪か。だがそんなんで人の顔を殴ったことがチャラになると思ったら大間違いだ。俺は執念深い男だからただで済むと思うなよ。これをきっかけに慰謝料でケツの毛までぶんどってやろうじゃないか。
「ん?」
どうやってこの馬顔の男に復讐をしてやろうかと考えてると、チョンチョンと俺の腰巻が引っ張られた。視線を下に向けると少女が上目遣いで俺を見ていた。
「あの、兄さんも反省してるから許してあげてください」
「もちろん許す」
しょうがない。だって可愛いんだもん。
「……」
おい、馬顔野郎! なんだその目は。せっかく許してやるというのに訝しげにこっちを見るんじゃない。
「兄さんを許してくれてありがとうございます。わたしはまこって言います」
ペコリと頭を下げて一礼するまこちゃん。
うーむ。兄と違って礼儀正しいいい子だ。それに兄の馬顔と違ってまこちゃんは小顔で愛らしい顔をしている。将来は美人になるに違いない。本当に兄妹かと疑いたくなる。
「ほらっ、兄さんも」
「おれっちは馬頭だ。馬の頭と書いて馬頭だ」
ムスッと不機嫌そうに自己紹介する馬頭。名は体を表すとはいうけど本当だな。歳は俺より上っぽそうだな。二三とかそこらへんか?
「俺は九十九大和だ。大和って呼んでくれ」
「えっ! 苗字持ちということは大和さんってお武家様なんですか」
なぜか尊敬の眼差しで俺を見るまこちゃん。なんか勘違いしてる。
「違うよ。色々事情があってね」
まさか異世界から来たなんて言えない。来たきっかけを話せば笑われるかもしれない。こんないたいけな少女に笑われたら立ち直れない。
「そうだぞ。刀を差さず髪も結ってないこんな珍妙な格好した武士がいるか」
この野郎本当に反省してるのか? ケンカ売ってるようにしか思えない。
まあいい。どうせもう関わり合うこともないだろうし。それよりもこれからのことを考えなきゃならん。お腹も減って腹の虫が鳴いてるしな。
「じゃあな」
俺は別れを告げて去ろうとすると、まこちゃんに呼び止められる。
「ま、待ってください」
俺を呼び止めるとまこちゃんは頬を赤く染めてモジモジといじらしい表情で尋ねる。
「も、もしよかったらお昼をご一緒しませんか? 助けてもらったお礼もしたいですし」
「お、おい!」
妹の行動に驚く馬頭。
「兄さんもいいよね?」
妹に詰め寄られて馬頭はため息を吐くとあきらめるように頭をポリポリ掻く。
「ああ。迷惑かけちまったからそれぐらいはいい。でも妹に変なことしたらただじゃおかねえぞ」
馬頭がクワッと睨み付けてくる。
うわー。本当にこいつシスコンだなぁ。
変なことって相手はまだ十二歳ぐらいの女の子だぞ。常識的に考えてありえないだろ。
「じゃあすぐに店仕舞いするんでちょっと待っててくださいね」
まこちゃんはテキパキと動いて馬頭と二人で店仕舞いを終えると、俺の腕を引っ張って二人が住んでいる長屋へと案内する。