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「こんなとこにおったんかいな大和」
途方に暮れている俺に声をかけてきたのは亜希だった。亜希はいつものように大きな葛籠を背負って元気そうだった。
「どないしたんや? えらい思いつめた顔しとるで?」
俺の表情を見た亜希が心配そうに訊ねてくる。
「別に何でもない」
「嘘やな」
突っ返すような物言いの俺に対して亜希は俺の顔を真っ直ぐ見据えてくる。
「そんな顔して何もないわけないやろ。まこのことかいな?」
「……」
「紫苑から聞いたで。大沼の屋敷で血塗れで倒れておったんやろ?」
「紫苑から……ああそうか。お前の後ろには紫苑がいたのか」
「なんや、ってきりそこまで気付いてると思ったで」
意外そうに言う亜希。
「俺をそこまで買い被るな。ただの商人じゃないとは思っていたけどな。ただの商人が砂糖なんて高級品をたった一日で手に入れられるわけがないからな。だから何らかの後ろ盾があったんじゃないかと勘繰ってただけだ」
と自嘲気味に答える。
よくよく思い返してみれば初対面で名前すら知らない俺に求婚をしてきたのも俺のことを事前に紫苑から聞いていたのかもしれない。あの時点で俺の名前を知っていたのは紫苑ぐらいだ。でも亜希がわざわざ求婚してきた意図は不明だけど。
「けど俺に紫苑との関係を教えてよかったのか?」
ってきり隠し通すつもりかと思ってたけど。
「まあ別に困ることやないしな。それにうちはこの国を出るさかい」
「この国を出る? そっか、戦が近いもんな」
戦が激化すれば巻き込まれるれて危ないかもしれないしな。ただでさえ勝てるかわからない戦だ。今のうちに国を出るのも一つの手段かもしれない。
と思ったけどどうやら亜希は違うようだ。
「ちゃうちゃう。うちはけじめをつけにいくんや」
「ケジメ?」
「そや」
そう答える亜希の表情は戦の恐怖に怯えることはなくむしろ活き活きとしていた。
「大和のおかげで吹っ切れたわ。せやからもう一回自分のやりたいことに挑戦しようと思うて自分の国に帰ることにしたんや」
自分の国というと窮鼠の国だったか?
しかし俺のおかげ? 俺が何かしたのだろうか?
「それで今日は大和に別れを言いに来たんやけどな……。もし、辛いならうちと一緒にこーへん?」
モジモジさせながら亜希の言葉尻がだんだんと弱々しくなる。
「亜希と一緒に?」
「ほ、ほら大和とおったら心強いし辛い時はいつでも相談のれるし甘えれるやろ? 普段の生活のめんどうはうちがみるさかいどや? 大事な時期やから夫婦の契りはかわすことはできへんけど添い寝ぐらいはしてもええと思っとるで」
いつも以上に早口で一気にまくしたてる亜希。顔もゆでダコのように真っ赤になっている。
「ほいでほいで……」
まだ何かを言おうとする亜希を遮って俺は謝る。
「悪いな亜希。誘ってくれるのは嬉しいけど俺は一緒に行けない」
「……せやな」
亜希はハッとした表情を浮かべるとすぐに顔を下に向けてこっちに顔を見せないようにする。
「まこを……助けに行くんか?」
「ああ」
いつまでもうだうだと悩んでいる場合じゃない。俺は一刻も早くまこちゃんを助けなきゃならない。
まこちゃんを助けられなかったことを後悔してもいまさら遅い。
悩む暇があるなら行動するのみ。今はどうやってまこちゃんを助けるか最善の手段をつくすことの方が大切だ。そのことを俺はすっかり失念していた。
「ありがとうな亜希。お前のおかげで吹っ切れたよ」
「そっか。でもうちは何もしとらんで。結論を出したのは大和さかい」
「それでも亜希がいなかったら俺は今もうじうじ悩んでいたかもしれない」
「ならよかったで。うちも大和のおかげで吹っ切れたんやしな」
亜希は二カッと笑みを浮かべる。しかしその表情はどこか寂し気だ。
「自分の窮地に助けに来てくれる人がおってまこがうらやましいわ」
「なんだ。亜希も随分乙女なこと考えるんだ」
「当たり前や! うちだって乙女なんやで」
「そうだったな」
亜希がいつもの軽口で言い返すので俺も微笑する。
「大和、これ持っていきや」
亜希は葛籠から手の平サイズの壺と手提げ袋を取り出す。
「これは?」
「卯月の国から取り寄せた塗り薬と丸薬や。怪我の治りが早くなると思うで。まあ気休め程度に使っておきいや」
「ありがとうな」
「気にせんでええよ。ほなな」
亜希は精一杯の笑みを浮かべて去って行った。
「さて、俺も今できることをするとしよう」