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「本当にあの男を隊に入れるつもりかい?」
大和達が出ていった兵舎で梗が馬頭に問い詰める。
「もちろんそのつもりだ」
馬頭の返答に納得がいかない梗は顔をしかめる。
「わっかんないね。但馬の国一の暴れ馬だ駻馬だなんて言われた粗野なあんたがあんな小僧を隊入れようとするなんてね。衆道にでも目覚めたのかい」
「ふざけんな! 俺っちは野郎なんかに興味はねえ。あいつの機転の良さが今度の戦で必要だと思ったからだ」
「どういうことだい?」
次の戦といえば蛇骨の国攻めだ。三〇〇〇対一〇〇〇〇の戦力差がある中で戦わなきゃいけない厳しい戦だ。勝てる可能性は限りなく低い。
その戦のために必要だと言う馬頭の言葉に梗も無視はできないようで喰いついてくる。
「俺っち隊に下された役回りがちょっと厄介でな。生き残るためにはあいつの機転が必要だと思ったんだ。まあ役回りについてはあの二人が戻ってから話す」
と深刻そうな声音で話す馬頭。その声を聞いて梗も神妙な顔つきで訊く。
「で、その役回りにあの小僧が役に立つってのかい?」
「ああ。なんたってあいつはつくねって言う料理を考案した張本人だからな」
「つくねってあのつくねかい!」
梗も若干驚き混じりで問う。
つくねと言えば今民の間で人気の料理だ。
大沼が死んでしまったせいで資金援助はなくなってしまったせいでタレをつけるつくねだけは値段が高騰したが、タレをつけないで食べるつくねも人気がある。おまけに作り方も簡単だから家庭でも作ることができる。
「あれは美味しいわよね」
二人の話を聞いていた朱美が強面を若干緩めながらオネエ口調で頷く。
「……ちょっと待ちな。あれはあんたの妹が考案したってあんたが自慢げに言ってたじゃないか。つまりあんたは他人の功績を自分の妹のものにしたっていうのかい」
「馬鹿言うな! 俺っちはそこまで落ちぶれちゃいない。あれはあの野郎――大和が得体の知れない自分よりまこが考案したってことにした方が世間体がいいって言うからそうしたまでだ」
「ふうん。随分無欲な男だね」
と梗は疑わしそうに言う。
それだけの功績を上げたのだから普通の人間なら名乗り上げて名前を売ろうとするものなのにそうしないということが怪しい。何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
「まあ俺っちの妹が可愛いせいだろうな。ったく罪な妹だぜ」
「……」
梗は阿呆かこいつはといった目で見る。
この男は優秀だが妹のこととなると駄目になる。
「でもまあそのおかげで流民だった連中に対する風向きも変わってきた。俺っちが一年近くやっても出来なかったことをあいつはたった数日でやってのけたんだ。あの機転があれば今度の戦でも役に立つさ」
「どうだかね。たまたま作ったものが民衆に受けた。偶然かもしれないだろ。そんなのが戦で役立つとは思えないね」
「違うな。あいつはそれだけじゃなくまこの誘拐から大沼の襲撃も予見しやがった。ただもんじゃない」
「へえ、あんたがそこまで言うなんてね」
馬頭という男は妹に対しては甘いが他者に対しては厳しい。その男がここまで言うのだから相当なのだろう。
「でも見たところ顔色が悪いようだったし今にでも倒れそうだけど大丈夫なのかい」
「あ、ああ」
馬頭はちょっとためらいがちに答える。今にも倒れそうなのが怪我が完治してないからだが、さすがにこの状況で食べ過ぎのせいで顔色が悪かったなんてバカバカしくて言えなかった。
「まああんたがそこまで言うならあたいが言うことはないよ。あたいら流民はどいつもあんたら兄妹に何らかの借りがあるから従うまでさ。例え馬鹿な兄が妹を助けるために隊を私物化しようともね」
梗は諦めるように肩をすくめる。
「悪いな」
「ただしこの借りは高くつくからね。きっちり返してもらうよ。でもね、これだけは訊かせてもらうよ」
「何だよ」
「何でわざわざあの男とあの子を引き合わせたんだい」
そう言って梗は決闘しに外へ出ていった二人の方を見る。
「あの子が男嫌いなのは知ってるだろ。わざわざあの子を引き合わせれば反発するのはわかってたはずだよ」
大和とか言う男を隊に入れるのなら勝手に入れればいい。なのにわざわざ足軽組頭を全員集めて引き合わせる必要はないはずだ。
「確かにな」
梗の質問に馬頭は厳かな口調で話す。
「だが俺っちとしてはこのままじゃあいつのためにならないと思ってな。仮にもあいつは足軽組頭だ。そんなやつが男嫌いで目の仇にしてるような状態は隊にとってもよくないからな。だから大和と引き合わせて男嫌いを治そうと思ったんだ。まあ一種の荒療治だ」
「そうかい。あたいはってきり自分の妹と仲がいい男に他の女をあてがって妹に近づく男を排除しようとしてるのかと思ったけど違うんだね」
「当たり前だ! これでも俺っちは足軽大将だぞ」
と強気に出る馬頭だったが若干目を横にそらす。
それに気が付いた梗のこめかみが怒りでピクリとひきつく。
「おい足軽大将。もう一度あたいの目をよく見て同じことを言ってみろ! 隊を私物化するにも限度ってもんがあんだろ」
「んんっ! 次の戦のことについて話し合わなきゃならないのにまた影野の野郎がいないな。あいつたまにふらっといなくなるんだよな」
「あんたが不甲斐ないからだろ!」
あからさまに話題を変えようとする馬頭に掴みかかろうとする梗だったが、そこへさっき決闘に行った少女の悲鳴が聞こえてくる
「いややややああああああ!」
悲鳴を聞きつけてその場にいた面子は何事だと思いすぐに外へと向かう。