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「よう、一人でどこに行くつもりだ」


 俺が旅の資金を取りに長屋に戻ると服を着た馬が話しかけてきた。いやよく見たら馬頭だった。


「なんでお前がここにいるんだよ」


「さっきお前の様子を窺いにいったらもう出ていったって聞いてな。無一文のお前のことだから金を取りに来ると思って待ってたんだよ」


 ケガでチンタラ歩いていたせいで馬頭に追い越されたってわけか。

 真っ先にこいつに謝罪しなくちゃならないがどんな言葉で言い繕ったって言い訳がましく聞こえるから会わずに行こうと思ったのに。


「で、何の用だ? 殴りたいなら好きなだけ殴ればいい」


 こいつはとっくに俺がまこちゃんを救えなかったことを知ってるだろう。あれだけ大見得きって救うなんて言っておいて救えなかったんだから殴られても文句は言えない。というよりも言うつもりはない。


 あいつにとってまこちゃんはそれだけかけがえのない存在なのだから。


「はっ! 生憎俺っちは怪我人を苛める趣味なんてねえよ」


 肩をすくめる馬頭。


「なら何しに来たんだ?」


「どうせお前のこったろうから責任感じて一人でまこを助けに蛇骨の国に行くんじゃないかと思ってな」


「だったらどうする」


「やめておけ。行くだけ無駄だ。無駄死にするだけだ」


「なにっ!」


 馬頭の言葉が信じられなかった。あんだけ妹に溺愛していたこいつがまこちゃんを見捨てるのか。そんなに自分の命が大事だって言うのかよ。


 見損なったぞ馬頭。


「んなもんやってみなきゃ――」


「わかる。今のお前を見てればわかるんだよ。冷静になって考えてみやがれ。たった一人でどうやって助け出すって言うんだ? お前の怪我を見るかぎり大方まこを助けようとして返り討ちにあったんだろ」


「……」


 確かに俺は手も足も出なかった。宗麟にはまったく歯が立たなかったし、まだらにはぶん殴ることすらできなかった。あのくノ一の実力は未知数だが、その三人はまこちゃんを助けるのならどうしてもやらなくちゃいけない相手だ。


 今の俺に勝てる相手か?


「それにまこをどうやって探すつもりだ? 国中周って探すつもりか?」


「……」


 そうだ。ここは現代と違ってネットもないし写真なんてものだってない。人を探すのも一苦労だ。ましてや俺はこの世界の地理もわからない。どこに何があるかも知らない。


 まこちゃんが但馬の国の姫だから頑張れば探せるかもしれないが今の俺には助け出す手段がない。


「他にも問題を上げればきりがねえ。だがなにより俺でも考えついたことにお前が思い至らなかった時点で行っても無駄死にするだけだ。そんなのまこは望んじゃいない」


「……」


 俺は勘違いしていた。


 今馬頭が言ったことは馬頭自身がまこちゃんを助けようとして考えたことだ。その証拠に馬頭の手の甲が真っ赤に腫れてやがる。何もできない自分に憤って物にあたったんだろう。


「だったら俺にどうしろって言うんだよ!」


 例え方法がなくても俺にはそれしか選択肢はない。


 無駄死にだろうが犬死にだろうがそれでも俺は愚直に進むしかないんだ。


「ったく、頭の回転がいいくせにこういう考えは浮かばないみたいだな」


「はっ?」


「うちの隊に来い」


「お前の隊だと」


 馬頭は足軽大将だ。つまり俺に足軽になれって言うのか?


「俺を勧誘してるのか」


「そうだ」


 こともなさ気に答える馬頭。


「何で俺がお前の隊に入らなきゃいけないんだ。それがまこちゃんを助けるのとどう繋がるんだよ」


 俺は戦働きをしたいわけじゃないんだ。


「蛇骨を攻め落とす」


「アホかお前は! 戦なんてしてたら何年かかると思ってんだよ。タラタラやってたらまこちゃんは結婚されられちまうんだぜ」


「それはない」


 馬頭はきっぱり言い捨てる。


「根拠は?」


「根拠は二つある。一つは俺っちの親父は小狡い男だ。今のまま婚約させても自国にあまり旨みがないからしばらくはのらりくらりと縁談の話を先延ばしにする」


「なるほど」


 馬頭の言うことも一理ある。


 婚約を前に家出をした上に相手方が娘を探し出してきた。


 そんな状態で同盟を結べば自分が不利になる条件を押し付けられるのは明白だ。それなら先延ばしにして自分が有利な条件をつけられるのを待つ。


 例えば敵国に攻め入れられるとか。


 但馬の国としては蛇骨の国がピンチになった時に同盟を申し入れれば蛇骨の国は不利な条件を飲まざる得ない。


 そして馬頭は但馬の国の国主の子だ。親の性格を把握しているからこれは間違いないはずだ。それに婚約の話が持ち上がればまこちゃんの情報も入ってくるはずだ。


「もう一つの理由は?」


「はっきり言ってこの戦はかなり不利だ。迎え撃つ向こうの兵力は一〇〇〇〇に対してこっちはたったの三〇〇〇。三倍以上の兵力差だ。長引けば長引くほど自力の差で不利になる。だから紫苑様は短期決戦の電撃戦で挑む腹積もりらしい」


「厳しい戦になるな」


 寡兵で勝つには戦力を分散させることなく一点突破で突き進むしかない。無論向こうもそれを読んで街道などの守りを固め要所に兵を配置してくるはずだ。


「ああ。おまけに俺っち流民の隊だけである任務を押し付けられてな。それで機転のきくお前の力が必要なんだ」


「それが勧誘の目的か?」


「ああ。一人で駄目なら二人で、それでも駄目ならうちの隊を使ってまこを助け出すためだ。そのために今は目の前の仕事を片付けなくちゃならん」


「お前……」


 馬頭は馬頭なりにまこちゃんを助け出すことを考えていた。


 一人で駄目なら数に頼るか。俺には思いつかない方法だ。


「それ職権乱用じゃねーか」


「ほっとけ。自分の隊をどうしようが勝手だろうが」


「最低な野郎だ。だが悪くない」


「だろ。さっそくうちの隊のやつを紹介したいところだがその前に腹ごしらえだ。今のお前の面はひでえ」


 言われてみれば俺は昏睡状態だったからメシを喰っていない。点滴なんてないし衰弱しきってるだろう。


 ……でもこいつに顔のことは言われたくなかった。


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