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「お前ってもしかしてこの国で一番偉いの? 乳ないくせに」


「もしかしなくても偉いんだよ。お前後で切腹な」


 小指で耳をかきながら答える紫苑。


 おいおいマジかよ。こんな破天荒なやつが国で一番偉い奴なのかよ。この国も終わりだな。でもどおりで屋敷を自由に歩き回れるわけだ。


「もう姉上は……。それよりもその方はどなたなんですか?」


「こいつか? 変態だ」


「おい! 誰が変態だ。俺は九十九大和! 蓮ちゃんの友達だ」


「そうなんですか蓮殿?」


「は、はぁ。なんというかなりゆきで……」


 なにその少し困ったような受け答え。ちょっと傷つく。

 そしてなぜかジジイが俺を睨んできた。何だジジイ? やんのかコラッ?


「蓮殿の友人なら挨拶しないわけにはいきませんね。わたしは千鳥柚子です。姫なんて言われてますけどあまり気張らずにお相手してください」


 幼いのに礼儀正しく挨拶をしてくる柚子姫。乳なしの妹とは思えないな。やっぱり乳なしが不甲斐ないせいか。


「さっきからしかめっ面であなたを見ているのは当家の筆頭家老の雲雀勘助です。可愛い孫の友人がどんなのもか気になってるようですね」


 このジジイが蓮ちゃんの祖父ちゃんなのか。つまりこのジジイを亡き者にすれば蓮ちゃんの婚約も解消できるのか?


「姫」


 ジジイが咳払いしながら諭すように言うと、柚子姫もコクリと頷く。


「ええ。それで姉上はその方をどうしてここに連れてきたんですか?」


「ああ、こいつが何者か知りたかったからだ」


 んっ? 何言ってんだ? ここに連れてきたのは蓮ちゃんと俺が友達かどうか確認するためじゃなかったのか?


「どういうことです姉上?」


 と柚子姫が紫苑の言葉の意味を尋ねる。他の二人もいまいちピンときていないようだ。


「これはあたしの予想だがこいつはこの国の人間じゃねえ。あたしのことすら知らなかったしな。かといって他国の間者でも忍びでもない。こいつはあたしの太刀を素手で受け止めることができたくせに何もしてこなかった」


「なんと!」


「素手で!」


「まあ!」


 ジジイ、蓮ちゃん、柚子姫が驚愕する。


「それで気になって連れてきたが、どうもこいつは世の中の常識を知らねえ。こんな服を着せてもバカ正直に信じやがるし、当主に姫、筆頭家老を前にしても平然としてられるのも解せない。お前は何者だ?」


 それはこっちのセリフだ。

 さっきまで俺をバカにしてたと思ったら俺を推し量ってやがったのか。雰囲気もさっきのふざけた感じではなく一国の主に相応しい威厳を感じる。


 ここで適当なことは言えない。一人なら騙せるかもしれないけど四人――それも老練なジジイまで騙せるかどうか。そのためにここに連れてきたのか。


 まあ別に話しても困ることじゃないだろうし、信じてもらえるかわからんからいいけど。


 俺は全てを話すことにした。


 自分がこことは違う平和な世界に住んでいたこと。

 好きな娘にフラれたこと。

 友人に騙されたこと。

 そのあげく気が付いたら全裸でこの世界に来ていたこと。


 聞くも涙語るも涙の壮絶な失恋話を懇切丁寧に話す。


 俺が話し終えるとみんな涙を堪えてるのか俯いて顔を上げない。

 そして突然紫苑がクツクツと腹を抱えて笑い出した。


「あはははは! 好いた女に振られた挙句友に騙されて金を取られ気が付けば全裸で森の中にいただと。あたしを笑い殺すつもりか」


 こ、このアマ! 張り倒してやろうかと思うがその前に柚子姫が肩を震わせながら話す。


「あ、姉上。わ、笑ったら失礼ですよ。ぷぷぷ」


「ゆ、柚子姫の言う通りです。くすくす」


「げふんげふん。そうじゃぞ」


 三人とも必死に笑いを堪えようとしていた。


 ひどい。

 ひどすぎる。俺の失恋話を聞いて笑うなんて最低だ。俺がどれほど絶望したことか。


「クソッ! お前らなんか大嫌いだ!」


 俺はショックのあまり屋敷を飛び出す。







 大和が屋敷を旅出した広間にて。


「姉上。あれでよかったんですか?」


「ああ」


 妹の問いに素っ気なく答える紫苑。その様子はさっきまで大和を小馬鹿にしていた雰囲気はなかった。


「あんな得体の知れない武士でもない男をそばにおけば他の家臣が余計ないさかいを起こす。今はそれだけはさけたい」


「でも姉上の剣を素手で受け止めるほどの実力があるなら戦のときに役立つのでは?」


「いや、九十九殿の話を信じるのなら九十九殿は争いのない国で暮らしていたのだから果たして人を斬れるか……。それができなければ足手まといです」


 と柚子姫の意見を否定する蓮。


「……」


 言い返すことができない柚子姫。


 確かに殺らなければ殺られるのが世の常だ。それなのに大和という男は姉が攻撃してきても反撃しなかったのだ。もしかしたら人を斬れないのかもしれない。と柚子姫は考える。


 さらに筆頭家老の勘助が蓮に追随する。


「そうじゃな。わしの見た限りあの若者は良くも悪くも純粋で真っ直ぐじゃ。そんな若者がいつ後ろから刺されて死ぬかわからん武士になるよりも商人や百姓になった方がよいじゃろ。あれだけ笑われれば不用意に自分が異なる世界から来たなどと喋らんじゃろうし」


「なんだかんだみんな優しいんだから」


 三者の意見を聞いた柚子姫は盛大なため息をこぼす。


「逆にお前は何であの男にこだわる?」


「なぜって姉上があの殿方と話すのが嬉しそうだったからじゃないですか」


「嬉しそう? 冗談にしては笑えないな」


「そうやってまた自分の気持ちを押し殺して……。姉上はまだ兄上と父上のことを気にしてるのですか?」


「……」


「……」


 柚子姫の発言に場がしばし硬直して蓮と勘助は居心地が悪くなる。

 そして紫苑は何でもないかのように肩をすくめる。


「さあな。それよりもここのところ頻出している山賊どもの件だ。あいつらのおかげでこちらはまともに動けない。他国が何か裏で画策してるかもしれん」


 紫苑はこの話はこれで終わりだと言わんばかりに新しい話題に移す。


 そんな姉を柚子姫は切なそうに見つめる。


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