28
今回の話は一気に描き切りたかったのですが描き切れずに分割します。物語が進まず申し訳ありません。
時は少し遡る。
「はぁはぁはぁ」
馬頭は走っていた。大和から聞いた話を柚子姫と勘助に伝えるために。
国の一大事。
妹も大事だが自分のような流民を受け入れてくれたこの国にも恩義はある。その恩義をはたさんとばかりに走り続ける。
そして息も絶え絶え城にたどり着く馬頭。
しかし城に着くと違和感を覚える。
いつもなら静かな城が騒がしい。
気になって門番に訊ねる。
「……何か……あった……のか?」
「お前は足軽大将の馬頭だったな。実は先ほど紫苑様がご帰還なさったのだ」
馬頭の問いに神妙に答える門番。
「紫苑様が?」
馬頭はそれを聞いて驚く。
紫苑はしばらく国中を周っていてまだ帰ってこないと聞いていた。それがなぜ今この時に帰ってきているのか。
馬頭には理由がわからなったがすぐにでも大沼のことを知らせた方がいいと思い門番に伝える。
「すまねえ。大至急紫苑様にお伝えしなきゃならねえことがある。入れてくれないか」
「うーむ。しかしなぁ」
門番は困惑する。
こんな夜分遅くに紫苑の前に人を通していいだろうか。ましてや強行軍で帰ってきたはずだから疲れているはずだ。しかし目の前にいる男の表情からは必死さも感じられる。
「通してやれ」
困惑する門番に助け船を出したのは甲冑を身に纏った蓮。
「これは蓮様!」
門番は恭しく頭を下げる。
「この男の一件の責任は私が預かる。だから通せ」
「はっ!」
馬頭は城に入ると蓮に連れられて紫苑のいる所まで向かう。
「かたじけない」
「気にするな」
馬頭が礼を言うと蓮は素っ気なく返す。
「……」
「……」
会話はそれっきり。無言のまま蓮は馬頭を連れて行く。
馬頭は気まずかった。その空気をなんとかしようと思うができない。
相手は筆頭家老の孫でこの国一の武勇の持ち主だ。それに敵の返り血で槍が真っ赤に染まることから朱槍の蓮と呼ばれるほどの異名があり、味方の間でも恐れられている相手に気安く話しかけれる気がしなかった。
おまけに婚約者はこの国でも屈指の名家である羽鳥家の嫡男。武勇に優れ人格も優れた人物だと聞いている。そんな彼女に気安く話しかけれるような男がいるのなら会ってみたいものだと馬頭は思う。
気まずさから辺りを見回してみると甲冑を着ている連中などが慌ただしく動いているのを見かけて馬頭も何かあることを察する。
そして馬頭は紫苑のいるところまでやってくる。
紫苑がいたのは屋敷の一室ではなく城下を見渡せる物見櫓の上だった。紫苑の格好も蓮と同様に甲冑をつけたままでいつでも戦に出れるような姿だった。
「千鳥様。この者が千鳥様にお伝えしたいことがあるそうです」
「わかった。で、伝えたいこととは何だ」
「ははっ!」
と馬頭は膝を折って臣下の礼をしようとするが紫苑に止められる。
「今はそんなことはいらん。それよりも用件を話せ。つまらん前口上もいらんからな」
「はっ! 実は……」
馬頭は大和から聞いた大沼の企みのことと妹が攫われたことを話す。
「そうきたか……」
馬頭の話を聞いた紫苑はほんの少し物思いにふける。その表情は少し悔しそうだった。
妹の柚子姫から手紙をもらっていたので大沼がおかれている現状は把握していた。追い詰められた大沼が何らかの行動を起こすのも見越していたから内密に城に戻り大沼を討つ準備をしていた。だが大沼が誘拐までするとは思い至らなかった。すぐにそれを指示したのが大沼の背後にいる人物だろうと推測する。紫苑は大沼の背後にいる人物は相当狡猾なやつだと思い知る。
馬頭は馬頭で自分の話をあっさり信じてもらえて拍子抜けする。話の途中で大沼の屋敷の方から火の手のようなものが一瞬上がったのを紫苑が見ていたからそれも関係しているのだろうかと思うが馬頭にはわからない。
「お前の妹御についてはあたしに落ち度があった。すまない」
「い、いえ! そんなめっそうもありません。大和という者が単身妹の救出にいってるのでお気になさらずに」
紫苑が謝ったことで馬頭が慌てる。
普通なら大事の前の小事といって切り捨てられることだというのに目の前の主君は謝罪してきたのだ。自分の親だったらそんなことは絶対に言わない。
それが主君として良いのか悪いのかはわからなかったが馬頭は紫苑に感銘した。
「大和。やはりあの男か……」
紫苑がため息と吐く。その横で蓮がほんの少し心配そうな表情を浮かべていた。
二人の反応を見て馬頭は内心「あいつ何者なんだよ?」とそんな疑問を抱く。
「よし。これより大沼の屋敷に夜襲をかける。準備はできてるな」
「はい。すぐにでも出陣できます」
「では迅速に屋敷を包囲して山賊どもを蹴散らし大沼を捉える。兵には幼子を見つけたら保護するように伝えておけ」
「はっ!」
命令を受けて蓮は出立の準備をするべく行動する。
「馬頭。お前もすぐに準備をしろ」
「ははっ!」
馬頭も返事をして急ぎ物見櫓から降りて準備に取り掛かる。