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「おい手前」
屋敷に侵入すると三〇過ぎぐらいの髭もじゃのおっさんに呼び止められた。外見からしていかにも山賊っぽそうな毛皮のベストを羽織っていてとにかく臭い。
まさか潜入したのがバレたか? 一応変装のために以前亜希に無理やり売りつけた虎皮のベストを亜希から買い戻して着てきたんだけどな。
「なんでゲス?」
なるべく正体がバレないように山賊っぽい喋り方で対応する。
「あ? なんだその阿呆みたいな喋り方は」
……逆効果だった。こうなったら押し通すのみだ。
「あれれ? 知らないでゲス? これが今の流行りでゲスよー」
なんだか自分で喋っていてマヌケ過ぎて腹が立つ喋り方だ。山賊になりきるのも大変だ。
「ふーん、流行りねえ。まあいい。手前今から道具を返しに行くんだったらついでに俺のも返して来い」
と言って髭もじゃはこっちが了承してないのに勝手に消化道具のさすまたを渡してくる。
自尊心が高そうな野郎だ。いつもの俺だったふざけるなと言ってぶん殴るところだが今は問題を起こすわけにはいかないのでここは堪える。
「りょ、了解でゲス」
「おうおう、殊勝な態度じゃねーか。明日の作戦が成功したら家来にしてやるぜ」
ガハハハと下品な笑いを浮かべる髭もじゃ。
大方明日の作戦が成功したらお前らを家臣にしてやるとか言われているんだろうか? こんなのが家臣って。おつむが弱そうだけどな。まあしょせん山賊だしな。
一応まこちゃんについて知ってるか聞いてみるか。
「ところで今日攫ってきた女はどこにいるでゲス?」
「攫った女っていうとあの流民の小娘か」
「知っている……でゲス?」
危うく素の言葉使いになるのを抑えながら訊ねる。
「ああ。だがんなこと聞くってことはお前さては……」
髭もじゃの顔が急に険しくなる。しまった。言い方がストレート過ぎて怪しまれたか。
「小娘相手に一発やろうとしてるな」
下卑た笑みを浮かべる髭もじゃ。
ただのスケベだった。
「さっきの若い連中も小火騒ぎに乗じてあの小娘をやりにいったようだが女ってのは四〇を超えてからがいいんだぜ」
「おい、今なんつった!」
聞き捨てならないことを聞いて俺は言葉使いなんて気にする余裕すらなく髭もじゃを問う。
「女は四〇を超えてからが――」
「違う! その前だ」
「さっきの若い連中も小火騒ぎに乗じてあの小娘をやりにいったって……」
「それは本当か」
「あ……ああ。どうしたんだ手前。まさか初物好きだった――」
「どこにいる!」
俺は髭もじゃの胸ぐらを掴んでなりふりかまわず大声で問い質す。もう周りのことなんて気にしちゃいられない。一刻も早くまこちゃんを助けないと。
「く……ぐるぢい。息が……」
「どこにいる!」
「あ、あっちの古びた蔵に……」
ガクリとのびてしまう髭もじゃ。
「ちっ!」
もう少し詳しく聞き出したかったがダメみたいだ。
俺は髭もじゃを放り捨てると髭もじゃが指差した方向へと走り出す。
「クソッ!」
自分の考えの甘さに腹が立つ。こいつらは統率のとれた軍じゃないんだ。勝手な行動をするやつが出てもおかしくはない。
もし若い連中ってのがまこちゃんに何かしようものなら絶対に許さねえ。
「あれか」
しばらくすると屋敷の片隅に古ぼけた蔵が見えてきた。
蔵の入り口は鍵が外されていて扉が半開きになっていた。
くっ! 間に合うか。
「まこちゃん!」
俺は扉を蹴破って中に入る。
「うっ!」
中に入ると思わず顔をしかめる。
蔵には生臭い血の臭いが充満していた。
そして暗がりに目が慣れるとそこには首をキレイに切断された男の遺体が転がっていた。並みの人間が切ってもここまでキレイに首を切断できないはずだ。これをやったのは相当の実力者だろう。その近くには死んだことすら理解していない表情の生首が転がっている。
「どうなってるんだ?」
胃の奥からせり上がってくる吐き気を堪えて辺りを調べる。
こんなところにまこちゃんがいるのだろうか? 仮にいたとしてまこちゃんはどうなったんだ。まこちゃんは無事なのだろうか。
首が切断された遺体から少し離れたところにもう一人の男の死体があった。その遺体は上半身と下半身の二つに分かれていた。切り口から見て右肩から腰にかけて袈裟切りで一刀両断といったところだろう。
これをやったのはどんな化物だ。人間を一刀両断するなんて並みの力量じゃできない。
ぞわり。
背後に寒気が走った。
俺は咄嗟に前へ転がる。
ヒュン。
さっきまで俺がいた場所に振り下ろされる雑音のない研ぎ澄まされた一撃。
「ほう」
俺が攻撃をよけたことに感心するような声をあげる襲撃者。
あのまま動いていなかったら殺されていた。
俺はすぐに態勢を整えて攻撃してきた人物を見る。
一八〇はあるだろう長身で痩せ形だが鍛え抜かれた無駄のない筋肉。こんなことをやってのけるからどんな強面な面をしてるのかと思いきや以外にも優男といった方がいい面構えだった。だが何より気になるのは右目には刀傷があり瞼が閉じられていて、右腕は肩の辺りから先がない。
隻眼隻腕の男。
「お前が宗麟か?」
「だとしたら」
俺の問いに宗麟は眉をピクリと動かす。やっぱこいつが宗麟か。まさか本当にいるとは。馬頭の注意を引くために名前を使ったのだと思ってた。
「馬頭への復讐なら手伝ってやる。だからまこちゃんを解放しろ」
「貴殿は何もわかっていないようだな」
スッと刀を構える宗麟。その際に宗麟の後ろで気絶しているまこちゃんが目に入る。見た限りどこもケガはしてないみたいだ。
「まこちゃん!」
俺は髭もじゃから渡されたさすまたを構えてまこちゃんへと駆け寄る。
「退きやがれ!」
俺はさすまたを突きだす。
「はっ!」
宗麟は流れるような所作でさすまたの穂先を両断する。俺はすぐにバックステップをして距離を取る。
速い。俺から攻撃を繰り出したのに向こうの攻撃の方が速く届く。
この男はかなり強い。隻眼や隻腕というハンデを抱えていても強い。麒麟児なんて言われるだけある。
だがここでビビッて引き下がるわけにはいかない。
俺はさすまたを二つに折る。
「なんのつもりだ」
「一本よりも二本の方が有利だろ」
リーチは短くなるが速さで勝てないのなら手数で押すだけだ。
いくら速くても複数攻撃は片腕じゃ防ぎきれないだろうからな。
卑怯だろうが卑劣だろうがまこちゃんは助ける。そう馬頭に約束しちまったからな。
「くらえ」
まずは動きを封じるためにやつの左腕にさすまたを振り下ろす。
宗麟はそれを刀で防ぐ。
その隙に死角であるやつの右目へともう片方の手に持ったさすたまで攻撃する。
しかし宗麟はそれを読んでいたようで頭を下げてかわす。
そこから続いて俺は二撃三撃と何度も攻撃を繰り出すがことごとく全てかわされてしまう。
何度か攻撃を繰り出してから俺は意表をつくために蹴りを繰り出す。さすまたの攻撃に注意が向いて足への警戒が薄くなっているはずだ。
だが向こうはそれも予想していたようで俺の蹴りをかわすと逆にカウンターと言わんばかりに向こうの蹴りを喰らってしまう。
「……ぐっ」
咄嗟に腕でガードをするが衝撃で後ろに吹っ飛んで後ろに積んであった荷物にぶつかる。
いてて。
まじであいつ化物か。何でこっちの攻撃がことごとく読まれるんだよ。俺がチカちゃんを暴漢から守るために身に着けたケンカ殺法が通用しない。
「おい! どこに行きやがる」
俺が荷物の山から抜け出すと、宗麟は刀を鞘にしまってまこちゃんを担いで蔵の入り口に向かっていた。
「……」
宗麟は俺をチラリと見るが、すぐに視線を戻して蔵から出ていく。
「あっ! 待ちやがれ!」
俺はすぐに宗麟を追いかける。
クソッ! いったいあの野郎は何を考えてやがるんだ。